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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十一話 ミジュクモノタチ
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ミジュクモノタチ4

「お、やってる、やってる」


 迷宮(ダンジョン)の中をのんびりと歩くルクトは、向かう先の広場で二人分の人影が模擬戦をやっているのを認めてそう呟いた。広場にいるのはサミュエル・ディボンとタニアシス・クレイマン。二人ともルクトの同級生である。


 先日、ルクトはタニアから「サミュエルの鍛錬に付き合ってくれ」と頼まれた。それに対しルクトは明言こそしなかったものの、遠回しに協力を約束した。そしてその約束を果たすべく、ルクトは前もって聞いていた一階層の広場へと向かっていた。


「ルクト!? お前、本当に来たのか!?」


 ルクトに気がつくと、サミュエルは開口一番にそう言った。どうやらタニアからあらかじめ話は聞いていたようだが、それにしてもあまり嬉しくなさそうな反応である。まあ、情けないことをやっているという自覚が彼にもあるのだろう。鍛錬に協力してくれるとはいえ、それを同級生に見られるのは気分のいいものではないかもしれない。だが同時に、そんな反応をされればルクトの方だっていい気分はしないものだ。


「……帰っていいか?」


 サミュエル以上に嫌そうにしながらルクトはそう言った。半分はポーズだが、半分は本気だ。「帰れ」と言われたら本当に帰るつもりである。


「ああ! ごめんごめん!」


 慌てた様子を見せてタニアはルクトに謝った。そして「ほら、サミュエル君も謝って!」とサミュエルのほうに詰め寄るが、彼は不貞腐れたようにそっぽを向くばかりだ。


「まあ、いいよ。それより立ち合い稽古をするんだろ?」


 早くやろうぜ、とルクトは二人に声をかけた。礼はその稽古の中でたっぷりとするつもりである。


 ルクトにそう言われると、タニアは脇へと下がりサミュエルは不承不承といった感じではあったが剣を構えた。それに合わせてルクトも鞘から太刀を抜く。ちなみに、二人とも刃を潰した訓練用の武器を使っている。


「武器に烈は込めるなよ。で、身体能力強化は念入りに」


 刃を潰してあるとはいえ、使っているのは鋼鉄製の武器だ。しかも折れたり曲がったりしないよう、普通の剣や太刀よりも分厚く作ってある。当然、当たればすごく痛い。骨折する事だってあるし、当たり所が悪ければ死に至ることもある。


 だから、身体能力強化は念入りに行う。そして、これ以上攻撃力を上げないようにするために、武器に烈を込めることはしない。そうすれば、死ぬことも骨折することも多分ないだろう。当たればものすごく痛いことに変わりはないけれど。


 分かっている、と苛立たしげにサミュエルは答えた。そして二人は向かい合う。


 睨み合いは一瞬。すぐにサミュエルが動いた。彼は剣を大上段に振りかぶってルクトに切りかかる。だがその一撃は、ルクトにしてみればあまりにも気の抜けた一撃で、この鍛錬に身が入っていないことを如実に示しているように思えた。


 ありていに言えば、あまりにもヌルい。だがタニアに協力する以上、そんなヌルい稽古で終わらせるつもりは、ルクトにはなかった。


 振り下ろされるヌルい一撃にルクトは太刀をあわせた。そして手首の返しをしなやかに使いながら刀身で剣の潰した刃を滑らせる。さらにそのまま前に出て、すれ違いざま、サミュエルの腹部に渾身の一撃をくれてやる。ちなみに、この一撃に私怨が含まれていることをルクトは否定しない。


「がぁ…………!」


 サミュエルがもらす声にならない呻きを、ルクトは重い手応えを感じながら聞いていた。振り返ってみれば、サミュエルがお腹を押さえてうずくまっている。その様子をルクトは冷たく見下ろした。


