百花繚乱なる事件簿6
三人の“騎士”を含む賊を捕まえたあの夜から四日後、カルミは再びあの喫茶店に来ていた。あの時と同じく、ヴィレッタを通じて捜査官のタスクから呼び出されたのである。とはいえ何かを頼まれるわけではない。エレノア・ミレーとオリフリアの花に関わる一連の事件の顛末を、話せる範囲で教えてくれることになっているのだ。
「ああ、カルミさん。コッチです」
カルミが喫茶店に入ると、先に来ていたタスクが席から手を振る。見ればすでにヴィレッタも来ていた。またしても最後になってしまったようである。遅れたことをわびながら、カルミも席に付いた。
タスクに勧められるまま、カルミは紅茶とケーキを注文する。ちなみに選んだのはチーズスフレだ。
「さて、カルミさん。まずはお礼を言わなければなりませんね。お陰様で賊を全員逮捕することが出来ました。カルミさんがいなければ、彼らには逃げられていたでしょう」
ありがとうございました、と言ってタスクは頭を下げた。そして頭を上げると、今度は意地悪げな笑みを浮かべる。
「それで私の立場上、本当はお説教しなければならないのですが……」
お説教と聞いてカルミは分かりやすく狼狽した。そんな彼女を見てタスクは楽しそうに笑う。
「まあ、ヴィレッタさんがこってり絞っておいてくださったそうなので、今回は勘弁してあげましょう」
タスクが愉快そうに笑いながらそう言うと、カルミは大げさに安堵の息を吐いた。そんな彼女を尻目に、ヴィレッタはすまし顔で紅茶を啜る。
あの夜、賊が全て拘束されるのを見届けたカルミは大きな満足を胸に寮に帰ろうとした。情けない一日を、情けないまま終えずに済んだ。明日からは迷宮に潜って砕けてしまった〈サイネリア〉を修復しなければならない。今日は早く寝よう、と思っていた彼女の肩を誰かがガシリと掴んだ。
猛烈に嫌な予感がした。そして、嬉しくないことにその予感は大当たりした。頬を引きつらせながら振り返ったカルミが見たのは、笑顔の仮面でも隠しきれない強烈な怒気を滲ませるヴィレッタの姿だったのである。
(ひいいいいぃぃ!?)
カルミは心の中で悲鳴をあげた。ヴィレッタが連れてきた顔見知りのハンターたちに視線で助けを求めるが、順当に無視された。彼らとて、鬼にかかわりたくはないのだ。そしてカルミはそのままヴィレッタの部屋に連行され、そして夜半過ぎまで延々とお説教されることと相成ったのである。
やれ「私は帰れと言ったはずだ」だの、やれ「どれだけ危険なことをしたのか分かっているのか」だの、やれ「本来なら公務執行妨害でお前も逮捕されているんだぞ」だの。ヴィレッタの説教はいちいち尤もで、カルミは一言も反論できない。泣きが入っても勘弁してもらえず、カルミの胸にはそれはそれは深いトラウマが刻まれることになった。
それでも、お尻を叩かれなかったのはせめてもの慈悲なのかもしれない。あんまり救われなかったけど。
お説教されたときのことを思い出し、カルミはブルリと身を震わせる。そんな彼女を横目に見て、ヴィレッタは小さく苦笑を漏らした。
ヴィレッタとて、カルミがいなければ“騎士”を含むあの賊たちを制圧することは不可能だったと分かっている。だが、彼女を叱ることはどうしても必要だった。だから素直に叱られてくれて安心している部分もある。
まあ、素直に叱られる分、カルミはまだまだ可愛げがあるとヴィレッタは思う。これがあのルクト・オクスだったらどうだろうか。自分の戦果を強調してのらりくらりと説教をかわす。そんな光景が思い浮かんだ。もっとも、アレが一シクの得にもならない事件に自分から関わることなんてないのだろうけれど。
閑話休題。今日の用件は、そういうことではない。
「さて、カルミさん。そもそもの発端として、我々があなたを事件に関わらせてしまった部分があるのは否定できません。それで、話せる範囲ではありますが、あなたが望むのなら事件の顛末をお教えしましょう」
どうしますか、とタスクは問いかける。カルミは彼の目を真っ直ぐに見て「教えてください」と答えた。それに対し、彼は「分かりました」と言って一つ頷く。
