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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十一話 ミジュクモノタチ
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ミジュクモノタチ6


 ルクトとラキアの遠征二日目。早く寝たおかげもあってか、起きて懐中時計を確認するとまだ朝の六時前。いつもならば二度寝するところだが、遠征は時間との勝負。早起きするに越したことはない。


 のそのそと起き出した二人は〈プライベート・ルーム〉の中で簡単な朝食を取り、さらに軽く汗ばむまで身体を温めてから外に出る。


 場所は、昨日攻略を終えた十階層の地底湖。ここのモンスターは昨日取りつくしたのだが、水の中を覗き込むといい具合に再出現(リポップ)している。さっそくもう一度平らげさせていただき、稼ぎの糧になってもらう。


「いやあ、朝から幸先がいいな」


 全ての魔石とドロップを〈プライベート・ルーム〉のなかに放り込んで片付けると、ルクトは満足げにそう言って頷いた。


「それで、今日はどうするつもりだ?」


 狩り(ハント)の成果に笑顔を見せるルクトにラキアはそう尋ねた。本来ならばこういう予定は遠征の前に決めておくべきものなのだが、なにぶんこのパーティーには二人しかいない。話し合いもすぐに終わるので、「その時々に合わせて臨機応変に」としか決めていない。ただの無計画ともいうが。


「そうだな……、下に行ってみるか?」


「それは……!」


 ラキアはすぐにルクトの言わんとするところを察した。それはつまり、十一階層を目指すということだ。そもそもこの二人がコンビを組んだのはそれが目的だったはずである。


 ラキアが新しい太刀を作ったことで借金を背負ったりしたせいで、ここのところの遠征はまずは稼ぎが優先だった。つまり新しい場所に足を踏み入れるよりは、すでに知っている戦いやすい場所を選び巡回するような形で攻略をしていたのだ。


 しかしラキアの借金ならば、今回の遠征で完済できるだろう。今の時点の稼ぎでは難しいかもしれないが、もう一度この地底湖で狩り(ハント)をすれば十分に足りるはずだ。ならば、この辺で本来の目的に立ち返るのもいいだろう。


「いい、のか……?」


 目を輝かせ口元には獰猛な笑みを浮かべながらラキアはそう尋ねた。彼女の身体がかすかに震えているのは武者震いだろう。


「時間も十分にあるしな。十一階層で地底湖でも探そうぜ」


 ラキアの様子に苦笑しながらルクトはそう答えた。やはりそう簡単に人の本質は変わらない。ルクトは少しだけ安心した。


「よし、走るぞ!」


「……おいおい、本気か?」


 全身からやる気をだだ漏れさせてそう宣言するラキアに、ルクトは呆れ気味に言葉を返す。「もちろんだ!」と答えるラキアの声も、彼にはどこか空々しく聞こえる。彼女の本質は変わっていない。だが、どうにも厄介な性質を獲得したような気がしてならないルクトであった。


 さて、十一階層で地底湖を探す、もとい探索するといっても、迷宮の中に「ここから十一階層です」と看板が掲げられているわけではない。そもそも階層とは人間が考え出した区分でしかないのだ。迷宮は構造として緩やかに下へ向かっていっているが、しかし階段があるわけではなく、基本的に一続きなのだろうとルクトは思っている。


 まあそれはそれとして。ルクトとラキアは、まずはショートカットもしながら〈マーキング〉を辿って先を目指す。走ったおかげもあってか、お昼の少し前二人は一番深い位置にある〈マーキング〉の所まで到着した。


「さてと、ここから先は地道に進むしかないな」


 簡単に昼食を済ませて〈プライベート・ルーム〉のなかから出てくると、ルクトはまだ足を踏み入れたことのない階層を前にしてそう呟いた。多少の緊張はある。だが気負いは無い。


「ルクト、早く行くぞ!」


 もう待ちきれない、と全身で表現しながらラキアはそう言った。ただやはり、彼女の口元に浮かぶ笑みには獰猛さが混じる。挑むべき壁を前にして心が躍るのは、武芸者の性なのかも知れない。


