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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十三話 卒業の季節

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卒業の季節7

 合同遠征二日目。ルクトとラキアは十階層の大広間から地底湖に来ていた。もうお決まりになったコースで、ラキアの個人能力(パーソナル・アビリティ)である〈マーキング〉や地図での確認が必要ないほどよく知っている道順である。


 よく知っているコースというのは、不測の事態が起こりにくく安全だ。しかしその反面、攻略と言うよりむしろ作業であるようにラキアなどには感じられる。地底湖での狩り(ハント)など、その典型だ。


 ルクトが〈ゲート〉を開き、それを地底湖にゆっくりと沈めて、そこの水を〈プライベート・ルーム〉の中に移していく。地底湖の水位は徐々に下がり、やがてそこにいた魚型のモンスターたちは底に打ち上げられて身動きが取れなくなる。それを倒すのだ。


 水が無くなって跳ねることしかできない魚型のモンスターを倒すのは至極簡単だ。まさにただの作業と言っていい。稼ぎ的にオイしいのは分かるが、稼ぎのことしか考えていないように思えるこの方法が、ラキアはどうにも好きになれなかった。


『贅沢な悩みだな』


 以前、ラキアが自分の考えを話したとき、ルクトは苦笑気味にそう感想を述べた。「もっと腕を磨きたい」というラキアの考え方は分かる。だがルクトに言わせれば、それは十分な収入があって金に困らないからこそ、そういう考え方をしていられるのだ。金が無ければ、否応なしに稼ぎを優先しなければならなくなる。そう、多額の借金を抱えているルクトのように。


 そもそも、ハンターたちは武芸者としての腕を磨くために迷宮に潜るのではない。むしろ逆で、迷宮に潜るために腕を磨くのだ。遠征と言う“実戦”のために日々訓練を積むのであって、実戦の中で己を高めようという意識は希薄である。むしろ「実戦はより安全に」と考えるのが普通で、「挑戦するよりも堅実に」というのがセオリーだった。


 そういう一般論は、もちろんラキアも承知している。だから今も自分の好みはひとまず押し殺して稼ぎのために協力している、つもりだった。


「そんなに睨むなよ。すぐに終わる」


 地底湖の水を抜いているルクトが、背後から漂ってくる不機嫌な気配と鋭い視線に苦笑しながらそう言う。地底湖での狩りはルクト一人で事足りるため、基本的にラキアはやる事が無い。そのため大変暇なのだが、もしかしたらそれもまた彼女が地底湖での狩りが好きになれない理由の一つかもしれない。


「睨んでない」


 ラキアはそう抗弁する。だが、その声はどう言い繕っても不機嫌そうだった。そのことをわざわざ指摘する気も無く、ルクトはもう一度苦笑すると地底湖の水抜き作業を続行した。


「そろそろだな……」


 水位が下がってきたことで、底がはっきりと見えてきた。そこにはもちろん、地底湖で泳いでいたはずの魚型のモンスターたちがわずかな水を求めて固まっている。数もそこそこいるようで、稼ぎが期待できそうだった。そんなことを考えながらルクトが水を抜いていくと、一匹の奇妙なモンスターが姿を現した。


「おお……、魚が立っている……」


「なに馬鹿なことを……。魚が立つわけ……、ホントだ、立ってる……」


 ルクトの後ろから水の抜けた地底湖の底を覗き込んだラキアが、感心しつつも呆れたような口調でそう言った。二人の視線の先にいるのは、一匹の魚型のモンスターである。


 体長は一メートル弱、といったところか。黒くヌメヌメした身体に、楕円形の胸ビレが一つずつ左右についている。ルクトとラキアは「立っている」と言ったが、実際には「腹ばいになっている」と言った方が正しいだろう。


 周りで魚型のモンスターたちがピチピチと跳ねる中、このモンスターだけはふてぶてしい様子でデンッとその場に鎮座している。威嚇のつもりだろうか、丸い口とエラを大きく開けたり閉じたりしているが、まったく怖くない。むしろどこか滑稽だった。


