ミジュクモノタチ10
シェリアがルクトを尋ねてきた次の日。オルジュに帰省することを決めたシェリアはそのことを関係各所に伝えなければならないが、ルクトもまた同じようにしばらくの間カーラルヒスを離れることを各所に伝えなければならない。学園と、アシスタントをしている実技講義の担当教官と、ギルド〈水銀鋼の剣〉で合同遠征の窓口を担当しているイズラと。皆一様に理由を尋ねるので、ルクトもまたその都度同じ答えを返した。
すなわち、「家庭の事情です」と。
嘘ではない。ただ、「説明するのが面倒くさかったのだろう」と言われれば反論はできない。だからと言ってことさらに事情を説明するつもりもなく、ルクトはその理由で押し通した。
さらにルクトは〈水銀鋼の剣〉に行ったその足で、次は郊外にあるレイシン流の道場に向かった。しばらく道場に顔を出さないくらいならわざわざそのことを伝えに行く必要はないのだろうが、ただそこに下宿しているラキアとはコンビを組んでいる。ルクトがカーラルヒスを離れれば彼女は遠征ができなくなるわけで、やはり一言かけておくのが筋だろう。
「分かった。気をつけて行ってこい。クルルやみんなにはわたしから話しておくよ」
やはり「家庭の事情でしばらくカーラルヒスを離れる」と話したルクトに、ラキアはそれ以上のことは何も聞かずただそう言った。ラキアはルクトが抱える事情について正確には知らない。ただヴェミスという都市で彼と関わりながら生活していれば、情報の断片くらいは耳にする。その断片をつなぎ合わせれば、事情の輪郭くらいは見えてくるものだ。
それにラキアはメリアージュとルクトの間に血の繋がりがないことを知っている。そしてルクトの保護者と呼べる人間を彼女はメリアージュ以外に知らない。そんな彼が「家庭の事情」という言葉を使った。
メリアージュのことではあるまい。彼女のことなら、ルクトははっきりそう言うだろう。そうであるならば彼の言う「家庭の事情」とは……。
「悪いな、助かる」
それだけ言うと、ルクトはレイシン流道場を辞した。少なからずルクトの事情を知っているラキアのことだ。きっと、大まかな予想はしているに違いない。だが何も聞かずにいてくれる彼女の対応がルクトにはありがたかった。
寮に帰る道すがら、遠征用の保存食などを買い込み〈プライベート・ルーム〉に放り込む。食料を補充して、あとは着替えを用意しておけば、旅の準備は完了である。早めの昼食を食べ、ルクトは学園の正門前でシェリアを待った。
「すみません! 遅れました!」
シェリアが息を切らしながらやって来たのは、正午の少し前だった。大きな鞄を二つ、両肩から下げている。その鞄を〈プライベート・ルーム〉の中に片付けてから、ルクトは地図を広げる。
カーラルヒスからオルジュまで行くには、幾つかの都市を経由しなければならない。そうすると経路は蛇行し、つまりその分距離が長くなり時間がかかる。だが、各都市間には踏み固められた街道が通っていて、ここを通れば迷うことなくたどり着ける。
道なき道をオルジュまでまっすぐに踏破できれば、確かに早いだろう。だがルクトはオルジュに行った事はないし、シェリアだってカーラルヒスに来た時はキャラバン隊のお世話になっていた。そんな二人がカーラルヒスからオルジュにまっすぐ向かう、というのは無理だろう。
「街道を辿ってオルジュに向かう」
それでいいな、とルクトが尋ねるとシェリアも頷いた。賭けをして道に迷っては元も子もない。旅をするときに大切なのは、なによりもまず安全確実であることなのだ。
ルートを決めると二人はすぐに行動を開始した。カーラルヒスの郊外までは歩いていき、都市の外に出ると集気法を使ってから走り出す。
天気は小春日和。気持ちのよい青空が広がっている。だが、シェリアの心はそんな青空のように晴れ渡ってはいなかった。
▽▲▽▲▽▲▽
