卒業の季節13
ルクトとラキアが二人で行う遠征は、ペースだけを考えれば実は合同遠征よりも速い。なぜなら迷宮内に乱立する巨大な岩石の柱〈シャフト〉を使って下へと向かうからである。シャフトを使えば思うように下の階層へ行けない普通の通路や、場所が限られるショートカットとは比べ物にならない速度で下の階層へ潜ることができるのだ。
とはいえ、ルクトはともかくラキアはこの方法があまり好きではない。万が一シャフトから足を滑らせたときのことを考えると、リカバリーの方法がない彼女は〈プライベート・ルーム〉の中で待機していなければならないのだ。そうやって人任せにしてしまうのは彼女の趣味ではなかった。
ただ、今回の遠征の目標は十二階層。そこを目指すためにも、浅い階層で時間を無駄にするわけにはいかない。そうなるとシャフトを使うのが現状で最も効率的で、そのことはラキアも認めざるを得ない。
「むう……。あちらを立てればこちらが立たず、か……」
ラキアが内心の不満をそんなふうに口にしながら〈ゲート〉をくぐるのはいつものことだ。ルクトはその背中を苦笑しながら見送った。
さて、そのようにシャフトを駆使しまくって下の階層を目指した結果、二人は一日もかからずに十階層の大広間に到達した。合同遠征よりも、さらに三時間以上早いペースである。
「速いのは良いけど、この方法だとあんまり稼げないんだよなぁ……」
苦笑を浮かべながらルクトはそうぼやく。普通に通路を進む時間が短いせいなのか、シャフトを駆使するこの方法だとモンスターと遭遇する回数が極端に減る。そしてそれは、当然のことながら稼ぎが減ることに直接繋がるのだ。
とはいえ、ルクトの表情に焦りは見えない。稼ぎが減ったとはいえ、所詮それは十階層に来るまでの間の話である。遠征はむしろここからが本番で、稼ぐのもここからが本番である。シャフトを使ったおかげで短縮できた時間と、その時間で稼げる額を考えれば、全体としてはむしろ大黒字と言っていい。
(それに……)
そしてさらに、ルクトには別の手応えもあった。一日かからずに十階層まで到達できた。別にこれは初めてではないが、一日で十階層分も進めることはやはり大きい。
一日で十階層。二日で二十階層。三日で三十階層。四日で……。
もちろん、それは言葉で言うほど簡単にできるはずもない。マッピングを行い、地道に一階層ずつ踏破して、増えていくマナの濃度に身体を慣らし、強力になっていくモンスターを撃破していかなければならない。
下準備に時間はかかるだろう。だがシャフトを使えば限られた時間の中でより深い階層に潜ることが出来る。それはつまり、長命種に近づけるということだ。ルクトにとってはそれがなによりも重要だった。
(長命種になるのも、夢じゃないよな……。いや、夢で終わらせるかよ)
その思いを、ルクトは強くする。とはいえ、今は目の前の遠征に集中しなければならない。
「よし、ルクト! 走るぞ!」
嬉々とした様子でラキアがそう言う。〈プライベート・ルーム〉の中で待っている時間が長かった彼女は、どうやら体力とやる気を持て余しているようだ。それに対し、ルクトは苦笑して肩をすくめながらも反対はしない。むしろ「望むところ」という顔をしている。
集気法を使って烈を十分に補充してから、二人は駆け出した。目指すのは十一階層、ではなく。十階層の地底湖である。いつも通りそこで稼いでから、二人は今度こそ十一階層を目指す。そして十一階層の少し手前にある広場でその日の攻略を打ち切り、〈プライベート・ルーム〉の中に引き上げた。
さて遠征二日目。朝食を食べ軽く汗ばむ程度に身体を温めてから、ルクトとラキアは〈プライベート・ルーム〉を出た。十一階層には二人ともすでに何度も来たことがある。マッピングやマーキングもある程度は済んでおり、ショートカットができる場所も分かっている。ついでにこれまで探索した範囲内に地底湖がないことも判明している。そのため二人は寄り道することなく、マーキングしてある最も深い場所を目指す。そこは、言ってみれば二人の攻略の最前線だ。
