卒業の季節2
迷宮内で出現するモンスターは、倒されるとマナへと還元されて大気中へと拡散していき、そして後には魔石とドロップアイテムが残る。これは迷宮に潜るハンターであれば誰もが知っている常識である。
短命種であったころの〈御伽噺〉は長命種になるために超高濃度のマナを欲していた。そしてその候補として彼はモンスターという存在に目を付ける。
当初彼はモンスターを自身の個人能力である〈覚書きの書〉(この頃はまだ〈メモ帳〉という名前だった)を使って捕獲するつもりだったが、その実験の結果は彼にとっても予想外のものとなる。モンスターを倒し、モンスターがマナへと還元されたその瞬間、モンスターを構成していたマナの塊そのものを〈覚書きの書〉に取り込むことができたのだ。
この望外の結果に〈御伽噺〉は狂喜した。そしてさらに一階層でモンスター数体分のマナを集めると、彼は迷宮の外で今度はマナの吸収実験(簡単に言えば外法)を行った。
結論から言えば、集めてきたマナを吸収することはできた。しかし、長命種になることはできなかった。ショック症状も覚悟していたものよりずっと小さなものだったし、拒否反応に至っては起こりすらしなかった。つまりマナの量も濃度も、ぜんぜん足りていなかったのである。
長命種になれなかったのだから、実験としては失敗だろう。しかし〈御伽噺〉はまったく落胆してなどいなかった。むしろまた一つ知識が増えたことを喜ぶかのように、楽しげな笑みを浮かべている。
少なくとも〈覚書きの書〉を使えばモンスターを構成していたマナを回収して迷宮の外に持ち出し、なおかつそのマナを外法の要領で吸収できることは確認できた。後はより下層のモンスターで同じことを繰り返していけば長命種に至れる、かもしれない。
『確信が得られないのはなんとももどかしいが……』
しかし可能性があるだけまだマシ、と思わなければならないだろう。少なくとも普通の人間にとっては長命種になることなど、夢のまた夢なのだから。
そう思って一つ頷いたとき、〈御伽噺〉の頭にある一つの疑問が浮かんだ。それは「今の自分のマナの許容量は一体どれほどなのか?」という疑問である。
マナの許容量はその日の体調などによっても左右される。そもそもマナの量を測ること自体が、現在は感覚的にしか行われていない。だから、明確に値を上げて「このくらい」と言うことはできない。
しかし「自分のマナの許容量」というのは、長命種を目指す〈御伽噺〉にとって重要なパラメーターの一つである。それがどの程度なのか感覚的にではあっても知っておくことは、決して無駄にはならないだろう。
そう思った〈御伽噺〉は少し考え込んでから小さな、一階層相当の魔石を一つ取り出した。そしてその小さな魔石を右手に握って外法を行う。拒否反応は起こらないだろうが、どの程度のショック症状が起こるかによって、自分の許容量を大まかに知ろうとしたのである。
だが驚いたことに、拒否反応はおろかショック症状さえも起こらなかった。これはつまり〈御伽噺〉の許容量が、魔石から吸収したマナの量に対して十分に大きいことを意味している。
『これはこれは……』
予想外に、嬉しい結果だった。例えば十階層を主な狩場にしているハンターであっても、一階層相当の魔石を用いて外法を行えば腹を殴られたかのような強い衝撃を受ける。しかし〈御伽噺〉にはほんの少しの衝撃さえもなかった。つまり、彼のマナの許容量は一般的な平均値を大きく上回っている、と言っていいだろう。
『それだけ、長命種に近づいているということだ……!』
前に進んでいるという意識はあった。しかしそれを実感できるのは、やはり特別に感慨深いものがある。