「走るなよ。マッピングしながら進むんだからな」


 未知の階層というのはそれだけで危険だ。なにもせずただ前に進むことだけを考えていると簡単に道に迷う。遠征の際には常に復路のことを考えていなければならないのだ。そしてそのためのマッピングである。


「大丈夫だ! 〈マーキング〉もするからな!」


 マッピングは簡単でいいぞ、とラキアは薄い胸を張る。だがルクトから「それじゃあ、なおのこと走っちゃダメだろ」と言われると、彼女の勢いはすぐに萎んだ。


 そんな彼女の様子にルクトは少しだけ苦笑をもらすと、彼はさっさと歩き出した。ラキアのほうはまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わずに彼の後を追うようにして歩き出す。今はムダに時間を費やしている時ではない。前に進むべき時だ。


 一度歩き出せば、ルクトとラキアの表情は鋭いものとなる。余計なことを考えず、この攻略に集中している証拠だ。彼らの動きは滑らかで隙が無い。


 二人は順調に歩を進める。要所に〈マーキング〉を施し、マッピングを行う。時おりモンスターが出現(ポップ)するが、特に問題はない。こうして歩いて進んでいる以上、マナの濃度は急激には上昇せず、それはつまりモンスターが極端に強くなるわけではないことを意味している。


 ただ少しずつとはいえ下に向かっている以上、確実にマナの濃度が上がっていることは間違いない。二人は意識的に集気法を使ってそのマナを取り込み、身体を慣らしていく。感覚としてそれと分かる変化はない。だがこれをサボっていると、いざという時に〈外法〉の副作用に似た症状を起こす場合があるのだ。その危険性は、改めて説明する必要もないだろう。


 ここが十一階層なのか、それともまだ十階層なのか、正確なところはわからない。迷宮の中に標識など無いからだ。ドロップした魔石を後で鑑定して見るほか無いだろう。だがいずれにしても、ここがルクトとラキアにとって最前線であることに違いはない。


 そのため二人は努めて下に行こうとはせず、まずはマッピングの範囲を広げることに苦心した。そのために一度来た道を分岐点まで戻ることもする。一見無意味にも思えるが、効率のいいルートを見つけたり、複数のルートを開拓したりする上では必要なことだ。


 効率のいいルート、というのはなにを優先するのかによっても変わる。例えば、より早く下の階層へ行くのか、それとも稼ぎを優先して戦いやすい場所を巡るのか。それだけをとってもルートは違ってくる。


 さらに他のパーティーと鉢合わせした場合、同じルートを使うわけにはいかない。やはり複数のルートを知っておく必要があるのだ。ただ、この辺まで来るとさすがに他のパーティーと鉢合わせすることは少ないが。


 さてマッピングしながら迷宮のなかを進むルクトとラキアは何度目かの広場に足を踏み入れようとしていた。分かれ道まで戻っている最中ではないから、正真正銘初めて足を踏み入れる広場だ。


 二人は広場の前で足を止めると、集気法を使って念入りに烈を練る。「広場はモンスターが出現しやすい」。このセオリーは階層が深くなっても変わらない。そしてこれまでの経験則からそれが正しいことをルクトとラキアは知っている。


 互いに目配せし一つ頷いてから、ラキアの方が一歩を踏み出した。そして彼女の背中を追うようにしてルクトも広場に足を踏み入れる。


「来た!」


 緊張を孕んだラキアの声。彼女が鋭く見据える先では、マナが収束して燐光を放っている。モンスターが出現する前兆だ。場所は広場の中央より少し奥。彼我の間合いは二十メートルといったところか。


 すぐさまラキアは腰を落として太刀の柄に軽く手を添える。抜刀術の構えだ。その後ろにいるルクトは構えを取らない。両手をだらりと脱力させ、ただマナが収束していく様を見据えている。決して油断しているわけではない。いつでも動く準備はしてある。ただ今はこれから現れる敵を見定めようとしているのだ。


(長いな……)