そして何度かモンスターとの戦闘を切り抜け、ルクトとラキアはそこへたどり着いた。そこから先に広がっているのはこれまでと大して変わることのない迷宮の風景だが、ここからは二人にとって未踏の領域である。
「さて、こっから時間がかかるんだよな……」
ここから先はマッピングをしながら探索を行い、下に向かうためのルートを見つけなければならない。決まったルートを通ってきただけの、今までとは比べ物にならない時間がかかるだろう。未知の階層に足を踏み込むときはいつも緊張する。しかしルクトに気負いは見られない。口調は愚痴っぽいが、顔には挑戦的な笑みが浮かんでいる。
「クルルがいればラクなんだけど……」
彼女の個人能力〈千里眼〉は遠く見通すことのできる能力(もちろんそれだけではないが)で、未知の階層に挑むときには大変役に立つ。マッピングが非常に楽になるし、また時間も短縮されるのだ。ロイたちが〈エリート〉になれたのも、〈千里眼〉の偉力によるところが大きい。
「ないものねだりをしても仕方がない。わたし達はわたし達の持ち札でやりくりするしかないさ」
「そりゃごもっとも」
そう言ってルクトは大げさに肩をすくめた。それから「それじゃあ行くか」と言って二人は歩みを再開した。
しばらくは一本道だったが、二十分ほど歩くと二人は分かれ道に出た。どちらの道も先がどうなっているのか見通すことはできない。乱立するシャフトの陰になってしまっているのだ。
仕方が無いので二人は適当に道を選ぶ。ラキアが「右」と言ったので、マッピングとマーキングをしてから右の道に進むことにした。そしてさらに三十分ほどシャフトの間を縫うようにして進むと、“終点”が見えてきた。
「ありゃ、行き止まりか」
終点になっていたのは一つの広場だった。そこから先に続く通路はなく、つまり行き止まりである。どうやら下へと続くのはこちらの道ではなかったようだ。ただ、この程度のことで気落ちしたりはしない。よくあることだからだ。
行き止まりになってはいるが、二人はさらに進む。突き当たりは広場で、そして広場ではモンスターが出現しやすいことが経験則的に知られている。なので、ここでモンスターを倒して稼いでいこうというわけだ。今回の遠征の目標は十二階層への到達だが、それと同じくらい稼ぎも重要なのである。
広場の一歩手前で二人は立ち止まり、集気法を使って烈を補充する。そして互いに一つ頷いてから広場に足を踏み入れた。
二人が広場に足を踏み入れた瞬間、マナが収束を始め燐光を放つ。その数、四。それを見てラキアは「大漁だな」と獰猛に笑った。
ルクトとラキアはそれぞれ腰を落とし太刀の柄に軽く手を添えた状態で、マナが収束していく様子を注意深く見守る。数秒後、一際強い光が放たれ四体のモンスターが出現した。
出現したモンスターの姿は“猿”。〈猿〉と呼ばれるタイプのモンスターだ。ただし、一体だけ他の三体とは明らかに毛色の違う個体が混じっていた。
三体の身長は一六〇センチといったところか。足は細く、代わりに腕が太い。しゃがみ込むようにして手を白い床についているため、実際には随分小さく見えた。唇を大きく開いて牙を見せ、ルクトとラキアを威嚇している。
そして問題の個体。これは他の三体に比べ、身体が二回り以上大きい。腕の太さに至っては三倍以上ありそうだ。こちらも膝を曲げてしゃがみ込んでいるが、まっすぐ立ち上がれば身長は三メートル以上ありそうである。
そして何より、その個体には腕が四本あった。口に生える牙も他の三体より鋭く、そして大きな犬歯を二本持っている。
「〈テトラ・エイプ〉、しかも〈リーダー〉だな、こりゃ……」
ルクトが眉間にシワを寄せながらそう呟く。腕が全部で四本なので〈テトラ・エイプ〉と呼んだわけだが、こういう個体は同じ大きさであっても普通のモンスター、つまりこの場合は腕が二本だけの〈エイプ〉よりも手強くなっていることが知られている。
そしてさらに〈リーダー〉。これはいわゆる統率個体のことで、この手のモンスターは群れを率いて連携を取りながら攻撃を仕掛けてくることが知られている。そのためルクトがソロでやっていた頃には、散々苦労させられたタイプのモンスターである。
