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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第二話 騎士の墓標
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騎士の墓標10

「つ、疲れた………」


 〈彷徨える騎士〉との死闘を終え、ルクトはドロップアイテムの魔石と突撃槍(ランス)を回収してから個人能力(パーソナル・アビリティ)である〈プライベート・ルーム〉の中に引き上げた。


 一度安全圏の中に入ってしまうと、張りつめていた緊張が一気に解けて虚脱が襲ってくる。烈による強化を常に行っていたから肉体的な疲労はそれほどでもないのだが、逆に極度の集中を続けたことによる精神的な疲労がひどい。頭の中が茹だってしばらくなにも考えたくなかった。


 ブーツを乱暴に脱ぎ捨て、ラグを敷いたすのこの上に上がる。剣帯を付けて太刀を吊るしたベルトを外し、ルクトはソファーの上に倒れこんだ。


 全身を脱力させて、そのまま数分間ルクトはソファーの上にだらしなく体を投げ出す。やがて体と頭が冷えてきたように思ったルクトは、その姿勢のまま腕を伸ばしてテーブルの上を手探りで探し、目的のものを掴むとそれを顔のところに持ってきた。


 ルクトが掴んだもの。それは懐中時計だ。竜頭を押して蓋を開けると、ルクトは時間を確認する。


 ちなみにルクトが持つ、というよりハンターが使う懐中時計は普通のそれとは少し異なる。一周十二時間の文字盤のさらに外側に一周二十四時間も付いており、秒針・短針・長針のほかに「二十四時間針」と呼ばれる針が付いているのだ。


 ハンターが迷宮(ダンジョン)のなかで常に知っておきたいものの一つとして、時間がある。迷宮(ダンジョン)のなかでは時間経過による環境の変化、つまり朝夕の区別がないから、往々にして時間感覚が麻痺しがちなのだ。


 しかし時間が分からなければ、計画通りに遠征を進めることはできない。引き際を間違えて食料が尽きた、などということになればそのパーティーの結末は悲惨だ。


 だからハンター達にとって時計は必需品だ。しかし普通の時計では、今が真夜中の十二時なのか、それともお昼の十二時なのか、迷宮(ダンジョン)のなかで区別することができない。そこで遠征用に作られるようになったのが、二十四時間かけて文字盤を一周する二十四時間針の付いた特殊な時計なのだ。なおハンターが使う遠征用の懐中時計には、日付を表示する機能も付いていることが多く、ルクトの懐中時計もそのタイプだ。


 時計は大きく分けて二種類ある。機械式と魔道具式だ。どちらを使うかは人それぞれだが、どちらにしても時計は精密機械で早い話が高価でしかも壊れやすい。その上、ハンターは戦闘をしなければならない。後列のメンバーに持たせておくのがセオリーだが、それでも時計を持ったまま戦闘に巻き込まれることも珍しくなく、その結果、時計が壊れてしまったなどという話は良く聞かれるものだ。


 高価で壊れやすいが、しかしなくてはならない必需品。なかなかハンター泣かせな道具である。ちなみにルクトの場合は〈プライベート・ルーム〉の中で保管しているので、戦闘で壊してしまう心配はない。今使っている懐中時計も、ノートルベル学園に入るときにメリアージュが用意してくれたものである。


 閑話休題。それはそれでいいとして。


 ルクトが懐中時計を確認すると、もうすぐで二十時になるところだった。いつも夕食を食べている時間はとっくに過ぎていて、それを認識すると思い出したように腹が減り始める。


「メシ食って寝よ………」


 そう呟きルクトはノロノロと身体を起こす。今日は、もうこれ以上迷宮(ダンジョン)で戦いたくはなかった。普通の遠征であればそんな泣き言はいってられないのだろうが、〈プライベート・ルーム〉の中にいればそんな我儘も問題なく叶えられる。


 だがこの個人能力(パーソナル・アビリティ)のおかげでルクトはソロでの活動を余儀なくされているのも確かだ。仮にパーティーを組んでいたとしたら、〈彷徨える騎士〉がいかに強敵であったとしてもあそこまで手こずることはなかっただろう。実際、途中で会ったヴィレッタら〈叡智の女神(ミネルヴァ)〉のメンバーたちなら、もっと効率的に短時間で撃破していたはずである。


 しかしそのまた一方で、ソロで攻略しているおかげでドロップを独り占めでき、稼ぎの効率がいいのもまた事実だ。


「ソロでやるのも一長一短なり………」


 すっかり冷たくなったサンドイッチを食べながら、ルクトはそんなことを呟いた。



▽▲▽▲▽▲▽



 異質なモンスター、というのは当たり前の話だがそうそう遭遇するものではない。それになにをもって“異質”であるとするかは、遭遇したハンターの主観によるところが大きい。極端な話、迷宮(ダンジョン)に潜ったことのない者にしてみれば、〈迷宮(ダンジョン)〉という空間全てが異質なのだから。