ルクトとシェリアがカーラルヒスを出発してから四日目。彼らはすでに二つ目の経由都市を回っていた。地図の上ではもう一つ都市を経由すれば、その次が目的地であるオルジュだ。そしてシェリアも、カーラルヒスに来たとき経由した都市は三つだったといっている。この短期間で新たに都市が出来上がることは考えにくいから、やはりあと二つでゴールだ。
一つ目の都市は丁度夕方に到着したのでそこで一泊できたが、二つ目の都市は時間が合わず簡単な食事と食料などの補給をしただけだった。なので、この日を入れれば三回目の野宿である。
野宿と言っても、実際に外で寝るわけではない。安全面を考えれば〈プライベート・ルーム〉のなかで休んだ方が何倍もいいのは考えるまでもない。またその中にはゲルが設置してある。ほとんど室内と言っていいだろう。
『これが先輩の個人能力……』
初めて〈プライベート・ルーム〉の中に入ったとき、シェリアはそう声を漏らした。ルクトのことを避けてはいても、彼は武術科の中では有名人。その噂は自然とシェリアの耳にも入ってくる。いやむしろ避けているからこそ、そういう情報には敏感になるのかもしれない。
『聞いてはいましたけど……、遠征にすごく便利そうですね、コレ』
『便利そう、じゃなくて、実際便利なの』
ソロでやらされるくらいには、とルクトは少々自虐的に言った。そしてその便利さが今回の旅にも役立っている。
『シェリアの個人能力は……』
そこまで言いかけたルクトは、決まりが悪そうに目を泳がせるシェリアを見て、「まだ未覚醒か」と苦笑した。個人能力が覚醒してようやく、武芸者としてのスタートラインに立つことができる。シェリアは自分が武芸者として未熟であることを重々承知しているが、それだけにもしかしたら焦っているのかもしれない。
『ま、気負わず焦らずやればいい』
どうせ迷宮に潜っていればそのうち覚醒するのだから、とルクトはどこか他人事の調子でそう言った。ただ力の入らないその調子が良かったらしい。シェリアは表情を和らげて「はい」と答えた。
閑話休題。カーラルヒスを出発してから四日目の夜。時間帯の都合で都市の宿に泊まらなかったルクトとシェリアの二人は、暗くなるまで距離を稼いでから〈プライベート・ルーム〉の中に引き上げ、簡単な夕食を食べた。
「……先輩は、どうして付き合ってくれたんですか……?」
夕食を食べ終えて後片付けも終わり、就寝するまでの時間。シェリアはこの四日間ずっと疑問に思っていたことをついに口にした。
ルクトが協力してくれなければ、たった四日でここまで来るのは無理だっただろう。それ以前に、シェリア一人では行動を起こせたかどうかさえも怪しい。「どうしよう、どうしよう」といい続けて結局なにもできない自分の姿が、シェリアの脳裏には簡単に浮かぶ。義父のパウエルが心配でしかたなく、一刻も早くオルジュに帰りたいシェリアにとっては、ルクトが付き合ってくれるのは大変にありがたいことだった。
だがルクト本人はどうなのだろう。そもそも彼はオルジュに行くことを、パウエルに会うことを拒否していたはずだ。それなのにどうして、という疑問をシェリアはこの四日間ずっと考えていた。
『一刻も早くオルジュに帰りたいのなら、今は他のことは気にするな』
ルクト本人からそう言われたこともあり、当初はその疑問について考えないようにしていた。だがやはり、気になるものは気になる。好奇心、というわけではないと思う。怖いもの見たさ、とでも言うべきか。触れれば痛いと分かっているのに、触れずにはいられない。そんな感じである。
「やっぱり、これが最後になるかもしれないから、ですか……?」
自分でそう言って、シェリアは胸に鋭い痛みを感じた。最後になる、それはつまりパウエルが死ぬということだ。そんなことはたとえ可能性であっても考えたくないのだが、しかしそれ以外にルクトが付き合ってくれる理由がシェリアは思いつかなかった。