「では、何からお話しましょうか……」
そう言ってタスクは顎に手を当てて空を見つめながら数秒の間考え込んだ。そしてゆっくりと視線を戻すと、口を開いてこう言った。
「まずは、オリフリアという花についてからお話しするべきでしょうね」
オリフリア。ネーリンベルという都市国家とその周りにもともと自生している花である。成長した場合、丈の高さは三十センチほどになり、淡いピンク色の花をつける。花の最盛期は四月の初めから五月の終わりごろだ。
「そしてオリフリアの葉にはある種の効能があります」
新鮮な生葉を使って淹れたハーブティーにはリラックス効果があり、夜寝る前に飲むとぐっすりと快眠することが出来る。これだけであれば、オリフリアは役に立つハーブとして人々から愛されていただろう。しかしオリフリアの効能はコレだけではなった。
「オリフリアの効能は、花が咲くときに最も強くなります。そしてその時に葉を摘み、その葉を乾燥させると危険な薬物、まあつまり麻薬になるわけです」
「麻薬……」
その言葉の響きに、カルミは背筋を冷たくする。実際、麻薬は都市をも滅ぼしかねない災厄、それも人為的災厄だった。
「……使うと、どうなるんですか?」
「詳しくは分かりませんが、要するに、その、『気分がよくなる』みたいですね。つまり、気分が昂揚するわけです」
ある種の全能感さえ味わえるようです、とタスクは説明する。
「お酒を飲んだときみたいになる、ってことですか?」
「その程度では済みませんよ」
なにしろ錯乱して自我を失うのだ。しかもひどく攻撃的になる。その上、常用性が極めて強い。使い続ければ、遠からず薬なしではまともに生活できなくなる。無論、薬を使ってもまともな生活など出来ないが。
「さらにこのオリフリアの薬には、一つ大きな特徴があります」
それは痛みに対して鈍感になることだ、とタスクは言う。それを聞いてカルミの脳裏に一つの光景が甦る。それはナクタ・ロマリスが外法を使った時の光景だ。痛みに対して鈍感になるということはつまり、外法の拒否反応も感じにくくなるということ。外法との相性がいい、と言えるかもしれない。
「さて、お話したようにオリフリアの葉は、乾燥させると麻薬になります」
そして麻薬が蔓延すると、都市は滅ぶ。想像してみてほしい。人口がたかだか五万人程度の閉鎖的な社会の中で、心身に悪影響を及ぼす常用性の極めて強い薬物が蔓延する様子を。地獄である。社会的な機構はあっという間に維持できなくなり、都市国家は滅んで無法地帯が誕生するだろう。そうなったら最後、人類は自然によって淘汰されることになる。
「ネーリンベルの都市国家政府も愚かではありません。オリフリアが麻薬になることを知ると、すぐさま規制を設けました」
オリフリアの葉を乾燥させたものを麻薬に指定し、その製造・販売・所持・移動を全て禁じた。さらにオリフリアの栽培そのものも禁じたそうだ。
「とはいえ、オリフリアの麻薬を撲滅することは容易ではありませんでした」
なにしろ、オリフリアはネーリンベルの周辺にもとから自生している植物。極端なことを言えば、その辺に生えているのだ。都市から少し離れれば群生地も複数あり、葉を摘んで乾燥させるだけでいいこの麻薬は製造も比較的容易。常用性が強いということは確実な収入が見込めるということでもあり、非合法な裏組織からしてみればこれほど美味い金づるはない。
こうしてネーリンベルの長きに渡る戦いが始まったのである。すぐさま解決できるような問題でもなく、厳しくそして地道な戦いだった。だが、ネーリンベルは一切妥協しなかった。規制・捜査・摘発・教育。この四つを基本的な戦略の柱としてネーリンベルは戦った。
最初は都市国家政府が後手に回った。何しろ、オリフリアを隠れて栽培することは簡単なのだ。もともと自生しているだけあって種を蒔いておけば後は勝手に育つ。都市から少し離れれば政府の監視の目を逃れるのも容易い。そして、そうした拠点は見つけることよりも造ることの方が簡単だった。結局、都市国家政府は麻薬が都市内に入るのを水際で防ぐほか、有効な対策を採れずにいた。
