卒業の季節19
「こうやって二人で遠征するのも、後何回もないのか……」
ルクトとラキアが二人で行っている遠征のその途中。だいたい六階層くらいだろうか、次のショートカットのポイントに向かっていると、ラキアが妙にしみじみとした口調でそう言った。
「そうだな。オレが卒業すれば、さすがに二人だけってのはなくなるだろうな」
学園を卒業したら、次の一ヶ月はロイとクルルも交えて四人で攻略を行うことになる。その後、つまりヴェミスに帰ってからどうなるかは未定だが、制約がないのにわざわざ人数を絞る必要もない。ソロは論外だし、コンビも危険が多い。やはり三人から六人程度に数を揃えることになるだろう。六人未満でも大丈夫だと思えるのは、やはり〈プライベート・ルーム〉があるからか。
「……なあ、ルクト」
ショートカットをしてまたしばらく歩いていると、ラキアが遠慮がちにそう声をかける。ルクトが「ん?」と言って彼女の方を見ると、ラキアは少し躊躇う様子を見せてからやがて口を開いた。
「今、こんなことを言うのは場違いだと分かっている。でも……」
ラキアの言葉がそこで途切れ、さらに彼女の足も止まる。少し歩いてからルクトが振り返ると、彼女は俯いて視線を足元に落としていた。彼女のその姿からはいつもの覇気がまるで感じられない。
そんな弱々しくさえ見えるラキアの姿に、ルクトは内心で動揺した。そして同時に「ああ、コイツも女なんだな」とズレたことを納得する。ルクトの知るラキアは人に弱みを見せないタイプだから、彼女のこういう姿は逆に新鮮だった。もっとも、見ていて気持ちのいいものではないが。
十数秒の沈黙の後、ラキアは顔を上げてルクトの目を見た。彼女の目には期待と怯えが混じっているようにルクトには見えた。
「…………ヴェミスに帰ったら、ルクトはやっぱりパーティーを組んで攻略をするんだろう?」
「まあ、そうなるだろうな」
「……わたしも、そこに入れて欲しい」
まるで重大な告白をするかのようにラキアはそう告げた。彼女の声は決して大きくなかったが、そこに込められた決意の大きさは聞く者すべてに伝わるだろう。
当然、ルクトにもその決意は伝わった。ただ、それを聞いて彼は苦笑してしまう。そこまで大きな決意を必要とする話なのだろうか、と思ったのだ。ちなみに、幸いにして彼の苦笑をラキアは不快に思わなかったようだ。そんな余裕がなかっただけかもしれないが。
「そりゃ、腕利きが入ってくれればありがたいけどな。むしろそっちの都合はいいのか?」
ルクトはヴェミスでパーティーを組んだことはないが、ラキアは違う。彼女はカーラルヒスに来る前、ちゃんとパーティーを組んで攻略を行っていた。つまり、彼女を待っているメンバーがいるかもしれない。
「二年も経ったんだ。わたしの抜けた穴なんて、とっくの昔に埋まっているさ」
心配無用だ、とラキアは言った。実際、二年と言う長期間にわたって欠員を出したままパーティーを維持するのは難しい。当然と言えば当然のことだ。
「まあ、そういうことなら……」
「それじゃあ……!」
「ああ、そこそこ長い付き合いになりそうだな。ま、よろしく頼むわ」
そう言ってルクトが握った拳を差し出すと、ラキアは満面の笑みを浮かべながら「ああ!」と言ってその拳に自分の拳をぶつけた。
「よし! ルクト、早く行くぞ!」
目標は十三階層だ、と言ってラキアは拳を突き上げた。さっきまでとは段違いの覇気とやる気である。
「やる気になっているところ申し訳ないが、ラキはしばらく中で待機だ」
