それは禁じ手にあらず1
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『十階層以下で取れる魔石を一人につき五個以上集めること』
これが武術科における実技の卒業要件である。そのため武術科の学生たちが迷宮に潜る際には、この要件の達成が一つの大きな目標となる。
それは武術科三年のルクト・オクスも変わらない。そして彼は今まさにその目標を達成すべく、迷宮の十階層へと来ていた。
もっとも、迷宮には階層を知らせる標識などない。階層というのは、モンスターを倒すことでドロップする魔石の大きさから大まかに設定しているだけなのだ。
ルクトはこの辺りに来てからまだモンスターを倒してはいないから、厳密に言ってここが十階層なのかそれはまだ分からない。ただ、以前に戦った巨人のモンスターがドロップしたのは十階層に近い九階層相当の魔石だった。そしてその巨人と戦った場所からさらに一回ショートカットしたので、「おそらくこの辺りは十階層なのだろう」とルクトは考えている。
迷宮の白い通路の上を「コツコツ」と硬質な足音を立てながら歩くルクト。その通路は開けた空間へと繋がっていた。
ルクトはその開けた空間に足を踏み入れる前に一度立ち止まり、腹の底に空気を落とし込むようにして深く息をする。「集気法」と呼ばれる技法だ。これによって迷宮の大気の中に漂っているマナを集めて体内で烈に練り上げ、その烈を用いて「闘術」を駆使するのが武芸者の基本的な戦い方だ。
迷宮内の開けた空間はモンスターが出現しやすい。迷宮のなかを移動する際には常に烈による身体能力強化をかけておくのが定石だが、こうして開けた空間に足を踏み入れる前に烈を練り直しておくのも、ハンターたちがよくやる「戦いのための準備」である。
「これも一つの知識、だな」
知っていれば、知っているだけで対応が違ってくる、危険を減らせるそういう知識である。
「ま、もっとも……」
もっとも、どんなモンスターが出現するのか、それを予習によって知ることはできない。
「一歩を踏み出してみるしかないってことだ」
そう呟くと、ルクトは身体中に烈が十分に満ちていることを確認してから広場に向けて足を踏み出した。
広場に足を踏み入れると彼の視線の先で白い燐光、マナが収束し始めた。モンスターが出現する前兆である。ルクトは右手で太刀の柄を、左手で剣帯でつった鞘を持ち、腰を落として小走りで広場の中央に向かう。迷宮の広場には柵など巡らされていない。縁で戦えば落下のリスクが高くなるのだ。
ルクトが鋭い視線を向ける先で、収束したマナが形を得て実体化する。モンスターが出現する瞬間だ。
「グルゥゥウウウオオオオオ!!」
自らの生誕を祝うかのようにモンスターは呼哮を上げる。出現したモンスターはいわゆる〈ビーストタイプ〉だった。四足で狼によく似ているが、眉間から突き出た一角が一際大きな存在感を放っている。
(狼……、素早い動き、要注意は牙。あの角もだな……)
警戒しながら相手の姿かたちを観察し、そこから得られる情報を素早く整理していく。そしてそれと平行して戦い方を組み立てていくのだ。
(小回り、スピードで勝負しては相手のほうが有利。ならば……)
相手の動きに惑わされず、攻撃のために近づいてきたところをカウンター気味に仕留める。幸いなことにルクトが得意とする抜刀術は待ちの戦術とは相性がいい。
戦術をまとめたルクトは、しかしすぐに変更を迫られることになる。
「グルルウゥゥゥウウウウウ!!」
狼によく似たモンスターが、身体を反らせてよく響く遠吠えを上げる。威嚇ではない。まるで合図のようなその遠吠えを聞いて、ルクトは嫌な予感を覚え背中から冷や汗が噴き出すのを感じた。
そしてその予感はすぐに現実のものとなった。
