結納品~おまけ~
とある部屋に、老若男女が集まっている。一見して何の共通点も無さそうな彼らだが、実は全員が親族であり、そして同時にルクトとラキアの子孫だった。一つの部屋に集った彼らの雰囲気は決してよくない。その原因は、部屋の真ん中に置かれた一振りの太刀だった。
「母上の魂とも言うべきこの太刀は、長男たる私が受け継ぐのが道理というものだ」
「叔父上はもう現役を引退なさっているでしょう。この太刀を飾っておくことを、御祖母様が望まれるとは思えません」
「そうですよ。そもそも道理だというのであれば、御祖父様がそうおっしゃるはず。だけど御祖父様は『話し合え』と言われた。これはつまり、全員に受け継ぐ権利があるということです!」
「やはり現役の武芸者が受け継ぐべきですよ」
「だとしてもお前には関係なかろう。お前の得物は槍のはずだ。使えもしない太刀を手に入れたところで、それこそ飾っておくことしかできないではないか」
「では太刀を扱う現役の武芸者ならばいいのですか? それなら私が最も相応しいように思いますが?」
「外様は黙っておれ!」
「なっ……!? この場に集まっておいてもはや外様も何もないでしょう!」
「そうですよ! 彼との結婚は御祖父様に認めていただいたもので……!」
云々かんぬん喧々諤々罵詈雑言。話し合いは罵り合いと化し、さらには乱闘へと発展しそうな勢いだ。この場には武芸者も多い。もし乱闘騒ぎになれば、重傷を負う者も出かねない。しかし幸いにも罵り合いが乱闘へと発展することはなかった。そうなる前に、部屋の扉が勢いよく開いたのである。
部屋の中にいた全員の不機嫌そうな視線が、部屋の入り口に集中する。気の弱い者ならそれだけで泣き出してしまいそうな刺々しい雰囲気のなか、新たな登場人物は彼らを上回る不機嫌さで部屋の中にいる者たちを睨みつけた。
新たに部屋に入ってきた人物は、若い男だった。髪の毛は、もともとは黒だったのだが今では色が抜けて銀髪になっている。彼に睨まれた者たちは急に黙り込んで大人しくなり、それぞれ不自然に視線を逸らした。
男の名はルクト・オクス。若く見えるが、この場における最年長である。自分の子や孫、その嫁や婿を一瞥して黙らせると、彼は露骨に不機嫌な口調でこう言った。
「……話し合えとは言ったが、罵り合えと言った覚えはないぞ」
ルクトがそう言うと、先程まで唾を飛ばしあっていた者たちは皆一様に小さくなって項垂れた。そんな彼らの様子を無視してルクトは部屋の中に入り、その真ん中に置かれたラキアの形見の太刀を取り上げる。
「まったく、たかだか太刀の一本に大げさなことだ」
ルクトはそう言って嘆息した。ただ、彼は「たかだか太刀一本」と言ったが、その太刀は純ヒヒイロカネ製である。この太刀一本で豪邸が建つほどの価値があり、普通に考えて目の色を変えるほどの品物だった。
「よし、お前ら全員表に出ろ」
「ち、父上……! それは……!」
「元気が有り余っているみたいだからな。少し発散させてやるよ」
獰猛な笑みを浮かべながらそう話すルクトの言葉に、その場にいた全員の顔が青くなる。なんとか逃れようと拙い言い訳を並べるが、彼はその全てを問答無用とばかりに切り捨てた。元気の有り余ったクソ餓鬼どもはシゴキ倒すに限る。それはルクトが子育てのなかでたどり着いた真理の一つだった。
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ルクト・オクスの妻であるラキア・オクスが死んだのは、およそ一ヶ月前のことである。
『わたしは、幸せだった。ううん、今も幸せ。あの時、手を握ってくれてありがとう』
そう言い遺して、ラキアは逝った。そして彼女が遺したものを、ルクトは形見分けとして子供や孫たちにそれぞれ好きなものを与えた。その際、ルクトはその場を自分で仕切ろうとはせず、ただ「欲しい人が複数いた場合は話し合って決めるように」という指示だけを与えた。
『父上は、よいのですか?』
子供や孫たちに好きなものを取らせるなか、自分では何も取ろうとしないルクトに息子の一人がそう尋ねた。それに対し、ルクトは苦笑しながらこう答えた。
『ああ。構わない。もうとびきりのやつを貰ってあるからな』
その“とびきりのやつ”とやらが何なのかルクトははっきりとは口にしなかったが、たぶんラキアが彼に贈ったという技、〈虚空閃〉のことではないかと息子は思った。