そう言ってルクトは〈ゲート〉を開く。それを見てラキアは固まった。そのままルクトのほうに視線を向けると、彼は一本の〈シャフト〉を指差す。これからそのシャフトを使って下へと向かうのだ。足を滑らせたときのリカバリーの手段がないラキアはその間、〈プライベート・ルーム〉の中で待機していなければならない。
ぽっかりと口を開ける〈ゲート〉を見て、ラキアは頬を引きつらせる。なんと間の悪いことか。やる気を出した途端にこれである。深々とため息を吐き出すと、彼女はどんよりと肩を落としながら〈プライベート・ルーム〉の中に入って行った。その背中をルクトが苦笑しながら見送る。
ラキアが〈プライベート・ルーム〉の中に入ると、ルクトはシャフトに飛び乗った。そしてそのまま下へと降りていく。慣れた道とはいえ、シャフトを下るのはやはり危険だ。彼は気を引き締め意識を集中しながら下へと降りていく。そうやってしばらく降りていくと、ルクトはその途中で妙なものを目にした。
「光体……?」
見晴らしの良い、つまり近くに通路やシャフトが何もない場所で、ルクトはフワフワと浮かぶ光体を遠くに見つけた。基本的に薄暗い迷宮の中で、光を放つソレは遠くにあっても十分に目立つ物体だったのだ。
ルクトは思わず足を止めてその光体を観察する。どれほど遠くにいるのか分からないので、具体的な大きさは分からない。ただその光体は球状であり、さらに白っぽい光を放っていた。
「モンスター、か……?」
ルクトの頭にまず浮かんだ可能性はソレだった。ソレがまず第一に警戒すべき可能性だったともいえる。とはいえ、モンスターにしてはいつまで経っても襲ってこないし、あんなに遠くに出現することは今まであまり経験にない。
「だけど……」
しかし、モンスター以外だとすると心当たりが無い。モンスターでないならば、あの光体はなんらかの個人能力だろう。だがカーラルヒスに空を飛べる能力を持つ武芸者がいるという話は聞いたことが無い。どんなかたちであれ飛行能力は相当に希少だ。同じ都市にいるのなら噂くらい聞いても良さそうなものだが、ルクトにその覚えはない。
最近外からやってきた武芸者なのか、あるいは最近発現したばかりなのか、それともただ単にルクトが知らないだけだったのか。幾つかの可能性が彼の頭に浮かぶ。
「……っと。こっちに来るな……」
光体の正体についてルクトが考えていると、その光体が彼のほうに近づいてきた。それを見て、彼は見つからないようシャフトの裏側に移動する。相手がハンターであればこんなことをする必要はないのだろうが、モンスターであった場合見つかれば戦闘になる。やりようも経験もあるとはいえ、やはりシャフトの側面で戦闘になるのはできれば避けたいのだ。
シャフトの陰に身を隠しながら、ルクトは近づいてくる光体の様子を窺う。光体はルクトに気づいた様子は見せず、そのままシャフトから少し離れた位置を通り過ぎていく。そして光体がルクトに一番近づいたとき、彼はその光の中に人影があるのを見た。顔や姿ははっきりとは識別できないが、人間であることに間違いはない。
「……ってことは、やっぱり武芸者か」
光体が飛び去ったほうを見ながら、ルクトはそう呟いた。武芸者であるならば、今ごろ街で噂になっているかもしれない。イズラさんに聞けばなにか分かるかもしれないな、とルクトは思った。
「それにしても飛行能力か……」
いいなぁ、とルクトは羨ましがった。迷宮のより深い階層に行くのに、つまり長命種になるためにこれほど適した能力はないだろう。実際、セイルやメリアージュそして〈御伽噺〉と一緒にいた〈シャドー・レイヴン〉などは、手段は違えどそれぞれ空を飛ぶ能力を持っていた。
「ま、ないものねだりをしても仕方がない」
苦笑気味にルクトはそう呟いた。彼の個人能力はもうすでに決まっていて今更変えようはない。人は誰しも手持ちの手札でやりくりしていくしかないのだ。それに彼の〈プライベート・ルーム〉だって十分すぎるくらいに羨望の的である。