さて遠征に復帰すると、〈御伽噺〉はパーティーメンバーの助けも得ながら各階層でモンスターのマナを回収していった。当然それでは魔石やドロップアイテムが得られず、つまり稼ぎが減ることになってしまうが、全体の戦果からすればごく一部であったためメンバーの反発は最小限で済んだ。〈御伽噺〉が自分の取り分を減らして、メンバーに分配したのもよかったのかも知れない。
そうやって回収したマナを、〈御伽噺〉は外法の要領で集中し取り込んでいく。ただし、身体を慣らすために上の階層で回収したマナから順番に吸収していく。ショック症状は次第に大きくなっていき、また七階層で回収したマナあたりからは拒否反応まで出てくるようになった。
だんだんと大きくなっていくそれらの苦痛を、むしろ楽しむかのようにして〈御伽噺〉は実験を続けていく。彼は決してマゾヒストではない。苦痛を楽しめる性癖は持ち合わせておらず、苦痛はただ苦痛でしかない。
しかしショック症状や拒否反応が大きくなっていくということは、それだけマナの量や濃度が上がっているということを意味している。それはつまり〈御伽噺〉が求める超高濃度のマナに着実に近づいているという意味だ。長命種へと至る道を一歩ずつであっても歩めることが、彼にとっては大きな喜びであり楽しみだったのである。
そうやって実験を繰り返し続け、そしてある日ついに〈御伽噺〉は長命種になった。その時のことを、彼は今でも鮮明に覚えている。
身体がバラバラになりそうなほど強い衝撃。そしてまるで全身を捻り切られるかのような激しい痛み。全身から血を流してさらには吐血し、平衡感覚までやられたのか視界がグルグルと回っている。全身が訴える痛みのせいで四肢に力が入るわけもなく、しかし彼はそれでも倒れることなく二本の足で立ち、さらに天に向かって手を伸ばした。
その行動に、なにか意味があったわけではない。しかし〈御伽噺〉は何か意味はあったのだと信じている。天に向かって伸ばしたその手は、たしかに何かを掴んだのだから。
全身を捻り切られるかのような激しい痛みが、その瞬間スッとひいた。回転していた視界は鮮明な映像を取り戻し、焦点が合った視線の先には天に向かって伸ばした自分の手があった。
陳腐な例えだが、まるで生まれ変わったかのようだった。ついさっきまで外法のショック症状と拒否反応に苛まれていたとは思えないくらい身体の調子がいい。というより、今までに経験したことがないくらい、身体の調子がよかった。だからと言って精神が異常に昂揚することはない。頭の中はすっきりとして落ち着いていた。
唐突に、〈御伽噺〉は理解した。いや、もしかしたら“理解させられた”と言った方が正しいのかもしれない。どちらにしろ“突き抜けた”という実感がある。そして今までの場所にはもう戻れないのだと悟った。
『これで! これで研究を続けることができる! 全てを解き明かすその日まで!!』
尤も、戻りたいとなどとは彼は欠片も思っていなかったが。こうして〈御伽噺〉は長命種になり、時間的な制約から解放された。それは本人にとっては幸運なことだったが、セイルハルト・クーレンズ曰く「世界にとっては不幸なこと」だった。
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長命種になってからというもの、〈御伽噺〉は様々な実験を精力的に行うようになった。それは迷宮という謎の塊を解き明かすために必要な多面的な知識を手に入れるためだったが、長命種になったことで覚醒した新たな個人能力のおかげでそれらの実験が可能になったから、という側面もあった。
〈御伽噺〉が新たに得た個人能力が何であるかはひとまず置いておくとして、カーラルヒスで行った実験で彼は大きな成果を得た。カーラルヒスの都市国家政府が〈キマイラ〉と名付けた合成キメラは彼が想定した通りの再生能力を発揮してくれた。