 つまり、〈彷徨える騎士〉を〈異質なモンスター〉と感じたのは、完全にルクトの主観でしかない。ただ、ルクトとて迷宮(ダンジョン)に潜り始めて五年以上になる。その経験の中で遭遇したことのないタイプである〈彷徨える騎士〉は、やはり彼にとって異質というべきだった。


「〈彷徨える騎士〉は迷宮(ダンジョン)で死んだ騎士の亡霊なのではないか」


 ルクトは戦闘中にそんなことを考えた。無論、即座に否定したし、〈彷徨える騎士〉は倒された後にマナに還元されて消え去り、そしてドロップアイテムを遺した。これは完全にモンスターとしての特性だ。退治されて魔石を置いていく亡霊など、聞いたこともないし即物的すぎてなんとも興ざめであろう。


 まあ、それはともかくとして。〈彷徨える騎士〉が亡霊であるというオカルトチックな話を、ルクトは信じてはいない。〈彷徨える騎士〉はモンスターである。それが、実際に戦いそして倒したルクトの意見だ。


 そして間接的にではあるが、〈彷徨える騎士〉がモンスターであることを裏付ける証拠がもう一つあった。かの騎士が残した、突撃槍(ランス)である。


「こりゃ、妙な品だな。いうなれば魔装具のなりそこないってところか………」


 ルクトから突撃槍(ランス)の鑑定を依頼されたダドウィンは、少し調べてから眉間にシワを寄せながらそう言った。戦った際に〈彷徨える騎士〉が使っていた突撃槍(ランス)は白い光を放ち、〈白い槍〉を打ち出すという能力を見せた。それゆえルクトはその突撃槍(ランス)が魔装具ではないかと思っていたのだが、どうやらその直感は半分しか当っていなかったようである。


 ダドウィンの話を要約すると、「魔装具としての回路は存在するが、能力を決定するための術式がない」とのことだ。ようはものすごく中途半端な武器なのだ。〈彷徨える騎士〉がなぜこんな武器を使っていたのか、不思議になるくらいに。


 ただその不可解さこそが、〈彷徨える騎士〉がモンスターであることを間接的にでは在るが示している。このモンスターが迷宮(ダンジョン)で果てた〈騎士〉の情報をもとに作られた、ということは恐らく間違いない。そしてその際、魔道甲冑(ソーリッド・アーマー)もまた迷宮(ダンジョン)に吸収されたと考えることができる。それを中途半端に再現したものがあの突撃槍(ランス)、と考えれば一応の説明は付く。


 それに魔装具でなかったのであれば、あの〈白い槍〉は突撃槍(ランス)自体の能力ではなく、〈彷徨える騎士〉の力だったことになる。それもモンスターであるとすれば、驚く必要もない、ごく普通のことだ。


(ま、なんの確証もないけれど………)


 ルクトは心の中でそう呟いて仮説を仮説のままで止めた。彼にしてみれば「魔石をドロップした」というただそれだけで、〈彷徨える騎士〉はもはやモンスターなのだ。その上、もう倒してしまっている。だからルクトにとって〈彷徨える騎士〉は、もう過去の話になっていた。


(あの、戦いなれた動きだけはまだよく分かんないけど………)


 だからこうして色々と思い出して考えているのは、感傷というよりは今後に繋げるための考察である。


 ルクトは〈彷徨える騎士〉の動きについて「分からない」と言ったが、一応仮説は立っている。迷宮(ダンジョン)がマナの形で吸収する情報のなかに、経験や技術も含まれるのであれば説明はつく。


(ま、これもなんの確証もないけど………)


 もとより迷宮(ダンジョン)は人知の及ばぬ魔境。学者でもないルクトがあれこれ考えてみたところで正しい答えなど出るわけもない。もっとも何をもって正しいとするか、それさえもまだはっきりしていないのが現状だが。


 それはそうと突撃槍(ランス)の話である。


「これはウチが引き取るよりも、学園に持っていったほうがいいかも知れんな」


 一通りの鑑定を終えたダドウィンはルクトにそういった。彼の話によると、素材はそう珍しいものではなく、また魔装具としては出来損ないで、そのせいで武器としても中途半端な突撃槍(ランス)、だそうだ。しかし「そういうものがドロップした」という事実それ自体に意味と価値があるという。


「研究資料として引き取ってもらえば、それなりの額になるんじゃないのか?」


 ダドウィンはこともなさげにそう言ったが、学生側の利益になることをきちんと教えてくれるから、ルクトは彼を信頼しているのである。


「ありがとうございました。それじゃあ、学園のほうにも見せてみます」


 そういってルクトは突撃槍(ランス)を、受け取り頭を下げた。こういう相手には頭の下げ甲斐がある。


「それと、コレ、お願いします」


 そういってルクトがダドウィンに差し出したのは鞘に収まった太刀だった。武器は定期的に手入れをすることで寿命を延ばすことができる。なにより戦闘中に武器が壊れてしまうリスクを可能な限り下げておくためにも、手入れは重要だ。あと、定期的に手入れをしておいた方が、結果的に安上がりなこともルクトにとっては無視できない。


