騎士の墓標7
シャフトを下へ下へと降りていく。
途中、二回ほど飛行タイプ、つまり鳥型のモンスターに襲われたが、いつもどおり〈プライベート・ルーム〉の中に誘い込むことで危なげなく倒すことができた。新調した太刀はルクトの手によく馴染み、ダドウィンの腕の良さを証明している。
「流石だぜ、おやっさん」
ハンターにとって手に持って戦う武器というのは、言うまでもなく重要で大切なものだ。ルクトにとってもそれは同じである。いや、ソロでありいざと言うときに助けてくれる仲間がいない彼にとって、武器は命を預ける唯一無二の相棒であり、他のハンター達が思うよりもはるかに大切なものなのだ。
太刀を上出来以上のできに仕上げてくれたダドウィンにもう一度感謝しながら、ルクトは迷宮の白い通路の上をさらに下へ下へと進んでいく。この辺りはすでに五階層だ。〈採取ポイント〉でもある地底湖に寄ろうかとも思ったが、「帰りでもいいか」と思い今回はやめておくことにする。
白い通路が上下で交差しているところに来ると、ルクトは集気法を使って烈を練り上げ身体を強化し、それから下の通路へ向かって飛び降りショートカットを行う。そしてまた何事もなかったかのように進んでいくと、通路の先が開けた空間になっていて、そこに六人ほどの人影があった。
「おや珍しい」
ルクトはそう呟いた。その六人は恐らくパーティーであろう。たくさんの荷物を載せたトロッコが二台、その集団の中に混じっている。座り込んでいる者もいるから開けた場所で休憩でもしていたのだろう。
迷宮の攻略中にこうして他のパーティーと出会うのは、実はそれほど珍しいことではない。迷宮自体がどれだけ広大で果てがないように思えても、遠征できて攻略が可能な範囲というのはやはり限られてくる。その上、移動できるのも白い通路の上だけで、つまりルートだって限られてくる。そうなれば、パーティー同士が迷宮内で出会う確率が上がるのは、むしろ当然のことと言えた。
だから、ルクトが「珍しい」と言ったのはそこに他のパーティーがいたからではない。そのパーティーのメンバーが武術科の学生で、しかもつい最近見た顔が混じっていたからだ。
「〈叡智の女神〉のメンバーと遠征ですか?ヴィレッタ先輩」
そこにいたのは以前からルクトを学内ギルドの〈叡智の女神〉に誘っている、武術科五年のヴィレッタ・レガロだった。女性にしては長身でスレンダーな体つきで、目鼻立ちは整っており切れ目が印象的な美人だ。制服の代わりに着込んだ無骨な戦闘服が、彼女の鋭角的で硬派な雰囲気によく合っている。他のメンバーに見覚えはないが、彼女とパーティーを組んでいるのだから同じギルドのメンバーであろう。
「ルクト君か。こうして迷宮で会うのは初めてだったな」
ソロのハンターが近づいて来ていることにはすでに気づいていたのだろう。そしてここカーラルヒスで、迷宮のこんな階層にまでソロで挑むハンターは恐らくルクト一人しかいない。だからヴィレッタは近づいて来るハンターがルクトだとすでに予想していたのだろう。彼が話しかけても驚いた様子は見せなかった。
ただ、ヴィレッタはルクトの顔をまじまじと見たあと、少し呆れたように苦笑をもらした。
「どうしたんですか?」
「いや、すまない。君が本当にソロで迷宮に潜っていると、頭のどこかでまだ信じきれていなかったようだ」
こんなところまで本当に一人でやって来たのを見てようやく納得という次第さ、とヴィレッタは少し自嘲気味に説明した。
なるほど、とルクトは納得した。確かに彼のソロという攻略方法は、一見して常識やセオリーをまとめて迷宮の彼方にまで蹴り飛ばしたようなスタイルである。ともすれば昔に流行ったという、魔道甲冑を装備しての攻略よりも無謀に思えるだろう。ただ人づてに聞いただけでは納得しきれないのも無理はない。
ただ、実際問題としてルクトはこうしてソロで迷宮攻略を行えている。なのに信じきってもらえない、というはあまり気分のいい話ではない。
「かまいませんよ。慣れてますから」
ああなるほど、とヴィレッタの言葉に納得してからルクトはそう言った。周りの反応が一番ひどかったのは二年のとき、ソロでやり始めた最初の頃である。武術科の学生がパーティーを組むことを禁止された、という話はルクトが思っていたよりもずっとインパクトがあったようで、その話はすぐに学園内に留まらずカーラルヒスの武芸者たちの間に広まった。