そんなことを考えながら、ルクトは再びシャフトを降り始める。その途中、「さっきの光体はもしかしたら長命種だったのかもしれない」という考えが浮かぶ。その考えは的外れではなさそうに思えたが、その一方でやはり「まさかね」とも思うのだった。
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そして遠征の二日目。ルクトとラキアは十一階層に来ていた。以前に目標としていた十二階層への到達はすでに達成している。だからそこまでのルートはすでに確立されているのだが、前回はそこへ到達してから先に進むことなく撤退したので、十二階層の探索はまだ手付かずの状態である。なので今回の遠征の目的は十二階層の探索である。
ルクトとラキアはほとんど寄り道をせず、確立されたルートを通って最も深い位置にある〈マーキング〉を目指す。モンスターが出現しやすくそして戦いやすい場所、つまり広場などを意図的に巡るコースではないので、当然戦果を稼ぐのには向かない。少し前のルクトであれば間違いなくごねるルートなのだが、今の彼はむしろこのルートに対して積極的だった。
その変化が、ラキアには嬉しい。ルクトと同じ目標、あるいは価値観を共有できているということが、彼女にはたまらなく嬉しかった。だからこそ「今がずっと続けばいい」だなんて頭の悪いことまで考えてしまうのだが、まあそれはそれとして。
ともかくラキアにとって最近の遠征は大変に充実したものだった。そして充実していればやる気が出る。やる気が出れば集中力が上がり、それはコンディションに直結する。つまり何が言いたいのかというと、ここのところの彼女の技は冴えまくっていた。
「ラキ、スイッチ!」
通路の上で遭遇したモンスター、〈彷徨う甲冑〉の振り下ろしたハルバートをルクトは膝をうまく使って柔らかく受け止める。そして身体のバネを大きく使って〈彷徨う甲冑〉を大きく仰け反らせると、彼は大きな声でそう叫び横へ飛んだ。
ルクトが叫ぶのと同時にラキアは鋭く踏み込んで前に出る。腰を落として姿勢を低くし、太刀の柄に右手を添えた抜刀術の姿勢だ。ルクトはすぐに通路から飛び退き、あらかじめ開いておいた〈ゲート〉に飛び込んでいるので、ラキアは彼を巻き込んでしまうことを心配せずに大きく太刀を振るうことができる。
「はあぁぁ……、はあ!!」
――――カストレイア流刀術、深理・〈一刀閃〉。
素早く間合いを詰めて〈彷徨う甲冑〉の懐にもぐりこんだラキアが、鞘から走らせた太刀を神速で振るう。瞬きにも満たない時間だけ描かれた銀色の軌跡が消えると、〈彷徨う甲冑〉の身体が斜めにずれてそのまま通路に落ち、そしてマナに還元されて消える。後には魔石と〈彷徨う甲冑〉の持っていたハルバートが残っていた。
ラキアは満足げに一つ頷くと、太刀を鞘に収める。先程のモンスター、〈彷徨う甲冑〉の身体は言うまでもなく金属製の鎧だ。しかしラキアはそれをものともせず一刀のもとに切り伏せることができた。練気法と瞬気法を併用しているために難易度が高い〈一刀閃〉も、最近は使いこなせてきているように感じる。悪くない、いやそれどころかとてもいい状態だとラキアは思った。
「よ、お疲れさん」
〈プライベート・ルーム〉から出てきたルクトがそう言って拳を突き出す。ラキアは笑みを浮かべて彼の拳に自分の拳をぶつけた。そして魔石とドロップアイテムを回収すると、二人はまた歩き出す。