「おう、まかせとけ」


 新品同然に仕上げといてやるぜ、ダドウィンはたくましい腕を叩いて請け負った。そんな彼にルクトはもう一度頭を下げてから店を出た。


 ダドウィンの店を出たルクトは、そのまま真っ直ぐに学園へと帰る。無論、学園の窓口に突撃槍(ランス)を見せて幾らになるのかを聞くためだ。


 結果から言えば、ダドウィンが言っていた通りになった。突撃槍(ランス)それ自体はさほど価値のあるモノではないのだが、やはり「珍しいドロップアイテム」ということで研究用の資料として引き取ってもらえたのだ。


 付いた値段はなんと50万シク。一つのドロップアイテムに付く価格としては破格の値段である。ルクトがこれまで回収してきたドロップアイテムのなかでも、間違いなく過去最高値だ。


 この突撃槍(ランス)を売却したことで、〈彷徨える騎士〉はルクトの中で完全に過去のものとなった。色々と異質なモンスターで、それゆえ強烈な印象が残っていはいるが、いつまでも一体のモンスターに、しかも倒してしまったモンスターに拘っているわけには行かないのである。


「次はもう少し深く潜らないとだな………」


 ルクトの意識はすでに次の遠征にむいていた。当面の目標となるのは、やはり十階層だろう。「十階層以下で取れる魔石を一人につき五個以上集めること」というのが武術科の実技の卒業要件で、これを満たすことが一つ大きな目標になる。


 とはいえ、近いうちにこの目標は達成可能だろうとルクトは思っていた。決して楽観視しているわけではない。実際、彼は十階層の一歩手前まで攻略を進めている。体感として遠征がきつくなってきているわけでもないし、早ければ今年中、遅くとも三年次の間には達成できるだろうとルクトは見立てていた。


「ま、頑張りますかね」


 卒業要件は実技さえ満たしてしまえば、後は座学の単位だけである。こちらは講義にきちんと出ていれば問題ないので、とくに心配する要素はない。実技の卒業要件を満たせば、卒業は約束されたといってもいいだろう。


「後は借金だなぁ………」


 苦笑気味にルクトは呟いた。借金はまだまだ1億シク以上残っている。はっきり言って卒業よりもこれを完済するほうがよほど厄介だ。しかもルクトの目標は在学中の借金完済で、つまりあと四年弱で一億シク以上稼がなければならない。


「明日からまた節約だな」


 結局、そこに落ち着くルクトであった。



▽▲▽▲▽▲▽



 一週間後、ルクトは〈彷徨える騎士〉と戦ったあの場所にもう一度足を向けた。〈彷徨える騎士〉、は無理でも同じタイプのモンスターが出現(ポップ)しないかという期待があったし、またほんの少しの気まぐれからだ。


 結果から言えば、期待のほうは外れた。同じタイプどころかモンスター自体が出現(ポップ)しなかったのだ。


 もっとも、気まぐれのほうには少しばかりの成果があった。

 それは迷宮(ダンジョン)の白い床につけられた、一つの傷である。


 迷宮(ダンジョン)というのは基本的に不変だ。通路やシャフトに傷が付いても、時間が経てば勝手に修復される。


 ルクトが見つけたのは、〈彷徨える騎士〉が果てるときに突撃槍(ランス)を突き刺したことでできた傷だった。つまり一週間前に付けられた傷で、それがまだ修復されていないのは異例というべきことだった。


「こんなところまで異例づくしか………」


 ルクトは呆れたようにそう呟いた。それからふと思いついたように〈プライベート・ルーム〉の中に引っ込み、そこから水を一杯汲んできて床に付いた傷に振り掛ける。


「酒じゃないのは勘弁してくれ」


 ルクトなりのはなむけのつもりだった。バカらしい、無意味なことをしていると思わないでもない。だが小さな満足を、彼は確かに感じていた。


「さて、行きますか」


 ルクトはロングコートをひるがえして水で濡れた迷宮(ダンジョン)の白い床に背を向ける。そこに付けられた突撃槍(ランス)による傷跡。それはまるで、〈彷徨える騎士〉の墓標のようにルクトには思えるのだった。


というわけで「騎士の墓標」いかがだったでしょうか。


この作品では、学園での生活もきちんと描きたいと考えていました。

ただの苦学生じゃあ、話が暗くなってしまいますからねぇ………。

新月は暗い話はあんまり好きではないのです。


この先も「403 シングル・ルーム」とルクトの学園生活を生温かく見守ってください。

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― 新着の感想 ―
穴だらけのダメージコートが一部の人たちの間で流行ったとか流行らなかったとか。女子がダサいと連呼したとかしなかったとか。
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