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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十一話 ミジュクモノタチ
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ミジュクモノタチ3

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今後もよろしくお願いします!


~前回までのあらすじ~

迷宮の通路を崩落させてしまったサミュエル。〈エクスカリバー〉の制御も思うようにできない。そんな彼とパーティーメンバーの間に、徐々に亀裂が入り始めて……。

 ノートルベル学園の武術科は学年が上がるほど座学の講義が少なくなる。それはその分の時間を迷宮(ダンジョン)攻略に当てられるようにするためだ。そもそも、座学で教えられることそれ自体が少なくなる。結局、実地の中で覚えていくしかないのだ。


 五年生ともなれば、座学の講義を受けるため学校に顔を出すのは週に一日程度になる。これまでに取りこぼした単位のある者はもう少し多く学校に来るが。また学内ギルドに所属していれば、その関係で学校に顔を出す者もいるらしい。


 さて、そんな数少ない座学の講義が終わった後、ルクト・オクスは思いがけず同級生から声をかけられた。相手はタニアシス・クレイマン。二年生の頃、少しの間だけ一緒に迷宮に潜ったこともある間柄だ。


「お願い、ルクト君! 力を貸して!」


 切羽詰った様子でいきなりそう言われ、ルクトはさすがに戸惑った。周りの同級生たちも何事かと視線を寄越してくる。その空気が何となく居心地悪く、ルクトは少し乱暴に頭をかいた。


「いきなりそんなこと言われても答えようがないよ。まずは事情を説明してくれ」


 苦笑気味にルクトがそういうと、タニアは「ごめんなさい」と言って一歩引き下がった。


「それじゃあ、学食に行かない?」


 奢るから、とタニアはようやく小さな笑みを浮かべてそう言った。そこで話を聞いてくれ、ということだろう。もとより奢ってもらえるのならルクトに否やはない。彼の昼食は今も今とて300シク弁当がメインである。


 学食に行くと、ルクトとタニアはそれぞれランチセットを頼み、空いていた席に向かい合って座る。食べ始めて少しすると、タニアのほうから口を開いた。


「……ルクト君はウチのパーティーのこと、どこまで知ってる?」


「サミュエルが通路を崩落させたことは知ってる」


 タニアの問い掛けに、ルクトは正直に答えた。ちなみにこの情報をルクトに教えてくれたのはイヴァンだった。彼はなかなかの情報通で、ソロでやっているがゆえに孤立しやすいルクトに何かと最新情報を教えてくれる。


「……それで、その後のことは?」


「ゼファーじいさんから呼び出しくらったってことは聞いたけど。それ以上のことは知らないな」


 ルクトはそっけなくそう答えた。彼の場合、知らないというより興味がないのだ。たとえ通路が崩落したとしても、ルクトにはさほど関係がない。安全に、そして確実に向こう側へ渡る手段があるからだ。サミュエルたちはまだ十階層には到達していないから、そこより下を主な狩場にしている合同遠征の開催にも問題はない。自分の収入に直接の影響がないことが分かると、それ以上のことはどうでもよかった。


「そっか……。実はその後ね……」


 そう言ってタニアは説明を始めた。


 通路崩落の件について武芸科長のゼファーから呼び出しを受けた後も、タニアたちはサミュエルをメンバーから外すことなく六人で攻略を続けた。少々規模が大きいとはいえ、たった一回の失敗でメンバーをパーティーから除名していては攻略などやっていられない。それにもう五年生。ルクトを除けば一人でやっている同級生などおらず、新しいメンバーを探すのは至難だ。


 ただ、さすがにこれまで通り、というわけには行かない。なにしろこれまで通りにやったら通路が崩落してしまう。早急に〈エクスカリバー〉の威力を制御できるようになる必要があった。


 だが、サミュエルは〈エクスカリバー〉の制御ができるようにはならなかった。少なくとも短期間では。今後の鍛錬次第では可能なのだろうが、直近の攻略には間に合わない。結局、〈エクスカリバー〉は使わない方向で行くしかなかった。


