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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十二話 御伽の国
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御伽の国5

 一年という時間の長さは決まっていて、同じ期間を全ての人々は過ごしている。同じ時間、同じ日々。特別なところは何もない。だから、もしもその日々や時間を特別に感じるのであれば、それはその時その場にいる人々こそが特別なのだろう。


 とりわけ「最後」と付けば何もかもが特別なように思える。最後の試合。最後の仕事。最後の別れ。最後の晩餐。そして、最後の一年。


 ルクト・オクスはノートルベル学園武術科の六年生となった。言うまでもなく、最終学年である。留年する者もいるから全員にとって最後の一年になるわけではないが、すでに実技の卒業要件を達成している彼にとって、来年の七月に卒業するのはほぼ確定事項だ。座学の卒業要件はまだ満たしていないが、こちらは普通に講義に出ていれば問題なく単位がもらえる。となれば、やはりこの一年が学園で過ごす最後の時間になるだろう。


 学園と言うのは、不思議な場所だ。同年代の男女がこれほど多く集まる場所はほかにないだろう。人生の中でも多感な時期を過ごすだけあって、そこでは多くの刺激と影響を受ける。だが最大の特徴は、その時間が有限であることだろう。ルクトの通う武術科であれば、その時間は六年と決まっている。


 規定された時間と言うのは、ある意味で残酷だ。どんな人間関係を築いたとしても、その時間が終わるときにその人間関係もまた終わってしまう。少なくとも同じままではいられない。


 それをノートルベル学園武術科に当てはめてみた場合、卒業後はもう二度と友人の顔を見る機会さえない、ということも珍しくない。なぜならそこには多数の留学生が在籍していて、卒業後彼らは故郷の都市に帰るからだ。都市国家間の移動は気軽に出来るものではなく、ただ友人に会うためだけに旅に出ると言うのは無茶だった。


 もちろんいずれ巣立ちの時が来ることは、入学したときから分かっていたことである。しかしだからと言って、惜しむ気持ちが沸かないはずがない。そしてその気持ちは、この最後の一年が日一日と過ぎていく日々の中で、やはりしみじみと沸き起こる。


 きっと彼らもそうなのだろう、とルクトは思う。ロイニクス・ハーバン、ソルジェート・リージン、ルーシェ・カルキ、イヴァン・ジーメンス、テミストクレス・バレンシア。彼らはかつてルクトとパーティーを組んでいたメンバーたちだ。ルクトがパーティーを抜けたあとも何かと気にかけてくれた、学園の中で最も仲の良い友人たちである。さらに学園の外に目を向ければ、ルクトの代りにパーティーに加入したクルーネベル・ラトージュや彼の同郷の幼馴染ラキア・カストレアもいる。


 彼らにもまた、ここで築き上げたものを惜しむ気持ちがあるのだろう。ましてロイたちは一緒に迷宮(ダンジョン)攻略をしてきた仲間たちだ。戦友といっていい間柄。パーティー内の雰囲気も良かったと聞くし、それを惜しむ気持ちはルクトよりも強いだろう。


 彼ら全員がカーラルヒスの出身であれば、形は変わるだろうが多くのものが残るだろう。だが、ルクトとラキアはもちろんのこと、ロイとソルそしてテミスは留学生。いずれはここを去る。それは初めから決まっていたことで、今更覆しようのないことだった。


 だからなのだろう、とルクトは思う。最近は八人で集まって飲み会を開くことが多くなった。店に行くこともあったが、自分たちで酒を買い料理を作ることの方が多かった。その場合、会場となるのは一番広いクルルの家(正確には道場だが)だ。


 余談になるが、この八人のほかに誘う友人がいないわけではない。だが同級生のほとんどは、この時期は実技要件達成のために迷宮攻略に勤しんでいる。そんな彼らを誘うことはさすがに出来なかった。


 ちなみに全体の進捗状況としては、およそ半数のパーティーが十階層に到達している。「今年は優秀だな」というのが教官の評価だ。年が変われば実技要件を達成するパーティーも出てくるだろう。そうしたら一杯飲むのもいいかもしれない。


 閑話休題。そしてこの日もまた、ルクトらはいつもの八人で食事会を開くことにした。会場はいつもの通りクルルの家。ちなみに彼女の父であるウォロジスは所属するギルドの遠征に行っていて留守だ。家の周りは閑散としているから、多少騒いでも迷惑に思う人はいない。