「ルクト、方針は?」
威嚇してくる四体のモンスターを冷静に見据えながら、ラキアは横に立つ相棒にそう尋ねた。
「セオリーとしては数を減らすか、もしくは頭を潰すかのどちらかなんだけど……」
さてどうしたものかと考えているうちにモンスターたちが動き出した。四体のモンスターが身を躍らせながらルクトとラキアに近づいてくる。三体の〈エイプ〉が前に出て、その少し後ろを〈リーダー〉が付いてくる格好だ。モンスターの側が先に動いたのを見て、ルクトは舌打ちをした。
「とりあえずオレが〈リーダー〉に仕掛ける。その後は……、臨機応変に、だな」
「了解した!」
そう言うが早いか、ラキアは鞘におさまった太刀の柄に手を添えた低い姿勢のままで駆け出した。一呼吸遅れて、その後ろにルクトが続く。
疾駆しながらラキアは向かってくる三体の〈エイプ〉のうち、真ん中のモンスターを鋭く見据える。そして太刀の間合いのだいぶ外で、急制動をかけて刃を鞘から走らせる。
――――カストレア流闘術、〈抜刀閃・翔刃〉。
太刀から放たれた烈の刃が〈エイプ〉を襲う。だがその攻撃は敵に当たることなく回避されてしまった。しかし避けたことで敵同士の間隔が開いた。
「今だ! 行け、ルクト!」
ラキアがそう叫ぶより早く、ルクトは練気法を使って加速した。そして開いたモンスター同士の間を突破してその後ろにいる〈リーダー〉に肉薄する。
「ガアァ!! ガアアァ!?」
吼え声を上げながら〈リーダー〉はルクトを捕らえようとして四本のうち二本の腕を伸ばす。大きく開いた手が彼に触れそうになったその瞬間、ルクトは再度練気法を使って加速し〈リーダー〉の懐に飛び込んだ。
ルクトの視界が、〈リーダー〉の暗褐色の毛で埋め尽くされる。抜刀術を使えるような間合いではない。そこはもう無手の間合いだ。だがルクトは何も考えずにこの間合いに飛び込んだわけではなかった。彼は左手で鞘を持つと、身体を大きく捻りながら太刀の柄尻を前へ、ちょうど〈リーダー〉のみぞおちの辺りをめがけて突き出した。
――――カストレイア流刀術、〈衝波鎚〉。
〈リーダー〉のみぞおちに入った太刀の柄尻から、指向性の衝撃波が放たれる。練気法を併用したその衝撃波は〈リーダー〉の大きな体躯を軽々と吹き飛ばした。
(落ちないか……。やっぱりデカイな)
〈リーダー〉が吹っ飛ばされていくのを見ながら、ルクトは内心でそう思った。あわよくば広場から落として戦線から退場させようと思っていたのだが、どうやらそこまでは上手くいかなかったらしい。
(〈螺旋功〉あたりを使えれば良かったんだけど……)
その技を使えていれば、もしかしたら〈リーダー〉を倒せていたかもしれない。しかし抜き身の太刀を見れば〈リーダー〉も警戒するだろう。こうも上手く懐に入ることはできなかったはずだ。
(まあ、いい。それで、この後は……)
集気法を使って烈を補充しながら、ルクトは次にどう動くかを考える。選択肢は大まかに二つ。吹っ飛ばした〈リーダー〉を追撃するか、もしくは今ラキアが戦っている配下、つまり三体の〈エイプ〉のほうを減らすか。
身体に烈が満ちるのと同時にルクトは方針を決めた。吹き飛ばされたダメージが残っているのか、わずかに身体を起こしているもののまだ立ち上がれないでいる〈リーダー〉から視線を外すと、ルクトは身を翻して三体の〈エイプ〉とそれらを相手に戦うラキアを視界に収めた。
ルクトが選んだのは、まずはラキアと合流すること。彼女は今、三体の〈エイプ〉と戦っているので、必然的にそちらの数を削ることになる。〈リーダー〉がダウンしているおかげで、一時的にだが三体の〈エイプ〉は統率が取れていない状態だ。その間に最低でも一体、できることなら全て倒して趨勢を引き寄せなければならない。
「ラキ!」
ルクトが声をかけると、ラキアの視線が一瞬だけ彼のほうを向いた。そして彼女は後方に大きく跳ぶ。それつられるようにして、〈エイプ〉たちがラキアを追って動く。ルクトに無防備な背中を向けながら。
