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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十三話 卒業の季節
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卒業の季節5

 クルーネベル・ラトージュの生活は、父であるウォロジスの死後も大きくは変わらなかった。彼はハンターだったから遠征で家を空けることが日常的にあった。そのためクルルは父が家にいない生活に慣れていた。


 もともと家事の一切はクルルが行っていた。下宿しているラキア・カストレイアもなにかと手伝ってくれるので、人手の不足を感じることはない。道場での指導も門下生の数が少なく、また全員が顔見知りであることもあって何とかなっている。


 あまりに変わることのない、日常だった。だからなのかもしれない。クルルはまだ、心のどこかでウォロジスの死を受け入れることが出来ずにいた。


 無意識のうちに、料理を三人分作ってしまう。そして食器を並べて料理を盛り付け、そして三人分の食事が整えられたテーブルを見てラキアが悲しそうな顔をするのだ。その顔を見て、クルルもようやく気付く。「ああ、二人分でよかったのだ」と。


 必要ないと分かっているのに、気付けば「いつ帰ってきてもいいように」と父の部屋を片付けている自分がいる。玄関に人の気配を感じれば、「お父さんが帰ってきた」と期待してしまう。ウォロジスはもう帰ってこないのに。


 そして、「父はもういないのだ」と思い知らされるたびに、どうしようなく寂しくて涙が溢れてしまう。不思議と、悲しさはそれほど感じなくなっていた。ただただ、今は寂しくて仕方がなかった。


 そんなクルルが寂しさに押しつぶされずに済んだのは友人たちのおかげだった。同じ家で暮らしているラキアはなるべく彼女を一人にしないようにしていたし、他の友人たちも暇を見つけては彼女の家を訪れた。


『こうなると、迷宮に潜れないのはかえって良かったねぇ……』


 少々苦い口調でそう呟くロイニクス・ハーバンの言葉に、ルクトも苦い表情のまま頷いた。〈キマイラ〉が討伐される前後は、一般のハンターたちは迷宮に潜ることが出来なかった。それはもちろんカーラルヒスにとっては大問題だったが、しかしロイたちにしてみれば逆にありがたかった。


 今のクルルは、迷宮に潜れる状態ではない。しかしだからと言って、自分の都合でパーティーに迷惑をかけることを彼女は嫌うだろう。かといって戦える精神状態にない彼女を遠征に連れて行くことなどできない。


 置いていけば迷惑をかけたと落ち込み、また連れて行って足を引っ張ればまた迷惑をかけたと落ち込むだろう。どちらに転んでもクルルにとっては気落ちする結果になってしまう。それを穏便に回避するために、そもそも迷宮に潜れないこの状況は都合がよかった。


 加えて、迷宮に潜れないということはその分の時間が空くということでもある。さらにロイたちは六年生で講義はほとんどなく、さらに実技要件はすでに達成しているため精神的な余裕もある。余談になるが、六年生でまだ実技要件を達成していない同級生たちは、迷宮に潜れないこの期間、非常にピリピリとして苛立った雰囲気になっていた。むしろロイたちのほうが、肩身が狭かったくらいである。


 さてそんな時間的にも精神的にも余裕のあるロイたちは、前述したように暇を見つけてはクルルの家を訪ねた。何をするためか。一緒に泣くためである。


『一緒にいて、一緒に泣いてあげなさい。それだけでいいの』


 特別なことをする必要なんて何もないのよ、と娘にアドバイスしたのはルーシェ・カルキの母親だった。そのアドバイスは、父をなくしたクルルに何をしてあげればいいのかと浮き足立ちまくっていた若者たちに、ともかく動くための指針をくれた。彼らは足しげくクルルの家に足を運んでは、お茶を飲みながら彼女の話を聞き、また彼女が泣けば一緒に泣いた。


 クルルのためになにかできている、という実感はあまりなかった。だがそれでも「何もしない」という選択肢はありえなかった。それにほかに何かできることがあるわけでもない。できる事をただひたすらにやるしかなかった。


 一方のクルルにとってはどうだったのか。友人たちが頻繁に訪ねてきてくれて、自分を気遣ってくれていることはわかる。だが、だからと言って彼女の中の寂しさが消えてなくなることはなかった。