「しかし、ある魔道具が開発されると、状況は一変しました」
「魔道具、ですか?」
「はい。どういう仕組みなのか、詳しくは分かりませんが、オリフリアの群生地を探知する魔道具が開発されたそうです」
この魔道具の登場により、それまでオリフリアを隠れて栽培していた畑が次々に発見された。麻薬の密造・密売をしているグループがどれだけ新たな畑を作っても、その魔道具から逃れることはできなかった。
探査範囲には限界があるはずだから、都市から十分に離れれば探知されることはないのかもしれないが、しかし離れすぎると今度は栽培や製造それ自体がやりにくくなる。結果としてオリフリアの麻薬の流通量は激減し、ネーリンベルの都市国家政府はそれをついに撲滅したのである。いや、撲滅したかに見えた。
「麻薬の密造・密売を行っていたグループ、ここでは〈組織〉とでも呼びましょうか。〈組織〉はまだ諦めていませんでした」
ネーリンベルがダメなら、どこか他の都市で作ればいい。彼らはそう考えた。そして完成した麻薬をネーリンベルに持っていって売りさばくのだ。いや、ネーリンベルだけでなく他の都市にまで商売を広げてもいい。そのためにはどうしてもオリフリアを大規模に栽培できる環境が必要になる。そして、そのために目を付けたがカーラルヒスだった、と言うわけだ。
「カーラルヒスが選ばれたのには、複数の理由がありました」
まず最も重要だったのがオリフリアについて何も知らないこと。ネーリンベルの隣の都市などはオリフリアについてすでにかなり詳しいことを知っており、その周辺で栽培を行うのは難しかった。そこでネーリンベルからある程度距離のある、カーラルヒスに目を付けたのだ。
さらに、ノートルベル学園を擁しているために外から来たよそ者が珍しくない、というカーラルヒス独特の気風も彼らにとっては好都合だった。なにしろ、彼ら自身もよそ者になるのだから。よそ者と言うのはそれだけで目立ってしまう。なるべく目立ちたくない彼らにとって、人の出入りが多いこの都市はまさにうってつけだったのである。
こうして〈組織〉の人間がカーラルヒスにやってきて、ここでオリフリアの種を捲いた。後は花が咲くのを待って葉を摘み、それを乾燥させればいい、はずだった。
「しかし、物事はそう簡単には運びませんでした」
その理由を、カルミは容易に想像することができた。つまり、オリフリアがカーラルヒスでは育たなかったのである。
「何度か失敗を繰り返した後、彼らはオリフリアの栽培を専門家に任せることにしました。そしてその時に〈組織〉が目を付けたのが、エレノア・ミレーだったわけです」
そこまで話すと、タスクは一息ついて紅茶を一口啜って喉を潤す。ここまではいわば事件が起こることになった、その背景である。
「さて、ここからはエレノア・ミレーの話になります」
エレノア・ミレーはもともと、ネーリンベルで薬師として働く家の娘だった。ただし、両親は早くに亡くなり祖母が彼女を育てていた。祖母は優秀な薬師であり、エレノアは彼女から薬師の仕事を教わりながら成長していった。
しかし、その祖母もまたエレノアを残してこの世を去る。彼女が十五のときのことだ。一人残されたエレノアは途方に暮れた。彼女は天涯孤独であり、死んでしまった祖母のほかに頼れる親類はいない。さらに薬師として自立できるだけの力量もない。とうとう家さえ手放すことになってしまった彼女に声をかけたのが、他ならぬ〈組織〉だった。
「『カーラルヒスでオリフリアの花を咲かせて欲しい』。彼らはそう言ってきたそうです」
エレノアは薬の原材料として使う薬草の栽培も祖母から習っていた。オリフリアを育てていたわけではもちろんないが、しかし彼女がその手のノウハウを持っていたことは間違いない。
さらにエレノアの年齢もまた〈組織〉にとっては魅力的だった。彼女はその時十五歳で、翌年には十六になる。ノートルベル学園に留学するのにちょうどよい年齢である。後は適当な学科さえ選べば、彼女がオリフリアの花を育てていても、誰もそれを不審には思わないだろう。