「オレが一緒に行く理由なんて、お前にとってはどうでもいいんじゃないのか?」
「それはまあ、そうですけど……」
シェリアにとって今最も重要なことは、自分がオルジュのパウエルのところへ行くことだ。とはいえ、気になるものは気になる。単なる好奇心、ではない。パウエルとルクトが実の親子である以上、やっぱり彼だって関係者なのだ。
ルクトにはいかなる意図があるのか。それは自分たち家族にどう影響するのか。それを聞かずにはいられなかった。
「……卒業が近くなったせいか面倒な話が増えて、な。逃げてみるのもアリかと思っただけだ」
なにか言いたそうにしながら、しかし何も言わずに黙って俯くシェリアを見て、ルクトは苦笑しながらそう言った。彼の言う「面倒な話」は見合いだのそう言った類の話だ。アメリシアとの会食以来、合同遠征窓口に持ち込まれるその類の話はイズラが断り続けているのだが、しかし一向に減る気配がない。絶対数が多いのではなく、同じ相手から何度も何度も繰り返し話が持ち込まれているのだ。つまり諦めていない、ということである。
さらに窓口での対応が硬くなったと見たのか、ルクトのほうに直接話が持ち込まれることが増えてきた。彼もさすがにうんざりし始めていた頃合で、シェリアの事情にかこつけてカーラルヒスから離れてみようと思ったのは事実だ。
「それ、本当ですか……?」
「本当さ。全部ではないけど」
疑わしげな目を向けるシェリアに、ルクトはあっさりとそう答えた。それから寝袋に入って横になり、どこか投げやりな口調でこう続ける。
「理由が知りたいのなら、そういうことにしておけばいい」
「……はい」
納得はしていないのだろうが、シェリアはひとまずそう言って頷いた。それから明かりを消し、二人は就寝する。
暗がりの中、横になって目を瞑ったままルクトは考えをめぐらせる。
(なぜオルジュに行くのか……、いや、オルジュに行ってなにをするのか……)
それが問題だ。そしてルクトはその問題にいまだ具体的な答えを出せずにいた。
▽▲▽▲▽▲▽
ルクトとシェリアが出発してから五日目。カーラルヒスに残っているラキア・カストレイアは一人では遠征に行くこともままならず、そのため日々練気法の鍛錬に精を出していた。
この日、ラキアは道場の庭に出ていた。腰を落として抜刀術、カストレイア流で言うところの〈抜刀閃〉の構えを取る彼女の視線の先にあるのは、一本の木製の杭。ラキアはほとんど睨むようにしてその杭を見据え、そして集中力を高めていく。
「ッ!」
鋭く息を吐きながら、ラキアは鞘から太刀を走らせる。狙いは杭の先端部分。残像を銀色の尾にして走る太刀は、杭の頂点から十センチ程度の場所を下から斜めに斬り上げる。念入りに練気法で烈を練ったおかげで、太刀はほとんど音を立てずに杭を斬っていた。
「ふむ」
切断した木片が一瞬遅れて地面に落ちる。それを確認してから、ラキアはひとつ頷いて「悪くない」と呟いた。しかし表情を緩めることはせず、そのまま太刀を鞘に収めてもう一度抜刀術の構えを取る。
そのままラキアは抜刀術の稽古を続けた。彼女が太刀を振るうたびに、的にしている木杭は上から少しずつ短くなっていく。ちなみにコレはわざとで、あまり大胆に斬ってしまうと回数を稼げないのだ。
ある時は練気法を使い、ある時は瞬気法を使う。どちらか片方だけならば、随分と成功率が上がってきた。もうほとんど失敗はない。十分に実戦で使えるレベルだ。練気法の鍛錬は烈の制御能力を向上させる。その成果が出てきたのだ。
ただ、練気法と瞬気法を併用しようとすると、途端に難易度が上がる。十分に時間をかけて烈を練り、それでも成功率は五割弱といったところか。こちらはまだまだ実戦では使えない。
「ふう……」