さて、こうして親族一同が集まりラキアの形見分けを行われたわけだが、実際のところあまり価値のあるものは残っていない。それはラキアが生前すでに自分で形見分けを行い整理していたからだ。
しかしその中でただ一つ、とんでもない物が残っていた。それが、ルクトがラキアに贈った結納品、純ヒヒイロカネ製の太刀だったのである。ラキアもこれだけは決して手放そうとはしなかったのだ。
その太刀を見た瞬間、全員が目の色を変えた。なにしろ、とんでもなく価値のある代物である。実際に使うか使わないかは別として、全員がこれを欲した。そして同時に、これを巡る話し合いが紛糾するであろうことは全員が予想を同じくしていた。
結局、まずは棚上げすることが提案され、その提案は全会一致で承認された。つまり、この太刀のことは後回しにして、ひとまずそれ以外の品物の形見分けを終えてしまおうというわけである。あまり価値のある品物が残っていなかったこともあり、彼らは各自思い出の品物をそれぞれ手に取り、大きな混乱もなく形見分けは終わった。
問題は最後に残った、純ヒヒイロカネ製の太刀である。この太刀については、後日改めて話し合いの場がもうけられた。そして話し合いの場は罵り合いの場となり、呆れたルクトが乱入して止めさせた、というわけである。
「……二十八人がかりで十分持たず、か。鈍ってるな」
死屍累々と言った感じで地面に倒れ伏す子孫たちを眺めながら、ルクトは木刀で肩をトントンと叩いてそう言った。そんな彼に対し、足元から抗議の声が上がる。
「……父上が……、強すぎるのですよ……」
息も絶えだえな様子で恨めしげな視線を向ける息子に、ルクトは苦笑する。年齢が年齢だけに手加減はしているが、なんだか老人虐待をしているような気分になってくる。
「オレが強いのは当たり前だ。だが、それを悔しいと思っているヤツが果たして何人いるんだろうな?」
ルクトがそう言うと、地面に倒れる何人かが恥じ入るように視線を逸らした。それを見て彼は内心で頷く。相手が誰であれ負けて悔しいと思えるうちは、まだまだ上にいけるだろう。
「さて、と。それで、コイツのことだが……」
頭を切り替えると、ルクトは腰に差していたラキアの形見の太刀を鞘ごと引き抜いて掲げる。それを見た者たちが息を呑む気配がした。
「……やはり、父上がお持ちになりますか?」
そう尋ねたのはルクトの長男だった。惜しいという気持ちはもちろんある。だが醜態をさらしたという自覚はあったし、また話し合いをするだけでは誰も引かないであろう。それに、恐らくだが誰が受け継いでもシコリが残る。全員が納得できる人物となると、ルクトしかいないのだ。
「いらんよ。サイズが合わないからな。かといって死蔵しておくのも惜しい品だ」
欲しいヤツが持っていけばいい、とルクトは言った。そしてニヤリと意地悪げな笑みを浮かべながら「ただし」と付け加える。
「ただし、話し合いじゃ決着が付きそうにないから、オレのほうから条件を出す」
「条件……」
「そうだ。まず第一に、〈虚空閃〉が使えること」
これはラキの太刀だからな。ラキの〈深理〉を使えるヤツに受け継いでもらいたい、と右手の人差し指を立てながらルクトはそう言った。
「……ということは、カストレイア流の使い手だけですか」
落胆した様子でそう言ったのは、槍を得手としている男だった。しかしルクトは彼に対して首を横に振る。
「いや? 流派と得物は何でもいいぞ。そこに制限は設けない」
そもそも〈虚空閃〉は刀術というよりは移動法であり、多少のアレンジを加えれば得物を選ばない。だから〈虚空閃〉さえ使えれば流派や得物は問わない、とルクトは言った。
「で、二つ目の条件だが、〈虚空閃〉を使える者が複数いた場合、トーナメント方式で試合を行う。人数次第では総当りにしても良いかもな。そして勝ち抜いた者が優勝。賞品はコイツだな」
そう言ってルクトはもう一度手に持った太刀を掲げて見せた。その太刀に、その場にいる者たちの視線が自然と集まる。
「……今後は、代々そうやって受け継いでいけば良いのでしょうか?」
「いや、次からは受け継いだヤツが好きにすればいいと思うぞ」
使うなり死蔵するなり売り払うなり好きにしろ、とルクトは言った。面倒臭いことをやっている、という自覚は彼にもあったのだ。そして他に質問が出ないのを確認すると、ルクトは最後にこう言った。
「異論はないな? じゃあ、一ヵ月後に〈虚空閃〉を使えるかテストをする」