 収束を続けるマナを見据えるルクトは、焦りに似た危機感を覚え始める。マナの収束時間が長い。それはつまりより多くのマナがモンスターになるべく集まっているという意味で、このような場合、出現するモンスターは強力になることが知られていた。


 そしてついにマナの収束が限界を向かえ、モンスターが形成される。一際強い光を放ちながら現れたのは、一振りの剣だった。


「〈イビル・ソード〉……!」


 そう呟くルクトの言葉に、苦いものが混じる。今回出現したモンスターの形状は「剣」。片刃だが、太刀ではない。まるで絵本の中の海賊が振り回していそうな剣である。そんな剣が切っ先を下に向けて宙に浮いている。


悪魔の剣(イビル・ソード)〉と呼ばれる類のモンスターである。ここから先は〈イビル〉と呼ぶ。


 当たり前の話だが、武芸者には得意とするモンスターと苦手なモンスターが存在する。得物を決め、戦闘スタイル(流派)を決めれば、自然と得手不得手は出てくるものなのだ。真のオールランダーなど存在しない。それは長命種(メトセラ)であるセイルハルト・クーレンズやメリアージュであっても変わらない。程度の問題でしかないとしても、得手不得手は生まれるものなのだ。


 さてルクトとラキアの得物は太刀で、流派は攻撃と回避に重きを置くカストレイア流刀術だ。そしてその二人にとって〈イビル〉は相性の悪い相手といえた。


 宙に浮く剣である〈イビル〉は、どういう原理かは分からないが素早く動く。クルクルと回転してみたり、素早く突撃してきたりとその動きはトリッキーで、また人型でないためか予想しにくい。これはつまり、回避が難しい相手であることを意味している。


 さらに剣一本分の大きさしかない〈イビル〉は、当然人間と比べ随分小さい。これは攻撃が当たりにくい、ということだ。さらに太刀の刃が届いたとしても、相手は剣、つまり金属だ。一撃で切り裂くことは難しい。さらに宙に浮いているせいか、〈イビル〉は回転することで衝撃を受け流してしまう。


 回避が難しく、攻撃を入れづらい。要約してしまえばそういうことだ。そして、繰り返しになるが、ルクトとラキアにとってはやりにくい相手である。


 普通、相性が悪いモンスターとは無理に戦う必要はない。パーティー内の別のメンバーに任せてしまえばいいのだ。今回の〈イビル〉であれば、一度捕まえて動きを封じてしまえば後はたやすい。だから、例えばロイの〈伸縮自在の網(バンジー・ネット)〉などで捕まえるのが有効、と言えるだろう。


 しかしこのパーティーはルクトとラキアの二人だけで、しかも二人とも同じ戦闘スタイルだ。そのため相性のいいメンバーに任せるということはできない。パーティーのバランスの悪さが露呈した形だ。


「ラキ……」


「退かない。倒す」


 その明確な答えにルクトは苦笑する。確かに彼は撤退を提案するつもりだったが、それはある面そういう役回りだからだ。ラキアがそれを切り捨てるのも織り込み済み。それが悪いことだとは思わない。相性が悪いから戦いたくないなどと軟弱なことを言っていては、迷宮のなかでは生き残れないだろう。


 それに、いくら相性が悪いとはいえ戦う前から逃げることを考えていては逃げ癖が付いてしまう。それは武芸者にとって落伍者の烙印を押されることと同じだ。


「ムキにはなるなよ」


 そう言ってルクトは腰間の太刀を鞘から抜いた。動きが素早く的が小さい〈イビル〉相手に抜刀術は使いにくい。なによりラキアが彼の前で抜刀術の構えを取っているのだ。二人で同じ構えをしていても無意味であろう。


 ルクトが太刀を抜いたのが契機になったわけではないだろうが、しばらく浮いたままだった〈イビル〉が動いた。切っ先をラキアに向けると、そのまま広場の白い床の上を滑るようにして突撃してくる。飛翔音はしない。ただ、風切りの音が耳に届く。


