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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十三話 卒業の季節
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卒業の季節18

お待たせしました。

「ルクト先輩!」


 数少ない座学の講義が終わり、昼食の300シク弁当も食べ終えたルクトが友人のソルジェート・リージンと男子寮に向かって歩いていると、道の向こう側から一人の女子学生が彼の名前を呼びながら駆け寄ってきた。着ている制服は武術科のものだし、彼のことを「先輩」と呼んでいるから後輩なのだろう。もっとも彼は最高学年の六年生。この学園には後輩しかいない。


「どこかで見た顔だ」とルクトは思ったが、恐らくアシスタントとして出た実技講義で見たことがあるのだろう。実際、名前は思い出せない。というか、最初から知らない。つまりその程度の関係でしかない後輩なのだが、彼女は今満面の笑みを浮かべながらルクトに駆け寄り、そして胸元で手を組みながら上目遣いに彼を見上げた。


「先輩、今度の休みに一緒に食事に行きませんか!? パスタの美味しいお店を知っているんです! 『ハートハーブ』っていうお店なんですけどデザートも美味しいんです! 食事の後は是非ウチに来てください! 遠征の話を聞かせて欲しいんです! わたし弟がいるんですけど、弟も楽しみにしています! それに父も……」


「悪いけど、次の休みにはもう予定が入ってるんだ」


 放っておいたらいつまでも喋り続けそうな後輩の様子に苦笑しながら、ルクトは彼女の話を遮ってそう告げた。話を遮られた彼女の笑みが一瞬固まる。もしかしたら台本にはない展開だったのかもしれない。もしそうだとすれば、その台本を書いた人間に脚本家の才能はないだろう。


「え、えぇっと……。それじゃあ、その次のお休みは……」


「合同遠征に自分の遠征、それに自己鍛錬と。オレも色々忙しくてね。卒業までほとんど時間は空いていないんだ」


 悪いね、とルクトが言うと後輩の女子学生は途端にシュンとした顔をする。そういう顔をされると少なからず罪悪感を覚えるが、彼は前言を撤回することはしなかった。


「そう、ですか……」


 落胆した様子の女子学生の背中を見送ると、ルクトは苦笑しながらため息を吐く。そんな彼の首に馴れ馴れしくソルが腕を回した。


「なんだ、女の子に言い寄られてため息か? 贅沢な悩みだな、コノヤロウ」


 ニヤニヤと笑いながら、ソルは好き放題に言う。


「なかなかカワイイ子猫ちゃんだったじゃねぇか。お遊びに一回くらいデートしてもいいだろうに」


「あれが子猫か? 山猫みたいな目をしてたぞ」


 ソルの腕を振りほどきながらルクトはそう言った。つまり立派な肉食獣である。しかしソルは「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめる。


「分かってねぇなぁ……。それを悟られてるうちはまだまだ子猫ちゃんなんだよ」


 それに山猫にも子猫の時代があるもんだ、とソルは偉そうにのたまった。それを聞いて今度はルクトの方が「やれやれ」と首を振った。遊び人の理論に付き合っていては疲れるだけだ。


「……ったく。七月に入ってから急に増えたな」


 そう言ってルクトはため息をつく。七月に入ってから先程のようにデートに誘ってくる女子学生の数が増えた。しつこく付きまとわれることはないし、断ればそこで話は終わるのだが、回数が多くなるとさすがに辟易する。


「お、もしかしてモテ期到来中? 羨ましいねぇ」


「ほざけ。代わってやろうか?」


「代わっていただけるのでしたら、是非」


 そう言って大仰な礼をするソルに、ルクトは頭を抱えた。無論、代わって欲しいからといって、代わって貰える類の話ではない。


 七月に入り、ルクトの学生生活も残り一ヶ月を切った。そして卒業後は故郷のヴェミスに帰ると彼は明言している。このタイミングでデートのお誘いが増えれば、どうしても裏を勘繰りたくなるというものだ。