冗談か何かだと思って最初から信じていなかった人はまだいい。中には「問題を起こした」だとか、「売名のためのパフォーマンスだ」などといって難くせをつけてくる者もいたのだ。
個人能力について吹聴しなかったのは学園側の配慮だったのだろうが、それが完全に裏目に出た形である。結局、ルクトの個人能力〈プライベート・ルーム〉が知れ渡るにつれて次第に事態は沈静化したのだが、彼にしてみれば非常にストレスの溜まる時期だった。
『ヴェミスにいたときはこんなことなかったのに』
その時期、ルクトはよくこんなふうに愚痴ったものである。彼の故郷である都市国家ヴェミスにいたときも、ソロで迷宮に潜ることはあった。ただ、ヴェミスでのルクトは「メリアージュの秘蔵っ子」という位置づけだったため、多少突飛なことをしても周りはいちいち動じなかったのである。
閑話休題。
「それより、休憩中なら先に行ってもいいですか?」
モンスターというのは一度倒してしまうと、同じ場所に再出現するまで一定の時間がかかる。しかも立て続けに同じ場所で倒すと、再出現するまでの時間がだんだんと延びていく、という性質もある。この性質を利用することでベースキャンプなどは安全性を上げているのだが、まあそれはそれでいいとして。
つまり再出現するまで一定の時間がかかるということは、二つのパーティーが連れだって同じルートを行く場合、先行するパーティーがモンスターを全て倒してしまうと、後ろのパーティーは狩りが何もできなくなってしまうのだ。
もちろん時間を空けてから行けばいいのだろうが、“再出現するまで一定の時間”というのは場所ごとによってバラバラで、正確にどれくらい待てばいいのかなど誰にもわからない。そもそも遠征というのは時間と戦いでもある。より深い階層でより長く攻略を行うためにも、浅い階層で足を止めることは極力避ける。
だから迷宮内で二つのパーティーが遭遇した場合、どちらか一方がその場に残る、ということはほぼない。仮に一方が休憩中であったとしても、である。モンスターを狩るためには先行しなければならないし、後ろから付いて行くことになっても戦闘を行わないのであれば十分な休憩になりえるからだ。それに別れ道で先行したパーティーがどちらに行ったのか分からないと、お互いに効率的な狩りができない。
「………いや、すまないが先に行かせて貰いたい」
つまりこの先のモンスターは自分達が狩る、という意思表示である。ヴィレッタのその言葉を合図にしたかのように、座り込んでいた彼女のパーティーメンバーたちが立ち上がった。
ドロップアイテムはそのモンスターを倒したパーティーのもの、というがハンター達の暗黙の了解で大原則だ。そしてハンターたちはドロップアイテムを得ることで生計を立てている。つまり迷宮で十分な数のモンスターを狩れるかどうかは、彼らの生活に直結するのだ。
そしてそれは、武術科の学生であっても変わらない。こと今回に限れば学生だからこそ、比較的浅いとされるこの辺りでも出来るだけ狩りをして稼がなければならないのだ。
「かまいませんよ」
お先にどうぞ、とルクトはヴィレッタたちが拍子抜けするほど簡単に譲った。彼にしてみれば、一度ショートカットすればそれだけで先に行けてしまうのだ。ここで「自分が先に行く」と言い張って空気を悪くする必要はない。だからこういう場合、ルクトは大抵譲ることにしている。
「………そうか。感謝する」
ホッとした様子でヴィレッタは表情を緩めた。話がこじれずに済んで安心したのだろう。もしかしたら似たような状況で、嫌な経験をしたことがあるのかもしれない。
実際、パーティー同士がこじれる最大の原因は、「どちらが先に進むのか」という問題なのだ。階層が浅いうちは互いに譲り合うことも簡単だが、深い階層になると双方がなかなか引かず、話し合いで決めるのは難しくなる。「コイントスで決める」など色々な方法があるが、それも双方が納得しなければ成り立たない。こじれた末に血が流れたなどというケースは、決してないわけではないのだ。
「譲ってくれたルクト君を待たせるのも悪い。進むとしよう」
