騎士の墓標4
〈魔道具〉、というものがある。
これは〈魔石〉を動力にして様々な効果を得るものだ。例えば熱を生み出してお湯を沸かしたり、例えば水を凍らせて食品の保存に用いたり、例えば暗い夜に光を得たり、と魔道具の種類は数多く、その用途はかなり幅広い。実際、どこの家も魔道具を一つは持っている。それくらい魔道具はこの世界に広く浸透しており、そして使われているのだ。
そして、そういう魔道具の技術を使って武器を作ろう、という考えが現れるのもまた当然の流れである。
武器として作られた魔道具のことを、特に〈魔装具〉という。ちなみに魔装具には剣や槍あるいは斧などと言った純粋な武器の魔道具だけでなく、盾や鎧などの防具の魔道具のも含まれている。
そして魔装具の、一つの完成形といわれているのが〈魔道甲冑〉である。
魔道甲冑は単一の魔装具ではない。全身甲冑にもよく似ているが、防御力よりは機動性能や身体能力の強化拡張に重きを置いている強化外骨格。身を守るための大盾。そして攻撃するための武器。基本的にこの三つ(もちろん全て魔装具)をセットにしたものを、一括りにして〈魔道甲冑〉と呼んでいるのである。
そして魔道甲冑を身にまとう武芸者のことを、特に〈騎士〉と呼ぶ。
武芸者が基本的に〈衛士〉・〈騎士〉・〈ハンター〉の三つに分けられることはすでに話した。このうちハンターが迷宮攻略による資源の獲得を生業にしているのに対し、衛士と騎士は都市国家の治安維持がその任務である。
では衛士と騎士では何が違うのか。いや、なぜ魔道甲冑を装備する〈騎士〉が必要になったのか。それはハンターの(主に暴力を用いる)犯罪を取り締まったり、抑制したりするためである。
日常的に迷宮攻略を行っているハンターたちは、一般の人々とは隔絶した戦闘能力を持っている。迷宮の外では集気法による強化の効果が弱いとは言っても、闘術をあやつり戦い慣れしているハンターたちは普通の人間では対抗できない存在なのである。
武芸者を制圧するためには、同じ武芸者をもって臨むしかない。しかし、ハンターと衛士では、ハンターのほうが迷宮のより深い階層に潜り、また戦い慣れしているのが普通だ。つまりハンターと衛士では、ハンターのほうが強いのだ。また、仮に同じ程度の実力を持っているとしても、上回っているのでない限りハンターに犯罪を思いとどまらせる抑止力にはなりえない。
そこで生まれたのが、〈魔道甲冑〉でありそれを装備する〈騎士〉なのだ。
魔道甲冑を装備した騎士は、満足な強化が行えないハンターを圧倒できるだけの戦闘能力を備えている。〈騎士〉という存在があればこそ、都市国家は治安を維持し権威を保つことができているのである。
ハンターを抑えるための存在として生まれた騎士だが、当然のこととして彼らの役割はそれだけではない。迷宮外での最強の戦力として、例えば〈魔獣〉の討伐など、その活躍の場は結構幅広い。ハンターに対する抑止力という役割は、現在では副次的なものになっているようにも思える。それをどう考えるかは人それぞれだろうが、都市国家という社会がそれなりに成熟してきた証であることは間違いないだろう。
さて魔道甲冑、というよりもそのうちの一つである強化外骨格。これは基本的に魔装具だが、しかし魔道具としても用途がある。つまり戦闘だけではなく、日常の生活のなかでも活躍の場がある、ということだ。
人間の身体能力を強化拡張する強化外骨格は、機能としては単純だがそれゆえにその用途は幅広い。例えば重い荷物を持ち上げたり、例えば弱った足腰を補助したり。また都市内には馬車などが入れない細い路地も多いが、強化外骨格はそういう場所での労働の補助にも向いている。人間サイズで出力を底上げできるというのは、実は結構画期的なことなのだ。
もちろん魔装具としての強化外骨格をそのまま使うわけではない。危険だし、そこまでのスペックは必要ないからだ。そこで普通、魔道具としての強化外骨格はスペックを意図的に落とした設計になっている。
