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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十三話 卒業の季節
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卒業の季節14

「あ、ルクト先輩!」


 ルクトとラキアが遠征から帰ってきた次の日。魔石とドロップアイテムの換金を行い、ラキアの取り分を届けてきたルクトが学園に戻って来ると、嬉しそうな声が響いた。声の主はカルミ・マーフェス。ルクトの後輩である。彼女が一年生の頃から個人的に手合わせの相手をしている事もあって、ずいぶんと彼に懐いている後輩だった。ルクトも慕われれば悪い気はしない。カルミの姿を見つけると、笑顔を浮かべながら片手を上げた。


「よう。調子はどうだ?」


「悪くないですよ。攻略も結構順調です」


 カルミの言葉にルクトも「そっか」と応じる。最近はお互いに忙しく顔を合わせる機会も減ったが、上手くやっているようなら何よりである。


「先輩、久しぶりに手合わせしてください!」


「ああ、分かったよ」


 嬉々とした様子のカルミに苦笑しながら、ルクトはそう言った。歓声を上げる彼女はすぐに木刀を二本用意し、二人は軽く身体をほぐすとそれを手に向かい合った。


 構えを取って向かい合うと、カルミの表情は真剣なものになった。そしてそれに伴い彼女のまとう空気が張り詰める。向き合って木刀を構えるルクトは、程良い緊張を感じながら内心で感心したように呟きを漏らした。


(へぇ……)


 随分とサマになったものだ、と思う。「刀術を教えてください」と言ってきた頃の面影はもうほとんどない。こうして向かい合ったカルミの姿は、もう立派に剣士だ。残念ながら一流には届かないが、今も間合いを計りながらルクトの隙を懸命に探している。ただなまじ腕を上げたせいで、格上のルクト相手に攻めあぐねている様子だ。


「どうした、探ってるだけか?」


「……いきます!」


 ルクトの言葉に押されるようにしてカルミが動いた。踏み込みがずいぶん鋭くなった。集気法の強化頼みだった動きも、鍛錬を重ねて技術という下地を得た結果、無駄がそぎ落とされ洗練されたものになっている。もちろんまだまだ荒削りだが、出合った頃と比べれば格段の進歩だ。


(ちゃんと稽古してるんだな……)


 防戦に回りカルミの動きを観察しながら、ルクトはそう思った。「弟子なのか?」と問われれば「ただの後輩だ」と否定する。それでもこの四年間、時間を見つけて手合わせの相手をしてきたことは事実だ。こうして成長を見ることができるのは感慨深いものがある。


 一時間ほど手合わせを続けてから、二人は稽古を終わりにした。汗を拭い、なんとなく近くの芝生に二人で座る。涼しい風が、火照った身体に心地よい。


「……カルミもずいぶん腕を上げたな」


「本当ですか!?」


 ルクトが率直な感想を口にすると、カルミはパッと顔を輝かせた。その素直な反応に、ルクトはちょっと悪戯心を出す。


「ああ。一流まであと三歩、ってところだな」


「そこはお世辞でも『あと一歩』って言ってくださいよ~」


 妙に現実的な評価に、カルミは拗ねて唇を尖らせた。そんな顔をすると、途端に一年生の頃のように幼く見える。それがおかしくてルクトが笑ったら、彼女はさらに拗ねた。そのせいで会話が途切れるが、嫌な感じはしない。ルクトは芝生に手を付いて身体を反らして空を見上げ、それからおもむろにこう尋ねた。


「…………シェリアの奴はどうしてる?」


「……やっぱり、気になりますか?」


「そりゃ、少しは、な」


 シェリア・オクス。ルクトにとっては義理の妹にあたる少女で、カルミの一年後輩になる。ルクトとは父親がらみのことでアレコレあって、現在二人は互いに距離を取っていた。学園内で遠目に見かけたことは何度かあるが、話しかけたりはしていない。恐らくシェリアのほうも同じようなものだろう。


 この先二人が歩み寄ることはたぶんない、とルクトは思っている。二人の間にはどうしようもなく父親のことがある。彼の、パウエル・オクスの死によって二人の関係と距離感は決定してしまったのだ。それを変えようとするだけの余力がシェリアにはないだろうし、それだけの意思がルクトにはない。


