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百花繚乱なる事件簿5


 衛士隊とハンターの混成部隊が松明を掲げながらカルミの教えた倉庫へ向かっていく。総勢はざっと三十人と言ったところだろうか。結構な大人数である。ちょっと大人数過ぎるような気もする。だが絶対に逃すわけには行かないし、また相手が全部で何人いるかも分からないので、ありったけの人数をかき集めてきたのだろう。木陰に身を潜めてその様子を窺うカルミはそう思った。


 部隊の先頭に立つのは捜査官のタスク・オーだ。ヴィレッタの姿を探すと、部隊の中ほどにいた。二人とも怖いほどに真剣な表情をしている。離れた場所で見ているカルミさえ、身の引き締まる思いがした。


 やがて一行はカルミが教えた倉庫に近づく。適当なところでヴィレッタが指示を出したのか、彼女の連れてきたハンターたちが散開して倉庫の周りを囲む。これでもう賊は袋のねずみである。


 ハンターたちが配置に付いたのを確認してから、衛士隊を従えたタスクが倉庫の入り口を叩く。何か言っているらしいが、カルミの位置からは聞こえなかった。タスクは入り口のドアを何度も拳で叩くが、しかし中から応答はない。だが馬車と馬が残っている以上、彼らはまだ中にいるはずだ。


 しびれを切らしたのか、タスクが入り口のドアに手をかける。だが、内側から鍵でもかけられているのかドアは開かない。とはいえここで引き下がることは出来ない。タスクが下がると数人の衛士が前に出た。どうやら強引にブチ破るつもりらしい。しかしその瞬間、ドアは内側から吹き飛んだ。


 木片が飛び、衛士たちの視界を遮る。しかしなにより重要なのは、それが予想外の展開であったことだ。そのせいで衛士たちの動きが一瞬止まった。そしてその隙を見計らったかのように、倉庫の奥から〈騎士〉が飛び出してきた。


 本来〈騎士〉とは衛士たちと同じく都市を守る存在である。だから倉庫の中から飛び出してきたソレを、本当であれば〈騎士〉と呼ぶべきではないのだろう。しかし、ソレを形容する言葉をカルミは〈騎士〉以外には知らない。なぜなら、ソレは〈魔導甲冑(ソーリッド・アーマー)〉を装備していたからである。


「な……!? ウソ……!」


 絶句するカルミの目の前で、“騎士”は衛士たちを薙ぎ払っていく。数だけで言えば衛士たちの方が圧倒的に多いが、しかし〈魔導甲冑〉は人類が誇る武力的切り札。いかに優れた武芸者を揃えても、生身では相手にならない。まるで獅子が羊を散らすかのように、“騎士”はタスクら衛士たちを追い払う。


 衛士たちが入り口付近から追い払われると、倉庫の中からまた人影が現れた。それを見てカルミは今度こそ我が目を疑う。さらに“騎士”がもう二人いたのである。全部で三体の騎士。絶望的な戦力差と言っていいだろう。


 新たに現れた二人の“騎士”は馬車を押さえていたハンターたちを追い散らし、さらに〈魔導甲冑〉を装備していない三人が手早く荷物を馬車の荷台に載せる。そして荷物を全て乗せ終えると馬に鞭を入れて慌しく出発した。三人の“騎士”に守られた馬車に衛士隊もハンターたちも近づけない。


「くっ……! このままじゃ……!」


 このままでは逃げられてしまうだろう。その未来を予感してカルミは奥歯を噛み締める。あの賊たちとエレノアがどう関わっているのか、カルミはその全てを知っているわけではない。だが彼らがエレノアを利用していたことは間違いないだろう。利用していただけだからこそ、彼女が捕まった途端こうして切り捨てて逃げようとしているのだ。


 初めてエレノアと会ったときのことを思い出す。彼女がオリフリアの花に注いでいた愛情は本物だったはずだ。彼らはそんなエレノアと彼女の愛情を利用したのだ。それは許せない、とカルミは思った。


 覚悟を決めたのは一瞬。集気法を使い身体能力強化を施すと、カルミは腰間の〈サイネリア〉を抜き放って駆け出した。


 賊は馬車を中心に置き、前方と左右に“騎士”を配置して道を駆けていく。ただし、あまり速度は出ていない。集気法で身体能力を強化した武芸者ならすぐに追いつけるだろう。実際、衛士隊やハンターたちも追いすがっているが、しかし“騎士”に阻まれ馬車に近づくことが出来ない。