「これで一回死んだな」


 淡々とした口調でルクトはそう告げた。ただ、ちゃんと聞いているかは疑わしい。それを承知しながら、ルクトはさらにこう続けた。


「さっさと立って構えろ。続けるぞ」


 その言葉はちゃんと聞こえていたようで、サミュエルは「ちょ……、まっ……」とかすれた声で呻いた。だが、その懇願をルクトは無視する。


「立たないなら滅多打ちにしてやるだけだ」


 いくぞ、と言ってルクトは前に出た。ただし、ゆっくりとわざと時間をかけて。その間にサミュエルはなんとか痛みを堪えて立ち上がり訓練剣を構える。へっぴり腰になり泣きそうな顔のサミュエルに内心で苦笑をもらすと、ルクトは彼に打ちかかった。


 ルクトの攻撃を、サミュエルはなんとか防いでいく。ただし、防戦一方で反撃できない。それどころか攻撃を受け止めるたびにサミュエルの身体はふらついていた。しかしそれでも彼は防戦を維持している。


 いや、「維持させられている」と言った方が正しいかもしれない。今にも傾きそうな均衡を維持しているのは、実はルクトの方だった。つまり、手加減しているのだ。もっとも、必死に攻撃を防ぐサミュエルはそのことに気づいてはいないのだろうが。


(さて、そろそろいいかな……)


 腹部の痛みが引いてきたのか、サミュエルの動きがだんだんとマシになってきた。集中もできているようである。それを確認すると、ルクトはギアを一つ上げた。


 今まで素直でまっすぐだったルクトの太刀が、不規則に軌道を変え始める。サミュエルはそれを捉えることができず、訓練刀が彼の身体に届くようになった。


「ギィ……、アア、ガ……!」


 二の腕や太腿を打ち据えられ、サミュエルの口からは悲鳴が洩れる。ただ一撃一撃は浅く、痛いことは痛いが身体能力強化さえきちんとしていれば十分に耐えられる威力だ。これもルクトが手加減しているからだ。そのせいで倒れることもできず、サミュエルは弄られるようにして攻撃を受け続けた。


「くっ……そぉぉおおおおお!」


 破れかぶれになったサミュエルが訓練剣を振り上げて反撃する。だがその攻撃はあまりにも大振りだった。ルクトは大上段からの一撃を難なくかわすと、さらに振り下ろされた訓練剣を上から叩く。すると、その衝撃でサミュエルは訓練剣を落としてしまう。「あっ」という顔をする彼に構わず、ルクトは訓練刀を跳ね上げた。狙いはサミュエルの首筋だ。


「ひっ……!」


 見えてはいるのだろう。サミュエルは情けない悲鳴を漏らした。だがルクトの訓練刀が彼の首筋に打ち込まれることはなかった。その寸前でルクトが止めていたからだ。


「これで二回死んだ。あと何回死ぬ気だ?」


 そう言いながらルクトは寸止めしていた訓練刀を引いた。サミュエルが忌々しげな目で睨みつけてくるが、肩を上下させながら荒い息をしているせいで迫力は皆無だ。


(コイツ……! 本当に僕を殺す気なんじゃないだろうな……!?)


 さっきまで訓練刀がそえられていた首筋には、まだその冷気が残っている。サミュエルはその場所を無意識のうちに撫でていた。


「さっさと構えろ。続けるぞ」


 少し距離をとったルクトが冷たい口調でそう言った。怒りが湧き上がるのを感じながら、サミュエルは訓練剣を拾い正面に構える。タニアが見ている前でこんなにも虚仮にされたのだ。相応の礼をしてやれねばサミュエルは気がすまなかった。


(油断していただけだ……! 本気になればこんなヤツに……!)