見方を変えれば要求されているスペックが低い、という意味でもある。そしてそれは研究のハードルを下げることにも繋がっている。学生レベルの研究室でも研究を行い、試作品を作れてしまうくらいに。
ノートルベル学園機械科ローランハウゼン研究室。そこでは学生達が魔道具としての強化外骨格の研究を日夜行っており、そしてついにその試作品がつい最近完成した。試作品に与えられた名前は〈ソーリッド・サポーター〉。学園の研究室で学生達が作ったものとはいえ、なかなか侮れない性能の強化外骨格である。
幾つかの性能実験において、〈ソーリッド・サポーター〉はまずまずの成績を残した。そして一通りの実験が終わった後、研究室のメンバーの一人がこんなことを言い出した。
「武芸者相手にどこまで通用するか、試してみたくないか?」
強化外骨格というのは、武芸者(主にハンターだが)の身体能力強化に対抗すべく開発されたのがその始まりだ。極端な言い方をすれば、武芸者を越えてこそ存在価値があるとも言える。
ローランハウゼン研究室のメンバーは奮い立った。武者奮いをした、と言ってもいいかもしれない。ともかく〈ソーリッド・サポーター〉の性能実験の締めくくりとして、武芸者相手に力比べをすることは至極当然のことのように思えたのだ。武芸者を倒せれば箔がついて研究予算を増やしてもらえるかも、なんてことは考えていなかったはずである。たぶん。
生贄、もとい栄えある〈ソーリッド・サポーター〉の対戦者として選ばれたのは、ソロで迷宮攻略を行うなどして最近調子に乗っている(研究室メンバーの主観です)ハンター、ルクト・オクスである。
そして計画は速やかに、ともすれば暴走気味に実行されたのである。
▽▲▽▲▽▲▽
「さあルクト・オクス、黙ってぶっ飛ばされなさいっ!」
「………人がメシ食ってる最中に後頭部を強打して悶絶させた挙句、問答無用でここまで拉致って来てその上ぶっ飛ばされろとは、いい性格してるなお前ら………!」
「褒めてもお茶は出さないわよ」
「褒めてねえ!そして茶ぐらい出せ!」
我慢でできずついに怒鳴り声を上げたルクトであるが、すぐに後頭部から響く鈍い痛みに打ちのめされて頭を抱えた。治療のために集気法で烈を練り上げ後頭部に回してはいるが、なかなか痛みは引いてくれない。体験済みで重々承知しているが、随分強く殴られたらしい。
そんなルクトに呆れたような視線を向けている小柄な女子学生は、名をエリス・キャンベルという。彼女はローランハウゼン研究室所属の機械科四年で、聞いた話では今年で十五のはずである。
普通一般の学生たちはルクトもまたそうであったように、十五歳前後で学園に入学する。しかしエリスが学園に入学したのは、なんと彼女が十二歳のときのことであった。さらに彼女は凄まじいスピードで単位を修得していき、今年ついに飛び級をして四年になり研究室に配属されたのだ。
もっとも、エリスは去年のうちから研究室に出入りしており、〈ソーリッド・サポーター〉の開発にも途中参加とはいえ深く関わっている。だからこそ新学期が始まって間もない、つまり研究室に入って間もない時期であるにもかかわらず、彼女は新人ではなく立派な共同開発者として研究室のメンバーから認められているのだ。
何もかもが異例尽くしのエリスは「天才」と呼ばれ、その名前は学園中に広く知れ渡っている。噂には疎いルクトでさえ、彼女の名前は聞いたことがあるくらいだ。ただ学科が違うこともあって実際に顔を合わせたことは今日までなく、そして今日のファーストコンタクトは最悪のものだった。
なにしろ声を掛ける気もなく背後から近づき、分厚い本が詰まった鞄でルクトの後頭部を強打してくれたのは、何を隠そうエリス・キャンベルその人なのだから。
「情けないわね、あれしきのことで。ソロで迷宮攻略してるっていうからどれほどのものかと思えば………」
