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403 シングル・ルーム  作者: 新月 乙夜
第十一話 ミジュクモノタチ
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ミジュクモノタチ1

 サミュエル・ディボン。ノートルベル学園武術科五年で今年二十歳になった。性別は男。金髪碧眼で顔立ちは非常に整っている。例えば同級生のルクト・オクスなどよりも遥かに美形でいい男だ。好みの問題はあれど、彼を醜男と言う女はいないだろう。


 そんな見目麗しい容姿のせいか、サミュエルは自分のことを特別な人間だと思っていた。とはいえ、誰にとっても自分は特別な存在だ。そういう意味では、とりたてて自信過剰というわけではなかった。


 彼が自分のことをさらに踏み込んだ意味で「特別な人間」だと考えるようになったのは、彼が道場に通い始め、周りにいる同年代の子供たちより成長が早いことを知ったときである。どうやら自分には才能があるらしいと知り、また実際に自分が周りの子供たちより秀でていることを見たとき、サミュエルは自分を「特別な人間」と考え始めたのである。そして、その考えは彼にとって心地よいものだった。


 サミュエルを特別にしていたのは、なにも彼の才能だけが原因ではなかった。周りの環境とその変化も、彼を周りにいる同年代の子供たちと比べて特別にしていく。


 サミュエルの両親は武芸者ではなかったが、彼の母方の伯父は武芸者だった。もともと母方の実家は武芸の名門で、彼が通っていた道場もここだ。


 ちなみに彼の母は元来おっとりとした性格で武芸者には向かず、彼女の両親、つまりサミュエルの祖父母も彼女にその道を強いることはしなかった。それは伯父、つまり彼女に兄がいたことも大きな要因だろう。一般人として成長した彼女は一般人と結婚して普通の家庭を築き、そしてサミュエルが生まれたのである。


 ただ、武芸者に向かなかったとはいえ、彼女の武門の血はサミュエルに受け継がれていたようである。そしてめきめきと腕を上げ頭角を現す彼は、親類ということもあってか伯父の目に留まった。


『もしサミュエルが武芸者として身を立てて行くつもりなら、あの子を養子にくれないか』


 妹夫婦に対し、サミュエルの伯父はそう願い出た。伯父の姓名は「ディボン」と言い、前述したとおり武芸の名門だ。仮にサミュエルが武芸者として生きていくつもりならば、その名を名乗ることは一種のステータスになる。


 才能を認められ名家の養子となる。一般的に言って、普通ではない人生だろう。つまり“特別”な人生である。ただ、このときは彼の母が子供を手放すことを嫌がり、養子の話は実現しなかった。


 サミュエルが「ディボン」の姓名を名乗り始めたのは、彼がカーラルヒスのノートルベル学園武術科に留学することを決めたときである。故郷の都市から離れることになるからその名前を名乗っても大きな意味はないのだが、これは彼なりの覚悟の表れだった。つまり「武芸者として生きる」と宣言したのである。


 ただ、カーラルヒスでディボンの名前に大きな意味はないとはいえ、サミュエル自身にはやはり名家名門としての意味がある。武芸者として生きることに決めた彼にとって、もしかしたらそれは重要なことだったのかも知れない。


 さて、これで容姿・才能・家柄の三拍子が揃った。一般的に言えば、確かに非凡な、特別な人間と言えるかもしれない。さらにサミュエルの場合、もっと特別なモノ、少なくとも本人はそう考えるものを持っていた。


 それが、個人能力(パーソナル・アビリティ)絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉。美しい装飾が施されていて、優雅さと荘厳さを兼ね備えた剣だ。その能力は強力無比な一撃を放つ〈エクスカリバー〉。たった一撃で戦闘を終わらせる、圧倒的な力である。


 風格とその秘めたる力。そのいずれも、まさに王者の剣と呼ぶにふさわしい。それゆえにこそ、サミュエルは自分の個人能力に〈絶対勝利の剣(エクスカリバー)〉と名付けたのである。その名前を取ったのは、言うまでもなくかの聖剣〈エクスカリバー〉だ。彼が自分の能力をそれと重ね合わせていたことは言うまでもないが、もしかしたら持ち主のほうも重ねていたのかもしれない。つまり、自らとアルクレイド・アーカーシャを、である。


 さて、カーラルヒスに留学したサミュエルは、他の武術科の学生たちと同じように二年生の終わりごろから本格的にパーティーを組み始め、そして三年生の初めごろに正式にパーティーのメンバーが固まった。これはつまり、メンバーの名簿を学園側に提出した、ということだ。


 残念ながら、サミュエルはパーティーリーダーにはなれなかった。立候補はしたのだが、最終的な投票(自分への投票は禁止)で惜しくも落選してしまったのだ。


 もちろん、リーダーになれなかったことは、サミュエルにとって愉快なことではなかった。だが〈絶対勝利の剣〉という強力な個人能力を持っている以上、彼が攻撃の中心になることは明白だった。それはつまり最も目立つ立場になるという意味で、そのことは彼の自尊心を大いに満足させた。