それだけではない。〈キマイラ〉にまつわる一連の事件の中で、〈御伽噺〉は幾つもの興味深い場面を観察することができた。〈キマイラ〉を氷漬けにして封印しようとした男、騎士団による討伐作戦とその中で目にした強力な一撃。
そしてなにより予想だにしていなかったのは、最後に参戦してきた二人の長命種。長命種が本気で戦うところなど、そうそう見られるものではない。やって来てくれた二人の長命種には菓子折り持参で礼を言いに行きたいくらいだった。まあ、そんなことをすればまず間違いなく殺されるので自粛するが。
「見たかねレイヴン、〈闇語り〉の完全武装を。ああいうのを工夫の賜物、というのだろうねぇ……」
参戦した長命種の一人〈闇語り〉のメリアージュが装備していた武装は、全て〈闇曜鋼〉というアダマンダイトを〈闇語り〉の力で加工した独自の素材で作られている。当然、〈闇語り〉の能力との相性は極めていい。〈御伽噺〉も前々から噂には聞いていたが、実際に見ることができたのは今回が初めてである。
こういう工夫の仕方は、〈御伽噺〉にとって非常に好ましいものだ。長命種は超越者であるがゆえに力押しになりがちなのだが、〈闇語り〉は可能性の模索をやめなかった。闇曜鋼という独自の素材にたどり着くまでの研究と試行錯誤を想像すると、まことに尊敬の念を持たずにはいられない。
「そして何より、〈守護騎士〉のあの一撃……」
「アレは、本当に死ぬかと思いました」
恍惚とした表情でその時のことを思い出す〈御伽噺〉のすぐ横で、〈シャドー・レイヴン〉は恐怖の滲む声でそう呟き身を震わせた。宝剣〈クラウ・ソラス〉の〈ショック〉と名付けられたあの一撃。あれはまさに全てを飲み込んで消滅させる無慈悲な太陽そのものだった。
〈守護騎士〉ことセイルハルト・クーレンズは長命種の中でも最強と言われている。その評価について〈シャドー・レイヴン〉は幾らか誇張の混じったものだと考えていた。〈守護騎士〉が強いのは確かだろう。しかし実力と言うのは相性によっても大きく左右されるいわば相対的なもので、“最強”などという称号はいかにも中身がない。そう考えていた。
そう考えていたのだがあの〈ショック〉の一撃は、彼のその考え方さえも一撃で葬り去った。あの一撃は最強と呼ぶ以外に表現のしようがない。諦めと共にそう考えるしかないほど、〈ショック〉の一撃は強力無比だった。
強すぎるために、セイル自身〈ショック〉の一撃は滅多なことでは使わない。〈シャドー・レイヴン〉としてはこのまま永遠に使ってくれなくてもいいとさえ思っているのだが、〈御伽噺〉のほうはその一撃が見られたことを大層喜んでいた。
今回の実験で得られた成果は、これだけではない。何度も蘇生を繰り返すうちに、〈キマイラ〉にも少しずつだが変化が現れたのだ。もっとも、その変化が大きなものになる前にセイルによって〈キマイラ〉は討伐されてしまったが、しかし変化が起こったという事実それだけでも極めて価値のある結果だと〈御伽噺〉は考えている。
あの変化を進化と呼んでいいのか、それとも突然変異と考えるべきなのかは〈御伽噺〉のなかでもまだ結論は出ていない。しかし少なくとも変化が生じたということは、その可能性を〈キマイラ〉が持っていたということだ。合成した本人でさえ考えても見なかったその可能性を。その可能性を見られたことが、今回の実験の最大の成果かもしれない。
「実に、実に有意義な実験だった」
迷宮にまつわる謎の一端を、また一つ解き明かすことができたと〈御伽噺〉はひどくご機嫌だった。だからと言うわけではないが、彼はまだカーラルヒスの近くにいた。〈キマイラ〉にまつわる一連の事件からすでに三ヶ月以上がたっており、一時の興奮は既に去っている。今は次にどんな実験をしようかと考えている最中だが、その合間を縫って彼は迷宮に潜っていた。