 店に行かずに自分たちで料理を作るのにはもちろん理由がある。その方が圧倒的に安いのだ。ただ、たかが飲み代、定期的に遠征をして稼いでいる八人にとっては大きな額ではない。しかし、

『料理なら私が作りますよ?』

 と、なぜか寒気を感じる笑みを浮かべながら、せっかくクルルが申し出てくれるのだ。それを断るのも怖く、もとい申し訳なく、その結果としていわゆる「家飲み」の回数が多くなっていた。


『クルルは将来いいお嫁さんになれるわね』


 家事万能で経済観念もしっかりしている。良妻賢母の資質は十分だろう。だからルーシェなどは、半ば呆れつつも感心したようにそういうのだ。そして、そう言いつつロイのいるほうに流し目を送る。つまり、バレバレなのである。パーティー内の暗黙の了解として、直接言ったり煽ったりするのはタブーらしいが。


『いや~、本当だね』


 人当たりのいい笑みを浮かべながら、ロイはそう言ってクルルを褒めるのが常だった。当然、向けられる視線には気づいているが、彼の鉄面皮を貫くには至らない。こういう可愛げのない反応が、“腹黒”と言われる要因だろう。


『そ、そそそそんなことないです……!』


 それに比べてクルルの反応は実に可愛らしい。顔を真っ赤にして俯きながらも、その口元には嬉しげな笑みを浮かべてはにかんでいる。そしてチラチラとロイのほうに視線を向け、彼の様子が普段と変わりないのを見て少しだけ悲しげな顔をするのだ。


『どうしたの?』


 そう尋ねるロイは、意地悪と言われても仕方がない。これだけ分かりやすい反応をするクルルの気持ちに、“腹黒”と言われるロイが気づいていないはずがないのだから。


『さっさとコクっちまえばいいのに』


 不満げにそう言ったのはソルだったが、これは当事者二人を除いた全員の共通意見だろう。ただロイが告白を躊躇う理由も、ルクトはよく分かる。留学生と言う身分は、生まれた都市の違いは、それくらい大きな壁なのだ。そしてお遊びで付き合うには、多分二人とも真面目すぎた。


「…………どうするんだろうな、あの二人」


 呟くようにしてラキアはそう言った。彼女はクルルの家に下宿している。練気法の鍛錬などを通して一緒にいる時間は長く、ラキアにとってクルルはカーラルヒスで出来た一番の友人だった。幸せになってほしいという気持ちは、もちろん強い。


「ロイだって悩んでるさ。ま、卒業までには嫌でも結論を出すだろうよ」


 ラキアの隣を歩くルクトはそう答えた。彼の態度はどこか投げやりでラキアは眉をひそめたが、しかしルクトに文句を言っても仕方がない。


「ロイから相談を受けたりとかは……?」


「ない。というか、アイツが相談すると思うか?」


「…………しないだろうな」


 短い付き合いながらも、ラキアにもそれは分かった。そしてルクトは肩をすくめて苦笑を浮かべる。腹黒なくせに変なところで不器用なヤツだ、と思った。


「ラキのほうはどうなんだ? クルルから相談を受けたりとかは?」


 ルクトがそう尋ねると、ラキアは首を横に振った。それどころかクルルはその手の話になると、必死になって否定するのだと言う。必死すぎてむしろ嘘だとバレバレなのだが、ラキアにも深く突っ込んで聞けない事情がある。


『じゃあラキアさんはルクトさんのことをどう思っているんですか!?』


 顔を真っ赤にしたクルルに、そう逆に聞かれてしまうのだ。そして聞かれるたびにラキアは答えに窮してしまう。ただの幼馴染でなんでもない、と思いたい。いや、彼女自身はそう思っている。思っているはずなのに、ルクトとのことを聞かれるとどうしても平静ではいられない。


 クルルとラキア。性格は随分と違うが、しかし変なところが似ている。要するに、二人とも初心なのだ。


「ま、なるようになるさ」


 投げやりな口調でルクトはそう言った。実際、これはロイとクルルの問題であって、ルクトは部外者だ。まして将来に関わる問題となれば、うかつに口出しすることもできない。ロイが躊躇う理由も分かるだけに、なおさらだった。