 それに、傍で見ていて気がついたことだが、パーティーリーダーというのは思いのほか雑用が多い。そういう実態を知ると、サミュエルのリーダーにかける想いというのは急速に冷めていった。なんのことはない。面倒なことは嫌いな人間だったのである。


 パーティーの迷宮(ダンジョン)攻略は順調に進んだ。立ちふさがるモンスターは全て〈エクスカリバー〉の一撃で薙ぎ倒していく。サミュエルに関して言えば、戦闘はまさに作業だった。〈絶対勝利の剣〉を一振りすればそれで終わるのである。圧倒的な攻撃力をもって、彼らは迷宮の中を突き進んだ。階層が深くなるごとにモンスターは強くなっていったが、同時に〈エクスカリバー〉も強力になっていく。結果として圧倒的攻撃力は揺るがなかった。


「凄いよ! サミュエル君!」


 パーティーメンバーが、いや彼女がそう言って喜んでくれるのが嬉しかった。攻略のスピードも学年でトップクラス。ただ一人ルクト・オクスという例外がいたが、彼がソロでやっている時点でサミュエルは対抗心を失っていた。一人では意味がないのだ。傍にメンバーが、いや彼女がいてくれなければ意味はない。


 何もかも、順調に進んでいた。このまま行けば〈エリート〉にだってなれる。それくらい物事は上手く運んでいたのだ。


 しかし、その順調な生活は突如として崩壊することになる。そして崩壊させるその原因となったのは、少なくともその起因となったのは、あろうことか〈エクスカリバー〉の一撃だった。


「〈エクスゥゥ……カリバー〉!!」


 場所は九階層のとある通路。美しい装飾が施された剣を両手で振りかぶり、いつものようにサミュエルは自慢の一撃を放つ。放たれた白き閃光は破壊の暴風となってモンスターを飲み込んでいく。断末魔の悲鳴はすぐに聞こえなくなり、サミュエルは会心の笑みを浮かべた。何度繰り返しても、やはりこの瞬間は心躍る。


 だが彼が浮かべた会心の笑みは、次の瞬間凍りつく。〈エクスカリバー〉の一撃が拡散して消えると、そこに残っていたのはモンスターの残した魔石とドロップアイテム、ではなかったのだ。サミュエルが目にしたもの。それはまるで食い千切られたかのように、大きく抉られた通路の姿だった。


 唖然とするサミュエルとパーティーメンバーの耳に、さらに「ビシッ! ビシビシッ!」という不吉な音が響く。見れば、大きな破壊痕の周りにヒビが次々に走っている。


「離れろ! 急いで!」


 真っ先に我に帰ったのはパーティーのリーダーだった。彼の声に反応してメンバーたちは一斉に動き始める。トロッコを押してきた道を二十数メートルほど急いで引き返す。それぞれの顔には紛れもなく焦りと恐怖が浮かんでいた。


 その後ろでは、彼らが振り返るその視線の先で、かろうじて繋がっていた通路がガラガラと音を立てながら崩れていった。繋がっていた箇所が途切れたことで自重に耐えられなくなったのか、まったく傷ついていないはずの部分までボロボロと崩れていく。その様子を見てサミュエルらは怯えたようにしてさらに十数メートルを引き返す。最終的に、破壊痕を中心にして前後数メートルの範囲が崩落してようやく辺りには静寂が戻った。


「……これ……、どう、すれば…………?」


 およそ十メートル程度の幅が崩落し、途切れ寸断されてしまった通路を目の前にして、メンバーの一人が呻くようにしてそう言葉を漏らす。答えは返ってこない。誰も彼も、ただただ立ち尽くすばかりだ。結局、彼らはそこで遠征を切り上げ帰還するしかなかった。



▽▲▽▲▽▲▽



「ふむ、では例の崩落事件の直接の原因となったのはサミュエル君の個人能力、ということでいいのじゃな?」


「……そうなります」


 武術科長ゼファー・ブレイズソンの問い掛けに、サミュエルが所属するパーティーのリーダーは少々苦い調子でそう答えた。だが彼以上に苦々しい表情をしているのは、彼の横に立って二人の会話を聞いているサミュエル本人だ。


「それで、これからどうするつもりじゃ?」


「……どう、とは?」


「攻略を、じゃよ。モンスターと遭遇するごとに通路を崩落させていてはまともに攻略などできんじゃろう?」


 通路を崩落させるほどの威力。なるほど、それだけ聞けば確かに素晴らしいものがある。だが、実際に通路を崩落させてしまっては何の意味もない。「過ぎたるは及ばざるが如し」とはよく言ったものだ。


「……実は、な。あまり言いたくはないが、大手ギルドの連名で『なんとかしてくれ』という内容の要請状も来ておる」


 それを聴いた瞬間、黙ったままだったリーダーの顔が強張った。通路崩落の、少なくとも直接の原因が武術科五年のサミュエル・ディボンにあることはすでに知れ渡っている。普通であれば学生が多少やんちゃをしようとも、温かく見守るのがカーラルヒスという都市の武芸者であり気風だ。だが今回はそうも行かない事情がある。