 ウォロジスがもういないという事実は覆しようがない。そのことを確認するたびに、寂しくて泣いてしまう。仲間たちが気遣って慰めてくれているのに、それに応えることができないでいるようでクルルは心苦しかった。


 しかしそれでも。寂しいときに誰かが傍にいてくれるのはありがたかった。自分の気持ちを話せれば少しは楽になれたし、一緒に泣いてくれれば悲しんだり寂しがったりしてもいいのだと思えた。


『僕がいる。僕がずっと傍にいる』


 そう言って、ウォロジスの訃報を聞いて泣きじゃくるクルルを慰めたのはロイだったが、彼以外の友人たちもその言葉の通りにずっと傍にいてくれた。それがどれだけありがたいことだったのか、彼女が本当の意味で分かるようになるのはもっと先のことだろう。


 なにはともあれ、クルルは仲間たちに支えられながら少しずつ父の死を受け入れ、そして悲しみや寂しさを克服していった。いや、きっと克服はできていなかったのだろう。それでも押しつぶされて動けなくなってしまうことはなくなった。


『クルル、ずいぶん表情が明るくなったわね』


 仲間内の女性陣で集まりお菓子を作っていると、クルルの様子を見たルーシェが嬉しそうにそう言った。ちなみにラキアは食べるほう専門である。今ごろは男連中に混じって身体を動かしているに違いない。


『そういえば、そうですわね』


『そう、でしょうか……?』


 ルーシェの言葉に、テミスも同意する。クルル自身には、まだそういう自覚はない。ただ表情が明るくなったと言われればやっぱり嬉しいし、そうすると自然と頬が緩んで微笑が浮かんだ。


 その微笑を見て、ルーシェとテミスは顔を見合わせ嬉しそうに頷いた。もう大丈夫、と言うわけではないだろう。だがこういう表情が出てくるようになれば、一歩前進と言っていいはずだ。


 こういう小さな一歩を積み重ね、クルルは徐々にウォロジスの死を受け入れ、そして立ち直っていった。もちろん完全に、ではない。そのためにはもっと長い時間が必要だろう。ただ紙一重のかなり危うい状態だったことに比べれば、精神的にかなり安定した。父の死について、落ち着いて考えられるようになってきたのだ。


 さて、〈キマイラ〉討伐の影響で封鎖されていた迷宮が年末になってようやく開放された。このときを待ちわびていたハンターたちは、皆勇んで迷宮に潜った。都市の物資不足を解消しなければならないし、また彼ら自身も日々の糧を得なければならない。そのため迷宮は大盛況、いや大混雑していた。


『ようやく、ようやくだ……!』


 待ちに待った様子でそう言ったのはルクトだった。いの一番に迷宮に突撃していく一団の中に彼がいた。迷宮が開放されたことで、ようやく合同遠征が再開されたのだ。もちろん、コンビを組むラキアも一緒である。クルルの様子が安定してきたこともあって、二人とも心置きなく遠征に集中することができた。


『わたしたちは迷宮に潜らなくていいんですか?』


『うん。今は混んでるから、もう少しして落ち着いてから、ね』


 そう言ってロイは開放された迷宮に、すぐに潜ろうとはしなかった。人が多すぎると効率的な遠征にはならない。時間差を付けるのは賢いやり方だった。実技要件は既に達成しているし、メンバーの懐事情もひとまずは大丈夫。なので、ロイとしては二週間位してから遠征を再開しようかと思っていた。


 ただ、彼の思惑は意外な形で崩れる。〈エリート〉になったパーティーが暇をもてあましていると聞きつけたとあるギルドから、ベースキャンプに補給物資を届けて欲しいと頼まれたのだ。


 迷宮に多くのハンターが潜れば、遠征の拠点となるベースキャンプにも多くのハンターが集まることになる。そしてベースキャンプにはそのハンターたちに食事を提供する〈炊き出し屋〉と呼ばれる連中がいた。