 しかし、それも上手くはいかなかった。タニアの話では「危機的状況で反射的に使ってしまったようだ」とのこと。ただ階層は七。決して深いとはいえない階層だ。


 その時の戦闘の様子を聞いてルクトが感じたのは、呆れと納得だった。話を聞く限り、サミュエルは闘術の基本ができるとは思えない。これまでずっと〈エクスカリバー〉に頼り切って攻略を進めてきたのだろう。鍛錬を怠り腕がさび付いてしまっているのだ。通路崩落の話をしたとき、メリアージュは「とんだ未熟者もいたものだ」と言っていたが、まさに未熟である。むしろ良く九階層までいけたものだと思ってしまう。


 さらにパーティーメンバーのほうも練度が足りないように思う。サミュエルが〈エクスカリバー〉を使ってしまったのは仲間のフォローが間に合わなかったから、とも言える。話を聞いた限りだから偉そうなことはいえないが、なんとも危なっかしい戦い方をしている、とルクトは思った。〈エクスカリバー〉に頼り切っていたのは、もしかしたらパーティー全体なのかもしれない。


「それで、また崩落させたのか?」


「ううん。今回は、崩落はしなかったよ」


 力なく笑ってタニアはそう答えた。戦っていた場所が広場だったこともあってか、サミュエルが放った〈エクスカリバー〉の一撃は広場の一部を吹き飛ばしただけですんだ。道はちゃんと繋がっていて、進むにも戻るにも問題はなかった。


 ただ、本当に問題なのはそういうことではない。サミュエルが〈エクスカリバー〉を使ってしまったこと。それが最大の問題だった。


 サミュエルは「制御できるようになるまで〈エクスカリバー〉は使わない」という約束をしていた。それなのに、今回その約束を破ってしまった。


『何で使ったんだ!?』


 遠征から帰ってきた次の日、反省会の名目でタニアたちは武芸科棟の一室に集まった。最初は六人とも比較的冷静に話をしていたが、やはり思うように攻略を進められないことがストレスになっていたのだろう。ついにメンバーの一人が声を荒げてサミュエルに詰め寄った。


『僕が劣勢になってもフォローしてくれなかったじゃないか! 君たちがもっとしっかりしていれば使うことなんてなかったさ!』


 サミュエルの言い分もある面正しい。〈エクスカリバー〉を使わない、と約束させたのだ。その分のフォローは必要だったろう。だが一方で拙かったこと、つまり自分の闘術の未熟さから目を背けていることも明らかである。


『フォローしようとは思ったよ! だけど、お前、今まで連携の練習もほとんどしてこなかったじゃないか!』


 タイミングが取りづらいんだよ! と最初に詰め寄ったメンバーが言った。彼の言葉にタニアとリーダー以外の二人も同意の言葉を上げる。


『それにお前はすぐに〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉を構えたじゃないか。あの状態で前に出たらこっちまで巻き込まれる』


 あの時、サミュエルの目には〈ベア〉しか入っていなかったし、〈絶対勝利の剣〉はすでに臨界状態になっていた。あの状況で間に割って入るような真似をすれば、ほぼ確実にサミュエルの攻撃に巻き込まれていただろう。その結果どうなるかは、あえて言う必要もあるまい。


『そもそもお前は……!』


 その言葉を皮切りにして三人はまくし立てるようにして不満を並べた。やれ「態度がデカい」だの、やれ「いつもいつも考えなしに突っ込むだけ」だの、やれ「パーティーの訓練で身が入っていない」だの、やれ「基本能力が低すぎる」だの。


 感情的になれば言葉は大げさになるもの。それを差し引けばどこまで本当かは分からない。ただこの三人がサミュエルに対して不満を持ち、それを今まで押し殺してきたことは確かなようだ。


 その三人の気持ちを、ルクトは多少なりとも理解することができた。彼は一度迷宮の中でサミュエルと遭遇(・・)しているが、その時の印象は最悪と言っていい。言葉もかけず横取り気味に戦闘に乱入し、あまつさえ〈エクスカリバー〉の一撃で殺されかけた。それでいて本人は「助けてやった」つもりなのだ。


