二人一組8
ラキアの新しい太刀が完成したのは、注文してから五日後のことだった。その日の夕方に〈ハンマー&スミス〉のバイトから帰ってきたカルミからルクトにその旨話が行き、そして次の日にルクトからラキアに伝える。
「本当か!?」
その話を聞くと、ラキアは目を輝かせて喜んだ。さっそく連れ立って〈ハンマー&スミス〉まで行く。ルクトは行く必要はないのだが、そこは付き合いだ。それに、彼もラキアの新しい太刀にはやはり興味があった。
工房に着くと、店番をしていたカルミが主であるダドウィンを呼んできてくれた。奥から出てきた彼の手には一振りの太刀が握られている。その太刀をラキアは待ちきれない様子で凝視していた。
「これだな。確認してくれ」
そう言ってダドウィンが差し出した太刀を、ラキアは両手で受け取った。そしてさっそく鞘から抜いてその刀身を確かめる。
「これは……!」
「へえ」
「わあ……」
ラキアとルクトとカルミの三人が、あらわになった刀身を見てそれぞれ声を上げた。寸法はルクトが使っているものよりも一回り小さく、刀身は優美な曲線を描いている。刃は透明感がありながらも深みのある光沢を放っていて、これがダマスカス鋼を混ぜると生まれる特徴だ。すっきり潔のよい波紋が、駆け抜けるように切っ先まで伸びている。
新しい太刀をラキアは目を輝かせながらゆっくりと振り、その使用感を確かめている。重心の位置が狂っていたりすると、振るったときに引っかかりを覚えたりするのだが、それは実戦では命取りになる。だがラキアは笑顔を曇らせることなく確認を終えて太刀を鞘に戻した。
「素晴らしい出来栄えだ。感謝する」
「満足してもらえたようで何よりだ」
では引き渡す品はそれでいいな、とダドウィンが聞くとラキアはすかさず頷いた。彼女は太刀を胸にしっかりと抱いており、きっと「返せ」と言われても返さないであろう。
「それで代金だが……」
「ああ、きっちり60万シク持って来たぞ」
そう言ってラキアは金貨と赤金貨を60万シク分並べた。ダドウィンは金額を確認してから「確かに」と言ってそれらのお金を受け取る。そして顎を太い指で撫でながらさらにこう言った。
「打ち直しのほうも、早く終わらせねばならんな」
そちらの仕事も、終わったらカルミを通してルクトのほうに教えるという。「まあ、それまでカルミがウチでバイトをしていればの話だが」とダドウィンが冗談めかして付け加えると、当のカルミは苦笑して応じた。彼女は今学期から三年生。本格的に迷宮攻略を始める時期で、そうなればバイトをしている時間はなくなる。ダドウィンなりの激励だったのかもしれない。
「……実を言うと、ここまでの出来は期待していなかったんだ」
少々申し訳なさそうにしながら、ラキアはそう言った。それはダドウィンの腕を知らなかったこともあるし、また初見だったからでもある。不良品ではないにしろ、忙しければ手を抜くことは考えられる。
「自分の作った武器が原因で死なれたら、職人にとっては一番の不名誉だからな」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしながらダドウィンはそう言った。そしてその表情のまま「それに」と付け加える。
「それが先のある若い奴ならなおのことだ」
若い武芸者が使う武器はむしろいつもより気を使って作る。それは初見のラキアであっても同じこと。なぜなら死なせたくないからだ。ダドウィンの言葉を意訳すればこうなるだろうか。少なくとも彼の気持ちはきちんとラキアに伝わったようだった。
「見くびってしまって申し訳ない。カーラルヒスにいる間、お世話になる」
そう言ってラキアは頭を下げる。その姿をダドウィンは少し照れくさそうに見ていた。
▽▲▽▲▽▲▽
ラキアの注文どおり、新しい太刀は次回の合同遠征には間に合った。ただ、日程の問題でその前に個人的な遠征を行うのは難しい。時間が足りないのだ。そのためラキアが新しい相棒を手に迷宮に潜るのは合同遠征までお預けになった。
さて、その合同遠征だが、ルクトとラキアは今回もまた十一階層に到達することはできなかった。ラキアの新しい太刀は、寸法は同じとはいえ今まで使っていたものとはまったくの別物。慣れるために時間は必要だった。
