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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第二話 騎士の墓標
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騎士の墓標5

 ローランハウゼン研究室が作り上げた〈ソーリッド・サポーター〉は、魔装具ではなく魔道具、つまりあくまでも日常の生活の中で使うことを目的とした強化外骨格である。そのため魔道甲冑(ソーリッド・アーマー)のそれに比べると、〈ソーリッド・サポーター〉はかなり簡略化された作りになっていた。


 胸部と腹部、つまり表側の上半身部分はすべて装甲が外され、代わりに革製のベルトが各部を結合している。その代わり、というのも変な話だが背中から肩そして上腕にかけてはゴツゴツとしていて荒々しい。イレインの話によれば「学生レベルの技術では、どうしてもこうなってしまうんです」ということだ。


 実際に作業に関わってくる上半身はともかく、〈ソーリッド・サポーター〉には下半身も存在し、しかも結構しっかりとしたつくりをしている。特に腰の部分は上半身の全重量を支えられるよう堅牢にできている。エリスの説明によれば「下がしっかりしていないと、重いものを持ち上げたときにその重量に耐えられないから」だそうだ。


(なるほど……。そういえば集気法による強化も、踏ん張りが利くようにまずは下半身をしっかりやるのが基本………)


 妙な納得の仕方をするルクトである。


「さて、装着完了。着脱に関してはもう少し改良が必要ね」


 四人がかりで〈ソーリッド・サポーター〉を装着し終えたエリスが立ち上がる。ゆっくりと歩くとその様子はぎこちなく、ルクトの勘違いでなければ機械的だ。


「今、似合わないって思ったでしょ?」


「思った」


 少々嫌そうな顔をしながらそう聞いてくるエリスにルクトは正直に答えた。小柄な彼女が無骨な強化外骨格を身につけていると、どうにも“着られている”感が凄まじい。そこは否定しなさいよ、と喚くエリスの頭をイレインが穏やかな笑みを浮かべながら子ども扱いに撫でる。


「大丈夫。エリスちゃんはとっても可愛いわ」


 ちょっとずれた評価をされたエリスは、脱力したようにため息をついて肩を落とした。そういう問題ではないと全身で主張しているが、あいにくとその主張がイレインに届く気配はない。


「と・に・か・く!」


 とエリスはヤケクソ気味に声を上げ、強化外骨格に包まれた右手の人差し指をルクトに向けた。


「この非力で可憐なエリス・キャンベルが武芸者相手に腕相撲で勝ったとなれば、この〈ソーリッド・サポーター〉の性能を広く世に知らしめることができるのよ!」


 しかもその相手があのルクト・オクスともなれば研究室の評判はうなぎ上りで研究費だってガッポガッポよ、とエリスは息巻く。


「だからルクト・オクス!さっさとぶっ飛ばされなさいっ!!」


 威勢よく啖呵を切ったエリスの周りで、研究室のメンバーから「おー」と声が上がりまばらな拍手が起こった。


 その様子を生温かく観察していたルクトは、さてそう上手くいくものか、と考えていた。少々特殊な個人能力(パーソナル・アビリティ)を持つことで注目を得ているが、彼自身は一介の学生に過ぎない。武芸者としての能力を考えてみても、彼を超える程度の者はカーラルヒスにいくらでも居るだろう。そんなルクト相手に腕相撲で勝ったからといって、エリスが言うように〈ソーリッド・サポーター〉やこの研究室のことが評判になるとは思えない。


(あと、非力はいいとして可憐には大いに異議がある)


 それを口にしなかったのは賢明と言うべきだろう。


 まあ、なんにしろ彼らの思惑通りに行くのかルクトが心配してやる義理はない。そもそも彼はこの勝負、勝つ気でいる。なにしろ勝ったら明日の昼食を奢ってもらうことになっているのだ。明日の昼は学食で好き放題食ってやるんだ、とルクトの中では予定がすでに確定している。


「確認するけど、身体能力強化はしてもいいんだよな?」


 集気法によってマナを集めて烈を練り上げ、それによって強化を施さなければ、武芸者といえどもその身体能力は一般人とさして変わらない。当然、それでは〈ソーリッド・サポーター〉の性能実験の相手としては力不足だ。


「かまわないわ」


 言い訳ができないくらい念入りにやることね、とエリスは不敵に笑う。


(ほほう?それじゃ、お言葉に甘えて“保険”も用意させてもらいますかね)