〈彷徨う甲冑〉を倒してから一時間ほど歩いて、二人は〈マーキング〉してある最深部に到着した。何の変哲もないただの広場だが、ここはすでに十二階層である。二人がその広場に足を踏み入れると、マナが収束を始め燐光を放つ。モンスターが出現する前兆である。
「数は一、か……」
「ここはもう十二階層だ。気を抜くなよ」
ラキアが少し物足りなさそうに呟くと、それを聞いたルクトは彼女を嗜めた。もっともそんなに強い調子ではない。彼女が油断していないことは、隣にいるルクトがよく分かっている。
分かっているさ、とラキアが少々獰猛に笑いながら答える。そんな彼女が見据える先では、そろそろマナの収束が臨界に達しようとしていた。そして一際大きな光を放ってモンスターが出現する。
「ブモモオオオォォォォ!!!」
低い雄叫びを上げながら出現したのは、一般に〈牛鬼〉と呼ばれるタイプのモンスターだった。人間の身体に牛の頭を持っている。ただし口からは凶悪な二本の牙が突き出しており、どう言い繕っても草食には見えない。身体つきも筋肉隆々としていて荒々しく、手には両刃の斧を持っていた。
「〈牛鬼〉……」
出現したモンスターを見て、ラキアが眉をひそめる。その口調は、彼女にしては珍しく少々うんざりとしたものだった。
その原因は言うまでもなく〈牛鬼〉、より正確に言えばその姿だ。何しろ〈牛鬼〉の見てくれといったら、「マッチョなほぼ半裸の男」である。腰巻以外に衣服は身につけておらず、その姿は女性のハンターたちから大変不評だった。しかも今回出現した〈牛鬼〉はまるで筋肉を見せ付けるかのようなポーズ(らしきもの)を取っており、それがまたラキアの顰蹙を買っているものと思われる。そんなラキアの様子に苦笑しながらルクトは一歩前に出た。
「ひとまずオレが前に出る」
その言葉に、ラキアが無言で頷く。集気法を使って烈を練り身体能力強化を施すと、ルクトは抜刀術の構えを取って低い姿勢のまま一気に前に出た。
真正面から迫ってくるルクトを見て、〈牛鬼〉は斧を振り上げる。一般的に言って、自分より小さな相手がさらに姿勢を低くして正面から向かってくる場合、モンスターの取る行動はほとんど一択だ。すなわち「上から押しつぶす」。〈牛鬼〉もその例に漏れず、タイミングを見計らって両手で持った斧を勢いよく下に振り下ろした。
しかしそれはルクトの予想通り。そして予想通りならば回避することはたやすい。彼は身体を捻って振り下ろされる斧の刃を左側に回りこむようにしてかわす。渾身の一撃を放った後で、〈牛鬼〉は思うように身動きがとれない。
「もらっ……たぁ!?」
ルクトが鞘から太刀を走らせようとしたまさにその時、彼は悪寒を感じて後ろに飛び退いた。ついさっきまで彼がいた場所を、斧の刃がものすごい勢いで通過していく。彼の動きを追うようにして、〈牛鬼〉が力任せに斧を振るったのだ。ムキムキの筋肉は伊達ではないと見える。
(まさかあそこから追撃してくるとは……)
舌打ちの中に賞賛を混ぜ込んだかのような気持ちでルクトは内心そう呟く。しかし無理な追撃をしたせいで、〈牛鬼〉は今度こそ本当に隙だらけである。そしてその隙を見逃すほどラキアは甘くない。
「はあぁぁ……、はあ!!」
ラキアは〈牛鬼〉とすれ違うようにして太刀を鞘から走らせる。銀色の閃光が描く軌跡に一瞬遅れて、〈牛鬼〉の脇腹から青い血が勢いよく噴出した。
「ブモモオォォ……モォ!!」
「はあ!?」
脇腹を大きく切られて〈牛鬼〉は悲鳴を上げる。だがその後〈牛鬼〉が取った行動に、ルクトは思わず驚愕の声を上げた。
なんと、「筋肉で傷をふさいだ」のである。そうとしか形容できない行動だった。〈牛鬼〉が身体を力ませると全身の筋肉が盛り上がり、そしてその盛り上がった筋肉が傷口を圧迫するようにしてふさいだのである。