 ハンターたちはもちろん遠征のための食料を持参しているが、しかしここで一食分を節約できればその分長く遠征することができる。それは稼ぎに直結するため、食事を提供してくれる炊き出し屋はハンターたちから重宝されていた。


 しかしハンターの数が多いせいで彼らが使う食材が足りなくなっていたのだ。より正確に言うと、足りなくなる見通しだった。そこでロイたちに追加の食材をベースキャンプまで届けて欲しいと依頼が来たのである。


 報酬料は決して高くない。遠征をして得られる金額と比べれば、ほんのお小遣い程度である。しかしロイたちも炊き出し屋のお世話になることがよくあり、彼らはこの依頼を引き受けた。


『リハビリみたいなもんだよな』


 気楽そうな口調でそう言ったのはソルジェート・リージンだった。実際、ロイも似たようなことを考えていた。長らく迷宮に潜っていなかったから、勘を取り戻すのに丁度いいだろう。ただロイはメンバー全員というよりは、むしろクルルのことをメインに考えていたが。


 さて、そんなことをしている内に年が明けた。毎年、新年にはお祝いをするのが習慣だが、今年はそれも控えめだった。ハンターたちは攻略で忙しいし、物資不足のための物価高もこの頃はまだ収まっていない。都市として派手なお祝いするような雰囲気ではなかったのだ。


 ましてルクトたちには、身近な人間に不幸があった。都市の雰囲気とは別に、どうにも騒ぐような気分になれなかったのだ。そのため、六年生の年明けはこれまでの五年間に比べると随分おとなしいものだった。


 この年の七月の末に、ルクトら卒業要件を満たした六年生は学園を卒業する。ただまだ半年以上時間があるせいで、同級生たちもまだまだ卒業という雰囲気ではなかった。それ以前の問題として、実技要件達成のために忙しい、という事情もあったのだろう。


「タニアたち、大丈夫かしら……」


 さて、一月の末のこと。数少ない六年生が受ける座学の講義が終わり、一緒に昼食を食べているとルーシェが心配そうな声でそう言った。ちなみにルクトはブレることなく300シク弁当である。ここまできたらもう浮気することなく初心貫徹するらしい。染み付いた貧乏性はそう簡単には消えないのである。


「サミュエルのことか?」


 ルクトの問い掛けに、ルーシェは心配そうな顔のまま頷いた。サミュエル・ディボンがタニアたちのパーティーから除名されたことは、同級生どころか武術科全体にすでに知れ渡っていた。


「それで? お前が心配しているのはどっちなんだ?」


「……両方、よ」


 そういう聞き方は悪趣味よ、と言ってルーシェはルクトを睨んだ。ルクトは苦笑して肩をすくめたが、反省している様子はない。それを見てルーシェはこれみよがしに大きなため息を付いた。


 パーティーメンバーが一人減ったことで、タニアたちの攻略のペースは一気に落ちた。詳しくは知らないが、六階層から七階層程度が今のところの限界だそうだ。五人での遠征に慣れればもう少し上手くやれるのかもしれないが、精神的な面も含めてそのためにはもう少し時間が必要であろう。リーダーは学内ギルドに入ることも検討しているらしい。


「まあ、どちらにしても留年は免れないだろうな」


 少々突き放した調子でそう言ったのはイヴァン・ジーメンスだった。彼はなんと400シク弁当を食べている。少し前までルクトと同じく300シク弁当の常連だったというのに、堕落である。うらやましいのでルクトが肉を一つふんだくってやったら、イヴァンは悲鳴を上げ、ルーシェは呆れた顔をした。


 彼らの弁当事情はさておき、イヴァンの言うとおり、タニアたちが今年卒業するのは無理だろう、というが大方の予想だ。ただ、本人たちもサミュエルを除名した時点でそれは覚悟していたらしく、彼らに焦った様子は見られない。むしろ開き直って腰を落ち着けたようにさえ見えた。


 それに、毎年決して少なくない数の学生が留年してしまう。それを考えれば、留年は決して取り返しの付かない“汚点”ではないのだ。実際、卒業さえできれば周りからの評価にそれほどの差はなかった。


