帝国の興亡1
――――最初に間違えたのは、一体いつだったのだろう?
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都市国家〈ルーツェンメルト〉は豊かな都市だった。迷宮を有しており、そのため資源とエネルギーは自前でまかなえる。都市の東は海に面しており、塩と海の幸は豊富にある。北の山地からは山の恵を享受し、南と西に広がる平野は肥沃な穀倉地帯になっている。ルーツェンメルトは珍しく言葉通りの意味で自給自足が可能な、豊かな都市国家だったのである。
しかし幾ら豊かであるとはいえ、その豊かさには限界がある。言い方を変えれば、養える人口には限界がある。約六万五〇〇〇人。それが、ルーツェンメルトの養える人口の限界だった。
しかしながら、この約六万五〇〇〇人という数字はいって見れば理論値にすぎない。全ての人に平等に食料がいきわたるはずもないし、また社会の歪みと言うのは限界よりも早く現れる。
固定化された既得権益と再分配されることのない富。広がる格差、セーフティーネットの不備によって社会から零れ落ちていく人々。そしてそれらの人々を飲み込んで膨張するスラム街。
ルーツェンメルトが迷宮を保有していることも、この歪みを加速させる結果に繋がった。迷宮攻略というのは稼げる。つまり「金が無いなら攻略をしろ」という話になるのだ。しかし装備も実力もコネもないような人間、つまり貧乏な素人が迷宮に潜っていきなり稼げるはずもない。生きて帰ってこられればむしろ良い方で、多くの人々が何の成果も上げられないまま迷宮で命を落とした。
しかし、恐らくは厄介なことに、ごく一部の才能ある人間は装備も実力もコネもないまま迷宮に潜り、そして戦果を上げた。もちろん、最初からではない。しかし才能のある者たちは徐々に稼げるようになり、そして貧困から脱出した。
その少ない例を持って、富裕層と政府は「攻略をしない人間は我儘な怠け者だ」と主張した。その主張の上に胡坐をかき、彼らは広がっていく歪みに対し、有効な方策をほとんど打ち出さなかった。貧困に苦しむ大多数の人々を放置したのである。
その結果はどうなったのか。犯罪が増えた。経済が停滞した。衛生状態が悪化し、病気が流行りやすくなった。迷宮から得られるドロップアイテムを含め、全ての生産能力が低下していった。端的に言えば、ルーツェンメルトという都市国家が弱体化していったのである。
アルクレイド・アーカーシャ、ジフニス・ボルニ、そしてセイルハルト・クーレンズ。後にアーカーシャ帝国建国の三英雄と呼ばれるこの三人がルーツェンメルトに生を受けたのは、まさにそんな時代だった。
三人は迷宮攻略によって貧困から脱出できた、数少ない成功例である。つまり、武芸者として優秀だった。飛びぬけていた、と言ってもいい。だが、ただ武芸者として飛びぬけて優秀なだけなら、一介の武芸者として終わっていただろう。しかし、そうはならなかった。
全てのきっかけは、セイルが見つけた未攻略の迷宮だった。彼がそのことを二人の親友に告げた時、都市国家〈アーカーシャ〉の建設計画が始まった。
新たな都市国家を建設するに当り、そのリーダーとなったのはアルクレイド・アーカーシャだった。彼はまず、ルーツェンメルトの都市国家政府に建設に対する援助を申し込んだ。新たな都市国家を建設するためにはありとあらゆるものが足りておらず、それらのものを揃えるためにはどうしても政府の援助が必要だったのである。
意外にも、ルーツェンメルト都市国家政府はこの計画に援助を行うことをあっさりと決めた。彼らにしてみれば、増えすぎた人口を外に放り出す格好の理由になる。また新たな都市国家を建設するとなれば、ありとあらゆるものが必要になる。それはつまり、巨大な市場と利権が誕生するということだ。弱体化したルーツェンメルトを立て直すためにも、断る理由はどこにもなかったのだ。