 負けはしない。サミュエルは自分にそう言い聞かせた。そして同じく訓練刀を正面に構えているルクトに、今度は彼のほうから猛然と打ちかかった。


 迷宮内の潤沢なマナに支えられた身体能力強化にもの言わせ、サミュエルは縦横無尽に訓練剣を振るった。しかしそのどれも、一つとしてルクトには届かない。いや、それどこかルクトはまともに剣を受け止めることさえしなかった。彼はサミュエルの攻撃のほとんどをかわしたり、あるいは受け流したりしていく。


 ルクトが使うカストレイア流刀術は、もともと攻撃と回避に重きを置く流派だ。だからこれはある意味当然の光景と言える。だがカストレイア流を知らないサミュエルにそんなことは分かるはずもない。


(くそ……! なんで当たらない!?)


 焦れるサミュエルは冷静さを失っていく。相対するルクトの目が彼は気に食わない。乾燥して感情を映さない冷徹な目。自分の猛攻に少しの動揺さえ見せない、その目が。


「ふざっ……けるなぁぁぁぁああ!!」


 大きな叫び声を上げサミュエルは出鱈目に攻撃を仕掛けた。だが身体能力強化に任せて訓練剣を振り回すだけの雑な攻撃など、ルクトには一つとして届かない。暴風が技を突き破ることはままあるが、しかしサミュエルの猛攻はそこまで突き抜けてはいなかった。純粋な力業で押し切ろうとするには、単純に地力が足りていないのだ。


 そしてやがて時間切れが訪れる。烈が足りなくなったのだ。サミュエルは忌々しげに舌打ちして後ろに下がるが、ルクトはそれに合わせて前に出た。


 まずい、という意識はあったのだろう。サミュエルは慌てた様子で剣を振るったが、ルクトは無造作にそれを払いのけた。それほど力を込めていたわけではない。だが、身体能力強化が切れ掛かっている者としっかりしている者では雲泥の差がある。振り払われた衝撃に耐え切れず、訓練剣はサミュエルの手から離れて飛んでいった。


 ガランガラン、とやかましい音を立ててサミュエルの訓練剣が広場の白い床の上に転がる。幸い飛ばされた方向は広場の中央で、剣が落ちてしまうことはなかった。だが、剣の持ち主にそんな事を気にする余裕はなかった。


「くっ…………!」


 武器を失ってしまったサミュエルは反射的に動いていた。集気法で烈を練り、自分の最も頼れる相棒を呼び出す。すなわち〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉を。さらにその壮麗な剣を肩に担ぐようにして構え、そしてありったけの烈を注ぐ。〈エクスカリバー〉を使うつもりなのだ。


 それを見た瞬間、ルクトは一切の躊躇なく動いた。練気法も併用して一気に加速し、一息でサミュエルとの間合いを詰める。そしてその速度に驚いて目を見開いている彼の顔面に容赦なく蹴りを叩き込んだ。


 ブハッ、と少々汚い悲鳴を上げながらサミュエルは尻餅をつくようにして後ろに倒れた。〈絶対勝利の剣〉も手から離れてしまい、発動前に烈の供給が断たれたせいか〈エクスカリバー〉の輝きも消えてしまっている。


「…………ソレを使わなくてもいいようにするための鍛錬じゃないのか?」


 怒りを押し殺した、冷たく低い声でルクトはそう言った。頭に血が上りすぎたのか、頭痛がする。眉間には青筋が浮かんでいるかもしれない、と思った。


 さすがに拙かったと思っているのか、サミュエルはバツが悪そうにしながら視線を逸らした。その様子にルクトは怒りよりも呆れを強く感じた。


(コイツ……、本当に分かってるのか?)


 自分が一体何をしようとしたのか、そしてその意味を。


「あのまま〈エクスカリバー〉を放っていたら、お前、タニアを巻き込んでいたぞ」


 これはあくまでも可能性なのだが、ルクトはあえて断言した。ちなみに自分ではなくタニアの名前を出したのはその方が色々と効果的だろうと思ったからだ。それに、ルクトだってあんな見えみえの一撃をもらってやるつもりなどない。仮に放たれたとしても回避できる、と自負している。