 純粋な好意ゆえ、ではあるまい。そうであればルクトも嬉しいのだが、名前も知らない相手がそのような感情を持っていると考えるのは都合が良すぎるだろう。そもそもデートに誘ってくる少女たちの目は、どう言い繕っても獲物を狙う肉食獣の目である。ノコノコと彼女たちの誘いに乗った挙句に一服盛られ、あまつさえ既成事実でも作られたら目も当てられない。まあ、このあたりは彼の過ぎた想像だが。


 つまりルクトをカーラルヒスに居残らせたい、できることなら自分の家に引き込みたいと思い、そしてそのために行動している人間はまだいるということだ。


 卒業後に故郷に帰るという進路は、すでに合同遠征の窓口を担当しているイズラ・フーヤに話してある。そして彼女のほうから各ギルドに通達されているはずだ。ということは、今やルクトの進路をカーラルヒス中の武芸者が知っていると思っていい。


 メリアージュの名前を出された手前、強引な方法は絶対に取れない。となれば残る方法は唯一つ。ルクトを翻意させるしかない。そのために使うのは女、つまり色仕掛けである。ただ学生である彼に商売女を近づけるのは難しい。そもそも彼のほうから近づこうとしない。そこで同じ学生の娘や孫を使って近づく。最近になってその数が増えたのはタイムリミットが近づいてきたから。もしかしたら、今まではむしろ抑えていたのかもしれない。


 ルクトは今の自分の状況をそんなふうに解析している。そのため、お誘いは全て断っていた。そんな彼の反応を見れば諦めてくれても良さそうなものだが、デートに誘われる頻度はむしろ増える傾向にある。ついでに、ルクトがため息を吐く回数も。


(ま、オレ様の見立てによれば、純粋な好意を持っている女の子も一定数混じっているんだけどな)


 名前も知らない女の子から好意を持たれることなどルクトにとっては想像の埒外らしいが、向こうが一方的に知っていることは大いにありえる。〈ソロ〉のルクトは武術科内では有名だし、実技講義のアシスタントもしているから後輩たちにしてみれば接する機会も多い。実力のある先輩がカッコよく見えたとしても、なにも不思議はないだろう。


(たぶん最後の思い出作りなんだろうけど……)


 自称色男のソルは少女たちの甘酸っぱい内心をそんなふうに想像した。そして彼はそんなことにまったく気づいていないであろう友人のほうに視線を向ける。


(ま、この朴念仁には黙っておくか。ラキアちゃんに悪いしな)


 名前も知らない女の子よりは、名前を知っている女の子のほうを応援するのがソルの方針である。何度も一緒に飲んだ友達であればなおのこと、だ。


(しかし、それにしても、だ)


 そんなことを内心で呟き、ソルは頭を悩ませる。ルクトがモテるのはいい。しかしこの色男に同じような甘酸っぱいお誘いがこないのはどういうわけか。やはり百戦錬磨すぎてウブな子猫ちゃんたちには近寄りがたいのだろうか。


「あ~、オレにも春が来ねぇかな……」


 夏のように熱いアバンチュールもいいが、卒業の季節に相応しいのはやはり甘くも切ない春の風だろう。


「カーラルヒスにいる間は、もう来ないんじゃないのか?」


 意味が分かっているのか、いないのか。ルクトの言葉はわりとクリティカルにソルの胸をえぐった。ちょっとムカついたので、ソルは彼のケツを蹴っておいた。結構本気で。



▽▲▽▲▽▲▽



「ルクト、ラキア。打ち合わせは終わったかい?」


 レイシン流道場、というよりクルルの家のラキアの部屋でルクトが彼女と次の遠征の打ち合わせを終えると、それを見計らっていたかのようにロイが二人に声をかけた。


「終わったけど、どうした?」


「ちょっと話したいことがあるんだ。クルルがお茶とお菓子を用意しているんだけど、居間に来ないかい?」


 特に断る理由もなく、ルクトとラキアはロイと一緒に居間に向かった。それに、ちょうど一服入れたかったところである。居間に入るとロイの言ったとおり紅茶とお菓子、白桃のタルトが用意されていた。おいしそうな見た目と香りに、ラキアが顔を綻ばせる。