そして、その筋肉を見せ付けるかのようにポーズ。いや実際には全身を力ませるためにそういうポーズをする必要があったのだろうと思うが、しかし傍から見ればそのムキムキの筋肉を自慢しているようにしか見えない。
「なんつうか、とんでもないモンスターだな……」
心底呆れた口調でルクトはそう言った。〈牛鬼〉に一撃を加えて離脱してきたラキアも、彼の隣で眉間にシワを寄せながら頷いている。
「ブフゥ……」
荒い鼻息を吐きながら、〈牛鬼〉はルクトとラキアに血走った赤い目を向ける。脇腹の傷からは、もうほとんど血は流れていなかった。「筋肉でふさいだから」という考えがルクトの頭をよぎるが、「いやいやそんなアホな」と彼はすぐにその考えを捨てた。
「回復能力に優れている、のかな?」
「たぶんそうだろう……」
ルクトとラキアはそんなふうに意見をかわした。回復能力というとすぐに〈キマイラ〉のことが思い出されたが、あの化け物じみた蘇生能力にはとどかないらしい。血は止まっているようだが、傷口それ自体はまだ残っているからだ。それにこの〈牛鬼〉は間違いなくモンスターである。出現するところを、ルクトもラキアも見た。〈御伽噺〉が関わっている、ということはないだろう。
ただ、止血するだけだとしても回復能力は十分に厄介だ。現にラキアの一撃は十分に勝負を決めうるものだったのに、〈牛鬼〉はこうして今も二人の目の前に立っている。
「問題ない。倒れるまで切り刻んでやるだけだ」
若干イラついた口調でラキアがそう言った。言葉使いは物騒だが、方針としてはそれしかない。襲い掛かってくる〈牛鬼〉が振り上げた斧を、ルクトとラキアは左右に散開してかわした。そして前後から〈牛鬼〉を挟み込むようにしてポジションを取った。
そこから先は一方的な展開だった。二人のうち〈牛鬼〉の正面にいる方がモンスターの注意を引きつけつつその攻撃をいなし、その間に後ろにいる方が無防備な背中に切りつけるのだ。そして〈牛鬼〉が後ろを振り向けば、役割を交代して攻撃を続行する。二人の息のあったコンビネーションに、〈牛鬼〉はほとんどなす術もない。だがそれでも、〈牛鬼〉はなかなか倒れなかった。
「しぶとい……!」
明らかにイラついた口調でラキアが唸る。だが、ただ単に〈牛鬼〉が頑丈でしぶといだけなら、彼女はここまでイラついたりはしなかっただろう。
どういうことかと言うと、〈牛鬼〉が傷を負うたびにその傷を筋肉でふさいでいくのである。しかもその度に筋肉を見せ付けるかのようにポーズをとるのだ。それがまるで馬鹿にしているかのようで、ラキアの神経を逆なでする。
「ブモォ、ブモォ、ブモォ、ブモォ……」
鼻息も荒く肩を上下に揺らす〈牛鬼〉は、全身に傷を負っている。しかしそのどれもが筋肉によってふさがっていた。〈キマイラ〉ほどではないとはいえ、十分に驚異的な回復能力である。ただその回復能力が筋肉と密接に関係していると思うと、ルクトなどは驚愕よりも脱力してしまう。だが今の彼に脱力している暇はない。イラついて出鱈目に攻めようとするラキアを宥めなければならないのだ。
「落ち着け、落ち着けよ? ラキ」
「落ち着いているさ……!」
まったく落ち着いていない口調で、ラキアはそう答えた。そして彼女は太刀を正面に構え、殺気立った目で〈牛鬼〉を見据える。
「こうなったら、一撃で屠るしかないな」
幾分落ち着いた声でラキアがそう言った。基本的には〈キマイラ〉のときと同じ考え方である。一撃で仕留めてしまえば、どれだけ優れた回復能力を持っていても意味はない。
「ま、それが妥当だな」