ドゴン、という鈍い破砕音を立てて迷宮の白い床から新たなモンスターが出現したのである。しかも四体同時に。その四体は最初に出現した狼型のモンスターによく似ていた。ただ、眉間の間の鋭い一角を持たないところだけが大きく異なっている。
「〈リーダータイプ〉かよ!!」
思わずルクトは叫んだ。〈リーダータイプ〉、あるいはただ単に〈リーダー〉とか〈ボス〉とか呼ばれることもあるが、このくくりはモンスターの形骸による分類ではない。どのような形骸のモンスターでもかまわないが、群れを率いて組織的な攻撃を仕掛けてくるモンスターをそう呼んでいるのだ。
ちなみに群れのモンスターは〈リーダー〉と似た形骸をしていることがほとんどである。今回であれば〈リーダー〉が〈ビーストタイプ〉の狼に似た姿かたちなので、群れの配下たちも狼の姿かたちをしている。
そしてなにより、〈リーダータイプ〉のモンスターはルクトにとって「鬼門」とも言うべき天敵である。
〈リーダータイプ〉のモンスターは、その定義上必ず群れを引き連れている。つまり複数体のモンスターが同時に出現するのだ。それだけでも〈ソロ〉で、つまり一人で戦わなければならないルクトにとってはかなりの負担だ。
それだけでも十分に厄介なのに〈リーダー〉に率いられた群れのモンスターたちは、連携を取りながら攻撃を仕掛けてくるのだ。人間のパーティーを考えてもらえば分かるが連携を取る相手というのは、たとえ同数であってもバラバラに動く敵よりはるかに手ごわい。そんな敵を相手に一人で戦わなければいけないというのは、はっきり言って泣きたくなるくらいにきつい。
さらに相性が悪いとすれば、それはルクトが修めた〈カストレイア流刀術〉という流派の特性だろう。カストレイア流刀術は主に攻撃と回避に重きを置いた流派だ。それゆえダメージを受けないことが重要になる〈ソロ〉での攻略とは相性がいいのだが、反面防御技が充実していないため囲まれたり乱戦になったりすると脆さが見えてくる。
そして一対複数で相手が連携を取るとなると、ほぼ確実に囲まれる。きつい戦いになるのは言うまでもない。
(おのれ……!)
誰にともなくルクトは心の中で悪態を付いた。ちょうど五体だけ出現するなんて何の冗談だ、と。
『十階層以下で取れる魔石を一人につき五個以上集めること』
実技の卒業要件が脳裏にちらつく。ここは恐らく十階層。つまり目の前の群れを倒してしまえばいきなりその卒業要件を満たすことができる。
チャンスではある。しかしそのチャンスの相手が一番遭遇したくない〈リーダータイプ〉とその群れとは、作為的な悪意を感じたとしても仕方がないだろう。
(逃げるか……?)
割と本気でルクトはそう考えた。彼の個人能力である〈プライベート・ルーム〉の中に逃げ込み、そこで一時間ほども待機していればモンスターは消えるだろう。当然ドロップを得ることはできないが、この場を無傷で切り抜けることが可能だ。そう悪い選択肢ではない。
「グルルウゥゥゥウウウウウ!!」
しかしルクトが決断を下すより早く、状況は開始された。〈リーダー〉の上げる遠吠えにあわせて、四匹の配下達が一斉に動き始めたのである。
「ちっ!」
ルクトは舌打ちをもらす。〈プライベート・ルーム〉に逃げ込む案はひとまず保留にして、今は目の前のモンスターに集中することにした。常に退路があるという事実は、彼に余裕と冷静さを与えてくれる。
(そうと決まれば先手必勝!)
ルクトは十分に烈を込めた太刀を鞘から走らせる。
――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃・翔刃〉。
四匹のモンスターはいまだ太刀の間合いの外にいる。だから太刀の刃はただ空を斬るのみだが、そこに込められた烈は刃の形になって飛翔しモンスターたちに襲い掛かった。
翔刃の刃を四匹のモンスターたちは軽やかにかわす。その上ほとんどスピードが落ちていない。ルクトは舌打ちをもらしながら飛び掛ってきた一匹めがけて太刀を振るった。
――――ガキン!