木杭が的として使えなくなるほど短くなると、ラキアは一つ息を吐いて身体の力を抜いた。そして太刀を一振りしてから鞘に収める。
「ラキアさん、鍛錬はおしまいですか?」
ラキアが太刀を鞘に収めたのを見計らって、レイシン流道場の一人娘であるクルーネベル・ラトージュが声をかけた。
「クルルか。どうだった?」
「随分上達されたと思いますよ」
練気法を教えてもらっているクルルから太鼓判をもらい、ラキアは嬉しそうに何度も頷いた。成長していると言ってもらえるのは、それも教えてもらっている人からそう言ってもらえるのは、やはり格別に嬉しいものだ。
「ところで、話は変わるんですが……」
クルルはこれから食料品などの買い物に行くという。「なのでお留守番をお願いしますね」と言うクルルに、ラキアは「自分も付き合う」と申し出た。
「ルクトがいないせいで、時間が余って暇なんだ」
ラキアは少し不満げにそう言った。それを聞いてクルルは「まあ」と微笑む。
買い物に付き合う、と言ってくれたことは確かに嬉しい。荷物持ちがいると色々と楽だし、なにより一人より二人の方が楽しい。しかしそれが、彼女が微笑んだ理由ではなかった。
時間が余って暇、というのはつまり「遠征に行かないから時間が余って暇」という意味だろう。ならばそう言えばいいものを、ラキアはわざわざ「ルクトがいないから」と言った。それは「ルクトがいないことを気にしている」と白状したようなものだ。
(やっぱりラキアさんはルクトさんのことが……)
もちろんこれはクルルの推測、いや妄想である。しかし色恋沙汰に関して乙女の妄想は止まらない。内心ワクワクが止まらないが、しかしクルルはそれを表に出して悟られるような真似はしない。それと気づかれれば、今度はラキアからロイとのことを聞かれるだろう。それは困る。他人の色恋沙汰は大好物だが、自分が当事者になると奥手なクルルだった。
「……それじゃあ、一度部屋に戻って着替えてくるから」
「あ、はい。分かりました。それじゃあ玄関で待っていますね」
ラキアの背中を見送ってから、クルルは彼女が細切れにした木片を集めて台所に持っていく。薪として使い、燃料にするためだ。こうして無駄にすることなく有効利用するのである。台所へ向かうその途中、頭に浮かんだのはなぜかロイのことだった。
『ロイはクルルのことが好きだ』
ラキアはそう言っていた。唐突に聞かされたその話に、一瞬頭が真っ白になったのをクルルは覚えている。そしてなにを言われたのか理解すると、今度は混乱した。「どうしよう、どうしよう」という言葉ばかりが頭の中を埋め尽くし、前向きな考えは何一つ出てこない。ただそんな状態でも、嫌な感じだけは少しもしなかった。
自分はロイのことが好きなのだろうか、とクルルは自問する。途端、顔が赤くなるのを自覚して彼女は慌てて首を激しく左右に振った。
(そ、そもそも……、まだロイさんからは何も言われていませんし……)
そう、自分に言い訳する。それに全てはラキアの思い違いで、ロイはクルルに対して同門以上の感情を持っていないという可能性もあるのだ。そもそも彼は学園を卒業したら故郷に帰ると言っていた。ならばカーラルヒスでクルル相手に本気の恋をすることなどないだろう。
(そうです……、きっとそうです……)
クルルはそう自分に言い聞かせる。胸をふさぐような寂しさを感じるが、それはきっと気のせいだ。
玄関に向かうと、ラキアはまだ来ていなかった。そのことに少し安心する。
数分後にラキアが来る。その時には、もういつものクルルだった。
▽▲▽▲▽▲▽
「うわぁ……、美味しそう……!」
荷物の詰まった買い物袋を抱えたラキアが、目を輝かせながらそう言った。彼女の目の前にあるのは、ゴロリとしたブロック状の肉が五つほど串に刺さったもの。炭火で丁寧に焼かれたその肉は、えもいわれぬ香ばしい匂いを漂わせている。並べられた商品の中にはソースをかけたものもあって、そちらはさらに食欲を刺激する香りだ。