 ルクトの言葉を聞いた瞬間、サミュエルはハッとしたように目を見開いた。〈エクスカリバー〉は放射状に広がる、攻撃範囲の広い一撃だ。マスターであるサミュエルはそのことを誰よりも良く知っている。だが、その広い攻撃範囲の中に味方が巻き込まれることを彼はまるで考えていなかったらしい。ということは崩落に巻き込まれる可能性も彼の頭からは抜け落ちていたに違いない。


 悔しそうに、それでいて何かを堪えるに奥歯をかみしめ、サミュエルは俯いた。今までの自分のうかつさを嘆いているのか、あるいはタニアを巻き込みかけたことを呪っているのか。恐らくは後者だろう。やはり彼にとってタニアは特別な存在らしい。まあ、パーティー内で庇ってもらった挙句に、こうして自分のための鍛錬に付き合ってもらっていればそれも当たり前だろう。


「……いつまで休んでいる? もう終わりにするならオレは帰るぞ」


「待ってくれ! もう一本!」


 言うが早いか、サミュエルは転がっている訓練剣を拾うために駆け出した。その後姿を見てルクトは内心で「やれやれ」と苦笑した。


(これで少しは身が入る、か?)


 自分だって鍛錬はするし、場所が一緒になるのなら立ち合い稽古をしてもいい。その言葉に嘘はない。


 ルクトだって、身の入った鍛錬がしたいのだ。



▽▲▽▲▽▲▽



「……しかし何というか。少し意外だな」


 お前が他人の鍛錬に付き合うなんて、とルクトと同門にして同郷の幼馴染、ラキア・カストレイアは深い藍色の瞳にからかうような色を浮かべながらそう言った。それに対し、ルクトは苦笑気味に答える。


「そうか? アシスタントだってやっているぞ、オレは」


「ああ、それも意外だ。こう言ってはなんだが、ルクトは他人よりは自分を優先していそうな気がしたから」


 それを聞いてルクトは困ったように笑った。ラキアとは久しぶりに再会してからまだ数ヶ月しかたっていない。彼女の記憶の中で強く印象に残っているのは十五歳の頃のルクトで、その頃の彼は確かにまずは自分のことを優先させる子供だった。それは早く大人になりたくて生き急いでいたせいなのだが、まあそれはそれとして。


「……たまたま使う場所が同じで、それで立ち合い稽古をしているだけだよ」


「そんな建前、あって無いようなものだろう? 実際、変わったと思うよ、ルクトは」


 ラキアから思いかけず優しい口調でそんなことを言われたルクトは、どう応じればいいのか咄嗟には分からず、ただ曖昧に笑って視線を逸らした。


 この特訓の話を引き受けた理由の中に、私怨が多少なりとも含まれていることをルクトも自覚している。いつぞや殺されかけた礼にノシてやろう、という気持ちがあったのは事実だ。ただ、その気持ちは最初に一撃を入れてからはわりとどうでもよくなってしまった。


 ではなぜ、自分はまだサミュエルとタニアに付き合うのか。その理由を探すようにして数秒の間虚空を見つめ、それから彼はポツリとこう呟いた。


「……恩返しの、真似事がしたくなっただけさ」


「ん? 何か言ったか?」


「なんでもない。……それより意外といえば、オレはラキが『手伝う』って言ったことの方が意外だよ」


 今ルクトとラキアが歩いているのは迷宮の白い通路の上である。そして二人がさして警戒もせずにのん気に話をしていられるのは、ここが一階層だからだ。もう少し進むと、サミュエルとタニアが訓練をしている広場が見えてくる。


 先日、ルクトがラキアにサミュエルと立ち合い稽古をやっていることとその経緯を話すと、なぜか彼女は「手伝おうか?」と言ってきたのだ。特に断る理由も無かったのでその時は軽く考えていたが、よくよく考えるまでもなくラキアとサミュエルに接点など無い。なのになぜ、と思うのは当然のことだろう。