金属的な音が響き、硬い手ごたえが伝わる。見れば狼の姿をしたモンスターが唸りながら太刀に喰らいつき、己の牙で刃を受け止めていた。太刀には烈が込められていなかったとはいえ、鋭利な刃を牙で受け止めるのはさすがモンスターと言ったところか。
ルクトは太刀に烈を込めようとする。しかし太刀に食らいついているモンスターの陰から、別の一匹がルクトめがけて飛び掛ってきた。
「ちっ!」
舌打ちをもらすとルクトは烈によって強化した腕力に物言わせて、喰らいついたモンスターをぶら下げたまま太刀を振るう。そしてほとんど叩きつけるようにして、二匹のモンスターを衝突させる。
ぶつかった二匹のモンスターは互いに団子になりながら迷宮の白い床の上を転がる。さらに運のいいことに転がったその先に三匹目のモンスターもいて、それも巻き込んで飛びかかろうとしていたその動きをキャンセルした。
(チャンス!)
動いた四匹のモンスターのうち、今動けるのは一匹だけである。太刀に烈を込め、飛び掛ってくるその一匹を撃退しようとしたまさにその時、背後に悪寒を感じルクトは咄嗟に横にステップした。
さっきまでルクトがいた場所に、一角を持つ狼、〈リーダー〉が飛び込んでくる。地をはうかのようなその低い姿勢からして狙いは足、しかも恐らくは腱だ。
身体を捻りながら着地したルクトは、すぐに前に出て〈リーダー〉との間合いを詰めた。コイツさえ倒してしまえば、残りの四匹は連携を取れなくなる。頭を潰すのは当然の戦術だ。
しかしそう簡単にはいかない。ルクトの振るう太刀を〈リーダー〉は次々にかわしていく。その一方で反撃に転じることはない。群れの配下たちがルクトを囲むのを待っているのだ。モンスターとは基本的に猪突猛進なのだが、このしたたかとも思える冷静さも〈リーダータイプ〉のモンスターの厄介なところである。
やがて配下のモンスターたちがルクトを囲むと、〈リーダー〉は大きく後ろに跳んで距離を取った。ルクトは追いすがろうとするが、二匹のモンスターが間に割り込んできて彼を牽制する。
それからしばらく、一進一退の攻防が続いた。四匹のモンスターは互いに連携をとりながら、息もつかせぬ連続攻撃で攻め立ててくる。今のところ、ルクトはそれを全てさばききっており、目立ったダメージは受けていない。回避と牽制に集中しているため、効果的な反撃ができないでいた。
(剛毛だ……、太刀が入らない……!)
太刀がモンスターの身体を捕らえることは何度かあった。しかしモンスターの身体を覆う毛皮は剛毛で、決定的なダメージを負わせることはできていない。
(烈をしっかりと練れれば…………!)
太刀が毛皮に弾かれる、その理由は簡単だ。太刀に烈が十分に込められていないのである。
烈を練るには、集気法を使ってマナを吸収しなければならない。しかし絶え間なく攻め立てられているルクトは、集気法を使うための“間”がなかなか取れずにいた。
無論、集気法は使ってはいる。しかし十分な量の烈は練れていない。敵の攻撃を回避し続けるためには身体能力強化を施すことがどうしても必要で、そちらに回すだけでギリギリなのだ。
(この四匹だけならなんとでもなるんだけど……!)
飛び掛ってきた一匹を太刀で弾きながらルクトは内心で愚痴をこぼした。そんな彼の視界の端に、一角を持つ〈リーダー〉が向かってくるのが映る。
(コイツがまた厄介……!)