 ルクトは自然な仕草で左手を制服のズボンのポケットに入れると、そこに忍ばせておいた小さな石のようなものを握った。あまり使いたくはない手だが、脳裏に浮かぶ学食のメニューには変えがたい。


 ルクトとエリスはそれぞれテーブルを挟んで向かい合い、中腰になって右腕のひじをテーブルについてお互いの手を握った。生身であればルクトに比べて一回り以上小さいであろうエリスの手は、今は強化外骨格〈ソーリッド・サポーター〉を装備したことでルクトの手と同じくらいの大きさになっている。ちなみに左手でテーブルの縁を掴むのは禁止になった。それをやると、勝負がつく前にテーブルが壊れる恐れがあるからだ。


 互いに手を握った状態で、ルクトは腹の底に落とし込むようにして深く息をした。それに合わせてマナを取り込み烈を練り上げる。集気法だ。そしてそうやって練り上げた烈をゆっくりと全身に行き渡らせて四肢を強化していく。迷宮(ダンジョン)の外であるため満足のいく強化は施せないが、それでも可能な限り丁寧にじっくりと烈を練り上げる。


「準備はいいかしら?」


 エリスが不敵な笑みを浮かべながら尋ねる。間近で見る彼女の目は爛々と輝き、ルクトに好奇心旺盛な猫のそれを連想させた。


「……ああ、いつでも」


 ルクトがそう答えると、研究室の男子学生が握り合わされた二人の手の上に自分の手を軽く乗せた。


「レディ………」


 その言葉に合わせて、ルクトとエリスは互いに握力を高めて相手の手を強く握る。


「………ゴー!!」


 合図と同時に男子学生の手が離れて宙に浮く。それとほぼ同時に二人は右腕に力を込めて相手の腕を左側へ倒そうとする。


 二人の、いやあえてこう言おう。ルクトと〈ソーリッド・サポーター〉の腕力は拮抗していた。お互いに力を込める右腕は始めの位置からほとんど動いていない。


 ルクトは眉間にシワを寄せて軽く顔を歪ませながら右腕にありったけの力を込める。練り上げた烈を集めて強化を施しているが、相手もさるものでどれだけ力を込めても微動だにしない。それどころか、一瞬でも力を抜けばすぐにでもやり込められてしまう確信がある。


「さあ、いつまで拮抗していられるかしら?」


 対するエリスは、当たり前だが余裕の表情だ。なにしろ実際にルクトと拮抗しているのは〈ソーリッド・サポーター〉の力なのだから。低く唸るような駆動音が、エリスの身につけた強化外骨格が実際に動いていることを教えてくれる。


(まずいな………!)


 拮抗したまま動かない状態に、ルクトは内心で焦りをつのらせる。ルクトは人間だ。そして人間である以上、力を込め続ければ疲労する。なにより強化が解けてしまえば、勝敗は火を見るより明らかだ。


 無論、集気法を使って烈を練り続ければ強化の持続は可能だ。しかしそれでも拮抗以上の状態には持っていけないだろう。なにより集気法を使うためには少しだけだが力を抜かねばならず、そして〈ソーリッド・サポーター〉相手にその“少しだけ”は致命的だ。一度天秤が傾けばどれだけ強化しようとも、もとには戻せないだろう。


(仕方がない………、使うか………!)


 右腕に力を込め続ける一方で、ルクトは左手に意識を向けた。そこに握られているのは逆転のための“切り札”であり、負けないための“保険”。


 もちろん多少の躊躇はある。これは決してノーリスクの“保険”ではないのだ。だが脳裏に浮かぶ学食のメニューに比べればそんなものは些事である、とルクトは心の中で絶叫した。


 あまり力が抜けないように注意しながら集気法を行う。ただし、意識を左手に握ったものに集中する。


(ぐっ………!)


 途端、身体の芯を強く殴られたかのような衝撃がルクトを襲った。瞬間的に大量のマナを取り込んだことによるショック症状だ。ルクトは顔を歪ませながらそれに耐えるが、彼の右腕は〈ソーリッド・サポーター〉に押し込められて随分と外側に傾いてしまう。歪んだ視界の中、勝利を確信して会心の笑みを浮かべるエリスの顔が見えた。


(だがしかーし!!)