ヴィレッタがそう言うと、パーティーのメンバーたちは動き始めた。ヴィレッタを含めた三人が前衛として前に出て、残りの三人が後衛としてトロッコを運ぶ。もちろん前衛と後衛はメンバーを入れ替えながら交代でおこなうことになる。遠征を行うときにパーティーがとる基本的なフォーメーションだ。
ルクトは後衛の三人の、さらに後ろにくっついて進む。モンスターが出現しても戦うのはヴィレッタたちなので気楽なものである。この気楽さが、実はルクトが先を譲る隠れた理由でもあるのだ。
当たり前の話だが、ソロであるルクトは一人でモンスターと戦わなければならない。だからパーティーを組むハンター達に比べ、一回ごとの戦闘の負担は大きくなる。その負担を、ルクト本人の言葉を借りれば「押し付けて」、力を温存して進めるのは彼にとっても好都合なのだ。
「広い場所に出る。警戒してくれ」
先頭を行くヴィレッタの声に、パーティーメンバーたちが緊張を高める。「広い場所ではモンスターが出現しやすい」。迷宮攻略における基本的なセオリーの一つだ。ちなみにルクトは一番後ろでのんびりとその様子を眺めていた。
パーティーが広場に足を踏み入れてからほんの数秒後、白い光が三つ現れて揺らめいた。モンスターが出現する前兆である。
「来るぞ!数三!マルクは右!レンゼは左を抑えろ!真ん中は私がやる!セイヴィア、荷物は任せたぞ!」
パーティーのリーダーであるヴィレッタが矢継ぎ早に指示を飛ばす。そしてメンバーたちが了解の返事を返している最中に揺らいでいた白い光がだんだんと形を作り始め、そしてついにモンスターが出現した。白い光から一体ずつ、合計で三体のモンスターである。
「後ろに近づけさせるなよ!相性が悪いと思ったらすぐにスイッチだ!」
モンスターの姿を確認すると、〈叡智の女神〉のメンバーたちは集気法(彼らの流派でなんというかは分からないが)を使ってマナを集め烈を練り上げ強化を施す。彼らの後ろでルクトもまた同じようにして身体を烈で満たした。モンスターを前にして準備を怠るなど、自殺行為以外の何物でもないからだ。
「行くぞ!」
ヴィレッタが腰から剣を抜いて駆け出した。それとほぼ同時にマルクとレンゼと呼ばれた男二人も、それぞれの得物を手に割り当てられたモンスターへ肉薄する。
ルクトはそれぞれの戦いを冷静に観察する。
右側で戦っているのが、マルクであろう。得物は長物である棍だ。戦っているモンスターは〈インセクトタイプ〉と呼ばれる種類で、簡単に言えば大きなダンゴムシである。マルクは棍を上下左右に回転させながら連続して攻撃を加え、敵の足をしっかりと止めている。ただ殻が固いのか、決定的なダメージが入っているようには見えない。
マルクの反対、左側で戦っているのはレンゼだ。手にした得物は剣にも似ているが刃がついていない。鉄鞭と呼ばれる鈍器だ。戦っているのは岩を繋ぎ合わせて人形にしたようなモンスターで、一般に〈ゴーレムタイプ〉と呼ばれている。全身が岩石で、その分防御力が高いのが特徴だが、逆に動きは鈍く、しっかりと動きを見極めれば回避はそう難しくない。“斬る”ことではなく“砕く”ことに秀でている鉄鞭とは相性も良いようで、レンゼは着実にダメージを与えていく。
そして二人の真ん中で戦っているのがヴィレッタである。手にした片手剣の柄にはナックルガードが付いており、刃のほうは片刃で優美な曲線を描いている。相対しているのは〈スケルトンタイプ〉と呼ばれるモンスターで、白いガイコツがボロを纏って剣と盾を装備し、さらに冑を被っていた。身体を支えそして動かす筋肉を持たないただの骨が、しかし二本足で直立し、しかも意外と俊敏に動き回るその様子は不気味なのを通り越してどこか滑稽だ。
スケルトンが振り下ろした剣を、ヴィレッタは余裕を持ってかわす。そのまま相手の左側に回りこんで鋭い突きを放つが、それはスケルトンの持つ盾に阻まれた。スケルトンが受け止めた剣を盾で払いのけるのに逆らわず、ヴィレッタは一旦後ろに下がって距離を取り、そしてすぐに前に出て猛然と切り結び始めた。
攻撃が速く、そして上手いのは明らかにヴィレッタのほうだ。しかしスケルトンは盾を上手く使ってその攻撃を捌き、そして時折攻撃に転じてもいる。
スケルトンのしゃれこうべがケタケタと歯を鳴す。その仕草はまるで笑っているかのようだ。一旦距離を取ったヴィレッタが忌々しげに舌打ちするのを、ルクトは見逃さなかった。
(さて、どうする?)