「おばちゃん、これ何の肉?」
「鹿だよ。街の外れの畑を荒らしていたのを、知り合いの猟師が獲ってきたんだ」
しっかり熟成させたから美味しいよ、と露店のおばちゃんは請け負った。それを聞くとラキアはさらに目を輝かせ、そして生唾を飲み込んだ。
「よし、買おう……! おばちゃん、三本!」
「あの、ラキアさん、食べすぎでは?」
そう後ろから控えめに声をかけたのはクルルだ。なにしろラキアはここまででピザにアップルパイにミートパイにバターポテトにホットサンドを食べているのだ。その上彼女はさらに牛串、いや鹿串を三本も食べようとしている。どう考えても食べすぎだった。
クルルとラキアは今、食料品の買出しを行っている。そしてクルルは買い物をするとき、一つのお店で全てを買うことはせず、安い店を探して何軒もはしごする。そうすると必然的に結構な範囲を歩き回ることになり、その意味で荷物持ちをしてくれる武芸者、つまりラキアはとてもありがたい存在だった。
そして歩き回るその範囲の中には、幾つもの露店が軒を連ね軽食を売っている。そしてラキアはその旺盛な食欲を絶賛刺激されまくり中なのだ。
「むむむ……、じゃあ二本で」
眉間にシワを寄せたラキアが、苦渋の決断を下して注文を一本減らす。
「あの、そういう意味では……」
「クルルも一本食べる?」
「いえ結構です……」
ため息と共にクルルはそう答えた。そんな彼女を尻目にラキアはホクホク顔でお金を支払い、露店のおばちゃんから鹿串を二本受け取る。ちなみに味付けは塩とソースだ。幸せそうにお肉にかぶりつくラキアを見て、クルルは疲れたようにもう一度ため息をついた。
クルルの家に下宿しているラキアは、時間さえ合えばこうして買出しに付き合ってくれる。そして、それは非常に助かる。だが、毎回こうして食べ歩きをするのはどうにかならないものかと思ってしまう。
「……太りますよ」
小さな声で拗ねたようにクルルはそう言った。だがそれに答えるラキアの声は快活だった。
「大丈夫だ。わたしは太らない体質だからな」
そう言って美味しそうに肉を食べるラキアを、クルルは恨みがましい目で見た。本音を言えば、クルルだって食べたい。ラキアの持つ鹿串の香りは暴力的なまでに食欲を刺激し唾液は止めどなくあふれ出てくる。しかし、しかしだ。ここで誘惑に負けて食べてしまえば、待っているのは「体重増」の現実だけである。どれだけ苦労して今の体重を維持していると思っているのか。
「むう……、不公平です!」
心の底から、クルルはそう思った。同じ女だというのに、片や食べても太らず、片や食べればすぐに太ってしまう。これを不公平といわずして何といえばいいのか。
「いや、クルルだって日頃から動いているんだ。食べたってそう簡単には太らないだろう?」
よしんば太ったとしてもすぐに元に戻るはずだ、とラキアは言った。しかしクルルは思う。それは太らない人間の甘すぎる楽観論だ、と。
「一度太ったら元に戻らないところもあるんです!」
なんでまた大きく……、とクルルは悲嘆にくれる。一度太ったら元には戻らないところ。そこは一体どこなのか。
鹿串を咥えたままのラキアの視線が、頬に手を添えて体重増加を憂うクルルの下から上へとなぞる。そして一度頭の天辺まで行くとそこから折り返して下へとさがり、そしてある場所、具体的に言えば彼女の豊かな胸部で止まる。
お肉を咀嚼しながら、そのまま見つめること数秒。あまりお肉の味がしない。ごっくん、とお肉を飲み込んだラキアは、今度は自分の薄い胸を見つめ、そして万感の思いを込めて叫んだ。
「――――理不尽だ!」
持つ者には持つ者の、持たざる者には持たざる者の。それぞれに悩みと憧れがあるものなのである。
今回はひとまずここまでです。
続きは気長にお待ちください。