「おお……、動いた……」


 胸ビレを器用に使い、魚型のモンスターが動いた。どうやらモンスターとしての衝動にしたがってルクトとラキアに襲い掛かるつもりらしいが、お椀状になっている地底湖の底から斜面を登って上がってくることができない。結局少しだけ動いて、後はその場で上下に跳ねるだけになってしまった。


「コレ……、どうするんだ……?」


「どうするも……、倒して稼ぎになってもらう……?」


 そんなモンスターの様子を眺めながら、妙な具合に生ぬるい気分になってしまったルクトとラキアは、なぜか躊躇いがちに言葉を交わす。とはいえ相手はモンスター。さっさと倒してしまえばいいと思い切るまで、そう時間はかからなかった。


 ルクトは太刀を抜くと、集気法を使って烈を練る。そして相変わらず地底湖の斜面を登ろうと奮闘しているモンスター目掛けて、〈翔刃〉の刃を立て続けに放つ。しかも地底湖に下りることなく、その縁に立ったまま反撃のできない相手を追い詰めていく。完全なイジメである。


 決着はすぐに付いた。〈翔刃〉の刃に身体を切り裂かれマナに還っていくモンスター。後にはきっちり、魔石が残っていた。


「なんだったんだろうな……?」


 そう言って首を捻るラキアに、ルクトは「深く考えないほうがいい」と言った。ここは迷宮。人知の及ばぬ魔境だ。意味のないことだってたくさん起こる。きっと、たぶん。


 さて地底湖に残るモンスターを全て片付けて魔石とドロップアイテムを回収すると、ルクトとラキアは大広間に向かうコースを取った。今からならばお昼を少し過ぎたくらいの時間に到着するはずである。


 途中、道すがらに出現(ポップ)するモンスターを危なげなく倒して魔石などを回収しながら、二人は大広間を目指す。そして大広間を視認できる位置まで来ると、そこに先客がいるのが見えた。人影は六つ。つまり一パーティー分だ。荷物を運ぶためのトロッコも見えた。


 合同遠征に参加したパーティー、ではないだろう。彼らが戻ってくるには早すぎる。きっとそれとはまったく無関係のパーティーが、普通に遠征をしてここまで来たのだ。そしてどうやら彼らは、戦闘中のようだった。しかも遠目でよく分からないが、どうにも苦戦しているように見える。


「ラキ、走るぞ」


「了解した」


 それを確認すると、ルクトとラキアは大広間に向かって走り出した。大広間に近づくにつれ、そこでの様子がだんだんはっきりと見えてくる。


「〈ポット〉タイプ……。しかも三体……」


 厄介だな、とルクトは呟いた。ラキアも頷いて同意する。大広間でハンターたちが戦っているのは〈ポット〉タイプと呼ばれるモンスターだ。このタイプのモンスターの大きな特徴は、自身は“根”を張って動かず子モンスターを次々に吐き出して物量で押してくることだ。


 オイしいモンスター、と思うなかれ。〈ポット〉が吐き出す子モンスターは、魔石もドロップアイテムも残さないのだ。しかしモンスターではあるので襲い掛かってくる。襲い掛かってくる以上、撃退しなければならない。


 ただ、子モンスターは決して強くはない。むしろ弱いといっていいだろう。十階層だからと言って、十階層相当のモンスターが吐き出されるわけではないのだ。なので〈ポット〉タイプと戦うときには子モンスターを蹴散らしつつ、いかに早く親モンスターを倒すかが鍵となる。


 では、いま大広間で戦っているパーティーはどうか。状況は悪いように見えた。


 パーティーはセオリー通り三人ずつ前衛と後衛に分かれて戦っている。前衛の三人は懸命に戦っているが、子モンスターを処理する速度が三体の〈ポット〉が子モンスターを吐き出す速度に追いついていない。つまり、徐々に子モンスターの数が増えている。このままでは、いずれ物量で押し切られてしまうだろう。


「なんで親を狙わないんだ?」


 パーティーの戦い方にラキアが疑問を呈する。彼女の言うとおり、それがセオリーではある。しかし親モンスターを狙おうとすれば、子モンスターの処理が疎かになる。すると溢れた子モンスターは後衛、つまり荷物に向かうことになる。


