騎士の墓標6
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武器としての魔道具、つまり〈魔装具〉は非常に強力な兵器である。さらに使い手の力量に左右されずに力を発揮できるのだから、汎用性にも優れているといえる。
しかしその魔装具が迷宮攻略に用いられることはほとんどない。なぜなら魔装具が迷宮内でエネルギー切れを起こした場合、それを補給する手段がないからだ。
魔装具を含め、全ての魔道具は魔石を動力としている。より詳しく言えば、魔石に蓄えられている魔力をエネルギーとして使っているのだ。
しかしだからといって、魔道具に魔石がそのまま使われているわけではない。魔石というのは大きさも形状もすべて不揃いで、そのまま使おうとすると大変に不便なのだ。その上、魔石は割ったり砕いたりすると力を失ってしまう。
そこで行われるのが、〈抽出〉と呼ばれる作業である。簡単に言えば、魔石に蓄えられている魔力を、別のもっと使いやすい“器”に移し替えるのだ。
移し替える先の“器”は〈昌石〉という迷宮から得られる結晶体だ。この昌石をあらかじめ砕いて粉々にしておき、そこに魔石から魔力を抽出して移すのだ。ちなみに魔力を蓄えた昌石は、魔石と区別して魔昌石と呼ばれている。そしてこの魔昌石を例えば金属製の容器に詰めたものをカートリッジにして差し込み、そこから魔力を供給してもらうことで魔道具は動いているのである。
魔道具がエネルギー切れ、つまり魔力切れを起こした場合はカートリッジを交換するか、あるいは使い切ったカートリッジに新たに魔力を注ぎ込んで補給を行うかしなければその魔道具を使うことはできない。
しかし交換用に大量のカートリッジを遠征に持っていくのは荷物がかさむし、魔力の抽出には専用の魔道具が必要で、結構な大きさのそれを持っていくのはさらに非現実的だ。だから“お守り”や補助用あるいは切り札的な用途以外に、ハンターは迷宮攻略に魔装具を使わないのが普通である。そもそもマナが潤沢に存在する迷宮内部では闘術の技の威力も高くなり、どうしても魔装具の火力が必要というわけではないのだ。使えれば便利ではあるのだろうけれど。
しかし、迷宮攻略に魔装具がよく用いられていた時代というのも確かにあった。そしてそういう時代に、迷宮を攻略するために切り札的な存在として送り込まれたのが今でいう〈騎士〉、つまり〈魔道甲冑〉を装備した武芸者だったのだ。
もっとも、これまでの話から簡単に予想できるように、そういう攻略の仕方は成功しなかった。初めこそ魔道甲冑は圧倒的な戦闘力を発揮して破竹の勢いで迷宮を突き進んだが、魔力が切れて魔装具としての能力を発揮できなくなると、今度は重いだけの役立たずの装備に成り下がってしまったのだ。
もちろん換えのカートリッジを用意していくなど様々な対策が考えられまた実行に移されたが、どれも画期的なものとはなりえず、結局「魔装具は迷宮攻略に適さない」というセオリーだけが生まれた。
そしてこのセオリーというか教訓は、魔道甲冑を装備して迷宮へ赴き、そして帰ってこなかった決して少なくない数の武芸者の犠牲の上に確立されたのだ。
「………まさか、死んだ〈騎士〉の亡霊が迷宮の中を彷徨っている、とかいうんじゃないだろうな」
彷徨える騎士、という言葉がソルジェートの口から出たとき、ルクトは思いっきり疑わしそうな顔をした。一緒に話を聞いているロイニクスも胡散臭そうな顔をしている。
「いやいや。そこまでオカルトチックな話じゃないさ」
まあ聞けよ、といってソルは〈彷徨える騎士〉の噂を話し始めた。
初めて〈彷徨える騎士〉が目撃されたのは、およそ二ヶ月前。場所は八階層の地底湖を挟んだ向こう側だという。
最初に〈彷徨える騎士〉を目撃したのは、その地底湖に水を汲みに来たプロのハンターのパーティーだった。水中に潜んでいる魚型のモンスターに気をつけながら水を汲んでいると、周囲を警戒していたメンバーの一人が驚きの声を上げた。その声につられるようにして他のメンバーも同じ方向を見て、そして同じように驚きの声を上げた。
地底湖の対岸、およそ30メートル向こうに人影が現れたのだ。しかも普通のモンスターが出現する時のように突然に現れたのではない。〈シャフト〉の陰から、歩いて現れたのである。
しかし、それだけなれば声を上げるほど驚くことはなかっただろう。彼らが驚いたのはその人影が、完全な形の魔道甲冑だったからだ。
鎧にも似た強化外骨格、大盾、そして突撃槍。顔はフルフェイスの冑に覆われていたために確認できなかったらしいが、その奥からは明確な意識と視線を感じたという。