 ただ、それでも。なんの偶然か、それとも運命の女神の嫌がらせか、二人はこうして同じ学園の同じ学科に通うことになった。ならその間くらいは、先輩と後輩というぬるま湯の関係に浸かっていてもいいだろう。ルクトはそんなふうに思っている。


「……シェリアにはダドウィンさんの工房をバイト先に紹介したんですけどね。丁重に断られてしまいました」


 アルバイトはもうしているから、というのが理由だったそうだ。ただ、ルクトはその話を聞いて苦笑する。件の工房はルクトが贔屓にしている店だ。そこでバイトをすれば彼と頻繁に顔を合わせることになるだろう。それを嫌がったのではと勘繰るのは、あるいは穿ちすぎか。


「攻略も順調みたいですよ。『個人能力(パーソナル・アビリティ)が覚醒した』ってこの前嬉しそうに話してくれました。ただ、周りの同級生からは少し遅れているみたいで、焦っているみたいでしたけど」


 それは仕方が無いな、とルクトは思った。なにしろシェリアは武芸科に入るまではショートソードさえ握ったことがなかったのだ。素人もいいところで、出足が周りから遅れてしまうのは当然のことだ。だが個人能力が覚醒したのであれば、大きく一歩前進と言っていいだろう。


「今は焦らずじっくりやれ、って言っておいてくれ」


「もう言っておきました。教官たちにも同じことを言われたみたいですけど」


「立派に先輩面してるな」


 ルクトがからかうようにしてそう言うと、カルミは露骨に視線を彷徨わせた。嬉しいのかそれとも恥ずかしいのか、たぶん両方だろう。


「ああ、それと先輩。たぶん六年生だと思うんですけど……」


 そう言ってカルミが話題を変える。彼女によると六年生と思しき学生が、街外れの雑木林の中に入っていくのを、ここ数ヶ月の間に何度か見たのだという。しかもその六年生は例の〈味方殺し〉らしく、なんとなく記憶に残っていたらしい。


「それで、オレの顔見て思い出した、ってことか?」


「ま、まあ、そうですね」


 同じ六年生だからだとは思うが、一体どんな連想をしたのやら。とはいえ、サミュエルらしき人物の情報が思いがけないところで手に入った。念のため顔立ちなどを確認してみるが、恐らくサミュエルで間違いないだろう。


(今度タニアに教えてやるか……)


 サミュエルを見たという雑木林の位置をカルミに確認しながらルクトはそう思った。ちょうど、明後日には座学の講義がある。その後にでも教えてやればいいだろう。



▽▲▽▲▽▲▽



「タニア、ちょっといいか」


 カルミから話を聞いた二日後、座学の講義が終わるとルクトはタニアに声をかけた。「サミュエルのことで話がある」というと、途端に彼女の顔から笑みが消えて真剣な表情になった。


「まあ、話と言っても大したことじゃない。後輩から聞いた話なんだけど、サミュエルらしき奴が街外れの雑木林の中に入っていくのを見たそうだ」


「それ、どこの雑木林?」


 そう言って詳しい場所を尋ねるタニアに、ルクトはカルミからきいた雑木林の位置を教える。幸い彼女も知っている場所だったらしく、タニアは思案げな表情で「あそこか……」と小さく呟いた。


「今日も、そこなのかな……?」


 寂しげな表情の中に小さな罪悪感を忍ばせながら、タニアはそう呟いた。今日の講義も、サミュエルは欠席している。彼が新しくパーティーを組んだとか、あるいは学内ギルドに入ったとかいう話はやはり聞かない。彼にソロで遠征を行う力はないし、武術科に在籍しているとはいえ、もはや学生の身分も名ばかりのものになっていた。


 このままいけば留年だろう。そして留年が続けば強制的に退学させられる。それがイヤならサミュエル自身がまず動くしかない。動こうとしないものを助けてくれるお人よしは、教官を含め武術科の中にはいないのだ。そのせいなのか、ルクトの言葉も辛口になる。