 このままでは逃げられる。賊を含め、誰もがそう思った。しかしその瞬間、賊が進む道の先に〈サイネリア〉を構えたカルミが躍り出た。


「カルミ!? 何をしている、下がれ!!」


 カルミの姿を認めたヴィレッタがそう叫ぶ。しかし尊敬する先輩の言葉に、カルミは逆らう。そして戦意の篭った声でこう叫んだ。


「咲き誇れ、〈クレマチス〉!」


 カルミのその言葉に呼応し、〈サイネリア〉のまるでガラスのように半透明な青紫色の刀身からクレマチスの蔓が伸び、彼女の右腕を肩の辺りまで覆う。そして緑の葉が萌え出て、最後に真ん中に赤紫色の筋を持つ白いクレマチスの花を咲かせた。〈サイネリア〉の刀身と同じく半透明で、淡く輝くクレマチスの花をその身に咲かせたカルミの姿は、薄暗がりの中で一際神秘的だった。


「退け、邪魔だ!!」


 馬車の前方にいた“騎士”がそう叫びながら速度を上げてカルミ目掛けて突っ込んでくる。“騎士”が装備しているのは突撃槍(ランス)。その切っ先を向け猛然と突っ込んでくる“騎士”に、カルミは臆することなく真正面から挑む。


「カルミ!?」


 ヴィレッタが悲鳴を上げる。この世の一般常識からすれば、カルミの行動は暴挙としか言いようがない。そもそも〈魔導甲冑〉は武芸者を鎮圧するための装備なのだ。それを装備した“騎士”相手に生身のカルミが正面から挑むのは、自殺行為でしかない。少なくともヴィレッタたちはそう思ったし、挑まれた“騎士”もそう思った。


「馬鹿め、死ねぇ!!」


 カルミを間合いに捉えた“騎士”が突撃槍を突き出す。やはり魔装具なのか、その突撃槍は火を噴いた。突き出されるその炎の固まりを、カルミは冷静に見切りそして〈サイネリア〉で弾いた。


「は……?」


 ありえない、と“騎士”は思った。なぜ〈魔導甲冑〉を装備した自分の攻撃が、生身の相手に弾かれるのか。そんなことは彼の常識からすれば絶対に起こり得ないはずのことだった。しかし今現実に彼の攻撃は大きく弾かれてしまった。


 なぜそうなったのか理解できず、“騎士”の思考が一瞬止まる。その隙を見逃さずにカルミは鋭く一歩を踏み込み、〈サイネリア〉を“騎士”の左の太腿に突き立てる。刃そのものは甲冑に阻まれるが、カルミにとってはそれで十分だった。


「狂い咲け、〈ハーデンベルギア〉!」


 カルミが命じるままに、〈サイネリア〉の刀身からハーデンベルギアの蔓が伸び“騎士”の身体に捲きついていく。そして青い花を咲かせると、そこにあるマナを奪って大気中に放出していく。すなわちカートリッジに充填された、〈魔導甲冑〉の動力たるマナを。


 異常を察した“騎士”が逃れようとするが、〈ハーデンベルギア〉が彼を拘束して放さない。さらに〈ハーデンベルギア〉が放出したマナを〈クレマチス〉が吸収していく。“騎士”の力は弱まり、カルミの力は増していく。これでは逃れられるはずがなかった。


(上手くいった……!)


“騎士”が装備する〈魔導甲冑〉からマナを奪いながら、カルミは内心で大きく頷いていた。本来であれば敵うはずのない“騎士”を彼女がこうして圧倒できている理由、特に最初の一撃で打ち負けなかった理由。それはもちろん、偶然などではなかった。


 武芸者が、特に迷宮(ダンジョン)の外では〈魔導甲冑〉を装備する〈騎士〉に絶対に勝てないとされている理由。それは、迷宮の外ではマナの濃度が低いせいで十分な身体能力強化が行えないからだ。逆を言えば、十分な身体能力強化さえ行えれば、生身であっても〈騎士〉に勝つことは十分可能である。


 よって問題は「十分な身体能力強化を行うだけのマナをどこから持ってくるのか?」と言う事になる。そして今回のカルミの場合、目をつけたのは〈サイネリア〉そのものだった。