「オリフリアの栽培方法を確立したときの成功報酬。そしてノートルベル学園薬学科への留学費用と諸々の経費の全額負担。これを条件にエレノアは〈組織〉の提案に乗りました」
こうしてエレノアはカーラルヒスにやって来たのである。薬学科に入学した彼女はそこで知識を蓄えて薬師を目指すのと平行して、オリフリアの花を咲かせるべく試行錯誤を繰り返した。〈組織〉の目論見どおり、薬学科の彼女がオリフリアを育てていても、「リラックス効果のあるハーブだ」と言えば誰もそれを不審には思わなかった。
「……今思えばですが、もしかしたら彼女の祖母が死んだのは〈組織〉の手によるのかもしれません」
あまりにもタイミングが良すぎる、とタスクは指摘する。確かに、「身寄りがなく、薬草の栽培に詳しい、留学可能な年齢の少年か少女」というのは探してもそうそう見つかるものではないだろう。エレノアをカーラルヒスに留学させるため、彼女をネーリンベルに繋ぎとめている祖母を〈組織〉は殺害したのではないか。捜査官のタスクにはそう思えてならなかった。
「まあ、証拠はありませんし、捜査することもできませんがね」
忘れてください、と言ってタスクは苦笑を浮かべた。そして表情を引き締めると、話を本筋に戻す。
「エレノアは三年かけてカーラルヒスでのオリフリアの栽培方法を確立し、それをレポートにまとめて〈組織〉に提出しました。そしてここで、殺害されたバール・スベム氏が話に関わってきます」
バールはエレノアと一緒にカーラルヒスに来て、そしてノートルベル学園に入学した。学科は木工建築学科。ただし彼の目的はそこで学ぶことではなくエレノアの監視であり、また〈組織〉と彼女の間の連絡係だった。
「ご存知とは思いますが、バールはオリフリアの麻薬を密売していました。それも〈組織〉の許可を得ずに。そしてそれは〈組織〉にとって大変都合の悪いことでした」
そもそも、〈組織〉はカーラルヒスで商売をするつもりなどないのである。ここで商売などしてオリフリアの危険性を知られれば、カーラルヒスの都市国家政府は間違いなくオリフリアを規制するだろう。そうなれば全ては水の泡だ。
だから〈組織〉がカーラルヒスでしたかったのは、あくまでもオリフリアの栽培と麻薬の密造までなのだ。売り払って稼ぐのはネーリンベルやその周辺の都市。それが〈組織〉の計画だった。
それなのにバールが勝手に麻薬の密売をしてしまった。本人は小遣い稼ぎのつもりだったのかもしれないが、しかし〈組織〉にとっては大問題だった。その結果、バールは〈組織〉によって殺されてしまう。
「彼らにしてみれば、オリフリアのことが発覚するのを何としても避けたかったのでしょう」
しかし事態は〈組織〉にとって都合の悪い方へと転がっていく。捜査官のタスク・オーがオリフリアへとたどり着き、そしてエレノア・ミレーを取り調べたのである。この展開に、〈組織〉の面々は大いに焦った。
「彼らはすぐさまカーラルヒスを脱出することにしました」
カーラルヒスにおけるオリフリアの栽培方法を確立するという最低限の仕事は果たした。最悪、そのレポートさえあれば再起は可能。育てたオリフリアは放っておけば勝手に枯れるし、二、三年経ってほとぼりが冷め事件のことが忘れ去られてからまた舞い戻ってくればいい。彼らはそう考えたのだ。ちなみに、最後にオリフリアの葉をありったけ摘んでいったのは、できるだけ赤字を減らすためだったそうだ。
「後は、カルミさんも知ってのとおりです」
彼らは夜陰に紛れてカーラルヒスから脱出しようとしたが、そのまえに衛士隊とハンターたちによって捕らえられた。これで本当に一連の事件は一件落着、である。
「あの、それでエレノアはどうなるんですか?」
「どう、とは?」
「それは、その……。どんな罪に問われるのか、とか……」
カルミが躊躇いがちにそういうと、タスクは「ああ、なるほど」と言って頷く。そして、思いがけない答えを返した。