 飛びそうになる意識を、妙なテンションでごまかしながら何とかして繋ぐ。そして徐々に視界が鮮明になるにつれて意識も元に戻ってくる。


 拒否反応が収まった後も、みぞおちの辺りには鈍い衝撃が残っている。しかし同時に、ルクトの身体の中では普通迷宮(ダンジョン)の外ではありえないほどの烈が練り上げられていた。


 押し込められていたルクトの腕が、〈ソーリッド・サポーター〉を徐々に押し返し始める。大量のマナを補給したことで、より強い強化を施せるようになったのだ。


「ウソ……!?なんで……」


 エリスが浮かべていた会心の笑みが、驚愕へと変わる。彼女が驚いているのも当然だろう。普通、武芸者の力というのは強化を施した直後が最も強く、体内の烈を消耗するにつれてだんだんと弱くなっていくものだ。だから最初に拮抗することしかできず、しかも押し込められさえしていたルクトが、その状態から逆転することなど本来ならば不可能なのだ。


 エリスにしてみればそのあり得ないことが、しかし現実に起こってしまっている。ルクトは腕を初期位置まで戻し、そしてそこで止まることなく今度は逆に〈ソーリッド・サポーター〉を押し込んでいく。



 勝負がついたのは、それからおよそ十秒後のことだった。



▽▲▽▲▽▲▽


「納得いかないっ!!」


 腕相撲の勝負に見事勝利を収めたルクトが意気揚々と引き上げた後のローランハウゼン研究室で、〈ソーリッド・サポーター〉を脱いだエリスは不満げにそう声を上げていた。負けたこと自体に不満はそう感じていない。しかしなぜ負けたのかがさっぱり解らず、それがエリスを苛立たせていた。


「おかしいじゃない。なんであの状態から逆転できるのよ!?」


 追い込まれてようやく本気になったとでも言うのか。だとすればあのルクトという男はとんだナルシストだ。ただ、ちょっと話しただけだがその可能性は低いだろうとエリスは思っている。


 では何をどうしたのか。


 武芸者がマナを吸収して烈を練り上げ、それによって身体能力を強化していることはエリスも知っている。つまりあの状態から逆転できたルクトは、どうにかして強化の程度を引き上げたということになる。


「ん?なんだこれ」


 行儀悪く椅子の上で胡坐をかいて頭を捻るエリスを苦笑気味に見ていた研究室のメンバーの一人が、床から小さな黒い石を拾い上げた。イレインの指示によって定期的に掃除をしているローランハウゼン研究室で、こういうゴミが落ちているのは珍しい。


「あら、それって〈黒石〉じゃない?」


 イレインの言う〈黒石〉とは、魔石から〈魔力〉(実質的にマナのこと)を抽出した後に残る黒い石のことである。魔石の抜け殻、とでも考えておけば良い。ちなみにこの黒石は非常に脆く指で簡単に砕くことができるのだが、それを粉末状にして畑にまくと非常に良い肥料になる。抽出し切れなかった残存マナが作物の生育に役立つと考えられているが、まあそれはそれでいいとして。


「なんで黒石がこんなところに………」


「さぁ、なんでかしらね」


 実際のところイレインはあの時ルクトが何をしたのか、おおよそのところは察しがついている。ただ一食奢らなければならなくなったとしても、それに見合うだけのデータは取れたと考えて何も言わなかった。


「なんにしてもルクトさんのおかげでいいデータが取れたわ。解析して次に生かしましょう?」


 イレインのその言葉を合図にして、研究室の学生たちはそれぞれに動き出す。エリスも、いつまでも不貞腐れているわけにはいかず自分の作業を始める。


(ホント、なにをしたのかしら、アイツ………)


 わずかな引っ掛かりを抱えたまま。



▽▲▽▲▽▲▽



「それで君は〈外法〉まで使ったのかい?」


 夕食の後、寮の談話室でローランハウゼン研究室での顛末をルクトから聞いたロイニクスは呆れたようにそういった。


「ああ、あのままじゃ負けていたからな」


「負けてどうこうというわけでもなかったんだろう?〈外法〉なんて使うもんじゃないと思うけどね、僕は」


 ロイの言う〈外法〉とは、ちょっとした裏技のことである。


 武芸者がおこなう身体能力強化は、集気法によってマナを吸収しそれを烈に変換して練り上げ、その烈を体内に行き渡らせることでなされている。つまりマナが濃い場所ほど、強力な身体能力強化がおこなえることになる。


 ただ人間が安定して暮らしていける場所というのは、迷宮(ダンジョン)内と比べてマナが薄い。だからどうしても迷宮(ダンジョン)内と比べて強化の程度は落ちてしまう、というのが普通だ。