全然大したことないじゃない、といっそ冷ややかでバカにしたようなエリスの声音が響く。ふてぶてしいのを通り越してもはや侮辱的でさえあるその言葉に、ルクトの神経がささくれ立った。
「……あぁ?」
思わず低い声が出た。そしてその声を出したことで箍が外れてしまったようで、ルクトは後頭部の治癒にまわしていた烈を怒気と共に身体の外に放つ。
(このガキ、マジでくびり殺してやろうか………)
怒気に殺気が混じる。一瞬にしてその部屋の空気が変わった。ねっとりと絡みつくかのような不快な緊張感がその場を支配する。
ルクトが使ったのは一種の威嚇術だ。迷宮で出現するモンスターには効果がないので最近使っていなかったのだが、人間や動物あるいは魔獣なんかを相手にするときには結構有効な技である。
ローランハウゼン研究室の学生たちはこと戦闘に関しては全員ど素人で、それゆえに威嚇術の効果は絶大だった。誰も彼も蛇に睨まれた蛙のように身体を硬くし、顔は血の気が引いて青白くなっている。つい先ほどまで饒舌で不敵な態度だったエリスでさえ、今は気丈にも浮かべようとした笑みが強張っていた。
そんな研究室メンバーの様子を、ルクトは冷めた目で見ていた。彼らの反応は思った以上に大げさだったが、ルクトはどうとも思わない。むしろさらに圧力を増してやろうかと思ったその矢先、彼の前にコーヒーの入ったティーカップが差し出された。
「まあまあルクトさん、そう殺気立たないでくださいな」
コーヒーを差し出したのは、一人の女子学生だった。伸ばした金髪を一つにまとめ、左肩から胸元にかけて垂らしている。垂れ目で泣き黒子が印象的だ。息苦しい部屋の空気などお構いなしに、穏やかな笑みを浮かべている。
条件反射的にルクトは女子学生のほうを見た。この際、視線が鋭くなってしまったのは仕方がない。だが彼女はその視線にも臆することなく穏やかに微笑み続けた。
「………はぁ」
その微笑に毒気を抜かれてしまったルクトは、一つため息をついてから放出していた烈を止めた。途端、部屋の空気が一気に軽くなる。荒い息づかいが聞こえるが、ルクトは素知らぬ顔で出されたコーヒーを啜った。
「エリスちゃん、ルクトさんに謝りなさい?」
「イレイン先輩………」
コーヒーを飲みながら少し視線を上げて窺うと、エリスが先ほどコーヒーを出してくれた女子学生の前でうな垂れていた。
「いや、だって武芸者だし………。アレくらい大丈夫かなぁ~、って………」
「それは暴力を振るっていい理由なの?」
イレインと呼ばれた女子学生は幼い子供にそうするかのようにエリスを言い諭す。彼女の声は穏やかだが真剣で、そして言葉を無視させない強い意思が込められていた。
ルクトとしては、エリスや研究室のメンバーに言ってやりたいことが山ほどある。しかし自分が言ったところで、エリスはあそこまでしおらしくはしないだろうと容易に想像できたので、ここは抑えてイレインに任せることにした。
「それに、ほら、急いでたし………」
「エリスちゃん、謝りなさい」
「先輩……その………」
「謝りなさい」
「う………」
一切の言い訳を許さないイレインの穏やかだが毅然とした態度に、エリスはついに何も言えなくなる。そして数秒の沈黙の後、エリスは小さな声で「ごめんなさい」とイレインに向かって謝った。
「わたしじゃないでしょう?」
しかしイレインはそれで良しとはしなかった。口調を変えずにそう言い、自分ではなくあくまでもルクトに謝るようにエリスを促す。エリスは一瞬嫌そうな顔をしたがイレインの静かな圧力に負け、俯いたままルクトの方を向くと小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「わたしの方からも謝罪いたします。研究室のメンバーが失礼をしてしまったようで、本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってエリスの隣でイレインが深々と頭を下げた。それにつられるようにして他のメンバーたちも「悪かった」とか「すまない」とか言いながら次々に頭を下げる。