「そうか? 道場では年下の子たちの指導とか良くやっていたぞ」


「……ラキがやっていたのは“指導”じゃなくて“しごき”じゃないのか? で、やりすぎて師範やルドガーさんに怒られていた」


「な、なんでそれを知っている!?」


 ラキアは全身で驚きを表現して後ずさったが、ルクトの呆れたような目を見てカマをかけられただけだと気づく。ラキアは何か言い返そうとしたが、やりすぎて叱られたことがあるのは確かなので咄嗟に言葉が出てこない。


 ルクトがため息をつき、閑話休題。今はラキアの魂胆である。


「大方ラキのことだから、新しい立ち合いの相手が欲しくなったんだろう?」


「バレたか。うむ、その通りだ!」


 悪びれもせず、ラキアは薄い胸を張った。彼女の普段の立ち合いの相手というと、だいたいロイかルクトである。たまにクルルの父であるウォロジスともやっているらしいが、彼は何かと忙しくてなかなか時間が取れない。


「どうも最近マンネリ化しているからな。ちょうどいいと思ったんだ」


 ラキアは楽しげな様子を見せてそう言った。相変わらずの武芸者思考である。


「それに、例の彼が使うのはヴェミスにはない剣術なんだろう? 楽しみじゃないか」


 それだけでも刺激になる、とラキアは言う。確かに異なる流派、しかも他の都市の流派と立ち合う機会などそうそうあるものではない。


「あんまり期待するなよ。お世辞にも強いとは言えないからな」


 ルクトとラキアの技量は伯仲しているから、ルクトにとって物足りなければラキアにも同じことが言えるだろう。もっとも、それはサミュエルの実力のことであって、彼が使う剣術のことではない。


「ふむ……。まあ、集気法を使っているんだ。滅多なことにはならない……、はず」


「やりすぎるなよ。……いや、別にいいか。やりすぎても」


 サミュエルの顔を思い出しルクトは投げやり気味にそう言った。自分よりも遥かに美形な同級生に対し、彼は丁寧に立ち合い稽古をするつもりは少しもないらしい。それは僻みかもしれないし、あるいは面倒くさいだけかもしれない。


「ふうん……。ルクトにしては扱いがぞんざいだな」


 そうかもしれない、とルクト自身も思った。少なくとも、サミュエル本人からこの立ち合い稽古の相手を頼まれていたら断っていただろう。殺されかけたことはまだ忘れていないのだ。蒸し返す気もないけれど。


(ま、アイツがオレに頭下げにくるなんて、それこそありえないだろうけど)


 そう思ってルクトは軽く肩をすくめた。ただ、結果的に立ち合い稽古はやる事になったわけだし、サミュエルのほうも意識が変わったように見える。やはり仲間を、いやタニアを〈エクスカリバー〉に巻き込みそうになったのは彼にとって大きいらしい。


(まったく。どいつもこいつも青い青い……)


 他人事のようにルクトは胸のなかでそう呟いた。あるいは、他人事だと思いたかっただけかもしれないが。


 さて一階層の前回と同じ広場に着くと、サミュエルとタニアが先に来て稽古を始めていた。初対面のラキアを二人に簡単に紹介すると、すぐに稽古を再開する。まずサミュエルと立ち合いをするのはラキアだ。ちなみに訓練刀はルクトのものを使っている。サイズ的にはギリギリ許容範囲内、らしい。


「そうだ。烈の制御能力も鍛えたいんだろう? 〈マーキング〉もしておこう」


 立ち合いを始める前にラキアはそう言ってサミュエルに〈マーキング〉を施した。〈マーキング〉とは彼女の個人能力で、その能力は「烈の共有化」である。その能力をどう使って烈の制御能力を鍛えるのかとルクトは思ったが、その答えはすぐに分かった。


「……はあ!?」


 押され気味ではあるがラキアと潰した訓練用の刃を交えていたサミュエルが突然素っ頓狂な声を上げた。タニアはその理由が分からずに首を傾げるが、その隣でルクトは呆れと感心を混ぜこぜにした苦笑を浮かべている。