「放っておいてもいいんじゃないのか?」


 サミュエルが何を考えているのか、また雑木林でなにをしているのか、ルクトは知らない。だが武術科の気風とシステムは、サミュエルも重々承知しているはずである。承知した上でそこにいて何事かをしているのであれば、それはもう彼の自己責任だ。誰かがそのことに責任を感じる必要はない。


「うん、そうだね……。でも、お昼を食べたらちょっと行ってみるよ」


 ルクトの言いたいことは十分に伝わっていたのだろう。しかしそれでも、タニアは「行く」と言った。それを聞いて、ルクトはわずかに顔を歪ませる。


 行ったところで楽しい結果にはならないだろう。それどころか、嫌な思いをすることになる。恐らくは、双方が。なによりタニアにそうさせているのは義務感や責任感ではなく、サミュエルをパーティーから除名したことへの罪悪感だ。それを感じるのは彼女が優しいからなのだろうが、そういう優しさはいずれ彼女を押しつぶしてしまうのではないかとルクトは思った。


「物好きだな、まったく……」


 胸のうちの懸念をため息と一緒に吐き出しながら、ルクトは苦笑を浮かべた。どのみち、彼はこれ以上深く関わるつもりはない。そんな彼が何を言ったところで無責任なだけだろう。


「物好き、かな……?」


「ああ、物好きだな。もっと気楽に考えればいいのに」


「気楽になんて、考えられないよ……」


 ルクトは言葉通りに気楽な調子だったが、タニアは彼のようにはできないらしい。陰のある表情を浮かべ、無意識なのだろうが視線をそらした。そして「人一人の人生がかかってるんだから」と小さな声で呟く。


(“人生”ときたか……)


 タニアの呟きを聞いて、ルクトは苦笑を浮かべながらそう思った。ある意味でサミュエルはいま武芸者として生きていけるのかその瀬戸際にいるわけだから、「人生がかかっている」というのはあながち間違ってはいない。だが、それにしても大げさなことだと思ってしまう。


「ま、気をつけてな」


「うん、ありがと」


 これ以上話を重くすることもないだろうと思い、ルクトはそこで話を切り上げた。タニアと別れると彼は弁当の売店へと向かう。選んだのはいつも通りの300シク弁当。思えば長らくお世話になったものである。とはいえ卒業までまだあと数ヶ月ある。その間もきっとお世話になることだろう。


 せっかく最後なのだから400シク弁当に手を出すとか、あるいは学食に食べに行くとか、そういうことは微塵も考えないルクトであった。



▽▲▽▲▽▲▽



 昼食を食べ終わると、タニアはルクトから教えてもらった街外れの雑木林に向かった。その目的はもちろん、最近顔を合わせることのないサミュエルに会うためである。


 正直なところ、会ってそれから何を話せば良いのか、考えはまとまっていない。いや、それ以前に会うことそれ自体に抵抗がある。包み隠さずに本音を端的に言葉にするならば、「会いたくない」。


 そう、会いたくないのだ。会えばきっと気まずくなる。タニア自身は、まだサミュエルのことを友人だと思っていが、彼はきっと自分たちのことを恨んでいるだろう。怒鳴られるかもしれない。罵倒されるかもしれない。そう考えると、足がすくむ。できることなら踵を返して帰ってしまいたい。


(でも、会わなくっちゃ……!)


 タニアは自分にそう言い聞かせる。サミュエルのことを友人だと思っているならば、ここで何もしないでいることは許されない。たとえ何も出来ないとしても、いやきっとなにも出来ないのだろうけれど、それでも会って、なにか話をしなければならない。友達はまだいるのだと、味方はまだいるのだと、彼に分かって欲しいから。


 その想いを胸にタニアは重い足を、しかし毅然と動かしながら目的の雑木林へと向かっていく。彼女の顔は強張り、緊張していることは明らかだ。それでも彼女は決して足を止めなかった。


 やがて雑木林が見えてくる。そこで初めて、タニアは足を止めた。眉間にシワがよる。温かいはずの春の風が、冷たく感じた。小さく身震いをしてから、タニアは雑木林に向かって歩き出した。