なにより、稼ぎを優先した結果だった。ルクトはもちろんのこととしても、ラキアもまた現在借金生活の真っ只中である。迷宮のより深い階層へ向かうよりも、まずは借金苦から逃れたいという気持ちの方が強かったらしく、ラキアは「今回は稼ぎ優先」というルクトの方針に反対しなかった。
その結果、というべきなのか。稼ぎそれ自体は前回の合同遠征を上回った。換金してみないと具体的に幾らとはいえないが、入手できた魔石やドロップアイテムの量は前回よりも多いように思えた。
「不満か?」
「……そんなことはない」
不機嫌そうな顔でそう言った後、しかしラキアはため息をついて頭を振った。そして憮然とした、だが毅然とした顔でこう言った。
「お前にこんなことを言っても仕方がないな。……不満が無いといえばウソになる」
だが稼ぎが重要だということも分かっているさ、とラキアは少し拗ねたような口調で言った。そんな彼女の横目で様子を見てルクトはそっと忍び笑いをもらす。
(ラキアが留学していたら、案外オレより学園に合っていたかもな……)
世間一般的に、迷宮攻略とはお金を稼ぐための手段だ。だから「どれだけ深く潜れるか」よりも「どれだけ稼げるか」ということの方が、大多数のハンターたちには重要なのだ。今回の例で言えば、十一階層を目指すよりも十階層で稼ぎを優先した方がより効率よく稼げるのであれば、それが正解なのである。
だがラキアにとっては、きっと「どれだけ深く潜れるか」ということの方が重要なのだろう。彼女にとって稼ぎはあくまで二次的なものに過ぎず、武芸者としての実力と自身の成長の方に主な関心があるのだ。
そして、そういう考え方は武術科の学生たちと近いものがある。価値観が似ている、と言ってもいいだろう。彼らはまず一人前になることを目標にしているのだから。実力を証明すること。それが武術科の目的と言っても過言ではない。そういう空気はラキアの気質に合っていたに違いない。
だが、そんなラキアが今回は「稼ぎ優先」である。げに凄まじきは金の力、いや借金の力、か。借金は人を変える。これぞまさに「借金の魔力」と言うべきであろう。
(じゃあ、もしオレに借金がなかったら……)
自分はどんな人間になっていただろうかとルクトは考え、そして「埒もない」と苦笑して頭を振った。ただ、借金がなかったら今この場にはいなかったであろうと思う。それを「人生を狂わされた」と言うべきなのかは判断に迷うところだけど。
さてそんな借金の力(?)を再確認した合同遠征の帰り道、とある問題が起こった。九階層程度であろうか、一行の先頭を走っていた男が突然速度を緩めて止まったのである。当然、後ろから付いて来ていたルクトとラキアもそれに合わせて足を止める。何事かといぶかしんでいると、護衛をしてくれているパーティーのメンバーから困惑の空気が伝わってくる。
「どうしたんですか?」
ルクトが声をかけると、パーティーの一人が無言で前を指差す。その指差す方を見たとき、ルクトは絶句した。
道が、なくなっている。
正確に言えば、ルクトたちが通っている迷宮の白い通路が崩れ、こちら側と向こう側に分断されているのだ。崩落箇所の幅は10メートル程度だろうか。向こう側ははっきりと見えているし、強化した身体能力にもの言わせれば跳躍できそうな距離ではある。ただ、失敗すれば確実に死ぬが。
「……とりあえず、中に入ってください」
そう言ってルクトは〈ゲート〉を開いた。「どうするんだ?」と尋ねるハンターたちに彼は「何とかしますんで」とだけ答える。ルクトは個人能力〈プライベート・ルーム〉の擬似瞬間移動で向こう側へ渡るつもりなのだが、こういう手の内はあまりさらしたくないのだ。彼のそういう気持ちを察してくれたのか、ハンターたちはそれ以上は何も言わずに中に入ってくれた。ちなみにラキアは残った。
ハンターたちが全員〈プライベート・ルーム〉の中に入ると、ルクトは一旦〈ゲート〉を消した。そしてまた新たに二つの〈ゲート〉を開く。そのうちの片方を崩落した通路の向こう側まで移動させると、ルクトとラキアはこちら側に残した〈ゲート〉から〈プライベート・ルーム〉の中に入った。