「取り返しがつかないのはサミュエル、か……」


 五人で遠征を行うのは、一般的ではないとはいえ不可能でもない。実際、少ないながらもメンバーが五人のパーティーというのは存在する。ただ、たった一人で遠征を行うというのは、どう考えても無理である。ルクト・オクスという例外を除けば、それが可能な人間は一人もいないと言っていい。かのセイルハルト・クーレンズであっても、一人で攻略はできても遠征は無理なのだ。


 しかし今、サミュエルはたった一人で迷宮に潜っている。このままでは留年どころか卒業することそれ自体が絶望的だった。彼が卒業するためには、兎にも角にもどこかのパーティーか学内ギルドに入れてもらわなければならない。しかし彼はそのための行動を何一つ起こさず、ソロで迷宮に潜る日々を続けていた。


「〈味方殺し〉、か……」


 小さくそう呟いたのはイヴァンだった。その汚名のせいで、サミュエルはソロになってしまったと言っていいだろう。いや、ソロになっただけではない。彼は武術科の中でも孤立し始めている。つい先程の座学も、彼は欠席していた。最近、こういうことが増えてきたように思う。そういう、彼の近況にまつわる諸々の根本が、〈味方殺し〉の汚名であることは否定のしようが無い。


「実際どうなんだ、ルクト?」


「ノーコメント、だ」


〈味方殺し〉の汚名の原因となった〈キマイラ〉討伐作戦のことを聞きたがるイヴァンに、ルクトはお決まりとなったその言葉を返した。ルクトがそう言うと、もともと本気で聞きたいと思っていたわけではなかったのだろう、イヴァンはすぐに引き下がったが、その一方でルーシェが眉間にシワを寄せ少し怒ったような口調でこう言った。


「そういうルクトの態度にも、多少の責任があると思うわよ」


 ルーシェは言う。そうやって何も言わなければ、周りはそれを勝手に肯定と受け取る。ルクトは噂が誇張されていくのを止めたつもりかもしれないが、実際には煽っているのと同じだったのではないか。


「オレはサミュエルを庇うべきだった、とそう言いたいのか?」


「……嘘なら嘘だとはっきりそう言うべきだった、と思っただけよ」


 ルーシェの言葉にルクトは苦笑を浮かべた。全てが嘘ならば、ルクトもそう言えただろう。しかしサミュエルの行動がきっかけとなって、騎士が一人命を落としたのは紛れもない事実だ。ルクトが積極的にその事実を吹聴すれば、サミュエルの立場は今よりもっと悪くなっていたのではないだろうか。


(ま、そんな大層なことを考えていたわけじゃないけどな)


 ルクトが討伐作戦についてノーコメントを貫いたのは、この騒動に巻き込まれたくなかったからだ。それが理由の全てではないにしろ、その考えは間違いなく彼の中で大きな割合を占めていた。そして、そういう自分の怠慢を思うと、少なからず罪悪感を覚えてしまうのも事実だった。


「まあ、その話はもういいだろう。……それより、ルーシェはもう就職先は決まったのか?」


 雰囲気が悪くなったと思ったのか、そう言って話題を変えたのはイヴァンだった。ルーシェも少しほっとした様子でその話題に応じる。


「ええ、年が変わる前に内定を貰ったわ。イヴァンのほうは?」


「オレもだ」


 そう言って二人は笑顔を見せた。どうやら、二人とも迷宮に潜れなかった期間中に就職活動を精力的に行い、就職先を決めてきたらしい。〈キマイラ〉が討伐される前はそんな雰囲気ではなかったそうだが、討伐されてからはギルド側も人材の確保に積極的で、二人とも絞り込んでおいた候補の一つから無事に内定をもらえたそうだ。


「じゃあ、二人ともギルドのほうに入り浸りになるのか?」


 早めに内定を貰った武術科の学生は、大抵がルクトの言うとおり卒業までの期間を就職先のギルドに入り浸って過ごす。これは、建前上はアルバイトだが実質的には新人研修と同じである。一日も早く職場に慣れ、そして卒業と同時に即戦力となることが彼らには期待されているのだ。その最たる例が、幹部候補と目される〈エリート〉たちである。