ルクトは心の中でヴィレッタに問い掛けた。とはいえ、彼女が勝つだろうとも確信している。五階層、あるいはもう六階層かもしれないが、その辺りで出現するスケルトンごときに手こずる武芸者が、〈赤薔薇の騎士〉などという大層な二つ名を持っているわけがないのだ。
ヴィレッタは左足を前にして半身になり、剣を肩の高さで水平に構えた。そしてそこで一瞬動きを止める。マナを集めて烈を練り直しているのだ。
「フッ!!」
鋭く呼気を吐き出しながら、ヴィレッタは弾かれたように飛び出して剣を突き出す。その剣の切っ先が、最初と同じようにスケルトンの持つ盾に阻まれそうになった、その瞬間。
「〈ブラッティ・ローズ〉!!」
ヴィレッタがそう叫んだ瞬間、彼女が突き出した剣の周りに赤い薔薇の花弁が舞った。それも一枚や二枚ではない。剣の刀身が見えなくなるほど大量の花弁が出現したのである。
これがヴィレッタ・レガロの個人能力〈ブラッティ・ローズ〉である。この能力によって生み出される深紅の薔薇の花びら(もちろん本物ではないが)は、その一枚一枚が鋭利な刃であり、下手な剣などよりもよほど鋭い。彼女の二つ名である〈赤薔薇の騎士〉は、言うまでもなくこの能力に由来している。
深紅の花弁を纏ったヴィレッタの剣は、阻もうとするスケルトンの盾を粉々に砕いてさらに進む。盾を支えていた腕を砕き、さらにその先、スケルトンの肋骨の隙間へと刃は突き入れられた。深紅の花弁の一部が後ろに流れて尾を引き戦場を彩る。
ヴィレッタの持つ剣自体は、なにもない骨と骨の隙間を貫いている。つまり空を切っているわけで、普通であれば攻撃として成り立っていない。しかし突き入れられた刃の周りには大量の花弁が渦を巻くようにして舞っている。そして〈ブラッティ・ローズ〉の花びら一枚一枚は、それ自体が鋭利な刃だ。剣の刃が骨の隙間を素通りしていても、その周りの花弁の剣がスケルトンの肋骨に大穴をあけていた。
「斬り刻め!〈ブラッティ・ローズ〉!」
ヴィレッタが剣の刀身に纏わせていた深紅の花弁を解き放つ。大量の花びらは一瞬にしてスケルトンを包み込むようにして膨れながら広がり、そして砕くようにして斬り刻みスケルトンを無数の骨の欠片へと変える。舞い散る〈ブラッティ・ローズ〉の花弁は、血を流さないはずのスケルトンが流した血しぶきのごとくに、ルクトには見えた。
もはや原型を留めないまでに粉砕されたスケルトンは、再びマナへと還元され迷宮の中に消えていく。そして“カツン”という音を立てて紅色の魔石が一つだけドロップした。しかしヴィレッタはそれを拾うことなく無視する。戦闘はまだ継続中だからだ。
戦闘中にドロップアイテムをどうするかは、ハンターによって対応が分かれる。「邪魔になるから」と言ってまずは確保するハンターもいれば、「隙ができるから」と言ってヴィレッタのように戦闘が終わるまでは無視するハンターもいる。ちなみにルクトは無視するタイプだ。ソロの彼にとって戦闘中に隙ができるのは致命的なので。
ヴィレッタは素早く左右に視線を走らせ、まだ戦っているマルクとレンゼの状況を確認する。判断は一瞬。ヴィレッタはレンゼのほうに加勢した。理由はゴーレムのほうが攻撃力が高いからである。今は遠征の途中。さらに下の階層に潜るためにも、ここで怪我人を出すわけにはいかないのだ。
ただ全身が岩石でできているゴーレムは、剣を使うヴィレッタとは少々相性が悪い。下手をすれば剣が刃毀れするかもしれないのだ。遠征を順調に続けるためには、人的被害はもちろんのこと、武器の損耗も可能な限り抑えなければならない。
ヴィレッタは集気法でもう一度烈を練り直すと、〈ブラッティ・ローズ〉をあらかじめ発動させてからレンゼとゴーレムの戦闘に飛び込んだ。ヴィレッタは特に何も言わなかったが、それでもレンゼは動きを即座に変化させて二人は連携を取りながら戦い始める。
(流石だな………)
二人の戦いを見て、ルクトは内心で少なからず感嘆した。その連携はかなりの練度を感じさせ、あっという間にゴーレムを劣勢に追い込んでいく。
何よりもルクトの目を引いたのがレンゼの戦い方だ。最初一対一で戦っていたときは、回避と攻撃を交互に行いながらダメージを積み重ねていた。それが、ヴィレッタが戦いに加わった瞬間、彼は戦い方をガラリと変える。牽制をメインにしてモンスターの注意を引きつけ、攻撃は代わりにヴィレッタが引き受けている。
(切り替えが速い………!)