広場の白い床に着地すると、ラキアは集気法を使って烈を補充し始める。ただしこれはあくまでもついで、戦闘中の武芸者のクセのようなものだ。本命は追ってくる三体の〈エイプ〉をうまく引き付ける事。
接近する〈エイプ〉がそのまま飛び掛ってくるより早く、ラキアは太刀を二度三度と振るった。だが〈エイプ〉たちは俊敏な動きでそれをかわす。
その瞬間、ラキアはギアを一つ上げた。練気法を使い、彼女の攻撃を避けた〈エイプ〉を追撃する。さっきまでなら他の〈エイプ〉を警戒してやらなかったことだ。
「ギギッ!?」
追撃を受けた〈エイプ〉が驚いたように声を上げる。その〈エイプ〉を、ラキアは斜めに切って捨てた。
切り裂かれた〈エイプ〉がマナに還元されていく。それを見たラキアの顔に笑みが浮かぶ。しかし彼女はその笑みをすぐに引っ込めると身体を丸めて白い床の上を転がり、牙をむいて飛び掛ってきた〈エイプ〉の攻撃を回避する。だが〈エイプ〉はもう一体いる。三体目の〈エイプ〉が、ラキアが起き上がるより早く彼女に飛びかかった。
「やらせるかよ」
その言葉と同時に、ラキアに飛び掛ろうとしていた〈エイプ〉が後ろから切り裂かれた。その〈エイプ〉の後ろには、太刀を振りぬいたルクトがいる。彼のフォローを確信していたからこそ、ラキアは多少強引でも〈エイプ〉に追撃を仕掛けたのだ。そしてまた同時に、それはルクトが動きやすくするためでもあった。
ルクトとラキアは一瞬だけ目を合わせると、すぐに最後の〈エイプ〉を探した。そして二人が見つけたのは〈エイプ〉の後姿。さらにその先には〈リーダー〉の姿もある。どうやら〈リーダー〉が呼び戻したようだ。追撃、という選択肢がルクトの頭に浮かぶ。だが彼はそれを行動には移さなかった。
「二体か。上々だな」
「ああ、悪くない」
ルクトとラキアは威嚇してくる二体のモンスターを警戒しながら、倒した二体の〈エイプ〉の残した魔石とドロップアイテムを回収して〈プライベート・ルーム〉に放り込む。そして〈ゲート〉を消して仕切り直す。二人は集気法を使って烈を補充しつつ、改めて〈リーダー〉と残った〈エイプ〉を観察した。
「さて、と。どうやって倒すか」
「もう一度〈リーダー〉を吹っ飛ばせないか?」
そうやってまた〈リーダー〉の統率がきかない状態にしてから、残った〈エイプ〉を倒す。〈エイプ〉だけならそう手強い相手ではない。すぐに倒せるだろう。そうすれば、後に残るのは〈リーダー〉だけだ。
「無理だろうな。向こうも警戒する」
しかし、そう言ってルクトは首を横に振った。普通のモンスターであれば同じ手でも通用するかもしれないが、〈リーダー〉は賢くまた狡猾だ。簡単に同じ手を使わせてはくれないだろう。
「そうなると、やっぱり〈エイプ〉を先に始末して、その後二人がかりで〈リーダー〉を、というのが順当だな」
「問題は〈リーダー〉がどう動くか、だけど……」
そう言葉を交わす二人の見据える先で、〈リーダー〉と〈エイプ〉が動いた。今度は〈リーダー〉が前に出て、そのすぐ後ろを〈エイプ〉がくっ付いて来る形だ。どうやら〈リーダー〉の方が能動的に動くつもりらしい、とルクトは思った。
そして彼の予想は当たった。〈リーダー〉はその巨体と四本の腕を駆使して怒涛のごとくにルクトとラキアを攻め立てる。特に四本の腕を使った連続攻撃は、二人になかなか付け入る隙を与えない。
その上、〈リーダー〉の身体を覆う体毛は硬い。太刀を振るっても牽制程度では簡単に弾かれてしまう。もちろん切って切れないことはないが、そのためにはしっかりと踏ん張り刃に十分な量の烈を注がなければならないだろう。
さらに嫌らしく動いているのが〈エイプ〉だ。猿らしく身軽な動きで〈リーダー〉の身体をよじ登り、思いがけない場所とタイミングで攻撃を仕掛けてくる。〈リーダー〉の身体が大きい分、〈エイプ〉が死角から仕掛けてくることも多く、それが厄介だった。加えて、毛の色が同じなので一見しただけではどこにいるのか分からないこともある。しかも〈エイプ〉を倒そうとすると、すぐに〈リーダー〉の身体によじ登ってしまい手が出せなくなってしまうのだ。