「ちい!」


 鋭く舌打ちしてラキアが太刀を鞘から走らせた。その刃は空を切るばかりだが、そこから烈の刃が放たれている。カストレイア流刀術、〈抜刀閃・翔刃〉だ。しかし放たれた烈の刃は迫り来る〈イビル〉のすぐ脇を素通りしてしまい当たらない。ラキアは牽制として放った攻撃だが、狙いは正確だった。〈イビル〉が軌道をずらし攻撃を回避したのだ。


 攻撃をかわした〈イビル〉は左右に不規則にブレながらさらに突っ込んでくる。軌道の幅が大きくなったことで、カストレイア流が得意とする精密な回避行動が取りにくくなる。仕方なく、ルクトとラキアはそれぞれ右と左に大きく飛んだ。


「ラキ、広場の中心部へ!」


 ルクトの声にラキアは頷く。広い場所で戦うのは迷宮での戦闘の基本だが、〈イビル〉相手の場合は特に重要だ。回避行動が大きくなりがちだからである。


 ルクトとラキアが広場の中心部で太刀を構えると、突撃した〈イビル〉も切っ先を下にして一旦動きを止める。〈イビル〉の位置はさっきまで二人が居た場所。ちょうど最初の位置が入れ替わった格好だ。


 再び、〈イビル〉が先に動く。柄を中心にして刃を外に向け横向き、つまり床と水平な向きに回転しながら飛んでくる。上下左右に不規則に動いていて、そのため軌道が読みにくい。それを見てラキアは忌々しげに舌打ちすると、しかし臆することなく前に出た。


「ルクト、集気法を頼んだぞ!」


 そう叫んでラキアは前に出て〈イビル〉との間合いを詰める。そして回転しながら襲い掛かる刃を太刀で受け止めた。


 人間同士、あるいは人型のモンスターが相手なら、普通ここで一旦動きが止まり鍔迫り合いになる。だが〈イビル〉は止まらなかった。受け止められた衝撃を利用するかのようにして今度は逆回転。片刃であるために外側を向くのは峰の部分だが、しかし当たってやるわけにはいかない。ラキアは素早く太刀を翻して〈イビル〉を弾いた。


 弾かれた〈イビル〉はやはり止まらない。その勢いを利用してさらに攻勢をかけてくる。しかも横回転だけでなく縦の回転も織り交ぜて、〈イビル〉はラキアに襲い掛かる。


「くう……、この……!」


 珍しくラキアは守勢に回っていた。〈イビル〉の攻撃はまさしく縦横無尽。一本の剣でしかないくせにありとあらゆる場所から攻撃を仕掛けてくる。


 大上段より高い位置から刃を振り下ろしたかと思えば、次の瞬間には膝より低い位置から切っ先を突き上げてくる。今のところラキアは全ての攻撃を捌いているが、しかし自らのうちに感じるズレに眉をひそめている。


〈イビル〉は剣だが、しかしそれを操る存在がいない。そのため普通に剣戟を打ち鳴らして戦っているような気分でいると、思いもかけない場所から繰り出される、思いもかけない軌道の攻撃に対処できない。分かってはいるが、しかしこうして太刀で剣を打ち払っていると、常の感覚が優先されて相手が〈イビル〉であることを、トリッキーで常識はずれな攻撃をしてくる相手であることを忘れそうになる。


(その上……!)


 その上、なかなか攻勢に移れない。もちろんラキアも攻撃を繰り出してはいる。しかしそのほとんどは〈イビル〉にたやすく回避され、さらに当たったとしてもクルクルと回転するだけでダメージが入っているようには見えない。ルクトが集気法を使ってくれているおかげでラキアは途切れることなく動き続けることができているが、しかしその一方で彼女は勝ち筋を見つけられずにいた。


(なんとか動きを止められれば……!)