 迷宮の通路が崩落するということは、一時的とはいえそこが通れなくなるということだ。そうなれば遠征と攻略に支障がでることは火を見るよりも明らかである。しかも、その影響は一組のパーティーだけでは収まらない。場合によっては都市全体の攻略活動が滞る可能性さえあるのだ。


 しかも今回の件は偶発的に起きた事故、つまり再現性が低くまた防ぎようのない事故、というわけではない。個人能力によって引き起こされた以上、いつどこで第二の崩落事件が起こっても不思議ではないのだ。少なくとも「再現性が高い」と言わざるを得ないだろう。なにしろサミュエルがその気になればいくらでも再現できてしまうのだから。


 だからこそ、大手ギルド連名の要請状である。いや、大手ギルドの連名というのも実際のところ正しくはないのだろう。それらのギルドはいわば代表に過ぎない。それらのギルドの後ろには中小ギルドもまた控えているのだ。つまり、この要請状はカーラルヒス中のハンターたちの連名と言い換えてもあながち間違いではない。


 それだけ、これは大きな事件なのである。要請状の内容についてゼファーは「なんとかしてくれ」と意訳したが、つまりは「同じようなことが二度と起こらないよう、きちんと学生を管理してくれ」ということだろう。ただ、これでもまだ穏便な対応と言っていい。


 今回はひとまず初めてである。場所も九階層と比較的深い場所で、また崩落した箇所も大動脈といえるような場所ではなかった。だからこそ“要請書”という、拘束力がなく表現も穏当な対応で済んでいる。だが今後も同じように崩落事件が起きるならば、そしてその犯人が同一人物、つまりサミュエルであるならば、この程度の対応では済まなくなる。


 彼らが最も恐れていること。それは複数の通路が寸断され攻略がまったく滞ることだ。そして、それは都市政府が想定する最悪の事態でもある。攻略が行えなければハンターたちの生活は立ち行かないし、資源の供給量が減れば都市そのものが立ち行かなくなるのだから。


 その時、いや、そうなる前に、彼らはもっと強い行動に出るだろう。すなわち、サミュエルに対し迷宮に潜ることを禁止するのだ。それは彼のハンターとしての、いや武芸者としての道を閉ざすことを意味している。そしてそうなったとき、学園といえどもサミュエルを庇うことはできないだろう。学園を去る必要はないだろうが、しかし卒業できる見込みもなくなる。


 さらに問題はサミュエルが故郷の都市に帰ったとしても解決しない。カーラルヒスでの問題は解決するだろう。しかし、今度は故郷のとして同様の問題が起こり、そして同様の対応をされることになる。


 サミュエルは今まさに、武芸者としての岐路に立たされているのだ。それも悪い意味での岐路だ。武芸者として生きていけるのか、つまり「ディボン」の名を名乗れるのか、その瀬戸際なのである。


(僕は……、こんなところで躓いているわけにはいかないのに……!)


 サミュエルはそう心の中で呻く。これまでずっと順調だった。そしてこれからもずっと順調に行くと、そう思っていた。ずっと特別でいられる。そう思っていたのに……。


「それで、パーティーリーダーとして今後の攻略と遠征をどうするつもりじゃ?」


 穏やかに、しかしはっきりと、ゼファーはその問い掛けをもう一度繰り返した。彼の言う「どうする?」の具体的な中身には、サミュエルをパーティーメンバーから外すことも含まれているに違いない。それを察したサミュエルは悔しそうに奥歯をかみしめ、両手の拳を白くなるほど強く握る。そんな彼の横でリーダーはゼファーの目をしっかり見てこう答えた。


「もちろん、今後も六人で攻略を続けます」


 彼は言う。今回の件は確かに不注意な部分もあったが、それ以上に通路が崩落する可能性を考慮していなかったことが大きい。逆に崩落する可能性があると分かっていれば、威力を加減するなり対策の取りようはある。最悪、〈エクスカリバー〉を使わなければ良いのだ。たったそれだけのことで、これまで一緒に攻略を続けてきた仲間をメンバーから外すようなことはしない、と。リーダーはそう言い切った。


「分かった。君たちがそう言うのであればワシからは何もない。今後も攻略活動に励むことを期待する」


 事務的な口調でそう言ったゼファーはそこでフッと人懐っこい笑みを浮かべた。そして優しい口調でこう告げる。


「あまり萎縮せんことじゃ。特にサミュエル君、君が素晴らしい才能を持っていることは間違いない。その才能に溺れることなく、また潰してしまうことなく見事に開花させることを、ワシは願っておるよ」


「…………ありがとう、ございます」


 ゼファーの、先人としての優しい気遣いに、声を震わせながらサミュエルはそう言って頭を下げる。そんな彼を見るゼファーの目は、まるで孫を見るかのように穏やかだった。


 しかし、というべきか。その後のサミュエルの活躍は芳しいものではなかった。いや、そもそも活躍できていたのかも怪しい。客観的に見て、そして恐らくは彼自身の主観においても、事態は一向に好転せず悪いほうにばかり向かっていったのだから。



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