 しかし逆を言えば、十分な量のマナさえ用意できれば迷宮(ダンジョン)内と同じ程度の強化をおこなえる、ということでもある。


 ではどうやってマナを用意するのか。


 あるではないか。マナの塊が。〈マナ石〉、つまり〈魔石〉である。


 大気中ではなく、魔石から直接マナを吸収する。それが武芸者たちの間で〈外法〉と呼ばれるものの中身である。


 ではなぜこれが〈外法〉などという物騒な名前で呼ばれているのか。それはこの技法を使うときには、必ずといっていいほど拒否反応が起きるからである。しかも起こりうる拒否反応は一つではなく二つもあるのだ。


 一つは瞬間的に大量のマナを吸収することで起こる拒否反応であり、こちらは主に〈ショック症状〉と呼ばれている。強い衝撃を身体の内側に感じるのが特徴で、熟練の武芸者であっても意識を失うことは珍しくない。ローランハウゼン研究室でルクトが起こしたのはこちらの拒否反応だ。


 そしてもう一つがマナの許容量を越える過剰吸収による拒否反応だ。普通、〈拒否反応〉と言った場合はこちらを指す。全身の筋肉をねじ切られるかのような痛みが長時間続くのが特徴だ。ルクトも、メリアージュとの訓練に負けてばかりなのが嫌で外法を使ったときにこの拒否反応に襲われたことがあり、その時は半日動くことができずその後一週間程度倦怠感が残ったものだ。


 ルクトがローランハウゼン研究室で外法を使ったときに起こった拒否反応はショック症状だけだが、それは使った魔石が小さかったからであって、もしもう一回り大きな魔石を使っていたらどうなっていたかはわからない。


「どれくらいの魔石なら大丈夫かは経験則で大体わかってるよ。それにオレの場合は外法だろうと、どうしても使わなきゃいけないときがあるからな」


 ルクトは自分の個人能力(パーソナル・アビリティ)〈プライベート・ルーム〉を、主に飛行タイプのモンスターとの決戦用の空間として用いることがある。しかし〈プライベート・ルーム〉の中は迷宮(ダンジョン)内とはことなりマナの濃度が低く、そのため集気法による十分な烈の補給が行えない。もし戦いが長引けば烈が不足して劣勢に追い込まれてしまうだろう。そうなった時に逆転するには、たとえ外法を使ってでもマナを補給しなければいけないのだ。


「ま、あんまり使いたくないのは事実だけどな」


「ならなんで使ったんだい?」


「学食のメニューが頭から離れなかった………」


 ルクトがそういうとロイは「処置なし」といわんばかりに肩をすくめた。


「なんだルクト、お前、ローランハウゼン研究室に行ってきたのか?」


 ルクトの首に腕を回し馴れ馴れしく二人の会話に入ってきたのは、彼らと同じく武術科三年のソルジェート・リージンだった。彼はロイたちとパーティーを組んでおり、ルクトからしてみれば元パーティーメンバーだ。蜂蜜色の金髪を伸ばして後ろでまとめている。自称「色男」で、いや実際にモテるのだが、そのわりに本命にはフラれっ放しという残念な男だ。


「その口ぶりからすると、ローランハウゼン研究室のことを知ってるのか、ソル」


「いんや。ただその研究室にいるイレイン・ハフェス先輩のことは少し知っている」


「………そんなことだろうと思ったよ」


 ルクトとロイは揃って大げさなため息をついた。ソルジェート・リージンとはこういう男なのである。


「それで研究室で何してきたんだ?」


 ハフェス先輩と楽しくお茶でもしてきたんならオイシイぜ、とソルは二人のつれない反応も意に介さずに人懐っこい笑みを浮かべた。


「コーヒーは出してもらったけど……。って、そっちがメインなわけじゃないぞ」


 ルクトが研究室での出来事をかいつまんで話すと、ソルはニヤリと少々物騒な笑みを浮かべた。この男がこういう笑い方をするときは、何かあるときである。


「強化外骨格、か………」


「なにか面白い話でも仕入れてきたのかい、ソル」


 ルクトの首から腕をはなし、背もたれの上で腕を組むようにして近くにあった椅子に座ったソルは、「俺も聞いた話なんだけどな」と前置きしてから話し始めた。


「〈彷徨える騎士〉の噂、聞いたことないか?」



ひとまずはここまでです。


現在頑張って書いているので、続きはもう少しお待ちください。

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