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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十一話 ミジュクモノタチ
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ミジュクモノタチ2

 一つのパーティーが迷宮(ダンジョン)の中を進む。場所は五階層のとある通路。そのパーティーの一人サミュエル・ディボンはローテーションの順番で前衛、つまり攻撃役のほうに入っていた。決して広くない、以前に崩落させたのと同じくらいの幅の通路を彼らは歩いていく。あまり深い階層ではないこともあってか、彼らの雰囲気は比較的和やかだった。決して油断しているわけではないが、この辺りから緊張しすぎていては目標とする十階層までもたないのだ。


 しかしそんな彼らの空気が一気に張り詰める。モンスターが出現(ポップ)したのだ。数は一。ただし、大きい。形骸は基本的に猿だが、腕が四本ありそれぞれに棍棒を持っている。それを見てサミュエルは〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉を顕現させた。


「サミュエル君! ちゃんと加減してね!」


「分かっているさ!」


 今は後衛に回っているタニアシス・クレイマンにサミュエルは自信満々に答えた。そして剣を正面に構えて烈を練り上げる。彼の見据える先ではモンスターが威嚇するように四本の腕を大きく広げて近づいてくる。


「〈エクスゥゥ……」


 サミュエルは〈絶対勝利の剣〉に烈を込める。だがその瞬間、彼はあることに気づいた。


 込める烈の量が、多すぎる。


 このままでは威力が強くなりすぎて、また通路を崩落させてしまう。しかし止めることはできなかった。なぜならモンスターが近づいてくるからだ。ここで止めれば込めた烈はまったくの無駄になり、ほとんど無防備な状態でモンスターの攻撃を受けることになってしまう。


 そうなれば、死ぬ。仮に攻撃そのもので死ななかったとしても、その衝撃で通路から突き落とされればやはり死ぬだろう。こみ上げるその恐怖に突き動かされるようにして、サミュエルは技を放った。


「……カリバー〉!!」


 放たれる白き閃光。吹き荒れる破壊の暴風。それがもたらす結果を、サミュエルは誰よりもよく知っていた。


「下がれ! 急いで!」


 ガラガラと崩れていく通路を見ながら、サミュエルはリーダーのその声をどこか他人事のように聞いていた。かつて〈エクスカリバー〉を放つたびに感じていた爽快さと充足は微塵もない。彼の胸にあるのは「やってしまった」という、絶望にも似た喪失感だけだ。


「サミュエル君!」


 呆然として立ちすくむサミュエルの腕を、誰かが後ろから引っ張った。タニアだ。半ば彼女に引きずられるようにしてサミュエルは崩落していく通路から逃れた。


 唯一幸運だったことがあるとすれば、それは崩落させた箇所が「大動脈」と呼ばれるほどに代えの利かないルートではなかったということだ。すぐ近くには迂回ルートが存在し、下に進むことは十分に可能である。


 だがリーダーの下した決断は「撤退」だった。パーティーのメンバーたちも不承不承といったふうながらも同意する。サミュエルもまた同意した。否、同意することしかできなかった。なぜ撤退するのか。それを考えれば反対などできるはずもない。


 一行は迷宮の中を引き返す。すれ違うパーティーに崩落のことを伝えるのは苦痛だった。目撃しただけならともかく、直接の原因が自分たちにあるのだ。舌打ちや嫌味を言われるのは当たり前。怒鳴られたとしても頭を下げるしかなかった。そんな事を繰り返せばパーティー内でもストレスがたまる。そしてそのストレスの向かう先は、どうしようもなくサミュエルだった。


(なぜこの僕が……!)


 直接文句を口にすることはないが、迷惑そうな目でサミュエルを一瞥し、舌打ちしながら背を向けるメンバーたち。その刺々しい空気の中で鬱屈とした不満が彼の中に蓄積されていく。


「落ち着こうよ、みんな。ね?」


 決定的な亀裂が生じなかったのは、そうやってタニアが明るい笑顔を見せて立ち回ってくれたからだ。それに武術科の五年生ともなればパーティー内で、しかも迷宮の中で争うことの愚かさと危険性は重々承知している。努めて感情よりも理性を優先させ、彼らはどうにか攻略から帰還したのだった。