 雑木林の中に入ると、当たり前だが途端に視界が利かなくなった。タニアは首を振って大きく周りを見渡すが、サミュエルの姿は見当たらない。そういえば雑木林にいるとは聞いたが、雑木林のどこにいるかは聞いていなかった。もっとも、入っていくのを見ただけのようだから、どこにいるかはそもそも知らないのだろうけれど。


(入り口の近くに、街の近くにいると思ったんだけど……)


 街の近くとはいえ、この辺りはもう野獣や魔獣の領域である。大型で危険なものは優先的に駆除されているとはいえ、街から離れるごとに危険になっていくのは間違いない。はたしてサミュエルは大丈夫なのだろうか。


 タニアは友人の身の安全を心配しながら雑木林の中を進む。本来ならサミュエルの名前を呼びながら探すべきなのだろうが、それはできずにいた。自分の声を聞いたら、彼は姿を隠してしまうかもしれない。それが怖かった。


 気配すら隠して、タニアは雑木林の中を歩く。しばらく歩くと、彼女はありえないものを感じ「え?」と思わず声を漏らした。


 彼女の感じたもの。それは高濃度のマナである。それも、本来ありえないほど高濃度のものだ。


 いや、より正確に言うならば「迷宮の外では本来ありえない高濃度」と言うべきだろう。タニアはマナに対する感覚がそれほど鋭くはないが、これは薄暗がりのなかに大きな炎が輝いているようなもの。周りのマナ濃度が低いこともあって、これの探知は容易だった。


(まさか、サミュエル君……?)


 それ以外の原因は考えられない。彼がどうやってマナをこれほど高濃度に圧縮しているのかは分からないが、彼がなにかしているのだろうとタニアは思った。


 それを、「すごい」と言うべきなのだろうか。タニアは咄嗟に判断できなかった。ただなんとなく、不穏なものを感じた。もしかしたら〈外法〉を連想してしまったからかもしれない。


 不吉な予感を抱えたまま、タニアは気配を感じたほうへ急ぐ。やがて木々の間から明るい光が放たれているのを見つける。彼女にも馴染みのある、今となっては懐かしささえ覚える光だ。


(〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉の光……? でも、なんで……?)


 タニアの中で疑問が渦巻く。サミュエルがこの雑木林で何をしているのか、いや何をしようとしているのか、まったく見当がつかない。分からないことが怖くて、彼女は顔を強張らせる。眉間にはシワがよっていた。


 そのせい、だったのかもしれない。タニアは木の陰に隠れるようにして、そっとサミュエルの様子を伺った。


 サミュエルは〈絶対勝利の剣〉を正面に構えて静かに立っていた。一見すれば、素振りでもしているように見える。しかし十数秒の間見ていても、彼は一向に動かない。さらに彼の顔は、鍛錬をしているようには見えなかった。


(まるで、何かを耐えているみたい……)


 タニアにはそんなふうに見えた。そして、彼女が見つめる先で“ソレ”は起こった。


「う、ぐぅ……」


 突然、サミュエルがうめき声を漏らしながらしゃがみ込む。彼に額からは汗が流れ落ちてくる。恐らくは冷や汗だろう。そして、彼が手に持つ〈絶対勝利の剣〉からは光が消えていた。


「サミュエル君!?」


 思わずタニアは飛び出した。どうしてかは分からないが、先程感じた高濃度のマナを今はサミュエルの中に感じる。そこから導き出される答えは、一つしかない。


(やっぱり外法……!?)


 サミュエルの様子は外法を使った際に起こる拒否反応にそっくりだった。だが、彼はこんな場所でどうして外法を使っているのか。いや、それ以前に彼は外法を使って何をしようとしているのか。分からない。分からないが、外法であれば処置の方法は簡単だ。


「サミュエル君! 今、楽に……!」


 外法による拒否反応を収めるためには、別の誰かが体内の烈を奪ってやればいい。つまり集気法だ。タニアはサミュエルに駆け寄ると彼の肩に手を触れ、集気法を使おうとした。


「余計なことをするなっ!!」


 しかしタニアのその手を、サミュエルは乱暴に振り払った。そして苦しげな表情のまま目を閉じる。少しすると、タニアはサミュエルから高濃度のマナを感じなくなった。つまり彼が自分でそれを体外に排出したのだ。