新たに作られる都市は、暫定的に〈開墾都市〉と呼ばれることになった。もっとも、まずは開墾都市ではなく〈開墾村〉を目指すことになる。そしてその“村”の建設のために集められた第一陣の人数はおよそ一三〇人。彼らの中心となるのは、言うまでもなくアルクレイド、ジフニス、セイルハルトの三人である。
「平等な都市を造ろう」
ルーツェンメルトからの出発に際し、アルクレイドは居並ぶ人々に対してそう告げた。人間はそれぞれ違っていて、それはある面で不平等なことだ。そしてその不平等さは人間の力ではどうしようもない。だからせめて、全ての人に対して平等にチャンスが与えられる、そんな都市を造ろう。アルクレイドは自分の、いや自分を含めた三人の理想をそんなふうに語った。そしてその理想は、後に彼らが造る都市の理想そのものとなった。
都市の建設は困難の連続だった。とはいえ、やはりそこに迷宮があったことが大きい。攻略を行えば金が手に入る。そのおかげで資金が底をついて首が回らなくなる、と言うことだけは起こらなかった。もちろんそれは三人の優れた武芸者がそこにいたからでもある。
村としてひとまずの体裁が整い、自分たちで作物を作って食料の自給率が五割を超えるまで七年かかった。この間に人口は一〇〇〇人にまで増え、ある意味でそれが自給率が思うように上がらなかった理由でもある。
そして街としての体裁が整うまで、さらに二十五年かかった。入植した当時から考えると、足掛け三十二年である。この頃になると、開墾都市と呼ばれていたこの街は〈ルツェニア〉と呼ばれるようになっていた。人口はおよそ一万人。もちろんその大部分はルーツェンメルトからの入植者である。
さて、人口一万人と言えば、一つの大台と言っていい。規模としてはもちろん小さいが、しかしそろそろ「都市国家」を名乗っても良さそうなものである。しかしルツェニアはあくまでもまだ「街」であった。
都市国家を名乗るということは、「独立した主権を持つ」と言うことである。つまりルーツェンメルトから独立することを意味している。よって「街」を名乗るということは、ルーツェンメルトの影響力が未だに強く、その宗主権を認めることによって存続しており、とても「独立した主権を持つ」とはいえない状態であることを示していた。
それは、「平等な都市を造る」と宣言したアルクレイドら三人にとって、決して容認できる状態ではなかった。しかし、だからと言って一方的に独立を宣言するわけにはいかない事情があった。
ルツェニアにはルーツェンメルトからの資本が大量に投入されていたし、またそこに塩を完全に依存している。資本の引き上げによる経済の悪化くらいならば幾らでもやりようはあるが、塩の供給をストップされたらルツェニアは一ヶ月と持たずに干上がるだろう。そうなれば今までの苦労は全て水の泡だ。
それを避け、さらに独立を勝ち取るための道は二つ。戦争か、あるいは交渉か。アルクレイドが選択したのは交渉だった。しかしルーツェンメルト政府がルツェニアの独立にそう簡単に同意するはずもない。タフで時間のかかる交渉が始まった。
そして足掛け十一年に及ぶ根気強い交渉により、ついにルツェニアの独立は承認された。そして、この成功の裏にはセイルハルトの存在があったと言われている。
交渉それ自体はアルクレイドが中心となって行い、彼はほとんど関わらなかったのだが、この時既に長命種となっていたセイルハルトの存在はルーツェンメルト政府といえども決して無視できるものではなかった。
さらに彼が迷宮攻略を行うことで供給される大量の資源。これがルツェニアの力を高めていた。特にルーツェンメルト政府にとって大きな懸念材料となったのは、アダマンダイトだった。その金属は人類の武力的切り札〈魔導甲冑〉を作るために必要不可欠なのだが、セイルハルトはこの素材も大量に供給していた。そのおかげで、ルツェニアはルーツェンメルトを上回る数の〈魔導甲冑〉を揃えることに成功したのである。