「……それで、話って何だ?」


 タルトを一口食べ、口の中の甘みを紅茶で飲み下すと、ルクトはおもむろにそう切り出した。それを聞いて、クルルとロイが顔を見合わせて少しだけ苦笑する。やはり彼らに関わる話らしい。


「実はルクトに頼みがあってね。卒業後に、一ヶ月くらい時間を貸して欲しいんだ」


「どういうことだ?」


「ああ、順を追って説明するよ」


 そう言ってロイは紅茶を一口飲み、カップをソーサーの上に戻した。そして、言葉を選んでいるのか少しだけ考え込み、それからゆっくりと話し始めた。


「ガルグイユでどう生活するかについて、僕とクルルはここ最近ずっと話し合ってきた」


 ロイの言葉にルクトとラキアは頷いた。ガルグイユ、つまりロイの故郷でどう生活していくのかは二人にとって大きな問題だ。それは時間をかけて話し合うべきことだし、また実際に二人がそうしてきたことをルクトとラキアは知っている。


「それで色々話し合ったけど、ガルグイユでレイシン流の道場を開こうと思うんだ」


 もちろん最初から道場の収入だけで食っていけるわけが無い。だから猟師など、別の仕事もすることになるだろう。しかし将来的にはやはり道場をメインにしていきたいとロイは言った。


「門下生が集まるのか? ガルグイユには迷宮(ダンジョン)がないんだろ?」


「迷宮はなくても武芸者はいる。それに、迷宮があるからと言って武門が流行るわけじゃないだろう?」


 苦笑気味にロイはそう言った。迷宮があるここカーラルヒスにおいて、レイシン流は最底辺の零細道場だ。道場の収入よりクルルが遠征で稼ぐ金額の方が大きいくらいである。


 カーラルヒスでレイシン流が流行らない最大の理由は、やはり迷宮があるからだろう。レイシン流で教える練気法は一種のブースト法。だが、迷宮の中では集気法だけで十分な強化が可能であり、そのため練気法を覚える必要性は低い。


 だがガルグイユに迷宮はない。そして迷宮の外では、集気法を使ってもヌルい強化しかできない。もっとも、使うと使わないで差は歴然だし、“ヌルい”というのはあくまでも迷宮の中と比べての話だ。だが迷宮の外では、強化は低いレベルで頭打ちになる。いわば壁があるのだ。それも、普通ならば越えられない壁である。


 その壁を、一時的とはいえ越える方法があるとしたらどうか。しかも、外法のように危険を伴うものではない。それが練気法である。


 ガルグイユの武芸者の主な活動の場は迷宮の外だ。練気法は彼らにとって有用だろう。難易度が高いことが難点だが、そのへんは修行あるのみ。なんにせよ、カーラルヒスよりは需要があると見込まれる。


「……それなりに見通しがあることは分かった。それで、それがオレへの頼みごとにどう繋がる?」


「ぶっちゃけて言うと、道場を開くにも先立つ物が必要でね」


 肩をすくめながらロイはあけっぴろげにそう言った。先立つ物、ようはお金である。土地や建物を買うにしろ借りるにしろ、お金が必要なのである。


「お金を稼ぐのなら、ガルグイユよりもカーラルヒスのほうがいい」


 ロイはそう断言した。理由はもちろん迷宮があるからだ。ハンターは危険だが儲かるのである。


「だけど、卒業したら今のパーティーは解散してしまう」


 ロイとクルルを除く四人の進路はすでに決まっているので、卒業後もパーティーを継続することはできない。しかしだからといって、二人だけでまともな攻略ができるはずもない。そこで、ルクトの出番と言うわけだ。卒業後、彼はヴェミスに帰る予定だが、逆を言えばカーラルヒスで何かをする予定はない。〈プライベート・ルーム〉もあることだし、助っ人を頼むには適任だろう。