牽制しながら内心で苛立たしげな声を出す。集気法を使うための“間”、反撃して敵の数を減らそうとするとき、あるいは四匹の連携に隙間ができたとき、そういう要所要所で〈リーダー〉は動いてルクトにとっての好機を潰してくれる。そして配下のモンスターたちが態勢を立て直すとすぐに後ろに退いてしまう。
(このままじゃジリ貧だ……!)
危ういところで趨勢の均衡は維持されている。いや、ルクトの側からしてみれば維持することしかできていない、というべきか。このままではいずれ肉体的、精神的な限界が訪れ趨勢の天秤は向こう側に傾くだろう。勝ちたいのであれば、死にたくないのであればその前に動かなければならない。
(どう動く……!?)
もっとも厄介なのはやはり〈リーダー〉だ。ヤツをどうにかしない限り、ルクトは徐々に追い詰められ趨勢の天秤は向こうに傾いていく。
(まずは〈リーダー〉を倒す)
その考えがルクトの頭に浮かんだ。そしてそれは〈リーダー〉とその群れを相手にするときのセオリーでもある。
(もっとも、それができればもうやっている訳で……)
セオリー自体はルクトだって知っている。しかし知っているからといって実践できるかは別問題だ。そして実践できていないからこそ、今のこの状態なのである。
(〈リーダー〉を倒すことは難しい。じゃあ、どうする……?)
四匹のモンスターの攻撃をさばきながら、ルクトは考えをめぐらせる。
敵の戦力を削るもっとも手っ取り早い方法は、相手の数を減らすことだ。そこだけ考えればわざわざ〈リーダー〉を狙う必要はない。今回の場合を例にしてみれば、〈リーダー〉とて五分の一でしかないのだから。それどころかまずは弱い配下のモンスターを倒して戦力を削り、少しずつ趨勢を引き寄せていったほうが確実なようにも思える。実際そういう戦い方をするパーティーだってあるだろう。
なぜ「まず〈リーダー〉を倒す」ことがセオリーになっているのか。それは群れのモンスターの動きや連携に指示を出しているのが〈リーダー〉だからだ。ゆえに〈リーダー〉を倒せば“群れ”はただの集団になり下がり各個撃破が容易になる、というのが経験則に基づく戦術理論である。
逆を言えば、〈リーダー〉を倒せずとも指示さえ出せないようにしてしまえば“群れ”はただの集団になり下がる、ということだ。だがどうやって指示を出しているかが定かではないのに、それを妨害する手段などそうそうあるわけが…………。
(いや、ある……!)
ルクトの頭にある考えが閃いた。そう難しい方法というわけでもない。いや、実際に試してみたことはまだないわけだから簡単とも言い切れないが、少なくとも大きなリスクを背負い込むようなことはないと思う。
(あとはタイミング)
まあ一回失敗したらそれで終わり、というわけでもない。気負わずにいこう、とルクトは急く心を努めて抑えた。
やがて四匹のモンスターの連携に、わずかな綻びができる。それを察知した〈リーダー〉がルクトの好機を潰そうと動く。そしてルクトもまたその一瞬でなるだけ体勢を整え、向かってくる〈リーダー〉に備えた。
〈リーダー〉が飛び掛ってくる。そして四匹の配下たちも四方からルクトに肉薄してくる。それを気配だけで察すると、ルクトは舌打ちをもらして〈リーダー〉に向かって間合いを詰めた。そしてギラつく牙を見せる〈リーダー〉に対し、太刀を持つ右手ではなく左手を向ける。
――――パチン!
擦りあわされた左手の指が軽い破裂音を迷宮に響かせる。そしてその破裂音を合図にして、不吉な黒い渦が〈リーダー〉の進路上に現れた。ルクトの個人能力である〈プライベート・ルーム〉の入り口、〈ゲート〉である。
突然目の前に現れたゲートを〈リーダー〉は回避することができず、一角を持つ頭を突っ込ませるとそのままスルリと向こう側へと姿を消した。すかさずルクトはゲートを消して〈リーダー〉がこちら側に戻ってこられないようにする。それから隙を作らないよう太刀を構えて四匹の配下たちを見ると、案の定、突然〈リーダー〉が消えたことで困惑の様子を見せていた。
(上手くいった……!)