〈マーキング〉によって共有化されていた二人の烈を、ラキアがごっそりと奪っていった。言葉にすればこんなところだろうか。


〈マーキング〉によって共有化された烈は、共有化している人間ならば誰でも使うことができる。この場で言えば、ラキアとルクトとサミュエルの三人が使えることになる。ちなみにマスターであるラキアであっても、いわゆる“優先権”は存在しない。


 さて、十分な量の烈がない場合のことを考える。この場合、誰かが集気法を使って烈を供給してやるのが常識的な解決策だ。そもそも、それが〈マーキング〉の真骨頂ともいえるだろう。だが、だれも供給しようとしないと残った烈の取り合いになる。そしてその場合、烈の制御能力が高いほど、より多くの烈を確保することができるのだ。


 今ルクトは傍観しているだけなので集気法は使っていない。だが〈マーキング〉で烈の共有化はしているため、ラキアが残っていた烈の八割ほどをごっそりと持って行った瞬間は、はっきりとそれが分かった。


「く……!」


 後ろに下がったサミュエルが集気法を使う。だがラキアは「甘い」と言わんばかりに笑みを浮かべると、彼が練った烈を片っ端から奪っていく。


 現在の烈の支配比率はラキアが八でサミュエルが二といったところか。もう少しサミュエルが烈を練れば全体量がラキアの制御限界を超えて、余剰分を彼が使えるようになるのだろう。だが、その前にラキアが動いてサミュエルの集気法で烈を練るのを阻害する。その辺りはさすがに慣れているというべきだろう。


(なるほど……。それで「烈の制御能力も鍛えられる」か……)


 サミュエルは当たり前に劣勢だ。そしてその劣勢をもり返すには、ラキアから烈を奪い返すしかない。それはつまり烈の制御能力を鍛えるということだ。


「くそ……! ふざけ……!」


「ほらほら、どうした!? 動きが悪いぞ!」


 サミュエルの悪態もラキアには届かない。嬉々として攻め立てる彼女の猛攻にサミュエルは押されっぱなしだった。ただ、すぐに決着が付かない辺り、どうやらラキアは手加減しているらしい。


(とはいえ……)


 二人の戦いぶりを観戦しているルクトは、胸の中でそう苦笑する。烈の制御能力を鍛えられるのは大いに結構だが、今やっているのは闘術の鍛錬だ。だが使える烈が少なすぎるサミュエルは、目に見えて動きが悪い。これでは鍛錬にならない。


(しょうがない……)


 心のなかで一つため息をつくと、ルクトは集気法を使って烈を供給し始めた。その途端、ラキアが「余計なことをするな!」と声を上げるが、ルクトは「闘術優先だ」と取り合わない。


 ルクトが烈の供給をするようになったことで、ラキアとサミュエルはほとんど休みなく動き続ける。趨勢はやはりラキアのほうに傾いているが、サミュエルもなかなか粘る。特訓の成果が多少なりとも出ているのかもしれない。それを見たルクトは隣にいるタニアにこう言った。


「サミュエルの後ろに回りこんで、時々攻撃して」


 わかった、と答えるとタニアは言われたとおりにサミュエルの後ろに回りこみ、得物である金属製の棍を構えた。そして隙だらけの彼の背中を、軽く突く。


「うぉぉお!?」


 背中を突かれたサミュエルは声を上げてバランスを崩す。その隙を見逃さず、ラキアは訓練刀の切っ先を彼の喉元に突きつけた。勝負あり、である。不意打ちに気分を悪くしたサミュエルは猛然と背後を振り返ったが、そこにいるのがタニアだと気づくと彼の怒りは迷走して行き場を失い、最終的にルクトに向けられた。


「おい! 何をする!?」


「第二段階だよ。ちゃんと周囲の気配を感じられるようになれ」


 サミュエルの怒りを飄々とかわし、ルクトはそう答えた。サミュエルはさらに何か言いたそうにしていたが、タニアが「頑張ろう?」と声をかけると結局何も言わずに訓練剣を構えた。