「はあ、はあ、はあ……」


 高濃度のマナを全て体外に排出すると、サミュエルの強張っていた表情が緩んだ。何度か荒い呼吸を繰り返すと、青白かった彼の顔に血色が戻ってくる。それを見てタニアはホッと安堵の息を吐いた。


「サミュエル君、大丈夫……?」


 先程振り払われた手を、タニアは再度サミュエルの肩に置いた。すると彼が頭を動かしてタニアのほうに視線を向ける。彼女の姿を認めると、サミュエルは目を見開いて驚きをあらわにした。


「タニア!? なんでここに……」


 どうやらサミュエルは人がいることには気づいていたようだが、それがタニアだとは思っていなかったようだ。彼女の顔を見るとすぐに視線をそらして、まるで苦虫を噛み潰したかのような顔をした。


「何のようだ。僕を嗤いに来たのか?」


 辛辣なサミュエルの物言いに、タニアは思わず息を呑んだ。彼は膝をついていてまだ呼吸も荒いが、しかし地面を睨みつけるその視線は鋭い。その視線を直接向けられたわけではないのに、タニアはお腹が締め付けられるかのような緊張を感じた。


「わたしはただ……! ただ、サミュエル君のことが心配で……」


「心配? 一体何を心配しているんだ?」


「だって! サミュエル君最近ぜんぜん講義に出てこないし! 遠征だって……!」


 悲鳴にも似た声で、タニアはそう叫んだ。その声を聞いて、サミュエルの視線がわずかに彼女のほうを向く。だがすぐに彼はまた視線をそらした。そらされた視線には険が増している。それは自分のせいなのだろうか、とタニアは思った。


「もう、そんなものに意味はない。意味なんてないんだ、タニア」


 僕にはもっと重要なことがある、とサミュエルは言った。それを聞いてタニアはますます訳が分からなくなる。


「重要な事ってなに!? さっきのアレのことなの!?」


 タニアの脳裏に浮かぶのは、つい先程見た冷や汗を浮かべるサミュエルの苦しげな表情だ。あれが講義や遠征を犠牲にしてまでおこなうような、重要なことであるとは彼女には到底思えない。


「あれ、外法でしょ? どうしてそんな危険なことを……!?」


「それこそタニアには関係のないことだ!」


「……っ!?」


 思ってもみなかったサミュエルの強い言葉に、タニアは息を呑んで言葉を失った。今までサミュエルが彼女にこれほど強い拒絶の言葉を使ったことはない。いやそれ以前に、タニアは今までサミュエルから拒絶されたことがほとんどなかった。それなのによりにもよって今、彼のことを心配し強い義務感に動かされて会いに来たこの時に、サミュエルから「関係ない」と言われてしまった。その言葉が、タニアの心に突き刺さる。


「どうして……? わたしは、サミュエル君のことが心配で……!」


 泣きそうになりながら、タニアはそう声を絞り出す。サミュエルの肩に添えられていた手は、彼女の胸の辺りできつく握られている。


 まるで知らない誰かになってしまったみたいだ。今のサミュエルを見て、タニアはそう思った。彼女の知っているサミュエルは、いつも笑顔を見せてくれた。問題も色々起こったけれど、いつだって前向きに努力して乗り越えてきたはずだ。それなのに今の彼は、まるで自分のことを邪魔者扱いしているようにタニアには思えた。


(わたしのせい……? わたしのせいなの……?)


 自分たちが彼をパーティーから除名したために、サミュエルはこうなってしまった。タニアシス・クレイマンとは、そういうふうに考えてしまう人間だった。そして、「そうではない」と言ってやれる人間がこの場にはいなかった。


「……邪魔をしにきたのなら、帰ってくれ」


 突き放すように、サミュエルがそう言った。それを聞いて、タニアは絶望的な顔をした。苦い顔をして地面を睨むサミュエルからは、彼女のその表情は見えない。それははたして幸運なことだったのか、それとも不運なことだったのか。


「ごめん、なさい……!」


 搾り出すようにしてそれだけ言い残すと、タニアはその場から駆け出した。もう、涙を堪えることはできなかった。


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