「予定としては一ヶ月。僕たちと一緒に迷宮攻略をして欲しい。よかったら、ラキアも一緒に」


 三人よりは四人の方が良いから、とロイはラキアのほうを見ながらそう言った。


「わたしは、ルクトさえよければそれでも……」


 少々遠慮がちにラキアはそう言った。彼女はルクトとヴェミスに帰るつもりだったから、彼が帰省を一ヶ月遅らせるというのであれば、それに自分の予定を合わせることに否やはない。一人旅より二人の方が安全で安心だし、なにより〈プライベート・ルーム〉を使えるメリットは大きい。


 それに、とラキアは内心で付け加える。ヴェミスに帰ってしまえばルクトとの関係は今のままではいられなくなる。もしかしたら、もう彼と迷宮に潜ることは出来なくなるかもしれない。そう考えると、一ヶ月とはいえ余計にカーラルヒスで攻略を続けられるというのは、ラキアにとって幸運であるように思えた。


(問題の後回しでしかないけど……)


 そう自覚していても、目の前のぬるま湯に飛び込んでしまいたくなるくらい、今の生活は充実していて幸せなのだ。それに、決して遊んでいるわけではない。まっとうな武者修行の一環であり、それならば一ヶ月くらい延びても問題はないだろう。もっとも、あくまで「ルクトが賛成するなら」という前提付だが。


「……卒業までになんとかならないのか? 今も遠征は続けているんだろう?」


「確かに今も遠征はしているよ。だけど、目標額には届かないかな……」


 その目標額が一体幾らなのか、ルクトは聞かなかった。彼には関係のないことだし、一ヶ月と言う期間さえ聞いておけば十分だった。そしてルクトは「なるほど……」と呟いて数秒の間考え込む。


「随分と虫のいい頼みごとだな」


 ロイから一通り話を聞くと、ルクトはまずそう言った。言葉は辛辣だが、口元には面白がるような笑みが浮かんでいる。半分からかっているのだ。


「虫がいいのは重々承知しているよ」


 苦笑しながらロイはそう答える。〈プライベート・ルーム〉が使えれば遠征がスムーズに進んで稼ぎが増えるというのは、今やカーラルヒス中の武芸者たちが知っていると言っていい。しかしそれはルクトの個人能力(パーソナル・アビリティ)であって、ロイの個人能力ではない。言ってみれば他人の力をアテにして稼ごうというのだから、「虫がいい」と言われても仕方がない。


「でも、こっちも生活がかかっているからね。図々しくもなるよ」


 ロイ一人の生活であれば、彼もこんなことは言い出さなかっただろう。しかし今の彼にはクルルと言う婚約者がいる。故郷を捨ててまで付いてきてくれる彼女のためにもできることは全てやりたい、とロイは言った。ちなみに、それを隣で聞いていたクルルは顔を真っ赤にしていた。


 それを見て、ルクトは「ご馳走様」と胸のうちで呟いた。なんだか色々とどうでもよくなってしまった。二人の空気に当てられたのかもしれない。大げさに肩をすくめながら、彼はこう言った。


「分かったよ。利用されてやるさ」


「ありがとう、助かるよ。悪いね、利用しちゃって」


「ありがとうございます。ルクトさん」


 ロイとクルルが揃って頭を下げる。ラキアも嬉しそうな顔をしていた。そんな三人の様子を見て、ルクトはなんとなく肩をすくめた。そして白桃のタルトをフォークで切り分けて口に運ぶ。うむ、甘い。だがその中にわずかな酸味が利いていて爽やかだ。