ようやく一息つけたルクトは、集気法を使って烈を補給しながら内心でほくそ笑んだ。彼がやったことはそう特別なことではない。
「〈リーダー〉を〈プライベート・ルーム〉の中に隔離した」
言ってしまえばそれだけのことである。〈プライベート・ルーム〉という個人能力を使えるのはルクトだけなのだから十分に特別なことのような気もするが、少なくとも本人にその意識はない。
まあ特別うんぬんは置いておくとして、これで状況は随分と変わった。一対五だったのが一対四になり、さらに連携の質も下がるだろう。
(終わらせる……!)
ルクトはゆっくりと太刀を鞘に収め、その柄を握ったまま腰を落とす。抜刀術の構えだ。彼の雰囲気が変わったことを察したのか、四匹のモンスターたちも身構えて唸り声を上げる。しかし先ほどまでと比べると明らかに迫力に欠けた。
短いにらみ合いの末に先に動いたのはモンスターたちのほうだった。機先を制した、という感じではない。圧され、耐え切れなくなって動いた感じである。
迫り来る四匹のモンスターの動きをルクトは抜刀術の構えのまま注意深く観察する。四匹は横一列に並んで真っ直ぐ向かってくる。役割分担がされているようには見えず、また背後に回り込んだり囲んだりしようという気配は感じられない。〈リーダー〉を〈プライベート・ルーム〉に隔離したことで、連携の質が落ちたのは間違いないようだ。
四匹が迷宮の床を蹴り一斉に飛び掛ってきた瞬間、ルクトもまた動いた。一気に前に出て飛び掛ってきた一匹に体当たり気味に肩をぶつける。制動をかけ、中に浮いて無防備にさらされたモンスターの腹に太刀を一閃する。
――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃〉。
ほとんど手ごたえはなく、モンスターの身体は真っ二つになった。飛び散る青い血を避けるようにしてルクトはその場から横にステップする。一拍遅れて残り三匹になったモンスターが、先ほどまで彼がいたその場所にやはり一斉に飛び掛ってきた。
着地の瞬間を狙い、一番近いモンスターとの間合いを詰め大上段から太刀を振り下ろす。十分に烈が込められた太刀は剛毛をものともせずに振りぬかれ、モンスターの首が胴体と泣別れた。
(あと二つ!)
一匹が足に噛み付こうとしてくるが、顎を蹴り上げて強制的に口を閉じさせて撃退する。もう一匹は腕が狙いらしいが動くのが遅い。ルクトは十分な余裕を持ってその動きを見切り、太刀の柄尻をモンスターの眉間に叩き込む。
――――カストレイア流刀術、〈衝波鎚〉。
太刀の柄尻から指向性の衝撃波が放たれ、モンスターの身体を迷宮の床に叩きつける。そしてルクトはそのモンスターが立ち上がる前に、太刀を逆手に持ってその脳天に突き刺し止めをさした。
(あと一体!)