パーティーはすぐに身構えた。地底湖を間に挟んでいるとはいえ、相手がどういう行動を取るかは完全に未知数。なにが起こっても対応できるようにそれぞれ武器を手に烈を練り上げた。
十数秒のにらみ合いの末、しかし騎士は攻撃を仕掛けることなく身を翻して再びシャフトの裏側へと消えていったという。
「ただの目撃情報じゃねえか!」
噂というからなにか因縁めいたものでもあるのかと思っていたら、ソルの話はモンスターの目撃情報を越えるものではなかった。確かにオカルトチックな話ではないが、たいして面白い話でもない。少なくとも、わざわざ〈彷徨える騎士〉などと名前をつけるほど大層な話ではないように思える。
しかしそう言うルクトに対し、ソルは“ニヤリ”と例の少々物騒な笑みを浮かべた。
「それが、この話はここで終わりじゃないんだな、これが」
その〈彷徨える騎士〉の目撃情報、他に後三件あるんだ。ソルはそう続けた。これにはルクトもロイも眉間にシワを寄せて怪訝そうな顔をした。
「別の個体じゃないのか?」
擬似生命体であるモンスターは非常に短命だ。ある研究によればモンスターは出現してから平均一時間以内に、例え倒されなくとも再びマナへと還る。だから全部で四件の目撃情報がある〈彷徨える騎士〉が同一である可能性は限りなくゼロに近い。
「ま、普通に考えればそうだよな」
だけど四件の目撃情報の中で〈彷徨える騎士〉の特徴はほとんど一致しているんだ、とソルは言った。それはつまり本当に同一の個体であるかもしれない、ということだ。
普通に考えれば、その〈彷徨える騎士〉はモンスターだ。どれだけ人間に近い骨格でありまた魔道甲冑によく似た装備をしているとしても、迷宮で出現する以上、やはりその騎士は人型、あるいは亜人タイプのモンスターと考えるのが一番自然だ。まさか本気で同一の個体が二ヶ月もの間動き回っている、などと考えているハンターはいないだろう。しかしその一方でもしかしたら、と考えてしまうのは人間の性かもしれない。
「だからこその〈“彷徨える”騎士〉か………」
もし本当に同一の個体が二ヶ月もの間マナに還ることなく存在し続けているのであれば、それはまさに〈彷徨える騎士〉と呼ぶに相応しいだろう。
「その〈彷徨える騎士〉と戦ってみたハンターはいないのかい?」
「いない」
ロイの質問にソルは即答した。
「なにしろ地底湖の対岸まではおよそ30メートル。ジャンプして飛ぶには少々おっかない距離だ」
なにより〈彷徨える騎士〉と戦う以外、対岸に用があるわけではない。荷物をそちら側に持っていけない以上、遠征の進路にするわけにもいかない。なら攻撃を仕掛けてくるわけでもないし放っておこう、というのが今のところの対応らしい。
「あそこの地底湖はふちが狭くてとても歩けたもんじゃないしなぁ………」
ルクトが思い出したようにそういった。安全確実に向こう岸へ渡る手段がない。だから二ヶ月もの間放置され続けてきた、というのが真相のようだ。
「で、その地底湖なんだけどよ。お前さんなら何とかなるんじゃねぇの?」
ソルはそう言って試すような笑みをルクトに向けた。彼はルクトに地底湖で狩り(ハント)をする手段があることを知っているから、それでどうやらこの話をしたらしい。
「………そうだ、な。明日にでも行ってみるか」
正直なところ、ルクトは同じモンスターが二ヶ月もの間彷徨っている、などという与太話を信じたわけではない。しかし〈騎士タイプのモンスター〉というものに興味を引かれたのは事実だ。なにより珍しいモンスターが珍しいアイテムをドロップすれば、高値で売れて懐も潤うというものである。
明日の講義は午前中だけで、明後日は全休である。明日の午後から出かけて迷宮のなか(実際は〈プライベート・ルーム〉の中だが)で一泊すれば時間的にも余裕だ。
「んじゃ、明日の昼は前祝にたらふく食うとしますかね」
なにしろ奢りである。「タダより高いものはない」とも言うが、今回に限れば「タダより安いものはない」。
「そこでまとめるのはいかにも君らしいよ………」
なぜかロイに呆れられた。腹黒のクセに。
▽▲▽▲▽▲▽
ローランハウゼン研究室で〈ソーリッド・サポーター〉を装備したエリス相手に腕相撲勝負で見事勝利を収めたルクトは、次の日、約束通り昼食をご馳走してもらった。
その席でエリスに、昨日の腕相撲でなにをしたのかしつこく聞かれたので種明かしをしてやった。案の定、彼女は「卑怯だ無効だ」と騒いだが、結局イレインが「ルール違反とはいえない」と判断したことで不満たらたらではあるが引き下がった。