戦い方の切り替えが速いということは、それはつまり意識の切り替えが速いということである。
レンゼの動きからは「獲物を取られる」とか、「コイツは自分が倒す」とか、そういう自己顕示的な意識が全く感じられない。あくまでパーティーとして戦っているのであり、全体の損害が最も少なくなる戦い方を選択しているのだ。
きっと、血が滲むほどに連携の訓練をしてきたに違いない。そしてその中で自分の考え方を少しずつ変えていったのだ。一人のハンターとしてではなくパーティーのメンバーとして、遠征と攻略を成功させるためにどうすべきかを考えているのである。
もちろん、ヴィレッタとレンゼの連携も高いレベルである。二人は完全にゴーレムを手玉に取り、戦いの流れをコントロールしている。まるで、連携のお手本を見ているようにルクトは感じた。
彼らはいとも簡単にそれをやってのけているようにも見える。だが、連携というのは言葉で言うほど簡単なものではない。自分以外の味方を意識した動き、というのは頭で考えているだけでは決してできないのだ。未熟な段階だと互いに遠慮したり邪魔をしてしまったりして、助け合うどころか潰しあうことになってしまうことさえある。
ルクトも短期間ではあるがパーティーを組んだことがあり、連携の訓練をしたことがあるが、最初の頃は敵よりも味方のほうが邪魔に感じたくらいだ。それくらい“息の合った連携”というのは難しいのである。
個人の技能。連携の練度。そして各自の意識。そのどれもが高いレベルである。きっとこのパーティーは〈叡智の女神〉のなかでも精鋭集団なのだろう。
ルクトが先輩達の戦い方に素直に感心しているその前で、対ゴーレム戦は決着に近づきつつあった。ヴィレッタは〈ブラッティ・ローズ〉を纏わせた剣で、構造上どうしても他より脆くなってしまう関節、とくに膝に攻撃を集中させていく。“斬る”というよりはほとんど“削る”ようにしてダメージを蓄積させていった結果、ついに膝が砕けてゴーレムは前のめりに倒れた。
手をついて身体を支えるゴーレム。ヴィレッタはすかさず今度は肘に〈ブラッティ・ローズ〉を纏わせた剣を突き刺し、深紅の花弁を高速で回転させてその関節を砕く。支えを失ったゴーレムは、ついにうつぶせに倒れこんだ。
「レンゼ!止めだ!!」
ヴィレッタの指示にレンゼは無言で反応した。ほとんど一瞬で烈を練り上げ、それを鉄鞭に込める。そして逆手に持ち直した鉄鞭をうつぶすゴーレムの後頭部に突き立て、練り上げた烈を、恐らくは指向性を持たせて解放した。
ドゴン、という鈍い音が迷宮に響く。見ればゴーレムの頭は完全に砕かれ、レンゼの持つ鉄鞭は迷宮の白い通路に突き刺さっている。烈を放つのと同時に鉄鞭を突き入れていたのだろう。
頭を砕かれたゴーレムは、スケルトンと同じようにして再びマナに戻って迷宮のなかに溶けていく。後には魔石が一つと、同じくらいの大きさの透明な結晶〈昌石〉が残っていた。
ゴーレムを倒しても、レンゼとヴィレッタの二人は表情を緩めない。戦闘はいまだ継続中で、最後のモンスターである巨大ダンゴムシが残っているからだ。
二人はわずかに頷きあい、マルクが足止めをしている最後のモンスターのほうへ行こうとする。しかしその瞬間、にわかに戦況が動いた。
「すまない!抜けられた!!」