 独善的でプライドが高く、また自意識が強い。それがルクトのサミュエル・ディボンという人間の見立てだった。そして、ここから先は想像だが、そういう人間と四六時中一緒にいれば、それは不満も溜まるというものだ。


 その不満は、大げさな話〈絶対勝利の剣〉によって抑えられていた。その個人能力(パーソナル・アビリティ)が持つ圧倒的な力は攻略に大いに役立ち、彼らはこれまで順調に遠征を続けてきた。その順調さが不満を緩和していたのだ。役に立つから大目に見てきた、とも言える。


 だが、ここへきて最大火力たる〈エクスカリバー〉が使えなく、いや強力すぎて役に立たなくなってしまった。つまり不満を抑えておくだけの効果が期待できなくなったのだ。それでもサミュエルが使い物になればもう少し我慢できたかもしれない。だが、〈エクスカリバー〉を使わないサミュエルは、闘術の基礎鍛錬を怠っていたツケが回って来たのか誰の目にも明らかなほど未熟で、はっきり言えば弱かった。


『邪魔なんだよ! この役立たず!!』


 不満はいつしか罵倒に変わる。ここでさすがにリーダーが割って入った。これ以上続けさせたら暴力沙汰になりかねない。普段は滅多に出さない大きな声と強い口調で、リーダーは今にも取っ組み合いを始めそうな四人を座らせた。


『…………とにかく、重要なのはこれからどうするか、だ』


 落ち着いて話し合おう、とリーダーは苦い息を吐きながらそう言った。


『……どうするもこうするも、サミュエルが今のままじゃまともに遠征なんてできないだろ!』


 座った三人のうちの一人が、吐き捨てるようにそう言った。今のサミュエルは、はっきり言って足手まといだ。〈エクスカリバー〉なしでは戦闘能力が足りない。連携はほとんど練習していないからできない。その上いつ暴発するか分からないとなれば、とてもではないが戦力として数えることはできない。


『リーダー。サミュエルをパーティーから外してくれ』


 お守りをしながら遠征はできない、とサブリーダーを務めている男が言った。後の二人も同意するように頷く。実は、この三人はサミュエルがすぐには〈エクスカリバー〉を手加減できないと知ったときにもリーダーに圧力をかけていた。「いざという時には、パーティーから外すことも考えるべきだ」と彼らは意見した。「そうしなければパーティー全体が迷宮に出入り禁止になる」と言うのが彼らの言い分で、それは多分に正しいように思えた。


 そして、今がその「いざという時」だった。少なくとも彼らにしてみれば。それに〈エクスカリバー〉の件を抜きにしても、今のサミュエルの実力では戦力にならない。パーティー内に足手まといがいるくらいなら、五人で遠征をしたほうがマシだった。


『なんでそうなる!? 今までやってこられたのは僕のおかげじゃないか!』


 当然、サミュエルは反発した。彼にしてみればこれは裏切りだ。彼にはこのパーティーの中で誰よりも多くのモンスターを倒してきた自負があるし、それは事実である。今まで散々貢献してきたのにその全てを無視され、挙句の果てに「抜けろ」とまで言われる。サミュエルの怒りは頂点に達した。


『お前たちなんて後ろからくっ付いて来ただけじゃないか! 役立たずはお前たちだ! 僕が! この僕がパーティーを九階層まで連れて行ったんだ!!』


『お前の! お前のそういう態度が! 気に食わないんだよ!!』


 再び立ち上がった四人の間で罵声が飛び交う。リーダーが間に入っているからまだ暴力沙汰にはなっていないが、それも時間の問題のように思われた。


『……とにかく! 足手まといとは一緒にやれない』


 サミュエルが行くなら自分たちは行かない、とサブリーダーは言った。さらに他の二人も頷いてそれに同意する。ほとんど最後通告だ。それを聞いてリーダーはほとほと苦い顔になった。