「彼女が罪に問われることはありません」
「え……? ど、どうしてですか!?」
「そもそも、彼女が罪を犯していないからです」
エレノアがしたのは、オリフリアを育ててその栽培方法を確立すること、ただそれだけである。そしてカーラルヒスの法はオリフリアの栽培を禁じていない。またオリフリアの麻薬についても、カーラルヒスの法はこれを規制していない。というより、今まで知らなかったのだから規制のしようがなかったのだ。よって「違法な目的で使うことを知りつつ栽培に協力した」という共謀罪も成立しない。よってエレノアはなんら法を犯してはおらず、そのため罪に問われることもないのだ。
「それ、アリなんですか……?」
「抜け道を突かれたのは間違いないんですけどね。これを機会に法整備がされるとは思いますが……。とはいえ、今現在の時点で禁じる法が無い以上、彼女を罪に問うことはできません」
これは絶対です、とタスクは言った。しかしカルミはどうしようもなく胸の中にモヤモヤとしたものを感じてしまう。
エレノアはオリフリアが麻薬になることを知っていた。そして〈組織〉がオリフリアを麻薬にして密売しようとしていることも知っていた。知っていて、オリフリアを育てていた。カルミの中の正義は、それを悪だと言っている。それが裁かれないと言うのは、やっぱり釈然としない。
しかしその一方で、カルミはエレノアが何の罪にも問われないと聞いてホッとしてもいた。身寄りのない子供が生きていくのは辛いことだ。訓練生上がりである彼女はそのことをよく知っている。エレノアが〈組織〉に手を貸してしまったのは、確かに悪いことだと思う。しかし一人になってしまった彼女がどれだけ心細く、また困難な状況にいたのかを思うと、喉元まで出かかった非難の言葉を口にすることはなかなかできなかった。
「……じゃあ、エレノアはまた今までどおり学園に通えるんですね?」
カルミがそう尋ねると、タスクとヴィレッタは揃って苦笑を浮かべる。二人の表情はまた、少し悲しげでもあった。そんな二人の顔を見て、カルミは嫌な予感に襲われる。
「だって、エレノアは罪に問われないんですよね……? だったら……」
「カルミさん、エレノア・ミレーがこれからどうするのか、知りたいですか? あなたが知りたいというのであれば教えても構わない、と本人から言付かっています」
「……! ……教えて、下さい」
数秒をかけて決意を固め、カルミはタスクの目を真っ直ぐに見てそう言った。彼女のその視線を受け止め、タスクは一つ頷く。
「では、お教えします。……確かに、今回の一連の事件でエレノア・ミレーが何かの罪に問われることはありません。しかし、事がことです。何もなし、と言うわけにはいかない。そこで学園と都市国家政府は彼女に対し、自主退学と都市外退去を勧告しました」
勧告である以上、強制力はない。だから、必ずしも従う必要はない。しかしこの状況では実質的に命令と同じだ。それに彼女がしたことは遠からず周囲に露見するだろう。そうすれば、居残ったとしても居心地は悪いに違いない。
「誤解しないで貰いたいが、これはエレノアのためでもあるんだ」
補足するようにしてそう口を挟んだのはヴィレッタだった。彼女は言う。カーラルヒスでの計画が失敗したことはいずれネーリンベルの〈組織〉にも伝わるだろう。その時、エレノアがただ一人無事でいればどうか。〈組織〉は彼女を裏切り者と見なし報復するだろう。何しろ相手は〈魔導甲冑〉を手に入れられるほど力のある連中だ。彼女を守りきるのは難しいだろう。
あるいは、報復せずともまた別の都市でエレノアにオリフリアを栽培させるかもしれない。そうなればまた同じことが起こる。それを防ぐためにも、彼女はカーラルヒスを離れ〈組織〉の目の届かない都市へと逃れるのが一番いいのだ。
「い、いつ、エレノアはカーラルヒスを発つんですか?」
「恐らくは、今日です」
「……!」
それを聞くと、カルミは思わず飛び出した。自分に出来ることなどないと知っている。ただそれでも。このまま終わってしまってはいけない。そう思った。