「いや、最初に決めたとおり、卒業までは今のパーティーで攻略を続ける。ギルドからも了解を貰った。ずいぶんあっさりしていたぞ」


「わたしも同じね。むしろ『積極的に遠征をして、場数を踏んで来い』って言われたわ」


 二人の言葉にルクトは「そっか」と呟いた。そういうギルドの対応に手馴れたものを感じるのは、恐らく思い違いではないだろう。


 カーラルヒスのギルドに就職を希望するのは、言うまでもなく地元の学生がほとんどだ。だが学園では留学生とパーティーを組んでいる地元の学生も多い。そういう学生がギルドのほうに入り浸りになってしまうと、留学生はなにもできなくなってしまう。新たなパーティーを組むことも難しく、中には喧嘩別れのような形で空中分解してしまうパーティーまであったそうだ。


 そういう事情は昔からあったのだろう。ギルド側も心得たもので、卒業まで学園のパーティーにこだわる学生にはその考えを尊重してあげるのが習慣らしい。ルーシェが言われたように、場数を踏ませて経験を積ませる、という意図もあるのだろう。


「出世の本道からは外れるんじゃないのか?」


 からかう様にしてルクトはそう言った。彼の言うとおり、在学中のなるべく早い時期からギルドでアルバイト、つまり新人研修をして将来の職場に慣れ、そして卒業と同時に即戦力として働く、というのが一般的な出世コースの最初のステップだった。しかしアルバイトをしないイヴァンとルーシェは、早々にその出世コースから外れることになる。


「出世に興味が無いわけじゃないが、どうにも煩雑な仕事は性に合わなくてな」


 出世して偉くなれば、攻略のために迷宮に潜るだけがお仕事ではなくなる。ギルドの運営にも関わるようになるのだ。そのために実際にどのような仕事がなされているのかイヴァンは知らないが、同級生でリーダーをやっている友人たちを見ていると、煩雑で細々とした仕事が多いのだろうということは容易に想像できた。


「そこでロイのことを出さないあたり、ヤツの人徳が露骨に現れているな……」


 苦労を見せないと言うべきか、それとも苦労していないと言うべきか、ルクトは思わず真剣に悩んでしまった。リーダーにも色々なタイプがいる、と言うことだろう。


「まあ、面倒事は苦労性の人間に擦り寄ってくるものだから、そういう意味ではルーシェは出世しそうだな」


「……それは喜んでいいことなの?」


 嫌そうな顔をしながらそう言うルーシェに、ルクトは笑いながら「さあ?」と答えた。それを見てルーシェはますます顔をしかめた。ギルドに入って問題児の面倒を見ることになるのを、想像してしまったのかもしれない。


「さて。じゃあ、オレはそろそろ行くわ」


「ん、道場か?」


 食べ終わった弁当を片付けて立ち上がるルクトに、イヴァンはそう尋ねた。彼の言う「道場」とはつまりレイシン流道場のことで、ようはクルルの家だ。


「ああ、明日からまた合同遠征だからな。稽古がてら、ラキと打ち合わせしてくる」


「向こうにはロイもいるのか?」


「いるんじゃないかしら。最近ずいぶんと熱心だから……」


 ルーシェがそう言うと、三人はニンマリと意地の悪い笑みを浮かべた。ロイがクルルにホの字なのは、すでに彼らのよく知るところである。


「どうするつもりなのかね、アイツは?」


「まあ、我らがリーダー殿のことだ。なんにしても答えは出すだろうさ」


「できれば、幸せな答えであって欲しいわね」


 もっとも、ロイだけが気持ちを決めても仕方がない。クルルの気持ちも、同じくらい重要だ。ただ、ロイさえ気持ちを決めてしまえば、後はそれほど難しくないのではないかとルクトは思っている。なんの保証もないただの勘で、しかも恋愛に関して彼の勘を当てにする人間はいないだろうが。


(タイムリミットは、意外と早くやって来るぞ?)


 意地悪くそんなことを考えながら、ルクトは学園の敷地を出た。卒業というタイムリミットは平等に訪れる。ロイだけではなく、彼自身にも。


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