中に入ると、そこは無人だった。合同遠征に参加したハンターたちが待機している〈プライベート・ルーム〉とはまた別の空間なのである。あまり広い空間ではないが、擬似瞬間移動に使う分にはこれで問題ない。
中に入った二人は足を止めることも無く、入ってきたのとは別の〈ゲート〉から外に出る。そこはもう崩落した通路の“向こう側”だ。
「なるほど。確かにこれは“瞬間移動”だな」
だけど地味だ、とラキアは笑いながらそう感想を述べた。それに対してルクトは「地味でいいんだよ、便利なら」と苦笑しながら答え、二つの〈ゲート〉を消した。そして崩落箇所から離れ、もう一度〈ゲート〉を開く。先程中に入ってもらったハンターたちを呼んで来るためだ。
ハンターたちは崩落した場所を無事に通過できたことを知ると、安心したようにそれぞれ息を吐いた。迷宮の中は基本的に不変で、通路やシャフトが傷付いても時間が経てば元通りになる。だが、“傷”の規模が大きければ復元されるのにも相応の時間がかかるだろう。先程の崩落ほどであれば、もしかしたら一週間以上かかるかもしれない。その間中足止めされていたら、合同遠征に参加したハンターたちは全員餓死してしまうだろう。
「何事も無く切り抜けられたか……。それはそれで良かったが……」
「途中で別のパーティーとすれ違ったら、教えてやらないとだな」
メンバーの言葉にリーダーと思しき男が苦い顔で頷く。それから軽く頭を振ると、表情を明るいものにして「さあ行こう」と後ろで待っていたルクトとラキアに声をかけた。
途中ですれ違った幾つかのパーティーとさらに入り口エントランスで崩落の情報を伝える。直接見た人間ということでルクトも何度か話に加わった。話を聞いたハンターたちは皆難しい顔をしていた。
不幸中の幸い、というべきだろうか。合同遠征がこれまで何度も開催されてきたおかげで、そのルートは比較的周知されている。そのため崩落箇所を伝えるのは比較的簡単だった。そして場所が分かればそこを避ければいいだけだ。ただ、他にも崩落している箇所があるとしたら、その時は引き返すしかないだろう。
「調査が必要かもしれないな……」
合同遠征も終わりハンターたちが解散しているとき、ルクトの耳にふとそんな言葉が入ってきた。十中八九、あの崩落のことであろう。調査するとなれば大手のギルドや、もしかしたら都市国家政府が中心になってやるのかもしれない。いずれにしても一学生でしかないルクトには、その場を見た当事者として事情を聞かれるかもしれないが、あまり関係ないことであろう。だがルクトはなぜか騒動の予感を覚えるのだった。
▽▲▽▲▽▲▽
ルクトが合同遠征から帰ってきた二日後の夜、彼の寮の自室である403号室の窓の外に“黒い鳥”がやって来た。窓を開けてやると、もう随分と冷たくなった夜風と一緒に“黒い鳥”が部屋の中に入ってくる。
「調子はどうじゃ、ルクトよ」
机の上にちょこんと降り立った“黒い鳥”はメリアージュの声でそう尋ねた。ルクトがいつものように「ぼちぼち、かな」と答えると、彼女もいつものように「おぬしはいつも『ぼちぼち』じゃな」と言って声を上げて楽しそうに笑った。
「はい、これ今月分」
そう言ってルクトは“黒い鳥”の前に金貨を並べた。総額で400万シク。合同遠征で稼いだ分を丸々全部である。実はもう少し余裕があるのだが、切りよく100万単位ずつにするため今回は貯めておくことにする。できれば来月500万シク返済したいものだ。決して懐が寒くなるのが寂しいわけではない。
「……そういえば、合同遠征の帰り道で通路が崩落している箇所があったよ」
“黒い鳥”が金貨を全て回収したのを見計らってから、ルクトはそう言った。それを聞くと、メリアージュは「ほう」と言った。ルクトにはそれが失笑したように聞こえた。
「とんだ未熟者もいたものじゃ」
「未熟?」
聞き返すルクトに対し、メリアージュは「うむ」と答えるとさらに言葉を続ける。
「そもそも、迷宮の通路やシャフトを崩すこと自体はさして難しいわけではない」
おぬしもセイルの戦いを見たのであろう、とメリアージュに聞かれルクトは頷いた。確かに彼ほどの攻撃力を持っていれば、通路やシャフトを破壊することなど造作もないであろう。長命種である彼を例えに出すのはどうかと思うが、しかし迷宮内の通路などが破壊可能であることはルクトも実例を知っている。