それだけ告げると、ルクトはその場を解散させた。こうして遺産争奪戦が行われることになったのだが、彼はこの純ヒヒイロカネ製の太刀の価値をあるいは過小評価していたのかもしれない。彼の予想を上回り、この争奪戦の規模は大きくなっていったのである。
そもそもの原因は、ルクトがもうけた「〈虚空閃〉が使えること」という条件だった。つまり、「ルクトとラキアの子孫であること」という条件が入っていない。〈虚空閃〉さえ使えれば血族でなくとも参戦が可能であり、実際ルクトもそれを認めた。〈虚空閃〉は非常に難易度の高い技であり、使える武芸者はそんなに多くないと思っていたのかもしれない。
だが実際には三百人を越える武芸者が第一の試練(いつの間にかそんな呼び名になった)を受けることになった。人数が多くなりそうだというので事前に登録しておいてもらうようにしたのだが、予想を遥かに超える人数にルクトは驚いた。
「まいったね、こりゃ」
予想を大きく超える人数に、ルクトは頬を引きつらせる。話がここまで大きくなってしまうと、彼一人では事態を収拾しきれなくなる可能性が高かった。さてどうしたものかと悩んでいると、ある商会が「段取りをやらせて欲しい」と言ってきたので、彼はこれ幸いと丸投げした。そして任せた結果彼は苦笑することになるのだが、それはもうちょっと先の話である。
さて約束の一ヶ月が過ぎ、第一の試練が行われることになった。第一の試練は〈虚空閃〉が使えればクリアなのだが、この「使える」という判定の条件として「四回中二回成功させること」というものが定められた。その結果、三二五人のうち三七人が第一の試練を突破した。およそ一割しか成功率五割を超えなかったということで、〈虚空閃〉の難易度の高さが窺える。
そしてその次の日から第一の試練を突破した三七人によるトーナメント戦が行われた。会場はヴェミスの衛士隊および騎士団の鍛錬場。どうやら段取りを任せた商会が交渉して使わせてもらえることになったらしい。
さらに会場には観客席が組まれ、大勢の観客が詰め掛けている。もちろん彼らは観戦料を支払って席を取っており、また手には飲み物や軽食を持っていた。そして観客の入場を管理しているのも、飲み物や軽食を売っているのも、全てルクトが段取りを丸投げした商会だった。
「なるほど。これが狙いだったわけか」
完全に武芸大会と化してしまったその様子を見て、ルクトは苦笑する。とはいえ段取り自体はきっちりやってくれているので不満は無い。コレくらいの役得があってもいいだろう。さらに二位と三位になった者にも副賞で賞金を用意してくれるとのことで、いたれりつくせりだった。このおかげで参加者の士気も上がったようである。
当日は大きな混乱が起こることもなく、スケジュールは順調に消化された。トーナメントの決勝戦が行われたのは、その日の夜の八時過ぎ。初めてのことでもあり、思った以上に時間がかかったことは認めなければならないだろう。だが大きな松明に照らされた会場は雰囲気が抜群で、決勝戦は大いに盛り上がった。
トーナメント戦の結果、優勝したのはルクトの孫に当る三二歳の男性武芸者だった。大勢の観客が見守る中、ルクトが彼にラキアの形見の太刀を手渡す。大きな拍手が鳴り響き、武芸大会は成功裏に幕を閉じたのである。
だがしかし。武芸大会はこの一回では終わらなかった。なんとこの年から毎年、同じ時期に武芸大会が開かれるようになったのである。もちろん「〈虚空閃〉が使えること」という条件は外された。
そしてこの武芸大会は、一般市民にとっては年に一度の娯楽として、武芸者にとっては腕試しの絶好の機会としてヴェミスに根付いていくことになる。なお、その過程で「長命種が第一回目を主催した大会」というブランドが、どこまで力を発揮したのかは定かではない。この手のイベントの需要はもともと存在していたのだろう、というのが某長命種(実際には契約者)の意見である。
ヴェミスで毎年開かれるこの武芸大会は次第に評判となり、この時期にはこれを目当てに観光客や腕試しの武芸者がこの都市を訪れるようになった。そしてその武芸大会を取り仕切るのは、ルクトが初回の段取りを丸投げしたあの商会である。
「やれやれ。商魂逞しい……」
ヴェミスに武芸大会の季節が巡ってくるたびに、ルクトはそう言って苦笑する。なにはともあれ、ヴェミスの武芸大会はこうして始まったのである。