「荷物を失ったら、生きて帰れるかも分からなくなるからな。そりゃ、近づけたくないさ」


 ルクトのその言葉に、ラキアは苦い顔で頷いた。彼らの場合、荷物は〈プライベート・ルーム〉の中にしまってあるから、荷物を失う可能性を考慮する必要が無い。そういう遠征に慣れたせいか、どうも鈍感になっている部分があるようだった。


 ルクトとラキアは走りながら大広間に向かう。近づくと、そこで戦っている六人の顔もはっきりと見えるようになってきた。


「同級生じゃねぇか」


 思わず、ルクトが呟く。遠目に見たときからそうでないかとは思っていたが、大広間で三体の〈ポット〉と戦っているのはルクトの同級生、つまりノートルベル学園武術科六年生のパーティーだった。あまり親しいほうではないが、顔を合わせれば挨拶くらいの仲である。


「知り合いか?」


 ルクトの呟きを聞き捉えたラキアがそう尋ねる。彼はそれに小さく頷いて答えた。彼の表情は苦い。人が死ぬところなど見たくはないが、同級生の死ぬところなどもっと見たくない。


「じゃあ、絶対に助けないとだな」


 ラキアの言葉に、ルクトはもう一度頷いた。しかし大広間に着いたからと言って、いきなり戦闘に割り込むような真似はしない。横取りと間違われれば、逆に人間から攻撃されるかも知れないからだ。だから、止むおえない理由で割り込むときには一声かけるのがマナーだった。


「助けはいるか!?」


「ルクトか!? すまない、頼む!」


 ルクトが声をかけると、前衛として戦っていたリーダーと思しき同級生がすぐに応援を要請した。即断できたのはお互いに見知った顔だったというのもあるだろうが、それ以上に戦況が徐々に不利になってきているのを感じ取っていたからだろう。ともかく、これで割り込んでも横取りと間違われることはない。


「どうすればいい? 指示をくれ」


「…………一体でいい。親を始末してくれ!」


 少し考えてから、リーダーはそう指示を出した。親モンスターを手早く倒すのが〈ポット〉戦のセオリー。それを自分たちでやるのではなくルクトらに頼んだのは、図らずも固定化してしまった今の役周りをスイッチするより、援護に来た二人に任せた方が混乱が少ないと思ったからか。


 いずれにしても親モンスターが一体減れば、湧いてくる子モンスターの数も三分の一減ることになる。そうなれば、対処は今よりずっと楽になるはずだ。


 リーダーの指示に、ルクトは短く「了解」と応える。そして素早く視線を巡らせて子モンスターを吐き出し続ける三体の〈ポット〉を観察した。


 三体のモンスターは全て〈ポット〉タイプとはいえ、同じモンスターが三体いるわけではなかった。それぞれ特性の違う〈ポット〉が三体いるのである。


 三体のうち、ルクトから見て左側にいたのは〈ロック・ポット〉と呼ばれるタイプだ。その名の通り、身体は岩石でできている。外見はまるで小さな山だ。


 その小さな山が、白い床を突き破るようにして聳え立っている。高さは二メートル弱程度だろうか。高さのわりに大きな“噴火口”を持っており、そこから次々と子モンスターを吐き出している。見てすぐにそれと分かる“根”はないが、つまり床に埋没している部分が全て“根”なのだ。山の中腹には凶悪な顔があり、手足を失ったゴーレムのようにも見えた。


〈ポット〉タイプが吐き出す子モンスターは、親に似るという性質がある。そのため〈ロック・ポット〉が吐き出す子モンスターは、全て岩石や土くれで出来た〈ゴーレム〉タイプだった。ただ、その大きさは小さい。大きくても最大で五十センチ程度だ。身体も脆く、歩く傍から崩れていくような個体もいる。ただ一体ずつは弱くとも、数が多くなればそれだけで脅威だ。「数の暴力」という言葉は、決して誇張ではない。


 三体の真ん中にいるのは〈プラント・ポット〉、つまり植物タイプの〈ポット〉だ。下がずんぐりとした壺型の体型で、何本もの“根”を広場の床に突き刺している。さらに壺型の導体からは二本の長い蔓状の腕が生えていて、その場からは動けずともその腕で近づいてきた敵を攻撃するのだろう。