「視野を広く! 目の前だけに集中しすぎない! 烈の気配にもっと敏感になれ!」


「くっ……! 無茶、言うな……!」


 実際、サミュエルは背後からの攻撃にはほとんど対処できていなかった。ただ身体能力強化でやんわりと突くだけの攻撃を耐えるだけだ。もちろん対処を諦めたわけではなくちゃんと気配を読もうとはしているのだが、それをするにはまだまだ彼は未熟で、またラキアの猛攻がそれを許さなかった。


 タニアが加わってから十分ほどはサミュエルも粘ったが、最後はラキアに訓練剣を飛ばされて終わった。尻餅をつくようにして座り込んだサミュエルは、汗を滝のように流しながら荒い呼吸を繰り返す。身体能力強化を施しているとはいえ、疲れはちゃんと蓄積されていくのだ。一方のラキアは汗を浮かべてはいるものの、呼吸も整っていてまだ余裕があった。


「ルクト、次はお前だ!」


 思いっきり動き、また気持ちよく勝った事でテンションが上がっているのだろう。楽しそうに爛々と目を輝かせてラキアは次の相手にルクトを指名した。


「訓練刀は一本しかないぞ」


「真剣を使えばいい。ただし、ルクトは攻撃禁止な」


 おいおい、と思いつつルクトは「まあいいか」と了承した。どの道、ラキアと立ち合いをすればルクトは防戦になる。大して差はないだろう。


「でも牽制は入れるぞ」


「構わないぞ。まったく反撃がないとこちらも緊張感が薄れるからな」


「ついでに……、タニアに……、後ろから……、小突いてもらったら……、どうだ……?」


 飛ばされた訓練剣を回収して脇に下がったサミュエルが、まだまだ荒い呼吸ながらも意地悪げな笑みを浮かべてそう言った。随分と偉そうなことを言っていたルクトに果たしてそれができるのか是非見物してやろう、という魂胆である。


「ああ、それもいいかもな」


 ルクトはあっさりとそう答えると、予備に回しておいた太刀を構えてラキアと向かい合った。一瞬だけ睨み合い、二人はすぐに動き始める。サミュエルと立ち会っていたときとは違い、ラキアは最初から本気だ。それに加え、時々タニアが後ろから棍を突き出してくる。


 だが、その全てにルクトは対処していた。真剣を使っているため攻撃はできないが、反面防御だけに集中していればよく、ルクトはラキアの攻撃を受け流しながらタニアの攻撃もしっかりと避けていく。


 もともとルクトはソロで攻略をしていた。その中では複数のモンスターを相手にしなければならないことなどザラだ。そしてそういう場合は大体囲まれる。だからルクトは周辺の気配を読むことには長けていた。もっとも、それができなければ死んでいた可能性が高いが、まあそれはそれとして。


(くそ…………!)


 その光景をサミュエルは悔しそうにしながら見ていた。自分にはできなかったことを、目の前で同級生がやって見せている。それは彼にとって衝撃的で、また屈辱的なことだった。


(僕は、特別なんだ……!)


 サミュエルは自分にそう言い聞かせる。自分がその他大勢と一緒にされることなど、彼にとってあってはならないことだった。


 だが特別だというのであれば、特別だと証明しなければならない。そして証明できないのであれば、どれだけ「特別なんだ」と叫んでみたところで虚しいだけだ。与えられるものは賞賛ではなく嘲笑であり、愚か者として誰にも相手にされなくなる。そんなクズに成り下がるなど、サミュエルには耐えられないことだ。


「もういいだろう、僕の相手をしてくれ!」


 呼吸が安定し体力も回復すると、サミュエルは立ち合いを続けるルクトとラキアを止めた。二人で短く相談した結果、ルクトが次にサミュエルの相手をすることになる。


 訓練用の剣を構えルクトと向かい合うサミュエル。今まで以上に身体に力をたぎらせると、彼は勢いよく前に出た。


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