特に目的があるわけではなかった。言ってみれば、ただの気分転換か暇つぶしである。だから〈御伽噺〉が彼と出会ったのは決して意図してのことではなく、ただの偶然だった。しかし偶然であるにしろ、彼らは出会ってしまったのである。
「〈絶対……、勝利の剣〉!!」
少々ヒステリックな叫び声と共に、光が暴風のように荒れ狂う強力な一撃が放たれる。その一撃は広場の端っこを吹き飛ばし、そして迷宮の中に拡散して消えていく。美しい両手持ちの剣を構える青年は、何度も何度もその剣を振るって〈絶対勝利の剣〉の一撃を放ち続けた。
モンスターを倒しているわけではない。というよりここは一階層。ここで出現するモンスターを倒すのに、あれほどの威力はまったく必要ない。むしろ効率が悪すぎて、頭の悪いやり方である。
かと言って、なにかの訓練と言うわけでもなさそうだ。迷宮の通路や広場を吹き飛ばしてしまうほどの威力では、実戦では使い物にならないだろう。だからこれがもし訓練であるならば、それは威力を抑えるためのものであるはずなのだが、青年にそれを意図している様子は見られない。
全力で、しかし出鱈目に、彼は〈絶対勝利の剣〉の一撃を放ち続ける。彼の顔にはイライラとした気分が露骨に浮かんでいて、今の自分の行動にさえ集中できていない。彼の様子を一言で表現するならば、まるで「憂さを晴らしているかのよう」だった。
「……見苦しいものだね」
少し離れた〈シャフト〉からそんな彼の様子を見かけた〈御伽噺〉は、まるでつまらない小説を読んだ後のようにそう感想を述べた。普通であれば、彼の青年に対する興味はそこで失われるはずだった。
しかし青年が放つ一撃に、〈御伽噺〉は見覚えがあった。さてどこで見たのだろうかと記憶を探ってみるとすぐに思い出すことができた。どうと言うことはない。カーラルヒスの騎士団が〈キマイラ〉討伐作戦を行った時にこの一撃を見たことがあった。
「〈ショック〉のインパクトがあまりに大きすぎてすっかり忘れていたよ」
初めて見た時は、なかなかの威力だと思った。上手く使えば〈キマイラ〉の完全な討伐も可能だったろう。そしてなにより、この手の個人能力は結構珍しい。そんなこともあってか、〈御伽噺〉はこの青年にほんの少しだけ興味を持った。
「レイヴン、少し挨拶でもして来ようか」
「御意」
巨大な鴉となった〈シャドー・レイヴン〉の背に乗って、〈御伽噺〉は青年がいる広場を目指し悠然と宙を飛んだ。広場に近づくと、羽ばたきの音が聞こえたのか、青年の視線が一人と一羽を捉える。唖然とした様子で自分たちを見上げる青年の顔を見て、〈御伽噺〉のなかでちょっとした悪戯心が芽を出した。
〈御伽噺〉を乗せた巨大な鴉は青年から少し距離を取って広場に着地する。〈御伽噺〉を下ろすと、〈シャドー・レイヴン〉は人の姿に戻った。それを見た青年は目と口を大きく開けて驚愕を表現している。そんな青年の姿を見た〈御伽噺〉は、機嫌良さそうに少しだけ笑みを漏らした。
「な、何者だ!?」
二人が歩みを進めて青年に近づくと、彼は焦ったように剣の切っ先を二人に向けうわずった声でそう叫んだ。当たり前だが、警戒しているらしい。彼のその様子を見て、〈御伽噺〉はさらに笑みを深めた。
「我が名は〈御伽噺〉。もちろん二つ名だがね。本名より気に入っているので、できればこちらで呼んでもらいたい」
芝居がかった仕草で〈御伽噺〉はそう名乗った。名前を聞いた青年は、しかし警戒を解こうとはせず、むしろ眉をひそめて怪訝な表情をした。初対面で、しかもわざわざ二つ名を名乗るような相手を信用できないのは当然であろう。