 不本意な形で迷宮から帰還した次の日、サミュエルは再び迷宮の中にいた。一緒に居るのはリーダーとタニアである。彼らがいるのは一階層の、ほとんど人がやって来ないとある広場だ。彼らがこんなところにいる目的は、攻略ではなく〈絶対勝利の剣〉を制御するための訓練だった。


 これまで通りサミュエルと一緒に攻略を進めるためには、どうしても彼に〈絶対勝利の剣〉の制御を覚えてもらうことが必要。それがリーダーの出した結論だ。そのためには一にも二にも訓練しかない。だが自分がそう言っても、気難しいところのあるサミュエルがはたして素直に従うのか、リーダーには不安があった。そこで彼はタニアに協力を求め、彼女のほうから訓練に誘ってもらうことにしたのだ。


 結論から言えば、サミュエルも訓練はした。だがその成果は一向に上がらなかった。


 サミュエル曰く、〈絶対勝利の剣〉は非常に烈を込め易いのだそうだ。まるで滑るようにして入っていき、まるで手応えがないと言う。それどころか、まるで引っ張られるようにして烈を要求される。「込める方が簡単」とまでサミュエルは言った。


 さらに言えば、サミュエル自身も〈絶対勝利の剣〉にはありったけの烈を込めることがクセになっている。だから烈を込め始めると、ほとんど条件反射的に多量の烈を流し込んでしまう。


 今まではそれで良かった。烈を込めれば込めるほど〈エクスカリバー〉の威力は上がる。そしてそれは、遠征を順調に進めることに一役買っていた。モンスターが障害にならないのだ。彼らの歩を止めるものは、文字通り存在しなかった。


 だが、それではもう通用しなくなってしまった。高くなりすぎた威力は通路さえも崩落させる。進むべき道がなくなれば、もはや攻略どころの話ではない。


 なんとしても〈エクスカリバー〉の威力を下げなければならない。それはつまり込める烈の量を少なくする、ということだ。だが、それは思っていた以上に難しいことだった。


 例えるならば、それは下へ流れようとする水を堰き止め、そして少しだけ水門を開いて任意の量だけを流すようなもの。その「少しだけ水門を開く」というのがクセ者だった。


 サミュエルは何度も“水門”を決壊させた。最初は「少しだけ開く」ことそれ自体ができなかった。大量の烈を一息に流し込むのがクセになっていた彼は、最初“水門”を一気に開けることしかできなかったのだ。


 そしてそれができるようになってもまだ失敗は続く。少しだけ流した烈が、いわば呼び水となってさらに多量の烈が要求されるのだ。サミュエルはその要求を抑えることができず、結果として“水門”は決壊してしまう。


 さらになんとも報われないことに、“水門”を決壊させることなく流し込む烈の量を絞ることに成功すると、今度は〈エクスカリバー〉それ自体を放つことができなくなってしまった。原因は制御能力不足。つまり、烈の量を少なくすることに労力の大半が費やされ、肝心の発動にまで手が回らなくなっているのだ。


「サミュエル、君には選択してもらわなきゃいけない」


 問題の解決が一朝一夕には無理であることを理解すると、リーダーはやりにくそうにしながらも彼に対して選択を迫った。それは「〈エクスカリバー〉を使わないか、それともパーティーを抜けるか」というものだ。リーダーはもちろん言葉を選んでその選択肢を彼に告げたが、しかし言わんとする内容は変わらない。少なくともサミュエルにとってはこの二択だった。


「なんでそうなるんだ!?」


 そう言ってサミュエルは大声を上げた。激昂した、と言ってもいい。


 彼にしてみれば手酷く裏切られた気分だった。これまでこのパーティーが順調に攻略を続けてこられたのは、ひとえに〈絶対勝利の剣〉のおかげだ。〈エクスカリバー〉の一撃が立ちふさがるモンスターを叩き伏せてきたからこそ、これまで順調に、そして学年でもトップクラスのスピードで攻略を進めてこられたのだ。


 自分のおかげだと、サミュエルは思っている。さすがに全てと自惚れるつもりはないが、しかし大きな役割を果たしてきたという自負はある。だというのに、さんざん利用した挙句に裏切るというのか。


「落ち着いて。落ち着こうよ、ね、サミュエル君」


 そう言って怒るサミュエルを宥めたのはタニアだった。結局、彼女に説得される形でサミュエルは〈エクスカリバー〉を使用しないことに同意した。制御にメドが立っていないのは事実で、そのことを彼自身が誰よりもよく理解していた。