 青紫色で半透明な〈サイネリア〉の刀身は、見ての通り金属ではない。では何なのかと言うと、高濃度のマナの結晶である。そのおかげで例え刃毀れが出来たとしても、マナを供給してやることによって簡単に修復できるのだ。


『マナの結晶であるならば、そこからマナを吸収することは出来ないだろうか?』


 カルミはそう考えたのである。〈クレマチス〉を使ったのは、〈サイネリア〉自身の能力を使った方が、吸収がスムーズに行くと考えたからである。完全なぶっつけ本番ではあったが、カルミの考えたことは上手くいった。彼女は生身でありながら“騎士”を圧倒して見せたのである。


 やがて、全てのマナを奪い終えると〈ハーデンベルギア〉が消える。それと同時に、強く押し付けていた〈サイネリア〉の切っ先が、甲冑を突き破って“騎士”の太腿を貫いた。どうやら動力がなくなったせいで魔装具が機能を停止し、防御力がダウンしたらしい。


「があああああ!?」


 太腿を貫かれた“騎士”が絶叫を上げる。人の肉を貫く感触と合わせ、決して気分のいいモノではない。だが逃がさないためにちょうどいいとも言える。そう言い聞かせて自分を納得させ、カルミは〈サイネリア〉を引き抜いた。


「ぐぅ……! この、舐めんじゃ……!」


 意外にも“騎士”は倒れなかった。それどころか、果敢にも突撃槍を振るってカルミに襲い掛かってくる。だが動力の切れた〈魔導甲冑〉など、ただの鎧と同じ。迷宮に潜っている時と同じ程度に身体能力が強化されているカルミの敵ではない。彼女は〈サイネリア〉を振るって彼の手足の筋を切る。致命傷には程遠いが、ついに“騎士”は地面に倒れた。動くことはもちろん、起き上がることもできない。


 生身の人間が“騎士”を下してしまったその光景に、人々は目を見開いて言葉を失う。誰も彼もが唖然とし動きを止めた。


 しかしカルミまでそれに付き合う必要はない。“騎士”を下した彼女はすぐさま次の行動に移った。〈サイネリア〉を大きく振りかぶり、そのまま振り下ろして烈の刃を放つ。狙いは馬車の車輪。放たれた烈の刃は狙い違わず車輪に激突し、その軸を切り裂いた。バランスを崩した馬車が、ガクンと傾く。


「あっ……!?」


 馬車がバランスを崩した衝撃で、御者をしていた賊が我に返って声を漏らす。その声で唖然としていた人々もまた我に返り、場は再び騒然とし始める。逃げようとする賊たちと、彼らを捕らえようとする衛士隊及びハンターたちがせめぎあう。


「囲め! 絶対に逃がすな!」


 タスクの檄が飛び、衛士とハンターたちが馬車を取り囲む。だが、うかつには近づけない。馬車の傍には、まだ“騎士”が二人いるのだ。生身の、普通の武芸者など、近づけば簡単に叩きのめされてしまうだろう。


 衛士隊とハンターたちが囲んだはいいものの手を出しあぐねているのを見て、賊たちの戦力の中核である二人の“騎士”が互いに目配せをする。そして片方の“騎士”がこう叫んだ。


「突破するぞ、荷物は捨てろ! 例のレポートさえあればいい!」


 付いて来い、と言ってその“騎士”は包囲網の一角に突撃をかける。その後ろに生身の三人が続く。もう一人の“騎士”が警戒しながらそのさらに後ろに続いた。どうやら殿のようだ。


 さすがに〈魔導甲冑〉に物言わせた“騎士”の突破力は凄まじい。たちまち包囲網に穴が開いた。しかし賊にも弱点が存在する。〈魔導甲冑〉を装備していない、生身の仲間たちだ。彼らが捕まりそうになると、二人の“騎士”がそれを必死にそれを阻止する。その間に衛士隊とハンターたちが彼らを再度囲む。そんな事が何度も繰り返された。だが“騎士”を何とかしない限り、いずれは賊に逃げられてしまうだろう。


「逃がさない……!」


 その決意を胸に、クレマチスの花を身に纏ったカルミが包囲網に加わる。だが二人の“騎士”は彼女とはまともにやりあおうとしない。巧みに彼女を避けながら包囲網の突破を試みている。


 このままでは埒が明かない。カルミはそう思った。そしてこの状況を打破するため、彼女は〈サイネリア〉の三つ目の能力を使うことを決意する。


(できれば説明してから使いたいところだけど……!)