マルクの声が響いた。ルクトが視線をそちらに向けると、なんと巨大ダンゴムシが身体を丸めて転がりながら後衛のほうへ向かってくる。
ルクトだけならば話は簡単だ。回避すればよい。突進は直線的でしかも距離がある。回避は簡単だ。しかし後衛のメンバーたちがこの突進を回避すれば、巨大ダンゴムシは彼らが守るべきトロッコを直撃するだろう。トロッコを、物資を失えば遠征を続けるどころか、生きて迷宮を出ることそれさえも怪しくなる。
そうなった時、ルクトは彼らを見捨てられないだろう。本来ならば「自己責任だ」と言って切り捨てなければならないのだろうが、幸か不幸か彼にはこのパーティー全員を生還させるための手段がある。〈プライベート・ルーム〉に全員押し込んでルクトが全力で上を目指せば、恐らく日付が変わる前には迷宮の外に出られるだろう。しかしそうなるとここで遠征を切り上げることになってしまい、彼の立場からすればそれは好ましくない。だから回避はしないで欲しい、というのがルクトの自分勝手な意見だ。
しかしさりとて巨大ダンゴムシの突進を受け止めて防ぐのであれば、今度は怪我を覚悟しなければならない。最悪、腕の骨が折れでもすれば、遠征はここで切り上げなければいけなくなるし、また骨折が完治するまでは迷宮に潜ることもできなくなる。
(どうする………?)
ルクトが考え込んだのは一瞬だ。しかしその一瞬ですでに状況は動いていた。
誰より早く、それこそ前衛の三人よりも早く動いたのは、後衛の一人で恐らくは“セイヴィア”と呼ばれていた女だ。長身でヴィレッタよりも背が高いように見える。だが体つきは彼女よりも起伏に富んでいて女性らしい。広いつばの付いた男物の帽子を被っており、それが飛ばされないように左手で押さえながら、彼女は転がってくる巨大ダンゴムシめがけて一直線に駆ける。
「〈流星の戦鎚〉!!」
そう叫んだセイヴィアの右手に、巨大なハンマーが現れる。〈創造〉と呼ばれる種類の個人能力だ。この手の能力はそう珍しいものではなく、例えばソルジェートなども同種の個人能力を持っている。
セイヴィアが生み出した〈流星の戦鎚〉は柄の長さが二メートル近くもあり、その先に金属製の打撃部分が二つ付いている。非常に重そうな見た目だが、しかしセイヴィアは苦にした様子もなくその戦鎚を右手一本で水平に構えて疾駆する。
ニヤリ、とセイヴィアの口元が好戦的に歪む。
「はああああああ!!!」
雄叫びを上げながらセイヴィアが左足で制動をかける。そして左手を帽子から離して戦鎚の柄を両手で持ち、身体を思いっきり捻った。
風圧にあおられ帽子が飛ぶ。長い髪を振り乱すセイヴィアの顔には、隠す気もなく戦いの喜悦が浮かんでいる。
獰猛な笑みを浮かべながらセイヴィアは〈流星の戦鎚〉を振るう。振るわれた〈流星の戦鎚〉の打撃部分は、転がってくる巨大ダンゴムシを真正面から叩きすえた。
巨大ダンゴムシと〈流星の戦鎚〉がぶつかった瞬間、一瞬だけ両者はせめぎ合うようにして停止した。両手に感じる重い手ごたえに、セイヴィアの浮かべる笑みがより深く、より獰猛になる。
「ぶっ飛べ!!」
およそ女性らしからぬ言葉を吐きながら、セイヴィアはさらに力を込めて戦鎚を振るい趨勢の天秤を自分のほうに傾ける。そしてついに〈流星の戦鎚〉が振りぬかれ、巨大ダンゴムシは転がってきたとき以上の勢いで迷宮の闇の向こうへ吹き飛ばされたのだった。