「ぼ、僕に何のようだ?」
「なに、随分と無様なことをしているのでね、嗤いに来た」
馬鹿にするというよりはむしろ楽しげな口調で、〈御伽噺〉はそう言い放った。実際、彼にしてみれば挨拶代わりの冗談だ。しかし言われた側にしてみれば、冗談として受け流すことなどそうそうできるものではない。加えてそもそも青年には、それができるだけの精神的余裕はなかった。
「ふざ、けるなぁぁぁぁああああ!!」
青年は顔を怒りに染めて剣を振りかぶった。その剣が強い光を放つ。だが青年がその剣を振り下ろすことはなかった。
「ぐっ……、がっ、はぁ……」
ガラァアン! と大きな音を立てて青年が持っていた剣が広場の床に転がる。そして青年自身も床の上に組み伏されている。腹ばいになった彼の上にのしかかり、その腕と頭を掴んで拘束しているのは二人の内の片方、〈シャドー・レイヴン〉だった。
「は、放せっ!」
青年はそう叫んだが、背中に乗った〈シャドー・レイヴン〉は無言のまま微動だにしない。そのため青年は身体を動かすことができず、動かせるのはただ視線だけだった。そしてその視線が、広場の床に転がる美しい両手剣に留まる。しかし彼の目の前で〈御伽噺〉と名乗った男がその剣を拾い上げた。
「か、返せ! そ、それは僕の……!」
「『返せ』、か……」
青年の個人能力である両手剣を拾い上げながら、〈御伽噺〉は含み笑いを漏らしながらそう呟いた。そして青年のほうに視線を向ける。彼を見上げる青年の目には、怒りや焦り、恐怖などが混ぜこぜになった色が浮かんでいた。
「君は、自分の能力について、本当に何も知らないのだねぇ」
そう話す〈御伽噺〉の声と目には、はっきりと侮蔑の色が浮かんでいる。それは青年にも伝わったらしく、彼の目に怒りが燃える。しかしその怒りは〈シャドー・レイヴン〉が彼の腕を軽く捻るとすぐになえた。
「ふむ、この剣は……」
組み伏せられた青年になど、もともと大した興味などなかったのだろう。〈御伽噺〉は手にした剣をためつすがめつ観察し「なるほど、なるほど」と満足そうに頷いた。そしてそれから、彼は青年のほうに視線を戻す。その目には、先程まではなった興味の色が出ていた。
「――強く、なりたいかね?」
唐突に、〈御伽噺〉はそう尋ねた。青年は一瞬誰に向かってそう尋ねているのか分からない様子だったが、自分に尋ねているのだということが分かると間抜けな顔をして「は?」と声を漏らし、そしてすぐに怪訝な表情になって睨むようにして〈御伽噺〉を見据えた。
「な、何を、言っている?」
「君は弱い。そう、無様なほどに、だ」
〈御伽噺〉のその物言いは、青年にとってひどく屈辱的だった。〈キマイラ〉の事件前ならば、狂人の戯言と聞き流せたかもしれない。しかし今の彼にとってその言葉は、まるで心の奥底を抉るかのように感じられた。そして〈御伽噺〉の話し方には、そんな彼の感情を斟酌する気配がまったく感じられない。
青年は「違う!」と叫ぼうとした。しかし青年が叫ぶより早く、〈御伽噺〉は「だが」と言葉を続けた。機先を制され、青年は思わず言葉を飲み込む。それを見て〈御伽噺〉は薄く笑うと、片膝をついて彼の耳元に口を寄せ、こう囁いた。
「君は強くなれる」
その言葉に、青年は思わず唾を飲み込む。その音を、〈御伽噺〉の耳はしっかりと捉えていた。そして彼は青年の耳元から離れて立ち上がると、満面の笑みを浮かべながら両手を広げさらにこう言った。
「なりたくはないかね? 長命種に」
もしも彼が悪魔だったなら、いとも優しげな笑みを浮かべていたことだろう。しかし〈御伽噺〉がこのとき浮かべていた笑みには、見る者の背筋を凍らせる狂気が満ちみちていた。その恐ろしい笑みを、青年は、サミュエル・ディボンはただ呆然と見つめるしかなかった。