昼食が終わりローランハウゼン研究室のメンバーと別れると、ルクトは早速遠征の準備に取り掛かった。今回目指すのは八階層。目的はもちろん昨日ソルから話を聞いた〈彷徨える騎士〉である。計画としては一泊二日の予定だ。
遠征の準備といっても、ルクトの場合すでに必要なもののほとんどは〈プライベート・ルーム〉の中に用意してある。傷薬や包帯などの消耗品も十分な数があり、補給の必要はまだない。
だから今回用意しなければいけないものは二つ。水と食料である。
ルクトは〈プライベート・ルーム〉の中から十リットル程度の水が入る皮袋を二つ取り出し、武術科の水汲み場で水を汲んで入れた。一泊二日、しかも明日の昼前には帰ってくる予定の遠征だから、本来であれば水は二十リットルも必要ないのだが、しかし持っていったからといって彼の場合邪魔になるわけでもない。不測の事態に備えて水と食料は常に多めに用意しておくのがルクトのやり方だった。ちなみに食料に関してはすでに保存食がストックしてある。
水の入った皮袋を〈プライベート・ルーム〉の中に運び入れたルクトは、まだ戦闘服に着替えることはせず武術科の制服を着たまま学園の外に出た。
学園の周りには、学生をターゲットにした様々な店が軒を連ねている。よほど凝ったものや珍しいものあるいは高価なものを欲しなければ、普通の学生の用事はこの界隈で済んでしまう。そのせいで学生があまり他所の地区に行かなくなり、そのことで不満が出ているなどという話も聞くがそれはそれとして。
なかでも多いのは飲食店だ。店を構えているところもあれば、出来合い品を売る屋台もある。ルクトはそんな屋台の一つに並んだ。
「おばちゃん。残り全部」
ふざけんな、とか、他の人のことも考えろ、とか色々な罵声が彼の後ろに並んでいる学生連中から飛ぶがルクトは気にしない。注文どおり残りの品を全て買い込むと、それを〈プライベート・ルーム〉の中に運び入れた。そしてもう二つほど屋台を回って同じように罵声を浴びながら商品を買占める。さらに果物も一樽ほど買い込んで〈プライベート・ルーム〉の中に運んでおく。
明らかに一人では食べきれない量を買い込んでいる。しかし〈プライベート・ルーム〉の中に積まれた大量の食料を見てルクトは「これだけあれば足りるだろう」と満足そうに呟き、次にダドウィンの店に足を向けた。
「おやっさん、着替えるから部屋貸してください」
「………お前、ウチを更衣室か何かと勘違いしていないか?」
呆れた様子のダドウィンの小言を聞き流し、ルクトは店の奥へと進んだ。この店は迷宮のすぐ近くにあるので着替えにとても便利なのだ。
「死ぬなよ。そして次は金を落として行け」
「帰ってきたら武器の手入れをお願いしますよ」
ダドウィンとそんなふうに言葉を交わしてから、着替えを終えたルクトは彼の店を出た。羽織った黒いコートの上から巻いたベルトには剣帯が着けられており、そこには新調した太刀が挿してある。
よし、と小さく呟いてからルクトは迷宮へと向かう。受付を待つ間、やはり暇を持て余しているプロのハンターたちに〈彷徨える騎士〉について話を聞いてみると、大抵のハンターはやはりその噂を知っていた。なかには実際に出現するという八階層の地底湖まで行ってみたというパーティーもあったが、しかし実際にその姿を確認することはできなかったという。
「なんだ、ルクトは〈騎士〉狙いか?」
「ええ、まあ。行くだけ行ってみようかなぁ、と」
ルクトはそう答えた。どうやら地底湖の近くまで行けば、必ず出現するというわけではないらしい。空振りに終わることも覚悟しておいたほうがよさそうである。
「そういや、地底湖の先ってどうなっているのか、ルクト、おめえ知ってるか?」
八階層の地底湖はさらにその先にも通路が伸びている。しかしその通路のど真ん中を巨大なシャフトが貫いているため、その先を見ることはできない。加えて、わざわざ地底湖を飛び越えてシャフトの向こうがどうなっているかを調べに行くハンターはそうそういない。そのため地底湖の向こうがどうなっているのか、知っているハンターはほとんどいないだろう。
「シャフトの向こう側に少し開けた空間がありますけど、〈採取ポイント〉ってわけでもないので何もないですよ」
しかしルクトは行ったことがあった。もちろん〈プライベート・ルーム〉を使って地底湖の水を抜き、向こう側に渡ったのである。ただ最後に行ったのが〈彷徨える騎士〉が最初に目撃されたのより前なので、ルクトはまだその騎士に遭遇したことはない。
受付を終えて迷宮のなかに入ると、ルクトはいつものようにショートカットをしながらまずは四階層のベースキャンプに向かった。