「結局それしかない、か……」


 ラキアもそう言って頭を切り替えた。ルクトと二人で歩く通りの景色を眺めれば、目的地まであと少しといったとこだった。


「しかし……、ルクトは当然としても、なぜわたしまで買出しに付き合う必要があるんだ?」


 今、二人が向かっているのは酒屋だ。つまり二人は少なくなったお酒の買出しを頼まれていた。ちなみに料理に使う食材は、クルルが値切りの腕を遺憾なく発揮して既に用意してある。予算も随分と抑えられて、そのお金でこれからお酒を買うのである。ただ八人で飲むとなればお酒も結構な量が必要で、そしてその量を運ぶのはいくら集気法が使える武芸者だと言っても大変だ。


 そこでルクトの出番である。あらためていう必要もないだろうが、全て〈プライベート・ルーム〉に入れて運ぶのだ。これならば多少買いすぎてもまったく問題ない。なお、買いすぎて余った分はクルルの家に保管しておいて次回以降にまわされる。


 ただ〈プライベート・ルーム〉を使うのなら、ラキアまで付いてくる必要はない。しかしクルルの家で準備を進める他の六人から「ラキも一緒に行って来い」と言われ、彼女は今ルクトの隣を歩いている。


「お前が残っても役に立たないからじゃないのか?」


 そう言われ、ラキアは気まずそうに視線を逸らした。クルルの家では現在食事会の準備が進められている。ただ飾りつけをするわけではないから、準備のほとんどは料理だ。そしてラキアの料理の腕はもはや壊滅的で、手伝うどころか足手まといにしかならない。なんでもクルルから包丁に触ることさえ禁止されているとか。正しい判断だと思う一方で、太刀は振るえるのになぜと思わずにはいられないルクトである。


「わ、わたしだってちゃんと料理を作れるようになりたいと思っているんだぞ!?」


「へえ、何のために?」


 ルクトがそう聞いたのは軽い気持ちだった。からかって笑ってやろうと、邪な気持ちもあった。だからこそ、彼はラキアの答えに言葉を失うことになった。


「そ、その……、しょ、将来、けっ結婚した時のために、とか……」


 まるで予想外の答えに、ルクトは顔を強張らせた。よくよく考えてみるまでもなく、実に妥当で可笑しなところなど何もない答えだ。しかしそれが幼馴染の口から出てくるとは、ルクトにとってまったく予想外だったのである。


「……な、何か言え」


 なんともいえない沈黙の中、先に口を開いたのはラキアだった。脅すような命令口調。しかしそれが恥ずかしさの裏返しであることは明白だった。


「ラキは……、もう結婚とか考えているのか?」


 平静に、いや平静を装ってルクトはそう尋ねた。うまく取り繕えていたわけではないだろうが、ラキアは自分の言葉に動揺しまくっていてルクトの様子にまでは気がまわっていなかった。


「それは、当然考えるだろ。年齢もそういう年齢だし……」


 ルクトは考えないのかと尋ねられ、彼は答えに窮した。考えていない、と答えるのは簡単だ。実際彼の中で「結婚」というものはまだまだ漠然としていて、もう少し先の将来のこと、少なくとも借金を返済し終わってから考えるべきことだった。


 ただ、そこにラキアが絡んでくると少し話がおかしくなる。幼馴染から、小さい頃から見知っている相手からそういう話が出てくると、否応無しにわが身に置き換えて考えてしまう。


 自分と身近な存在が、自分より早く大人になり将来のことを考える。その時、人はこんなふうに焦るのかもしれない。


 しかもラキアは、彼女の父親でありルクトの刀術の師範でもあるジェクトから「嫁にどうか」と言われたその相手である。この話をラキアは知らないが、しかしルクトは当然知っている。だからこそ、妙に「結婚」という単語を意識してしまうのだ。


「まあ、時と相手が揃えば、考えるんじゃないのか」


 ともかく平静を装ってルクトはそう答えた。なんとなく居心地の悪さを感じたが、しかしそれを顔に出すようなまねはしない。メリアージュが見れば、「妙なところだけ大人になって」と苦笑するかもしれない。


「そ、そうか……」


 少しだけ顔を赤くしてラキアは短くそう応じた。色々と聞きたいことはあった。その時は「いつ」で、相手とは「誰」なのか。そう既に具体的に決まっているのか。あくまで話の流れとして、聞いてみたいことはあった。


 だがラキアは尋ねなかった。それは彼女自身にとっても「結婚」というのはまだ明確な形を持っていなかったからだろうし、またもしかしたらルクトから具体的な名前が出てきてしまうのを恐れたからかもしれない。