 そう思いながら、ラキアは頭上から振り下ろされる〈イビル〉の刃を受け止める。手に伝わる衝撃はさほど強くない。だがその衝撃の弱さがラキアに嫌な予感を覚えさせる。そして次の瞬間、ラキアは舌打ちをしながら後ろに退いた。さっきまで彼女の頭があった位置には、〈イビル〉の柄が振り下ろされていた。


 刃がかみ合ったその点を中心にして〈イビル〉が縦に回転したのだ。武器として剣を使うなら、普通に考えてこんな攻撃の仕方はありえない。だが〈イビル〉ならありえる。フワフワと浮かぶ〈イビル〉の様子が、得意げに笑っているようにラキアには思えた。


(普通に刃を振るうのが両手を使ったパンチだとすれば、さっきのはさしずめ踵落しと言ったところか……)


 自分でもトンチンカンな考えだと思うが、しかしその直感はラキアのなかでとてもしっくり来た。なんにしろ〈イビル〉は剣と言う見た目が邪魔になるほどトリッキーな攻撃をしてくる。なまじ刃を持っているからそちらに目がいきがちだが、なるほどアレは全身が凶器である。


「ルクト、代わるか?」


 ひとまず動きを見せない〈イビル〉を油断無く見据えながら、ラキアは後ろのルクトに声をかけた。ルクトは今までの戦いを後ろからじっくりと観察していた。正直彼女は〈イビル〉を攻めあぐねているが、ルクトならば対策を立てているかもしれない。


「いや、まだラキアが前で頼む。で、なんとか大きく弾いてくれ」


 ルクトのその言葉にラキアは獰猛な笑みを浮かべた。やはりなにか考えたらしい。


「どうするつもりだ?」


「どうもこうもあるか。捕まえて動きを封じてぶった切る。それだけだ」


「上出来!!」


 そう叫ぶとラキアは猛然と前に出た。それに呼応するかのように〈イビル〉も動く。たちまち広場には金属同士のぶつかり合う甲高い音が連続して響き始める。


 やはりというかラキアは守勢だった。しかしそれでも顔には嬉々とした笑みを浮かべている。そして斬撃の一つを選び、太刀を下からすくい上げるようにして勢いよく〈イビル〉を弾き飛ばした。


〈イビル〉は軽い。剣一本分しか重さがないのだから当然だが、そういう意味だけでなく斬撃の一つ一つが軽いのだ。恐らく盾を持っていればもっと簡単に戦えたのだろうが、まあそれはそれとして。


 ラキアが振り抜いた太刀は、逆回転させながら軽い〈イビル〉を吹き飛ばす。この回転は〈イビル〉が自発的に回っているわけではない。吹き飛ばされ、回されているのだ。そして、その隙をルクトは見逃さない。


「そら……、行け!」


 ルクトの前にはあらかじめ展開しておいた四つの〈ゲート〉。そのうちに三つを、ルクトは動かす。この三つをそれぞれバラバラに動かすことは無理だが、しかし同じ方向にまとめて動かすなら比較的簡単である。そしてようやく空中で止まった〈イビル〉を囲むようにして、ルクトは〈ゲート〉を一つずつ素早く配置していく。ここから先は時間との勝負だ。


「ラキ、集気法!」


 ラキアに烈の供給を任せると、ルクトは素早く抜刀術の構えを取る。彼の目の前にあるのは四つ目の〈ゲート〉。ルクトは躊躇うことなく太刀を走らせた。


 ――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃・乱翔刃〉


 練気法とさらに瞬気法を合わせて併用した、〈抜刀閃・翔刃〉の発展系の技である。ルクトが振りぬいた太刀から無数の烈の刃が放たれる。そして放たれた烈の刃は全て彼の目の前の〈ゲート〉に吸い込まれていく。出口は言うまでもなく〈イビル〉を囲んでいる三つの〈ゲート〉だ。


 入り口の〈ゲート〉と出口の〈ゲート〉。もちろんその間には小さいながらも〈プライベート・ルーム〉が存在している。その中に入ってみれば、一方の壁に〈ゲート〉が一つだけ開いていて、その反対側の壁に三つの〈ゲート〉が開いている様子を見ることができるだろう。放たれた烈の刃は、これら三つの〈ゲート〉のうちどれかを通って外へと出て行くのだ。そしてそこにいるのは、もちろん〈イビル〉だ。