 制御できないものを使うわけにはいかなかった。なぜなら、使えば迷宮の通路を崩落させてしまうからである。その果てに待っているのは「迷宮への出入り禁止」という、これまでの全てを否定する沙汰。その沙汰が出た瞬間、サミュエルには脱落者の烙印が押されるだろう。それは彼にとって決して受け入れられるものではなかった。


 サミュエルが〈エクスカリバー〉を使わなくなると、遠征の速度は一気に鈍った。図らずもこれで「これまでの順調な攻略は自分のおかげ」というサミュエルの主張が証明された形だ。


 それ見たことか。やっぱりこのパーティーは僕がいなくちゃダメなんじゃないか。それをお前たちは……。


 言葉にこそ出さなかったが、サミュエルは心のうちで暗い喜悦に浸った。それは〈エクスカリバー〉を使えず思うように活躍できない、現状からの逃避でもあった。


 そう、逃避である。サミュエルにとって今の自分の状況は決して面白いものではなかった。いや、それどころか鬱憤の溜まるものでしかなかったのである。


「このままじゃ〈エリート〉になれないじゃないか!」


 遅々として進まない、いやそれどころか明らかに後退してしまった遠征の途中、サミュエルはヒステリック気味にそう叫んだ。彼らがいるのは八階層。ただし、これから進むのではなく撤退しなければならない。


 ついこの間、九階層まで進み十階層は目前だったのだ。それなのに今は八階層で時間切れになってしまった。これでは年内に実技の卒業要件を達成して〈エリート〉になることができない。


 留学生であるサミュエルにとって、〈エリート〉の称号はそれほど大きな意味のあるものではない。だが、名誉であることに違いはない。少なくとも優秀であることの、特別であることの証明にはなる。


 五年生の、年が変わる前のこの時期、十階層目前と言うことはすなわち〈エリート〉を目前にしたと言っても過言ではない。それなのにサミュエルは近づくどころか後退し遠ざかってしまっている。


 面白くない。まったく、面白くなかった。だが、誰のせいであるかは考えたくなかった。原因を追究しようとすれば、その矛先が〈エクスカリバー〉を使いこなせない自分に向くことを、サミュエルも苦々しくも理解していたのだ。


 それどころか、パーティーのメンバーたちが内心で自分のことを罵り貶し見下し批判していることを、サミュエルはとっくの昔に感づいている。彼らの能力の不足をこれまでずっとサミュエルが補ってきたというのに、メンバーたちは自分たちの無能を棚に上げてその全てをサミュエルのせいにしているのだ。人より多くを求められるのが特別な者の務めではあるが、だからと言って己の無能さの上にあぐらをかく愚かで傲慢な彼らがサミュエルには許せなかった。


(〈エクスカリバー〉が……、〈エクスカリバー〉さえ使えれば……!)


 こんなことにはならなかった。サミュエルの胸中にその想いが渦巻く。だが、こんなことになって初めて、パーティーメンバーたちは〈絶対勝利の剣〉とサミュエルの偉大さを思い知ることになった。そのことに関しては胸のすく想いもする。鬱屈とした不満と、暗く後ろ向きな喜悦。その両方をサミュエルは同時に抱えていた。


 さてその帰り道。七階層の辺りだろうか、広場でモンスターが出現し戦闘になった。敵の数は三。前衛は三人だから、一人一体ずつ対処することになる。前衛となっていたサミュエルもまたモンスターを一体割り当てられた。


 彼が受け持ったのは熊に良く似たモンスター、〈ベア〉だった。二メートルを超えるであろう身長を持っていて、体型はずんぐりとしている。体重は二百キロ近くあるだろう。前足の爪が異常に発達して巨大化しており、金属的な光沢を放っていた。


 サミュエルを見据える〈ベア〉の目は殺意を湛えて爛々と輝き、牙を覗かせた口からは唸り声が洩れている。思わず、彼はゴクリと唾を飲んだ。


(なにをやっている……!)