総合的な力関係では、まだルーツェンメルトの方が上だっただろう。しかし少なくとも武力と言う面では、ルツェニアはルーツェンメルトを凌駕していた。その武力が交渉に影響しなかったはずが無い。さらにこの頃になると、ルツェニアの人口は二万人弱まで増えていた。ルーツェンメルトにしても、もはやルツェニアを格下と侮ることはできなくなっていたのである。
こうしてルツェニアは独立し、晴れて都市国家となった。そしてこの独立交渉がアルクレイド・アーカーシャの最後の仕事になった。独立を見届けたその年の暮れ、彼は静かに息を引き取ったのである。
都市建設のために、いや都市国家建国のために尽力した偉大な指導者の死を、ルツェニアの人々は大いに悲しんだ。そして誰が言い出しのかは分からないが、彼の業績を讃えるためにこの都市の名前を〈アーカーシャ〉と変えることが提案された。その提案は都市住民の全面的な賛成によって承認される。そして年明けから都市国家ルツェニアは都市国家アーカーシャと名前を変え、こうして後に帝都となるアーカーシャが歴史上に姿を現したのである。
アーカーシャが掲げる旗は、〈三本剣〉。そこに描かれた三本の剣は、それぞれ建国の三英雄が発現させた個人能力だった。
アルクレイド・アーカーシャが持つ聖剣〈エクスカリバー〉。
ジフニス・ボルニが持つ魔剣〈デュランダル〉。
セイルハルト・クーレンズが持つ宝剣〈クラウ・ソラス〉。
この内、アルクレイド・アーカーシャの死を持って聖剣〈エクスカリバー〉は失われた。長命種として覚醒していたセイルハルトは今後も生き続けるだろうから、宝剣〈クラウ・ソラス〉は当面失われないとしても、当時アルクレイドと同じく高齢になっていたジフニス・ボルニの魔剣〈デュランダル〉が失われるのは時間の問題となっていた。
しかし、運命の悪戯なのか、魔剣〈デュランダル〉が失われることはなかった。
「セイル、介錯を頼みたい」
ジフニスがセイルハルトにそんなことを頼みに来たのは、よく晴れたある春の日のことだった。介錯、とは穏やかな話ではない。当然、セイルハルトは狼狽した。
「か、介錯って……。まさか、レイドの後を追う気なのか、ジフ!?」
親友のその懸念を、ジフは苦笑しながら否定した。そして自分の思いの丈をこんなふうに語った。
「私は武人だ。老いてただ死を待つよりは、研鑽の全てを輝かせて死にたい」
死合いを受けてくれ、とジフニスはセイルハルトに頭を下げた。死合い。つまりセイルハルトと戦って死にたい、とジフニスは言ったのだ。彼の言う「介錯」とはそういう意味だったのである。
親友の一人は偉業を遺して死んだ。もう一人の親友は長命種となり至高の頂に登るだろう。では自分はどうなのか。そう考えたとき、ジフニスは怖くなった。
自分は何も残せないのではないか。いや、何かを残すことにこだわってはいない。しかしせめて。自分の人生は無駄ではなかったという確信が欲しい。他の誰でもない、自分で納得しそして満足するための確信が。
もちろん、セイルハルトは最初断った。誰がすき好んで親友を殺すというのか。例え本人がそれを望んでいたとしても、彼は決してやりたくなかった。しかしジフニスもまた、必死に頼み込む。
「武人としての私を、最も輝かせてくれるのはお前しかいないんだ」
そう言われ、セイルハルトはついに折れた。ただ、最後に彼が頷く要因となったのは、長命種であるがゆえに彼が感じる、ある種の後ろめたさだったのかもしれない。
まあ、それはそれとして。二人が死合いの場として選んだのは迷宮のある広場だった。その広場で二人は相対した。ジフニスは〈デュランダル〉を構え、セイルハルトは〈ホーリーランス〉を構える。互いに無言であり、そして本気だった。
どれほど睨み合っていたのだろう。非常に長い時間だったような気もするし、ほんの数秒だったような気もする。ただ、決着は一瞬で付いた。