 身長は〈ロック・ポット〉と同じく二メートル弱で、身体全体を伸縮させて頭の天辺から子モンスターを吐き出している。植物のクセに顔、それも歯まで持っていて、その姿はまさに食“人”植物だった。


〈プラント・ポット〉が吐き出す子モンスターは、親をそのまま小さくしたかのような、やはり植物タイプのモンスターだった。大きさは、〈ロック・ポット〉の子モンスターであるゴーレムよりさらに小さい。最大でも三十センチ程度の大きさしかない。当たり前に弱いのだが、小さすぎて鬱陶しく逆に厄介だった。


 ルクトから見て右側にいる三体目は、〈マジック・ポット〉と呼ばれるタイプだ。外見はそのまま大きな壺、あるいは瓶。成人男性が中でうずくまれるほどの大きさだ。外側にはまるで何匹もの蛇が絡み付いているかのような装飾を持っている。そしてそれぞれの蛇の尻尾が白い床に突き刺さっており、つまりその尻尾が“根”なのだ。


 いわゆる“顔”を、〈マジック・ポット〉は持っていない。だがマナの吸収に合わせてなのか、外側の表面にある蛇の装飾が赤黒く発光しながら不気味に脈動している。これを見てなお、この壺(あるいは瓶)をただの置物と間違える者はいないだろう。もっとも、迷宮の中にただの壺や瓶が置いてあるはずもないが。


〈ポット〉タイプは子モンスターを“吐き出す”と言ってきたが、〈マジック・ポット〉に関して言えばこの表現は正しくない。〈マジック・ポット〉の場合、子モンスターは“這い出て来る”のだ。這い出て来る子モンスターの種類は様々だ。巨大な虫が出てきたかと思えば、その次には〈スケルトン・ドック〉が出てきたりもする。ただ、どれもこれもどこか不気味であることだけは共通していた。


〈ロック・ポット〉に〈プラント・ポット〉、そして〈マジック・ポット〉。この内の一体を倒してくれとリーダーは頼んだ。特に指定は受けなかったので、どの〈ポット〉が一番くみしやすいかルクトは素早く考える。


(ま、〈プラント・ポット〉だろうな……)


 ルクトはすぐにそう答えを出した。選んだ理由は単純だ。「一番柔らかそうだから」である。太刀という武器の性質上、硬くて頑丈な相手と言うのは苦手なのだ。そういう意味では、〈ロック・ポット〉が三体の中では一番厄介であるといえる。もちろん、いざ戦うとなれば十分に勝てる相手だが。


「ラキ、〈プラント・ポット〉をやるぞ。道を作るから突っ込め」


「了解した」


 ルクトの言葉にラキアが獰猛に笑う。その笑みを視界の端で捉えながら、ルクトは集気法を使って烈を練り上げる。そして十分な量の烈を練り上げると、ルクトは練気法を併用しながら大きく跳躍した。


 跳躍したルクトは、前衛として戦っている同級生の頭の遥か上を軽々と跳び越えた。上から見ると、敵の数が多いことがよく分かる。三体の〈ポット〉は相変わらず休むことなく子モンスターを吐き出していた。


 跳躍の軌跡である放物線の頂点に来たとき、ルクトは太刀を抜いた。そして両手で上段に構える。そして速度を増しながら落下していくその最中に、太刀に烈を込めていく。


 やがてルクトは広場の床に着地する。膝を上手に使って着地の衝撃を受け止め、しかし落下の速度は殺すことなく、その勢いのまま太刀を上段から振り下ろす。振り下ろされた太刀の刃は、そのまま白い床に鋭く吸い込まれた。


 ――――カストレイア流刀術、〈走蛇刃〉


 白い床に叩き込まれた太刀の刃から、烈が放たれる。放たれた烈は三本の筋になり、それらの筋はまるで蛇が走るかのように不規則にくねりながら、基本的には前へ、〈プラント・ポット〉目掛けて進んでいく。