 三方向から〈イビル〉を囲む〈ゲート〉。そこから無数の烈の刃が飛び出してくる。〈ゲート〉ごとに数が均一でないのは、この際仕方がないだろう。だがそれでも効果は十分にあった。


 三方向から烈の刃に襲われた〈イビル〉は、ほとんどなす術なくその攻撃を受けた。全身を滅多打ちにされるも、〈イビル〉はそこからほとんど動けないでいた。


「ラキ、今だ!」


 ルクトの声に押されるようにして、ラキアが動く。バランスを崩し身もだえするようにして震えている〈イビル〉に一気に近づくと、左手でその柄を掴んだ。


 ラキアの手の中で〈イビル〉が暴れる。傍目には彼女が不慣れな左手で不器用に剣を振り回しているように見えるが、実際のところはその逆だ。ラキアはなんとか〈イビル〉の動きを抑え込もうとしていた。


「く……、この……!」


 ラキアは右手の太刀を投げ捨てる。そして〈イビル〉の柄を両手で掴むと、その切っ先を無理やり下に向け広場の白い床に突き刺した。さらにもがく〈イビル〉を、上からのしかかるようにして押さえ付ける。


「ルクト!」


 ラキアは声を上げる。捕まえ、動きを封じた。あとはぶった切るだけである。


 ルクトは太刀を鞘に収め、腰を低くしてその柄を軽く握る。抜刀術の構えだ。そして一瞬だけ動きを止めると、次の瞬間、猛然と前に出た。彼の鋭い視線が見据える先にあるのは、床に突き刺さりラキアによって動きを封じられている〈イビル〉だ。


 低い姿勢のままルクトは疾駆する。そして彼の攻撃の間合いに入る半瞬前にラキアが握っていた〈イビル〉の柄から手を離して飛び退く。


 広場の床に突き刺さったままカタカタと小刻みに震える〈イビル〉。なんとかして逃れようともがいているのだ。だがルクトに見逃してやるつもりはない。


〈イビル〉が間合いに入る。ルクトは右足に力を込めて身体を止める。急停止に身体がつんのめりそうになるが、それを上手くいなしてその勢い全てを太刀に乗せて鞘から解き放つ。


 ――――カストレイア流刀術、〈抜刀閃〉。


 狙いは〈イビル〉の刃の付け根の当たり。解き放たれた神速の刃は、残光さえも置き去りにしていく。そして銀色の閃光が振りぬかれた。


 音が、しない。


 ルクトが太刀を振りぬいたとき、まるで空振りをしたかのように音がしなかった。しかし実際には違う。あまりに速く、そして鋭く太刀が振りぬかれたために、切断したときに音が生じなかったのだ。そしてそれはルクトの技量が極めて優れていることの証明でもある。


 太刀を振りぬいた姿勢のまま静止していたルクトが、ゆっくりと身体を起こして太刀を払う。ちょうどその時、思い出したかのように〈イビル〉の柄が刀身から離れて床に落ちた。そして柄はマナへと還り、あとには魔石と床に突き刺さったままになっている〈イビル〉の刀身が残った。どうやらこの刀身がドロップらしい。


 ふう、と一つ息を吐いてルクトは太刀を鞘に収めた。なかなかしんどい戦いだった。もっとも、直接的な戦闘のおよそ九割はラキアが担当していたのだが。


「終わったな」


 笑顔を浮かべながらラキアが近づいてくる。投げ捨てた太刀は回収済みのようで、すでに鞘に収まっていた。


「ああ。魔石とドロップを回収して先に進もう」


 そう言ってルクトは足元に転がる魔石を拾い上げる。その魔石は心なし大きいようにも見えた。もしかしたら、十一階層相当の魔石かもしれない。


 ルクトが魔石に手を伸ばしたので、ラキアはドロップ、つまり床に突き刺さったままになっている〈イビル〉の刀身に手を伸ばす。手を切らないように気をつけながら掴み、引き抜こうとして力を込め、ラキアは顔をしかめた。