二人は同時に動いた。そして交差して互いに位置を入れ替える。セイルハルトは腕を切られていた。しばらくはまともに動かないだろう。そしてその彼の後ろで、ジフニスが倒れる音がした。
傷口を押さえながら、セイルハルトはジフニスのもとに歩み寄る。彼はまだ生きていた。そして血溜まりのなかに倒れ伏しながらも笑顔を浮かべていた。透き通るような、美しい笑顔だった。
「……セ、イル。オレ、は……」
「ジフは強かったよ。誰よりも」
セイルハルトのその言葉を聞くと、ジフニスは笑みを深くした。そして、そのまま逝った。
親友の遺体を、セイルハルトは悲しげに見下ろす。しかし次の瞬間、彼は驚愕で目を見開くことになった。
なんとジフニスの個人能力、魔剣〈デュランダル〉がそこにある。見間違いではないし、また幻影でもない。手に持ったときの重みは本物だし、烈を込めてみれば間違いなく能力が発動した。魔剣〈デュランダル〉が〈遺産〉タイプの個人能力であることが判明した瞬間である。
とんでもないことになった、とセイルハルトは直感した。この剣を持っていれば、一般の武芸者であっても二つの個人能力を使うことができる。しかもこの剣は持ち手を選ばず、それはともすれば長命種よりも非常識なことだった。
さらにこの魔剣〈デュランダル〉はただの個人能力ではない。都市国家アーカーシャ建国の三英雄が一人、ジフニス・ボルニの個人能力である。この剣を持つことの意味は、アーカーシャにおいて巨大であると言っていい。簡単に言えば、誰かが「この剣をジフニスから正式に受け継いだ」と主張しそれが通れば、その者が都市国家アーカーシャを導くリーダーになる。
「お前がこの都市を導け」
セイルハルトはジフニスにそう言われた気がした。しかし、彼は躊躇った。なぜなら彼は長命種だったからである。長命種であるセイルハルトがアーカーシャを導くリーダーになるということは、今後数百年間彼がその座に居座り続けるということである。もちろん、途中でその地位から降りることは可能だろう。しかしそれでも彼がアーカーシャにおいて絶大な影響力を持つ事になるのは変わらない。それはどう考えても健全な形ではないように彼には思えたのだ。
結局、セイルハルトは失われることなくこの世に残った魔剣〈デュランダル〉の存在を秘匿した。秘匿するしかなかった、ともいえる。ジフニスに親族がいれば彼の遺品として渡しても良かったのだろうが、しかし彼は独り身だった。結婚こそしていたが子供はおらず、妻はすでに身罷っている。むしろ独り身だからこそ、死合いをもって果てるなどという無茶ができたともいえるだろう。
こうして、ひとまず魔剣〈デュランダル〉の存在は忘れ去られた。だれもがジフニスの死と共に失われたと思っていたのである。次に魔剣〈デュランダル〉が歴史上に登場するのはアルクレイドの孫、アレクセイ・アーカーシャの時代である。
この時代、アーカーシャ政府のトップは「執政官」と呼ばれていた。このアルクレイドの後、この執政官を勤めていたのは彼の子供、つまりアレクセイの父親だったのだが、その父が死んで次の執政官を決めるときに一悶着起こったのである。
まずアレクセイが執政官になるべしと主張する者たちがいた。だが世襲はここで止め、誰か別の者が執政官になるべしとの主張もあった。そして、そもそも執政官による統治を改め、市民の代表による合議によって政治を行うべしという意見もあった。この三者が対立し、容易には収拾が付かない状態になってしまったのである。
セイルハルトの頭にはこの事態を収めるための方策が二つ浮かんでいた。一つは彼自身が執政官となること。だがそれにはやはり躊躇いがあった。
となると、もう一つの方策しかない。その方策とは、次の執政官となるものに魔剣〈デュランダル〉を与え、それによって民衆の支持を集めるというものだ。そしてジフニスの形見でもある魔剣〈デュランダル〉を与えてもいいとセイルハルトが思えるのは、アルクレイドの孫であるアレクセイだけだった。
(果たしてこれでよいのか……?)