肩をすくめながらルクトはそう言った。実際のところ、このまま攻撃を続けていれば押し切れるだろう。〈牛鬼〉の回復能力は、〈キマイラ〉のそれのように化け物級ではない。だがこれまでの戦闘で〈牛鬼〉の動きも鈍くなってきている。そろそろ勝負を決めてもいい頃合だろう。
「任せるぞ。いいな?」
「ああ、もちろんだ。任せておけ」
獰猛に笑いながら、ラキアは止めを請け負った。そんな彼女を横目に見て、ルクトは苦笑をもらす。どうやら徹底的に気に入らない、いや生理的に受け付けないらしい。
集気法を使い十分に烈を補充してからルクトは前に出た。それに合わせて〈牛鬼〉も斧を振り上げて彼を迎え撃つ。ムキムキの筋肉を駆使して振るわれる斧は脅威だが、〈牛鬼〉の攻撃は単調で読みやすい。十分に余裕を見ながら、ルクトはその攻撃をかわしていく。ラキアが〈マーキング〉を介して烈を補充してくれるので、時間切れを気にする必要もない。
しばらくの間、ルクトはそうやって回避に専念して好機を窺う。やがてその好機が来た。疲れてきたのか、あるいは油断したのか。〈牛鬼〉が目に見えて気の抜けた攻撃を繰り出してきたのだ。
その隙を見逃すほど、ルクトはなまくらではない。四肢に力を込めて踏ん張り、タイミングを合わせて斧の刃と太刀をかみ合わせる。練気法を併用したその一撃は、筋力で勝るはずの〈牛鬼〉の一撃を易々と押し返す。斧を手放しこそしなかったものの、その衝撃で〈牛鬼〉の腕は伸びきり、さらに体勢も崩していた。
「ラキ、スイッチ!」
そう叫んで、ルクトは大きく飛び退いた。その彼の視界の中を、練気法を併用しているらしいラキアが稲妻のような鋭さと勢いで〈牛鬼〉に向かっていく。その〈牛鬼〉はルクトに大きく体勢を崩されてなす術なしのように見えたが、ご自慢の筋肉にもの言わせて無理やり体勢を戻し身体ごと回す勢いで斧を振るう。出鱈目だが、勢いがあって威力は十分である。
抜刀術の姿勢で〈牛鬼〉に迫るラキアは、当然その行動に気づいていた。だが今更足を止めたりはしない。その一撃ごと押し切って勝負を決める。そのつもりで彼女はさらに集中力を高めた。
そしてその瞬間。低い姿勢で一直線に迫るラキアに、〈牛鬼〉の振るった斧が襲い掛かる。タイミング的にこれをかいくぐるのは無理。そう判断した彼女は、その一撃を真っ向から切り伏せることにした。
――――カストレイア流刀術、〈衝破刃〉
ラキアの太刀と〈牛鬼〉の斧がぶつかり合う。その瞬間、太刀から烈の刃が放たれた。その刃は太刀の刃などよりはるかに鋭く、分厚い斧を易々と真っ二つにして、さらに〈牛鬼〉の上半身を斜めに大きくそして深く切り裂いた。
「ブモオオォォォォ!!」
〈牛鬼〉が筋肉を見せ付けるようにポーズを取りながら絶叫を上げる。傷口をふさぐつもりなのだろうが、しかしもう手遅れだ。ラキアの一撃によって〈牛鬼〉はモンスターとしての限界を向かえ、マナに還り始めていた。
「ブモオオォォォォ!!」
しかしそれでもなお、〈牛鬼〉はその筋肉を見せ付けるポーズを解かない。まるで「筋肉こそ我が誇り」とでも言わんばかりに、そのポーズのまま〈牛鬼〉はマナに還っていった。
「はぁ……」
〈牛鬼〉が消えたのを見て、ルクトはため息を吐きながら太刀を鞘に収める。倒してなお、達成感より疲労感の方が大きい相手だった。そしてその感想はラキアのほうも同じらしい。見事に〈牛鬼〉を倒したはずなのに、彼女の表情は苦い。太刀を鞘に収め、なにやらプルプルしたかと思うと、いきなり〈牛鬼〉が残した魔石を蹴り飛ばした。
「おいおいおいおいおいおいおい!?」
ラキアのその行動にルクトは思いっきり焦った。幸い魔石は広場から落ちてはいなかったが、ラキアはすかさず追撃をかけようとする。そんな彼女をルクトは後ろから羽交い絞めにして止め、なんとか宥めるのだった。