 いきなり使えば驚かせてしまうだろう。しかしそんなことをしている余裕はないし、大声で説明すれば賊にも知られてしまう。心の中でタスクとヴィレッタに謝りながら、カルミは〈サイネリア〉を逆手に持ち直して地面に突き刺し、そして叫ぶ。


「咲き乱れろ、〈アリストロキア〉!」


 カルミが地面に突き刺した〈サイネリア〉からアリストロキアの蔓が伸びる。そしてその蔓は衛士とハンターたちに捲きついた。そして彼らの身体にアリストロキアの赤い花が咲く。蔓と葉と花と、その全てがやはり半透明で淡く輝いている。


「カルミ!?」


 やはりアリストロキアの蔓が身体に捲きついたヴィレッタが驚いた表情をしながらカルミに対して叱責の声を上げる。彼女が作戦の邪魔をしていると感じたのだろう。確かにこの状況ではそう思われても仕方がない。


「カルミ、早くこれを……!?」


 解け、と言おうとしたヴィレッタが異変に気づく。それは身体の内側からほとばしる力。彼女の身体能力が、迷宮の外では絶対にありえない高いレベルで強化されていたのである。


 これが、〈サイネリア〉の三つ目の能力、〈アリストロキア〉の力だ。その能力を一言で言い表すならば、「他者の強化」である。カルミは〈アリストロキア〉の蔓がつなぐ相手に対し、自分のマナを分け与えることが出来るのだ。ちなみに〈クレマチス〉との併用も可能である。


 今までカルミは〈アリストロキア〉のことを、あまり使い道のない能力だと思っていた。何しろ彼女はハンターで、主な戦場は迷宮の中だ。そして迷宮の中なら、マナは潤沢にある。それぞれが勝手に集気法を使えばいいのである。〈アリストロキア〉を使えば、確かに息継ぎをする必要はなくなるが、しかしその一方でカルミ自身は動けなくなってしまう。後衛の人数を減らすわけにはいかないし、そうなると前衛は二人だ。彼女の主観ではあるが、戦力の差し引きはトントンのような気がする。


 しかし、これが迷宮の外になると話は変わる。〈サイネリア〉の刀身を構成している高濃度のマナを使うことにより、カルミと〈アリストロキア〉の蔓で繋がった者は高いレベルの身体能力強化が可能になるのだ。それはつまり、“騎士”の優位性が崩れることを意味している。


 そこから先は一方的な展開だった。まず動いたのはヴィレッタである。〈アリストロキア〉の蔓が彼女の動きを阻害することはない。そして彼女は猛然と“騎士”の一人に斬りかかり、そして互角に戦ってみせた。


 ヴィレッタが“騎士”と互角に戦う姿を見て、衛士とハンターたちから歓声が上がる。そして彼らは一斉に賊に襲い掛かった。


「くっ……、なんだコイツら! どうしていきなり……!?」


 ハルバートを振り回しながら、“騎士”の一人が困惑した声を上げる。彼らも必死に戦ったが、しかし包囲網が破られることはなかった。


「〈ブラッティ・ローズ〉!」


 ヴィレッタが個人能力を使う。紅の花弁の奔流が“騎士”の一人を襲い、そして吹き飛ばした。その“騎士”が最後の一人だった。


 ――――パリィィィィン……。


 賊が全て捕縛されると、それを見計らったかのようにまるでガラスが割れるときのような音を立てて〈サイネリア〉の刀身が砕ける。そしてそれと同時に〈アリストロキア〉もまた消えた。


 根元しか残っていない〈サイネリア〉を見て、カルミは少し悲しげに眉をひそめた。砕けたその欠片は、マナに還って空気に溶けていく。


 とはいえ、決して〈サイネリア〉は失われたわけではない。多少時間はかかるだろうが、迷宮に潜って十分なマナを注いでやれば元に戻すことは可能である。だが自分の大切な相棒が砕けてしまったことは変わらない。


「ごめんね。それと、ありがとう」


 コツン、と〈サイネリア〉の柄をおでこに触れさせ、カルミはそう呟いた。そして彼女は〈サイネリア〉を鞘に戻す。チン、というその音はいつもと変わらなかった。


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