「……それと実はもう一つ、頼みがあるんだ」


 ルクトと同じくタルトを食べつつ、少し言いにくそうにしながらロイはそう言った。ルクトが視線だけで続きを促すと、ややあってから彼はその頼みごとを口にした。


「……ルクトとラキアにも、僕たちの結婚式に出席して欲しいんだ」


「ロイさん、それは……!」


 ロイの言葉にまず反応したのは意外にもクルルだった。彼女のこの反応からして、この頼み事はロイの独断だったらしい。そして彼はさらに事情を説明する。


「僕たちの結婚式は、ガルグイユでやるつもりだ。……だけど、ガルグイユにはクルルを知っている人が一人もいない」


 それは仕方のないことだった。なにしろ、クルルは今まで一度もガルグイユに行ったことが無いのだから。そして友人どころか知人さえもいないのだから、クルルの側の関係者で式に呼べる人間は誰もいないことになる。


 結婚式と言うのは、結婚する二人を祝うためのものだ。だが出席者がロイの親族や知人ばかりでは、クルルを心から祝福してくれる者はいないのではないだろうか。ロイはそんな懸念を持っていた。


「……だから、さ。二人には友人代表みたいな形で出てもらえると嬉しい。クルルもその方がいいでしょ?」


 そう言ってロイはクルルのほうを見た。向けられたロイの視線から、クルルはわずかに目を逸らす。


「それは……」


 そう言ってクルルは言いよどむ。確かにルクトとラキアが式に出席してくれれば、クルルも嬉しい。しかし、それは安易に頼めるようなことではないのだ。


「ロイさん。何度も、二人で話し合ったでしょう……? それで、出席を頼むのはお二人の負担になるのでやめよう、と……」


「まあ、そうなんだけどね」


 切なげな目を向けるクルルに、ロイは苦笑しながらそう答える。彼のその表情は、「もっと我儘になればいいのに」とクルルに言っているように見えた。


 クルルの言う「負担」とはなにか。一言で言ってしまえば、それは「時間」である。


 卒業後、一ヶ月はカーラルヒスに居残って攻略を行うので、ガルグイユに向けて出発するのは九月の頭になるだろう。そしてカーラルヒスからガルグイユまでは、徒歩でおよそ一ヶ月。〈プライベート・ルーム〉を使えば多少は早く着くかもしれないが、走るのでない限り大幅な短縮は見込めないだろう。


 そしてガルグイユについてすぐに結婚式が行われるわけではない。準備その他諸々に時間がかかる。さらに式が終わったとしても、ルクトたちはまっすぐヴェミスに帰れるわけではない。道がよく分からないからだ。そうなると、一旦カーラルヒスに戻ってきてから改めてヴェミスを目指すことになる。


 カーラルヒス-ガルグイユ間の往復だけで、およそ二ヶ月。出発が九月なので、カーラルヒスに戻ってこられるのはどんなに早くても十一月になる計算だ。式の準備に手間取れば、本格的な冬が来るかもしれない。


 雪が降ってしまえば、旅は無理である。〈プライベート・ルーム〉があるとしても、やりたくはない。そうすると春を待たなければならなくなり、ルクトとラキアの帰省は大幅に後れることになる。


「…………悪いが、こっちは保留にさせてくれ」


「わたしも、すぐにはちょっと答えられないかな……」


 ルクトとラキアも、二人の結婚式に出られればそれが一番いいと思っている。いや、出られるものなら出たいと思っている。だがそのために帰省が来年の春になってしまうかもしれないと思うと、さすがに即決は出来なかった。


「うん、分かった。僕たちがガルグイユに向かうまでに決めてもらえればそれでいいから」


「本当に、無理しないで下さい。わたしは大丈夫ですから」


 ロイが静かに頷き、クルルはすがるようにそう言った。ただし彼女の目にわずかではあるが期待の色が浮かんでいるのをルクトは見逃さない。「目は口ほどにものを言う」とはよく言ったものだ。


「クルルの花嫁姿は見てみたいんだけどな」


 ルクトが軽い調子でそういうと、ラキアが「うんうん」と頷く。それを見てクルルは顔を赤くし、ロイは少しだけ渋い顔をする。


「あ~、やっぱりルクトは来なくていいかなぁ……」


 それを聞いてルクトは「おいおい」と苦笑する。少しだけ重くなっていた空気は元に戻り、その後はいつも通りのお茶会だった。


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