 そして進んでいく最中、〈走蛇刃〉の刃は触れる子モンスターを切り裂き、あるいは弾き飛ばしていく。その結果、〈走蛇刃〉が走った後には一時的に子モンスターのいない場所、つまり“道”が出来上がった。


「ラキ、行け!」


 ルクトがそう叫ぶ前から、ラキアはすでに動いていた。前衛の横をすり抜け、ルクトが作った“道”を疾駆する。〈プラント・ポット〉の吐き出す小さな子モンスターが寄って来るが、ラキアは無造作に烈を放ってそれらの子モンスターを吹き飛ばす。倒すことはできないが、近寄らせないだけならこれで十分だ。


 なんども烈を放ちながらも、ラキアに烈を切らせる様子は無い。それはその分の烈をルクトが補充しているからだ。彼女の個人能力は〈マーキング〉という。この能力には「〈マーキング〉を施した者同士の間で烈を共有化する」という効果がある。この能力を駆使して、ラキアが使う分の烈をルクトが補充しているのだ。


 自分で烈を練らなくていいということは、集気法を使うために足を止めることなく動き続けられるということだ。その利点を最大限に使って、子モンスターに囲まれてしまう前にラキアは〈プラント・ポット〉との距離を詰めていく。


「グゥウウゥウウウ!!」


 接近してくるラキアを脅威と認識したのか、〈プラント・ポット〉が低い唸り声を上げながら身を捩じらせて長い二本の蔦を交互に振るう。〈プラント・ポット〉自体は動けないが、蔦の間合いはラキアの太刀よりはるかに大きい。そのためラキアは一方的な攻撃にさらされることになった。


 しかし、いくら一方的とはいえ〈プラント・ポット〉の攻撃はあまりにも単調で大雑把だった。動けないことが関係しているのかもしれないが、ともかくこの程度の攻撃をかわすことなどラキアにとっては造作も無い。彼女は鞭のように振るわれる二本の蔦を易々とかいくぐると、太刀を鞘から走らせて蔦を一本切り飛ばし、さらに返す刃でもう片方の蔦を切断した。


「ギャアァァアアァ!?」


 二本の蔦を切られてしまった〈プラント・ポット〉が悲鳴を上げる。そんな敵を、ラキアは冷たく見据えて壮絶な笑みを浮かべた。


 二本の蔦を撃退するために一瞬だけ止めた足をすぐさま動かし、ラキアは〈プラント・ポット〉にさらに接近する。近づいてくる彼女から逃れようと、〈プラント・ポット〉は身を仰け反らせた、ようにルクトには見えた。どちらにしろ、根を張っていて動けない〈プラント・ポット〉にその場から逃げる手段など無い。加えて二本の蔦も既に失っており、攻撃の手段も無い。最後の足掻きとばかりに子モンスターを吐き出し続けているが、ここまで接近されるとそれももうあまり意味が無い。


 ラキアは素早く間合いを詰めて〈プラント・ポット〉の懐にもぐりこむ。そして両手で持った太刀を袈裟切りに振り下ろした。


 ――――カストレイア流刀術、〈襲爪斬〉


〈プラント・ポット〉の身体に斬線が三本、刻まれる。一本は太刀の刃によるものだが、残りの二本はラキアが烈で練り上げたものだ。その傷はまるで太刀ではなく鋭い爪で掻き裂かれたかのようだった。


 大きな傷を負った〈プラント・ポット〉が絶叫を上げるが、ラキアは追撃の手を緩めない。〈襲爪斬〉は威力が大きい反面烈の消費が激しい技なのだが、彼女に集気法を使う様子は無い。ルクトがその分の烈を補充し続けてくれているからだ。


 振り下ろした太刀を引き戻し腰の辺りで一瞬だけ溜めを作ると、ラキアはその切っ先を勢いよく〈プラント・ポット〉のずんぐりとした胴体に突き刺した。


 ――――カストレイア流刀術、〈螺旋功〉


 突き刺した太刀の刀身から、螺旋状の烈が解放される。練気法を併用した〈螺旋功〉の威力は凄まじく、〈プラント・ポット〉は内部から吹き飛んで爆散した。欠片が辺りに飛び散るが、すぐにマナに還っていく。