「あ~、まあ、もういいですから。頭を上げてください」
ルクトとしてはそう言うしかない。正直なところ、内心でまだ収まりがついていない部分もある。しかしここで「許さない」などと言おうものなら、今度は自分のほうが悪者になってしまってイレインからお説教を貰いそうである。
ルクトが謝罪を受け入れたことで部屋の空気が弛緩する。頭を上げたエリスは少し不満そうな顔をしていたが、流石に毒舌は控えて何も言わなかった。一方でイレインは苦笑しつつもどこかホッとした顔をしている。
「大事にしないでいただけて助かります。ハンターさんに怪我をさせて慰謝料を請求されようものなら、とんでもない額になりますから」
なるほど、それで早目に話を収めたのか、とルクトは呆れ混じりに感心した。
誰かに怪我をさせた場合、その慰謝料は怪我をした人間の収入をもとに算定される。そしてハンターというのは基本的に高収入だから、必然的にその慰謝料も高額になってしまう。
特にルクトの場合、学生とはいえその個人能力のおかげで結構な額を稼いでいる。仮にエリスに強打された後頭部の怪我が原因で、ルクトが一ヶ月迷宮攻略を控えねばならなくなった場合、その慰謝料はローランハウゼン研究室に支給されている研究費だけでは到底払いきれない額になったであろう。
そのことにようやく気がついたらしいエリスら研究室のメンバーは揃って顔を青くした。というより、慰謝料云々以前に「後頭部を強打して人を拉致る」という行為それ自体に良心の呵責を覚えろ、と言いたい。
「さて、あらためまして。わたしは機械科五年のイレイン・ハフェスといいます」
ジト目で冷たい視線を送るルクトのことを、恐らくは意図的に無視してイレインは穏やかに自己紹介をした。ルクトは負けじとジト目を送るが、全て鉄壁の笑顔の前に跳ね返されてしまう。どうにもこういう相手は苦手だ、とルクトは内心で嘆息した。
「………武術科三年のルクト・オクスです」
「はい、存じております」
ルクトが名乗ると、イレインは何がそんなに嬉しいのか満面の笑みを浮かべた。メリアージュのそれとはまた違った意味で子供扱いをされているようで、ルクトとしては内心面白くない。しかしそれを表に出すのはもっと面白くない。男の子の心理は複雑なようで単純だ。
「それで、オレに一体なんのようです?さっきは『ぶっ飛ばされろ』なんて物騒なことを言われたんですが」
仕方がないのでルクトは話を進めることにした。ルクトにそう言われると、イレインは「ああ、そうでした」と言って胸の前で小さく手を打つ。
「実は、ルクトさんには、わたし達が作った強化外骨格の性能実験に付き合っていただきたいのです」
「強化外骨格?魔装具ですか?」
武術科の学生であるせいか、ルクトの脳裏に真っ先に浮かんだのは魔道甲冑だった。しかしその考えはすぐに否定される。
「くやしいけど魔装具としての強化外骨格を研究するには、ウチの研究室じゃあ設備も資金も足りないわ。私たちが作ったのは魔道具としての強化外骨格。名前は〈ソーリッド・サポーター〉よ」
そう説明したのはエリスだった。彼女はさらに〈ソーリッド・サポーター〉について口早に色々と説明してくれたが、門外漢のルクトにはさっぱり理解できない。かろうじて理解できたのは、余計な装甲を排除したり素材を工夫することで可能な限り軽量化し、基本駆動に必要なエネルギーを減らした、ということだけだ。
「………それで、一体オレに何をさせようって言うんだ?」
長くなりそうなエリスの解説を、そう声をかけてルクトは途中で遮った。いい気分で喋っていたところを邪魔されエリスは一瞬ムッとした顔をしたが、しかしすぐに不敵な笑みがそれに取って代わる。
「ずばり、腕相撲よ!」
だったら最初からそう言えよ、ルクトがげんなりした気分になったのも致し方のないこと、かもしれない。