以前に一時期だけパーティーを組んだことのあるセイヴィア・ルーニーだ。彼女の個人能力である〈流星の戦鎚〉は攻撃力に秀でている。その一撃が地底湖の底をぶち抜き、その周辺を崩落させた光景をルクトは今でも鮮明に覚えていた。
つまり、一定以上の攻撃力があれば迷宮内の通路やシャフトを破壊することは可能なのだ。そしてその攻撃力はセイルのような長命種でなくとも手が届く。それこそセイヴィアの〈流星の戦鎚〉のように。
「じゃから、通路の崩落などいつどこで起こったとしても不思議はないのじゃ」
しかし通路の崩落は、現実にはそうそう起こる現象ではない。それはなぜか。「通路を崩落させてしまわないよう、ハンターたちの方が気をつけているからだ」とメリアージュは言った。
考えてみれば、それは当然のことである。往路にしろ復路にしろ、目の前の通路が崩落しては進めなくなるのだから。メリアージュやセイル、ルクトのように問題のない者もいるが、それはやはり少数派である。大抵のハンターは通路が崩落してしまうと、もうなす術がない。
いや、人間だけならば跳躍して向こう側に渡ることもできるかもしれない。しかしトロッコを抱えてとなるとまず無理だ。遠征に支障がでるのは明白で、それを避けようとするのは当然のことなのだ。
「それなのに通路を崩落させたということは、それはつまりその者が力の加減も満足にできない未熟者だということじゃ」
さらに厄介なのは、そのハンターが未熟なだけで事態が収まらないことだ、とメリアージュは続ける。事と次第によっては他のハンターたちの攻略にも影響が出る、と彼女は言う。それはつまり、迷宮から得られる資源の供給に影響が出る、ということだ。言うまでも無く、悪い方向に。
これも少し考えれば分かることだが、遠征の道順というのはある程度固定化されている。パーティーが分散した方が効率はいいからルートは複数あるが、しかしそれにしても移動可能な範囲は自ずと制限されてくるから、短時間で下の階層に潜れるルートにはやはり人が集中する。
では、そのルートの一部が崩落したら? しかも迂回ルートの無い一本道が崩落したとしたら、その影響が甚大であることは容易に想像が付く。その一本道が復旧するまで攻略は滞り、資源の供給量は激減するだろう。そしてそれは都市国家経済の混乱と生活の不安定化に直結する。
極端なことを言えば、その一本道が都市国家の大動脈であるのだ。その大動脈が切れたとき、都市は出血多量で死ぬことになる。
「最も良いのは、その未熟者が未熟ではなくなること」
力加減ができるようになれば、通路を崩落させるようなこともなくなるだろう。だがより直接的で明快な解決策として、そのハンターに迷宮への立ち入りを禁止することもあるのだという。都市の命運は一人のハンターの矜持や生活よりも重いのだ。
「まあ、お主には関係のない話じゃろうがな」
どこか茶化すようにしてメリアージュはそう言った。今のところルクトに通路を一撃で崩落させるような攻撃力は無い。むしろ攻撃力不足に悩まされている。「攻撃力が強すぎて困る」というのは、ルクトにとっては贅沢な悩みに思えた。
「……ったく、どこのどいつなんだか」
やっかみ交じりであることを自覚しながらルクトはそう呟いた。
「通路の崩落は結構な事件じゃ。ギルドの連中に聞けば、なんぞ教えてくれるのではないか?」
なるほど、とルクトは思った。そういえば合同遠征に参加したハンターたちも調査するようなことを言っていた。窓口のイズラにでも聞けばその後の進展くらいは教えてくれるかもしれない。
しかしながら、ルクトはイズラとは別のところからこの事件について話を聞くことになるのだが、まあそれは別のお話。
――――借金残高は、あと4800万シク。
というわけで。「二人一組」、いかがでしたでしょうか?
今回は「ラキアの話」ですねwwww
わりと楽しくかけて満足しています。
次の話は、今回の続きと言う形になります。
まあ、もともと一つの話のつまりだったんです。
少し長くなりそうだったのと、きりがいいかと思いここで分割しました。
お楽しみに。