『……じゃあ、五人で十階層を目指すの?』


 それはちょっと無理だよ、と静かな声が響いた。今まで黙っていたタニアである。その冷静な声は感情的になりすぎたこの場でとても頼もしく聞こえた。


『やってやれないことは……!』


『一回到達すればそれで終わりじゃないんだよ?』


 やってやれないことはない。確かにその通りだろう。だがタニアたちの目的は十階層に到達することだけではない。そこで安定的に狩り(ハント)ができるようになることが目的なのだ。そのためにはどうしても余裕のある戦力が必要になる。


『お守りをしながら戦うよりマシだ!』


『……サミュエル君が抜けるなら、わたしも抜ける』


 タニアはそう宣言した。彼女のこの宣言に、三人はぎょっとした顔をする。タニアまで抜けたらパーティーは四人になる。この人数では、十階層に到達することさえもおぼつかないだろう。事実上、パーティー解散と同じである。


『……本気か、タニア?』


『本気だよ』


 三人が睨むようにして向ける鋭い視線を、タニアは臆することなく正面から受け止めた。そして、そのまま数秒。先に視線を逸らしたのは三人の側だった。


『じゃあどうするんだよ!?』


 一人が苛立たしげにそう叫んだ。今更パーティーを解散して振り出しに戻るわけには行かない。だがサミュエルが今のままでは、遠征することもおぼつかない。ならば……。


『サミュエルを鍛えるしかないな』


 リーダーは重々しくそう言った。結局、それが一番無難で確実なのだ。それを聞いた瞬間サミュエルの眉毛が跳ね上がり「僕は!」と不満を口走りそうになったが、タニアが「サミュエル君!」と言ってそれを遮った。


『……一ヶ月だ』


 サブリーダーが苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう言った。まずは一ヶ月時間をやる。その間に多少なりともまともになれ、と彼は言った。


『ただし、もし進歩が見られないようなら、その時は本当にパーティーを抜けてもらう』


 サブリーダーはそう付け足した。その言葉にサミュエルが眉毛を跳ね上げて反応するが、しかし彼が何かを言う前にリーダーが口を開いた。


『その間の遠征は?』


『お守りをしながら遠征はできない。そう言ったはずだ』


 つまり一ヶ月間パーティーでの遠征はしない、ということだ。もっとも、まともに遠征が行えるパーティー状態でないのも確かだ。そういう意味でも一ヶ月冷却期間を置くのは悪くないだろう。


 そして、その間にサミュエルを鍛える。〈エクスカリバー〉を制御できるようになれば一番いいが、最低限それなしでも戦えるようになってもらわなければならない。それができなければ彼は本当に役立たずになる。そして、役立たずをパーティーに入れておく余裕はない。


『待ってくれ! 一ヶ月もしたら年が変わってしまう! それじゃあ〈エリート〉になれない! いや、そもそもパーティーを抜けるだのそんな話、僕は……!』


『黙れっ!!』


 サミュエルの言葉を、一際大きいサブリーダーの声が遮った。そして彼はサミュエルを睨みつけ、吐き捨てるようにしてこう続けた。


『この際だからはっきり言っておくぞ。このパーティーはお前のためのものじゃない!』


 サブリーダーの剣幕に押されたのか、サミュエルは言葉を詰まらせて黙った。数秒の静寂の後、サブリーダーは「それと」と付け足す。


『タニアは残ってくれよ。お前は必要だ』


『サミュエル君も、ね』


 タニアがそう言い切ると、サブリーダーはわずかに苦笑する。その様子を見守っていたリーダーは、人知れず満足したように小さく頷いていた。


「……タニアのパーティーの現状は分かった。それで、オレにどうしろって言うんだ?」


 タニアの説明を一通り聞き終えると、少々の苦さを滲ませながらそう言った。聞いた限りでは、彼女のパーティーは随分とまずい状態にあるように思える。だが、部外者であるルクトがちょっかいを出していいことではないはずだ。しかしタニアはその彼に「力を貸してくれ」という。