「……そ、そう言えばアレは今日も身につけているのか!?」


 ラキアはそう言って少々強引に話題を変えた。話術が下手だな、と思う一方でこれ以上この話を続けたくないのはルクトも同じだった。だからこの露骨な話題変換をからかうこともせず、彼はその話に乗った。


「ああ、持ってるぞ」


 そう言ってルクトは首にかけたペンダントを取り出した。ラキアの言う“アレ”とは、彼が最近身につけるようになったこのペンダントのことである。


「お前がアクセサリーの類を持つようになるなんてな」


 今年の冬はきっと大雪だ、とラキアはからかうようにして笑った。ルクトはただ苦笑して肩をすくめるばかりだ。彼自身、こういう「無駄遣い」をする日が来るとは、少なくとも借金を返し終わる前に来るとは、思っても見なかった。


「まあ、ちょっとした記念だよ」


 ルクトが身につけているペンダントはお店で選んだ、いわゆる既製品ではない。ダドウィンから細工工房を紹介してもらい、そこに頼んで作ってもらったオーダーメイドの一点物である。


 ペンダントの中心にあるのは、あの夜色の玉である。その玉の周りを細い帯状にした銀が螺旋を描くようにして囲っている。全体の形としては、下がずんぐりと丸く上はスッと尖っている。涙の形、といえば分かりやすいだろう。そして先端の尖った部分にシルバーチェーンを通して首から下げられるようにしているのだ。


 ちなみにお値段は思ったほど高くはなかった。やはり夜色の玉を持ち込んだのが一番の要因だろう。


 バカをやった記念の無駄遣い。一応、特別であるかもしれない夜色の玉を肌身離さず持ち歩くためという理由もあるのだが、そもそも無くしたくないのであれば〈プライベート・ルーム〉の中に保管して置けばよい。だからこうしてわざわざアクセサリーに仕立てて身につけているのは、ちょっとした酔狂である。


「その石は、シャフトを登った先の採取ポイントで見つけたんだよな?」


 ルクトは夜色の玉のことを、樹の実ではなく宝石として説明していた。実際、見た目はまったくの宝玉なので周りはすっかりそれを信じている。むしろ、樹の実と言われても信じないだろうが。


「まあな。記念品としては丁度いいだろ?」


「……今更だが、換金しないのか?」


 一般的に言って、珍しいものには高値がつく。ラキアの知識は決して豊富とはいえないが、それでもこの夜色の玉は初めて見る“宝石”で、類似するものも今まで見たことがない。だから、換金すればさぞかし高値が付くのでは、と思ったのだ。


「コイツを作ってもらった工房の職人さんにも聞いてみたけど、はっきり高値が付くとはいえないとさ」


 首から下げた涙型のペンダントを指で軽く弾きながら、ルクトはそう言った。もちろんこの夜色の玉が珍しいものであることに間違いはない。それは細工工房の職人も「こんな宝石は見たことがない」と認めていた。


 ただ、値段と言うのは需要によって決まる。つまり、欲しいと思う人がどれだけいて、またどれくらいまでの金額なら出してもいいと思っているのか、それによって決まるのだ。


「ほら、コレって一見して地味だろ?」


 一見してソレと分かる華やかさが夜色の玉にはない。だから、もしかしたら値段のほうも抑え気味になるかもしれない、というのがその職人の意見だった。もっともそのあと、「オークションにかけてみないと本当のところなんて分からないけど」と付け足していて、つまりどれほどの価値があるかなんて素人にはよく分からないのだ。今回のように前例が無いものの場合は特に。


「ふうん……、結構大変なんだな……」


 感心したのか、はたまた面倒くさいのか。どちらとも取れるような声でラキアはそう呟いた。ドロップアイテムの換金レートや需要と供給のバランス、つまり経済の分野にまで造詣のある武芸者というのはほとんどいない。そしてラキアもまたその例に洩れない。だからたぶん「面倒くさい」のほうなんだろうな、とルクトは思った。


「ラキもなにか、留学の記念になるようなものを買ってみたらどうだ?」


 もっとも、ルクトだって典型的な武芸者だ。換金レートがどうのとか、そんなことはさわり以上ことは分からない。だからもっと身近なことを話題にする。


「記念かぁ……。まあ、お土産はなにか買っていくつもりだが……」


 さてなにがいいだろうか、とルクトとラキアは話し合う。そんな雑談をしながら二人は酒屋を目指した。


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