「……ルクト」


「ん、どうした?」


「抜けない……」


 その言葉にルクトは顔を引きつらせる。どうにも〈イビル〉とは相性が悪い。



▽▲▽▲▽▲▽



「なあ、ルクト。アレは一体何なんだ?」


〈イビル〉と戦った日の晩、その日の攻略を終えたルクトとラキアはゲルのなかで寝袋に足を突っ込みながら就寝前の雑談に興じていた。そのなかでふとラキアが話題に出したのが、〈イビル〉に止めを刺したルクトの〈抜刀閃〉についてだ。


「何だ、と言われてもな。ただの〈抜刀閃〉だ」


「いや、ただの〈抜刀閃〉じゃないだろ?」


 ルクトの言葉にラキアは納得しなかった。〈抜刀閃〉はなんてことはないただの抜刀術で、カストレイア流では初歩的な技である。しかしルクトが見せたアレはそんなチャチなものではなかった。見た目こそただの〈抜刀閃〉だが、その実態ははるかに高度なもの、というよりラキアの目にはまったくの別物に見えた。


「まあ、練気法と瞬気法を併用しているけど……」


 その程度だぞ、とルクトはこともなさげにそう言った。それを聞いてラキアは頭を抱える。どう考えても“その程度”で収まる話ではない。


「練気法と瞬気法を併用する。それが一体どれだけ大変だと……」


 ラキアの場合、現状ではどちらか一方を使うだけで精一杯だ。練気法の鍛錬を始めたことで烈の制御能力が上がり、そのおかげで瞬気法の成功率も上がってきているが、それでも併用するのは現状無理だ。その二つを併用しているあの技が、初歩的な技である、ただの〈抜刀閃〉であるはずがない。


 それに練気法も瞬気法も、規定のカストレイア流のなかには存在しない技法だ。それを併用した上で「カストレイア流の〈抜刀閃〉だ」と主張するのは少し無理がある。


(まったく、コイツは……!)


 ラキアのなかで呆れと怒りの感情が混じりあう。


 カーラルヒスに来てから気づいたことだが、どうにもルクトは自己評価が低い。それは今までソロでやってきたことの弊害だろうし、またメリアージュの背中を追い続けてきたことも原因だろう。


 ともかく、ルクトの自己評価は低い。というより、彼の評価基準は高すぎる。どうにも一流の基準がメリアージュになっているようなのだ。


 ただ、ルクトが他人を評価する場合はごく普通だ。だからこそ、というべきか。なぜその評価基準を自分に適用できないのか、ラキアは不思議でありそして不満だった。


 その一方で、そのおかげでこれまで増長しなかったとも言える。そういう意味では悪いとは言い切れないだろう。ラキアだって、「実力相応に威張れ」といいたいわけではない。ただ何というか、傍から見ていると時々頭を抱えたくなる。


 閑話休題。今はルクトが使った、練気法と瞬気法を併用した〈抜刀閃〉についてである。


「せっかくだ。わたしが名前をつけてやろう」


「いや、だからアレはただの〈抜刀閃〉……」


「認めん。あんなものを門下生の前で使ってみろ。何人心が折れると思っている?」


 ルクトの主張はバッサリと切り捨てられた。「そんな大げさな」と抗弁するが、受け入れられる様子はない。それを察してルクトはおどけたように両手を上げて早々に降参した。この程度のことで言い争うのもバカらしい。それよりラキアがどんな名前をつけるのか、そっちのほうに興味があった。


「……よし、決めた。あの技の名前は〈一刀閃〉だ」


 しばし考え込んでいたラキアは、顔を上げるとその名前を口にした。カストレイア流の区分に当てはめるなら、〈深理〉ということになるだろう。


 ――――カストレイア流刀術、深理・〈一刀閃〉。


 畏まった形にすればこうだろうか。悪くない名前だ、とルクトは思った。


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