「サミュエル君の、鍛錬に付き合って欲しいの」


 半ば予想通りの答えに、ルクトは眉間にシワを寄せた。そんな彼の様子を見てタニアは慌てたように言葉を付け加える。


「もちろん、わたしやリーダーも付き合うよ。だけどリーダーは結構忙しいし、わたしは得物の種類が違うから……」


 タニアの得物は金属製の「棍」だ。いわゆる長物で、サミュエルが使う両手剣とはまったく種類が違う。少なくとも技術的なアドバイスはできない。


「別にアドバイスをする必要なんてないだろう」


 ひたすら立ち合い稽古を繰り返して闘術での戦闘に慣れさせればいい、とルクトは言った。サミュエルが役に立たないのは、闘術の鍛錬をサボり腕がさび付いていることもそうだが、一番大きいのは〈エクスカリバー〉に頼り切っていたために戦闘経験それ自体が少ないからのように思える。今までほとんどの戦闘を一撃で終わらせてきたから、戦うための心構えができていないのだ。いや、かつてはできていたのかもしれない。だが、今は随分と腑抜けた状態になってしまっている。


 だから、まずは立ち合い稽古を繰り返すことで心構えをしっかりさせる。覚悟を決めさせる、と言ってもいい。そして、それができなければ、この一ヶ月どんな鍛錬をしたところでムダであろう。


 そもそも、それ以外にできることなどないのだ。きちんとした指導など、サミュエルが使う流派の師範でもなければできないのだから。それはルクトが鍛錬に付き合ったからといってかわらない。


「ひたすら立ち合い稽古をするだけなら、得物の種類なんて関係ないだろ」


「……恥ずかしいけど、実はわたしもあんまり闘術には自信がなくて……」


 曖昧に笑いながら、タニアはそう言った。それを見てルクトは苦笑気味にため息を吐く。なんとなくだが、彼女に退く気がないように思えたのだ。二年生の頃から比べれば、随分と強引になったものだ。


「なんでオレに声をかけた?」


「五年生の中で時間を作れそうなのは、ルクト君だけだから」


 武術科は六年制だ。だから五年生ともなれば、実技要件の達成を視野に入れて遠征を行わなければならない。早い話が、自分たちのことで手一杯なのだ。だが、ルクトは違う。彼の場合、すでに実技要件を達成している。その上、ソロでやっているから迷惑をかけるメンバーもいない。つまり自由が利く。


「それに、アシスタントもやっているからこういうことは慣れてるんじゃない?」


 ルクトは今年も実技講義のアシスタントをやっている。三年生のときからやり始めたので、かれこれ三年目である。ただ、確かにアシスタントの仕事は慣れたが、人にモノを教えるのは下手だとルクトは思っている。


「……今は学外のヤツとコンビを組んでるし、オレだって色々と忙しい」


「もちろん毎日付き合ってとは言わないわ。週に一、二回でいい」


 ルクト君が付き合ってくれれば、サミュエル君にも刺激になると思うから、とタニアは言った。案外そちらが声をかけてきた理由の本命にも思えたが、ルクトはそれを追求しようとは思わなかった。


「サミュエルの鍛錬はどこでやっている?」


 タニアが「学園の鍛錬場」と答えると、ルクトは「迷宮でやれ」と言った。「その方が密度の濃い鍛錬になるから」と。


「人の来ない、一階層か二階層の広場を使えばいいだろう」


 そう言った上で、ルクトはさらに続けた。


「協力するとは言わない。ただ、オレだって自己鍛錬はするからな。場所が一緒になって相手がいるなら、立ち合い稽古をしてもいい」


「……ありがとう、ルクト君。それで十分だよ」


 そう言ってタニアは嬉しそうにはにかんだ。そんな彼女の様子を見ながら、ルクトは「また金にもならないようなことを引き受けた」と内心で苦笑する。ただそれでも。嫌な気はしなかった。少なくとも、断ったときに覚えていたであろうそれに比べれば。



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