蹴り飛ばしたモンスターが立ち上がるまでの間に、ルクトは集気法を使って烈を補給する。立ち上がったモンスターは、しかし顎を蹴られたことで足にきたのか動けないでいた。それを見逃すほどルクトはお人よしではない。すぐに間合いを詰めて太刀を振るい最後の一体を仕留めた。
自分以外に動くものがいなくなったところで、ルクトは「ふう」と大きく息をついた。太刀を鞘に収めると、四匹のモンスターは全てマナに還って跡形もなくなっている。後に残された四つの魔石が、同じ数のモンスターが存在していたことを無言のうちに主張しているだけだ。
ルクトはその四つの魔石を回収して〈プライベート・ルーム〉に放り込むと、改めて集気法を使ってマナを集め烈を練り上げる。
「さて、メインディッシュだ」
そう呟いて、ルクトは左手の指を擦り合わせて“パチン”と音を立てた。次の瞬間、〈プライベート・ルーム〉の中に隔離されていた〈リーダー〉がこちら側に戻ってくる。
(もしかしたら、もうマナに還っているかとも思ったけど……)
そうそう上手くはいかないらしい。自分の都合のいい願望に苦笑しつつ、ルクトは〈リーダー〉を見据えて抜刀術の構えを取った。
こちら側に戻ってきた〈リーダー〉はきょろきょろと周りを見渡していた。どうやら配下のモンスターたちを探しているらしい。だが、あいにくと全てルクトが倒してしまっている。
「グルルウゥゥゥウウウウウ!!」
配下の姿を見つけることができなかった〈リーダー〉は、初めのときのように身体を反らせて遠吠えを上げた。まさか、と思いルクトは一瞬身体を硬くする。
(まさかまた配下が出てくるんじゃないだろうな……!)
だが、そうなったらまた〈リーダー〉を〈プライベート・ルーム〉に隔離すればいいか、と思いルクトは力を抜いた。遠征と攻略の目的はモンスターを倒してドロップアイテムを得ること。〈リーダー〉が配下を際限なく呼び寄せられるのだとすれば、非常に効率のいい狩りができる。
しかしルクトの心配、あるいは期待はどちらにしろ外れた。〈リーダー〉の遠吠えは虚しく迷宮に響くだけで新たな配下は出てこなかったのだ。
苛立たしげに、〈リーダー〉は唸り声を上げて迷宮の床を前足で掻く。それから腹を決めたのか、姿勢を低くしてその視線をルクトに向けた。
睨み合いは一瞬。先に動いたのはルクトだった。
――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃・翔刃〉。
太刀から放たれた烈は刃となって〈リーダー〉に襲い掛かる。しかし〈リーダー〉はそれをジャンプしてかわし、そのまま大口を開けてルクトに飛び掛ってきた。
その大口に、ルクトは太刀を突き入れる。身体を貫かれた〈リーダー〉は空中に身体を縫いとめられた。
――――カストレイア流刀術、〈螺旋功〉。
太刀に込められていた烈が螺旋を描きながら開放される。内側から荒れ狂う烈の衝撃に〈リーダー〉の身体は耐えることができず、爆散して肉片があちこちに飛び散った。
青い返り血を全身に浴びたルクトは、しかし拭おうともしない。この血も所詮はまがい物であり、すぐにマナへと還り消えてしまうからだ。もっとも、少し粘性のある液体が肌にへばりつくその不快感は本物だ。
ルクトが顔をしかめるなかで四散した〈リーダー〉の身体が白く発光しマナへと帰っていく。彼の体にかかっていた青い血もまた徐々に消えてなくなっていったが、おかしなもので不快感だけは尾を引いてかすかに残った。
「さて、ドロップドロップ」
かすかに残る不快感を忘れようとして、ルクトはそう声に出して〈リーダー〉のドロップを確認した。さんざん手こずらされた〈リーダー〉。はたしてそのドロップアイテムは…………。
「……魔石が、一つ」
ルクトの顔が奇妙に歪んだ。モンスターが魔石以外のドロップを残さないのは、そう珍しいことではない。だが「十階層以下で取れる魔石を一人につき五個以上集めること」という卒業要件があり、ここは恐らく十階層で、出現したモンスターはちょうど五体で、しかも一番遭遇したくない〈リーダータイプ〉とその群れで、おまけに魔石しかドロップしなかったとなれば、やっぱり作為的な悪意を感じずにはいられない。
(いや、いいけど。別にいいけどさ!)
もしも迷宮を管理している神様みたいな存在がいるのだとしたら、そいつはきっと随分暇な皮肉屋に違いない、とルクトは思った。
この二日後、ルクトはノートルベル学園武術科の実技卒業要件を認定された。言うまでもなく武術科設立以来、最速の達成である。