力は強いが動きの遅い〈リーダー〉を、〈エイプ〉がトリッキーな動きでフォローする。言葉にすればそれだけだが、二体のモンスターの動きは非常にうまくかみ合っている。そのせいで、ルクトとラキアは攻めあぐねていた。
(〈リーダー〉の動きを止められればなぁ……)
鈍い風切りの音を立てながら振るわれる太い毛むくじゃらの腕をかわしながら、ルクトは内心でそう愚痴を漏らした。巨体が縦横無尽に動き回っているというのは、それだけでも脅威だ。特にルクトとラキアは防具が軽装だから、一発貰っただけでもダメージが大きくなる。骨が折れるかもしれないし、最悪吹き飛ばされて広場から落ちてしまうかもしれない。
それがイヤだから、どうしても回避優先にせざるを得ない。そうしている内に一定のパターンが出来上がってしまい、そこから抜け出せなくなっているのをルクトは感じた。よくない流れである。
「ラキ! 一旦距離を取れ!」
ルクトはそう声を上げた。仕切り直しだ。ラキアはすぐにそれを察して〈リーダー〉から距離を取った。ルクトも間合いを取ろうとするが、しかし〈リーダー〉がそれをさせない。後ろに下がる彼の動きに合わせて前に出て、間合いを広げさせない。
「っ! ラキ、集気法!」
予想外の行動に驚きながらも、ルクトはすぐに〈リーダー〉の動きに対応する。彼自身に烈を練る暇はないが、ラキアに集気法を使わせ〈マーキング〉によって共有化されたそれを使って〈リーダー〉と〈エイプ〉の攻撃を凌いでいく。
(とはいえ、このままじゃジリ貧だな……)
今のところ、回避に問題はないが有効な反撃は行えていない。ラキアが距離を取ったことで烈の供給に心配がなくなり、太刀の刃にも十分な量の烈を込めているのだが、敵もさるものでやすやすとは強力な一撃を振るわせてくれない。小さな傷は付いているのだが、どれもかすり傷程度のもの。〈リーダー〉の連続攻撃と〈エイプ〉が所々で入れる奇襲のせいで、ルクトはなかなか攻撃の態勢を作れないでいるのだ。
(ええい、クソッタレめ! 多少強引に行くか!)
ルクトが腹を決める。〈リーダー〉の振るった右の拳をしゃがんでかわすと、間髪いれずに今度は大きく開いた左手が彼を襲う。これまでであれば、その攻撃もルクトは回避していた。しかし今度は、避けるそぶりを見せない。腰を落としたまま、太刀をすくい上げるような格好で〈リーダー〉の攻撃を待ち受けた。
「ルクト!?」
ラキアが思わず叫ぶ。彼女の目には、ルクトが〈リーダー〉の攻撃を受け止めようとしているように見えた。それは決して間違っていない。しかしルクトは、普通に受け止めるつもりはなかった。
――――カストレイア流刀術、〈回旋牙〉
ルクトが構えた太刀の刀身の周りで、烈が渦を巻くようにして勢いよく回転する。しかもただ回転しているだけではない。それらの烈が刃のような鋭さを持って高速で回転しているのだ。カストレイア流のなかでは珍しく、斬るのではなく抉りそして削るための技。それが〈回旋牙〉だ。
伸ばした〈リーダー〉の手のひらが、〈回旋牙〉の刃に触れる。たちまち手のひらの皮膚が削られて血が噴き出した。
「ギャア!?」
致命傷、ではない。しかし驚いた〈リーダー〉は思わず腕を引いた。こういう反応はモンスターといえども動物と変わらない。そしてそのおかげで、〈リーダー〉の連続攻撃が一瞬止まった。
その隙を見逃すルクトではない。だが太刀に込めておいた烈は、全て〈回旋牙〉のために使ってしまった。それでも、ラキアのおかげで身体には十分な烈が漲っている。ルクトは大きく踏み込むと〈リーダー〉の腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
ルクトの蹴りの衝撃で〈リーダー〉の大きな身体が浮き上がった。そして背中から後ろに倒れる。もちろんこれだけで〈リーダー〉は倒せないだろう。しかしそれ以上に大きな成果が、この攻撃にはあった。