ベースキャンプとは、迷宮に人間が人力で作り上げた安全圏だ。距離と位置、そして広さがちょうど良いので多くのハンターがそこを訪れ、休憩や寝泊りのために使うのである。もちろん迷宮内なのでモンスターが出現することもあるが、集まったハンター達が即座に袋叩きにして倒してしまう。そもそも、そんなに深い階層ではないため、強力なモンスターは出現しない。
そのため、時間帯にもよるがベースキャンプには多くのハンターがいる。ルクトの目的はベースキャンプというよりは、そこにいる彼らのほうだ。
「お、よかった。いるいる」
四階層のベースキャンプに近づいたとき、そこに結構な数の人影を認めてルクトは上機嫌にそういった。さらに近づくとそこにいるハンターたちもルクトに気がついたらしく声を掛けてくる。
「よう、ルクト。お前さんがコッチにきたってことは、アレ、持ってきたのか?」
ソロでこんなところまで潜ってくるハンターはカーラルヒスでルクトただ一人である。今では他のハンターたちにも随分と名前が知れ渡り、一人で迷宮を歩いていればそれと知られるほどになっていた。あまり嬉しくない方向で有名になってしまったルクトとしては苦笑するしかない。
「たっぷり持って来ましたよ」
それを聞くと、ベースキャンプにいたハンターたちは歓声を上げた。
「いや良かったぜ。〈炊き出し屋〉の連中が来てなくてよ………」
遠征をする際にどうしても必要なものがいくつかあるが、その内の一つは言うまでもなく食料である。荷物を必要以上に多くするわけにはいかないから、普通ハンター達が持っていくのはかさばらず、また調理の必要がない保存食だ。
しかし保存食というのは、基本的に不味い。少なくともすき好んで食べたいものではない。ハンターたちだって仕方がなくそれを持ち込んでいるのであって、できることならば美味いものが食べたいのだ。
そこで登場したのが〈炊き出し屋〉と呼ばれる者たちである。
彼らは迷宮に潜る武芸者の中では変り種だ。普通のハンターとは違い、モンスターと戦ってドロップアイテムを得ることを目的にしているのではない。大量の食材や大きな鍋を迷宮に持ち込み、そこで料理を作って売ることが彼らの商売である。ちなみにその仕事の性質上、ただの料理人が炊き出し屋になるのは難しい。それで炊き出し屋になるのは大抵、現役を引退した元ハンター達である。
炊き出し屋の作る料理は決して手の込んだものではない。しかし温かい料理は味気ない保存食に比べればまるでご馳走で、そのためハンターたちからは大変に喜ばれる。
さらに炊き出し屋が喜ばれる理由はもう一つある。それは食料を節約できる、という点だ。一食分の食料を節約できれば、その分だけ長く遠征を続けることができる。これは大きなメリットだ。
ルクトはゲートを開くと、〈プライベート・ルーム〉の中から先ほど買い込んだ大量の食料を取り出す。果物を除けばすべてサンドイッチなどの出来合い品で、調理の必要なくそのまま食べられるものばかりだ。
ハンター達の間から歓声が上がった。遠征の期間が延びるとかそういう話は置いておくとしても、単純においしいものが食べられるのは嬉しいものである。
早速ルクトは仕入れてきた食料を売りさばいていく。もちろん利益が出るように買ったときよりも高く売ることになるのだが、そのことに関して不満や文句を言うハンターはいない。迷宮の中と外では、需要と相場が異なるのである。
迷宮内で売り買いがなされるときには、かならずしもお金が必要になるわけではない。もちろんお金を持っていれば一番良いのだが、その他にもハンター達は魔石などのドロップアイテムを金銭の代わりにする。
仕入れてきた食料を全て売り払った(もちろん自分の必要な分は残してだが)ルクトの手元にも、銀貨や銅貨に混じって魔石やインゴットなどのドロップアイテムがあった。彼はお金とドロップアイテムに分けて袋に入れ、それを〈プライベート・ルーム〉の中に片付ける。
(だいたい1.5倍くらいになったかな)
ルクトは売り上げを大雑把にそう計算した。とはいえこれは、言うなればちょっとした小遣い稼ぎである。手っ取り早くてそれなりに割りもいいが、稼げる額はそれほど大きくはない。ほとんどのハンターにとって、このベースキャンプより先が攻略と遠征の本番であるように、ルクトにとってもココから先が本番である。
「んじゃ、気を引きしめて行きますかね」
小さくそう呟きベースキャンプにいるハンターたちに一言かけてから、ルクトはそこを後にした。
目指すは八階層の地底湖。狙う獲物は〈彷徨える騎士〉である。