 相手はたかだか七階層程度のモンスターではないか。この程度の相手に気後れをしてどうする。〈エクスカリバー〉が使えなくても十分に倒せる相手、いや倒せなければならない相手だ。


 サミュエルがそう自分に言い聞かせていると、〈ベア〉の方が先に動いた。四足になって素早く間合いを詰めると、前足の巨大な爪を出鱈目にふるってサミュエルに襲い掛かる。彼はそれを〈絶対勝利の剣〉で防ぎ、あるいは振り払う。爪と剣が打ち合わされる度に甲高い金属音が響く。


「くぅ…………!」


 押されているのはサミュエルの方だ。出鱈目とはいえ〈ベア〉の攻撃は速く、彼は反撃の糸口を見つけられないでいた。またその巨躯にふさわしく一撃一撃が重い。一撃を受けるごとに彼の身体はふらついた。身体能力強化をかけているから何とか踏ん張っていられるが、防戦一方で劣勢は明らかだった。


(まずい……!)


 烈が切れ掛かっていた。烈がなくなれば身体能力強化を維持できなくなる。そうなる前に集気法で補充しなければならないのだが、〈ベア〉の猛攻は途切れなく続きサミュエルは後ろに下がるタイミングを見つけられないでいた。


 応援を求める、という選択肢が彼の頭をよぎる。しかし、サミュエルは半ば意地になってその選択肢を払いのけた。プライドが邪魔をした、と言ってもいい。


(行きは大丈夫だったじゃないか! コイツだって……!)


 遠征の往路でパーティーは何度も戦闘を繰り返し、サミュエルも決められたローテーションに従ってそれに参加していた。そしてそれらの戦闘での割り当て分を、サミュエルは全て一人で消化してこられたのだ。たとえ〈エクスカリバー〉を使わなくても自分は十分に戦える。彼はそう思っていた。


「グゥオオオオオ!!」


 咆哮とともに腕が振るわれる。サミュエルは襲い掛かる爪を〈絶対勝利の剣〉で受け止めようとするが、しかし弾き飛ばされてしまう。もう烈が少なく身体能力強化が弱まっていたのだ。


「がっ……!」


 身体を強く広場の床に打ちつけうめき声をもらす。広場の外へ放り出されなかったのは身体能力強化が完全には解けていなかったおかげか。しかしそれを喜ぶ余裕は、今のサミュエルにはなかった。


「あ、ああ、あ…………」


 低く唸り声を上げる〈ベア〉は純然たる殺意を叩きつけてくる。そしてゆっくりと近づいてくる〈ベア〉を見てサミュエルは死の恐怖を感じた。あの爪が自分をかき裂き、あの牙が自分を食い千切るその場面が、彼の脳裏に鮮明に浮かんだ。


「た、助けてくれ!?」


 恥も外聞もなく、サミュエルは大声を上げて後ずさりながら助けを求めた。だが求めた助けはすぐにはやって来ない。それは時間にすればほんの一、二秒のことだったが、サミュエルには永遠に感じられた。


(なんで、なんで誰も助けてくれない!?)


 まさか、見捨てられたのか。その可能性が頭をよぎる。仲間は当てにならない。死にたくないのなら、自分で何とかするしかない。


「あああああああ!!?!!」


 悲鳴を上げてサミュエルは立ち上がった。そして集気法を使い烈を練り上げる。その烈を、彼は全て〈絶対勝利の剣〉に叩き込んだ。


「ダメ! サミュエル君!」


 タニアが叫ぶ制止の声も、もう届かない。


「〈エクスゥゥカリバーァァァ〉!!!」


 白き閃光が放たれる。解き放たれた破壊の暴風は一瞬にして〈ベア〉を飲み込み消し飛ばす。ただし、〈エクスカリバー〉の一撃が吹き飛ばしたのは〈ベア〉だけではなかった。彼らが戦っていた広場のおよそ四分の一が、今の一撃で消え去ったのだった。


「ハア、ハア、ハア…………」


 大きく肩で息をしながら、サミュエルは欠けた広場の破壊痕を見ていた。ボロボロ、と傷口から小さな欠片が落下していく。


「サミュエル君……」


 気遣わしげなタニアの声にサミュエルは振り返る。彼女は心配そうにしていた。だがリーダーは大きくため息をついていたし、他の三人の目には明らかに非難の色があった。サミュエルはそれを呆然と見ているしかなかった。

 


ひとまずここまでです。

本当はもう少し書いてあるのですが、内容的にきりがいいので。


次回は早目に投稿できると思いますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。

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