「よし、助かった! 前衛で残りの二体も片付けるぞ! 後衛は少し前に出て子モンスターを処理。ルクトたちは後ろに下がって荷物に付いてくれ!」


 ラキアが〈プラント・ポット〉を倒したのを見て、リーダーは矢継ぎ早に指示を出した。その指示に従って、パーティーメンバーたちはすぐさま行動を開始する。そんな彼らの邪魔にならないよう、ルクトとラキアは言われたとおり荷物を積んだトロッコのところにまで下がった。


 二人とも太刀を抜いたままで、気を抜くことなく警戒を続けている。もし子モンスターがこちらに流れてきたら、荷物に触れられる前に始末しなければならない。だが、そのような事態は起こらなかった。


 親モンスターが一体減ったことで、吐き出されてくる子モンスターの数は三分の二以下に減った。同級生のパーティーだけで十分に対処できる数で、後衛の討ち漏らしが二人のところにまでたどり着くことはなかった。


 さらに前衛の三人が残りの二体の〈ポット〉を片付けている。二体同時にではなく、三人がかりで一体ずつ手堅く倒していく。“根”を張っているために動けないという、〈ポット〉タイプの弱点が露呈した形だ。群がってくる子モンスターはどのみち雑魚。ハンターたちは背中を別の親モンスターに襲われる心配をすることなく、一体に対して人数をかけられるのである。


 最後に〈ロック・ポット〉を倒して子モンスターを全て掃討すると、大広間から戦闘の喧騒が去った。敵がいなくなり気が抜けたのか、誰かが「ふう」と一つ息をつく。それを合図にしたかのように、ルクトたちはそれぞれ自分の武器を収めた。そしてルクトとラキアが見守る前で、同級生たちは戦利品を回収する。魔石が三つに、ドロップアイテムも幾つか出たようだ。


「ルクト、本当に助かった」


 顔に安堵の表情を浮かべながら、リーダーはルクトにそう言った。他のパーティーメンバーたちも、口々に礼の言葉を述べる。


「それで、分配なんだが……」


 少しだけ表情を引き締めてリーダーはその話題に入った。先程の戦闘では、たとえ援護であろうと、「二つのパーティーが合同で戦う」という形になってしまった。このような場合に問題になるのが、俗っぽい話ではあるが戦利品の分配なのだ。


 戦利品の分配はお金が絡む問題だけに、双方が納得できなければ尾を引いてしまう。しかも、その場でもめるのは武器を持ったハンター同士。最悪、血が流れる事態に発展してしまうことだってある。それくらい、重要かつデリケートな問題なのだ。


「ドロップはそっちにやるから、魔石はこっちが貰っていいか?」


 戦利品の分配について、同級生パーティーのリーダーはそう提案した。ルクトがドロップアイテムと魔石を検めさせてもらうと、目算ではあるが換金額は魔石のほうが多少高くなりそうだった。


「ああ、それでいい」


 だがルクトはリーダーの提案を呑んだ。その理由は、実際の働きがどうのというより、相手が同級生だったことが大きい。


「実技要件のほうは順調か?」


「まあな。春前には達成できると思う」


 取り分であるドロップアイテムを受け取りながら、ルクトはリーダーとそんな言葉を交わす。そう、ノートルベル学園武術科の六年生である彼らは、卒業のために実技要件を達成しなければならず、そのためには十階層以下の魔石が必要なのだ。たった三つの魔石であろうと、彼らにとってはそれ以上の意味と価値があるのである。


 さらに二言三言言葉を交わすと、同級生のパーティーは大広間を後にした。ここからさらに下の階層を目指すわけではなく、もう撤退を開始するという。


 戻っていく同級生たちの背中を見送ると、ルクトとラキアは〈プライベート・ルーム〉の中に引っ込んだ。そこで簡単な昼食を食べて少し休憩してから、また午後の攻略である。


(卒業が近い、か……)


 実技要件の達成を視野に入れはじめた同級生の姿に、ルクトは改めてそんな思いを抱くのだった。


今回はここまでです。


続きは気長にお待ちくださいませ。

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