今まで散々邪魔をしてくれていた〈エイプ〉が、〈リーダー〉の身体から落ちたのである。それを見たラキアがすぐさま動く。〈エイプ〉は空中で身体を捻って体勢を整え綺麗に着地したが、その瞬間を見計らってラキアが太刀を振るう。回避も防御もできないまま、〈エイプ〉は斬って捨てられマナに還った。
〈エイプ〉が倒されたからなのか、起き上がった〈リーダー〉は二人から距離を取った。そして苛立たしげに広場の白い床を四本の腕で叩く。その様子を油断なく見据えながらルクトとラキアも合流し、そして〈エイプ〉の残した魔石を〈プライベート・ルーム〉に放り込む。
「ようやく取り巻きが片付いたな」
「ああ、お待ちかねのメインディッシュだ」
ラキアとルクトはそう言葉を交わしながら、集気法を使って烈を補充する。これで残るモンスターは〈リーダー〉一体のみ。ただし、気を抜いていい相手ではない。二人ともそれは承知しており、彼らの視線は鋭いままだ。
〈リーダー〉が動く。それに呼応してルクトとラキアも動いた。まずはラキアが前に出て、ルクトがその後ろに続く形だ。
突っ込んでくるラキアの動きに合わせて、〈リーダー〉が右腕を振るう。ラキアはそれを左方向に回り込みながら回避する。彼女のその動きに合わせてルクトは若干逆より、つまり右寄りに回り込む。
彼は〈リーダー〉の側面に回りこむと、太刀を上段に構えて振り下ろす。狙いは、二本ある右腕のうちの一本だ。今までは〈エイプ〉に邪魔されていたが、その〈エイプ〉はもういない。ルクトの太刀は銀色の軌跡を描きながら稲妻のように振り下ろされ、〈リーダー〉の腕を根元から切断した。
「ギャアァァアア!?」
〈リーダー〉が大きな悲鳴を上げた。そして残ったもう一本の右腕でルクトを払いのけようとする。彼が身を屈めてそれをかわすと、今度は頭上から押しつぶさんばかりに手を叩き付けてくる。
その追撃もルクトは体を捻って最小限の動きでかわす。そして白い床を叩いた〈リーダー〉の手を、逆手に持った太刀で貫いてそのまま床に縫い付ける。
「ガギャアァ!!」
再度、〈リーダー〉が大きな悲鳴を上げる。手を床に縫いつけられた〈リーダー〉は、不安定な姿勢のまま二本の左腕を叩き付けるようにルクト目掛けて振るう。ルクトはその攻撃を後ろに大きく跳躍することで回避した。〈リーダー〉の手を床に縫い付けておくため、太刀を手放してしまったが問題はない。もうチェックメイトだ。
「ラキ、止めをさせ!」
〈リーダー〉の背後に、ラキアはいた。腰を落とし、抜刀術の姿勢を取っている。タメを作る時間は十分にあった。準備は万端である。ルクトの声が聞こえるのと同時に、ラキアは床を蹴って一気に加速し間合いを詰めた。
――――カストレイア流刀術、深理・〈一刀閃〉。
見た目はただの〈抜刀閃〉だが、練気法と瞬気法を併用したそれは普通の〈抜刀閃〉とは段違いの鋭さを持っている。神速で振るわれる太刀は〈リーダー〉の巨躯を大きく、そして深く切り裂いた。
「ガアアアアアアア!!」
身を仰け反らせながら、〈リーダー〉は一際大きな悲鳴を上げた。間違いなく致命傷だ。だが、まだ絶命してはいない。それを見ると、ラキアは躊躇うことなくその大きな傷口に太刀を刺し込んだ。そしてルクトが補充してくれた烈を〈マーキング〉経由で受け取り、そのまま太刀に流し込み、止めの技を発動させる。
――――カストレイア流刀術、〈螺旋功〉
太刀に込められていた烈が、〈リーダー〉の体内で螺旋状に解放される。その内側からの衝撃と圧力に耐え切れず、ついに〈リーダー〉の身体は爆散した。
「ふう……」
〈リーダー〉だったモノがマナに還元されていくのを見ながら、ラキアはようやく肩の力を抜いて太刀を鞘に収めた。ルクトも床に突き刺していた太刀を回収して、彼女の方に近づいてくる。
「お疲れさん」
そう言って笑顔を浮かべながら、ルクトは右手を掲げた。ラキアも笑顔を浮かべハイタッチをかわす。手と手が打ち合わされると、“パァン!”といい音がした。
今回はここまでです。
続きは気長にお待ちください。