アレクセイに魔剣〈デュランダル〉を与える前に、セイルハルトは繰り返しそう自問した。アレクセイに〈デュランダル〉を与えるということは、言ってみれば世襲の統治にお墨付きを与えるということだ。言ってみれば、それはもう王制と同じである。アーカーシャの政治はこの時転換点を迎えていたと言え、そしてセイルハルトはそのことを認識していた。
熟考した結果、セイルハルトはアレクセイに魔剣〈デュランダル〉を与えた。最大の要因は、やはり彼の人柄だった。アレクセイはアルクレイドによく似ていた。親友の掲げた理想を彼ならば実現してくれるのではないかとセイルハルトは思ったのだ。
アレクセイは名君だった。驕らず、謙遜であり、人を下から見上げることを忘れなかった。さらに意見として出されていた通りに市民の代表を集めて市民院を開き、それを執政官の輔弼機関として民衆の声を聞くことに腐心した。
アルクレイドの掲げたアーカーシャの理想は、アレクセイの時代に実現したと言っていい。その時代は明るく、人々は失敗を恐れなかった。例え失敗したとしても致命的なことにはならないし、またやり直すチャンスは幾らでもある。そう信じられる時代だった。人々は皆前向きで、その活力がアーカーシャを栄えさせた。
セイルハルトがアレクセイを選んだ、その直感は間違っていなかった。しかし、その選択は間違っていたのかもしれない。
アレクセイが引退すると、その子供が執政官の地位を継いだ。それと共に、魔剣〈デュランダル〉もまたあらたな執政官に引き継がれた。これにより二つのことが確定した。
一つはアルクレイドの子孫が代々執政官の地位を受け継ぎ世襲していくこと。そしてもう一つは魔剣〈デュランダル〉がその地位を保証するものであるということ。
セイルハルトは、この二つを決定付けたのは自分の選択であることを自覚していた。あるいはだからこそ、彼はこの後苦い思いをもち続け、しかしそれでも動くことができなかったのかもしれない。
アーカーシャに歪みが現れ始めたのは、アレクセイのひ孫の時代だった。その頃になると、アーカーシャはルーツェンメルトに匹敵する巨大で豊かな都市国家になっていた。特に軍事力に限れば、アーカーシャはルーツェンメルトを圧倒的に凌駕していた。理由はもちろん、〈守護騎士〉セイルハルトの存在である。
彼の尽力によりアーカーシャはルーツェンメルトに対し、およそ十倍の数の魔導甲冑を揃えていた。そもそも〈守護騎士〉一人の力でその都市国家を滅ぼすに事足りる。その武力を背景にして、アーカーシャはルーツェンメルトへの圧力を強めた。
しかしルーツェンメルトには切り札があった。それは「塩」である。アーカーシャは塩をまったく自給できておらず、そのためのその供給はルーツェンメルトに完全に依存していた。それは、アーカーシャにしてみればルーツェンメルトに命運を握られているも同じ状況だった。
このような状況の中、アーカーシャにおいて一つの意見が勢力を拡大していった。それは次のような意見だった。
曰く「塩の供給をルーツェンメルトに押さえられたこの状況は、アーカーシャにとって大きなリスクとなっている。塩の供給を止められれば、アーカーシャは一月ともたずに干上がるだろう。そのような事態を避けるためにも、ルーツェンメルトをアーカーシャの宗主権の下に置き、塩の生産を我々の手で管理するべきである」
つまるところ、ルーツェンメルトを武力によって征服し屈服させよ、ということである。端的に言って「戦争をしよう」と言うことであり、アーカーシャ中が戦争をしたがっていた。誰も彼もが手にした武力を振り回したくて仕方がなかったのである。
とはいえ、全ての人間が戦争を支持していたわけではない。特に建国の三英雄が一人、セイルハルト・クーレンズが明確に反対を表明していたことは重石となっていた。そして戦争を回避するために一つの折衝案が出された。それは……。
それは当時アーカーシャの執政官だったアランゼス・アーカーシャと、ルーツェンメルトにおいて権勢を握っていたフィルファス家の令嬢メリアージュ・フィルファス。この二人の婚礼。なんということはない、つまりはただの政略結婚だった。