二人一組6
「ありがとうございました~」
武術科の後輩で〈ハンマー&スミス〉でバイトをしているカルミ・マーフェスの声に送られてルクトとラキアの二人は工房を後にした。
「オレはこれから学園の買取り窓口に行ってドロップを換金するつもりだけど、ラキはどうする?」
一緒に行く、とラキアが言ったので二人は揃って学園に向かって歩き始めた。
「ルクトはいつも学園の窓口で換金しているのか?」
道すがら、ラキアがそんな事を尋ねた。ノートルベル学園の学生ではなく、またカーラルヒスの出身でもない彼女はこの辺りの事情に疎い。
「ああ、校則でそこ以外での換金は禁止されている」
ノートルベル学園の校則で、武術科の学生が得たドロップアイテムや魔石は、全て学園の窓口で換金するよう定められている。ただし、学園がそれらのドロップアイテムを全て使っているわけではない。むしろほとんどが転売されている。そして転売益を上げるため、学生からの買い取り価格は実際の市場価格より安く設定されていた。
「それは……、学生を食い物にしているんじゃないのか?」
一見すればラキアの言うとおりだろう。しかしながら実際のところ、これは学生を守るためのものだ。
学園側が一括した買取りをしないのであれば、学生たちは個々に換金をしなければならない。その場合の相手はプロの商人たちだ。中には足元を見て安く買い叩く商人もいるだろう。世の中には悪い奴が多いのだ。
また市場価格というのは、大雑把に言って需要と供給のバランスで決まる。つまり、変動するのだ。だが、ただの学生が時々刻々と変動する市場価格を把握するのは不可能である。そして現在の適正な価格を知らなければ、やはり足元を見られることになるだろう。お金が絡むと大人は汚いのである。
そこで、学園が一括して買い取り学生たちの利益を守っているのだ。また転売して得た利益は、例えば学割などによって学生たちに還元されている。全体的に考えれば学生たちの方が得をしているはずだ。
「ラキだってついさっき学割の恩恵を受けたんだ。多少は恩返しをしてもいいんじゃないのか?」
からかうようにしてルクトがそう言うと、ラキアは「むう」と唸った。恐らく「学生ではない自分が換金すれば換金額が増える」といった感じのことを考えていたのだろう。だが、そもそもの前提としてラキアにはカーラルヒスの商会にツテがない。飛び込みで換金に行っても足元を見られるだけだろう。学生ですらない彼女に、プロの商人たちが手加減する理由などないからだ。
「……じゃあ、この先の換金はルクトに任せる」
「おう、任された」
ルクトのその答えに一つ頷くと、ラキアは「そういえば」と言って話題を変えた。
「あのダマスカス鋼のインゴットはどうしたんだ? ドロップしたやつを取っておいたのか?」
モンスターを倒して手に入れたドロップアイテムを、例えば素材として店に持ち込んだりして自分で使うために手元に残しておくのは、ハンターたちの間では決して珍しいことではなかった。特にダマスカス鋼などのレアメタルは望めばいつでも手に入るというものではない。そこで自分の武器の製作や修理のために、手に入れたそれらの素材をストックしておくのだ。
「あー、アレは確かにストックしておいたものだけど、ドロップじゃないんだな……」
そう言ってルクトは、当時五年生のパーティーにパーティー外メンバー(要は助っ人、あるいは傭兵)として雇われたことと、その顛末について話した。そういえば彼らはヴィレッタと同級生だったから、彼らも今年の夏休み前に卒業したはずである。彼らは〈エリート〉にこそなれなかったが十分に早いタイミングで実技要件を達成したから、あるいはどこかのギルドですでに活躍しているかもしれない。
「えげつない稼ぎ方だな……」
ルクトの話を聞くと、ラキアはそう言って眉をひそめた。その反応にルクトは苦笑するが、しかし反論はしなかった。彼自身、随分と足元を見た自覚があるのだ。あの時、武芸科長のゼファー・ブレイズソンがことを丸く収めてくれなかったら、学科内でのルクトへの風当たりが強くなっていたかもしれない。そうなれば今ほどのほほんとしていられなかっただろう。そのことに気づいたのは、あの事のあとから多少時間が経ってからだ。今は目先の金に目がくらんだといわれても仕方がないと思っている。
(ま、そういうふうに考えられるようになったのは、借金完済のメドが立ったからなんだけどな……)
メドが立たなければ、どうしても「稼がなければ」という気持ちが先に立つ。気持ちが急く、と言い換えてもいい。そうなると、どうしても評判や風当たりは二の次になってしまう。またルクト自身、そういうものを気にしないでいようと思えばできてしまう人間だった。それには〈ソロ〉でやっていたことも関係しているのだろう。
今は随分、気持ち的に楽になったとルクトは思う。やはり借金のことはそれなりに精神的な負荷になっていたのかもしれないが、まあそれはそれとして。
「じゃあ、あのインゴットはルクトが今使っている太刀を仕立てたときの余りなのか」
「そうなるな」
いずれ何かに使おうと思っていたのだが、今回ラキアの太刀の素材として使われることになった。もちろん提供するインゴット分の代金はきっちり支払ってもらうが。
「ということは、もしかしてルクトが使っている太刀は……」
「純ダマスカス鋼製だ」
そう言ってルクトは自慢げに「ふふん」と笑った。いい武器を持つことは、武芸者にとって一種のステータスなのだ。
ルクトの自慢げな顔を見たラキアは「うらやましくなんかありません」と言わんばかりに“ツン”として顔をそらす。その様子それ自体が、内心ではうらやましがっていることを示す何よりの証拠であることに恐らく彼女は気づいていない。そのことがおかしくてルクトは忍び笑いをもらす。そして笑われたラキアが「むぅ」とむくれるのがまたおかしくてさらに笑った。
それからしばらく二人の間には会話がなかった。拗ねたラキアは口を開こうとしなかったし、ルクトもそんな幼馴染の機嫌を直そうとはしなかった。そもそもまだ一緒に歩いているのだから、そこまで深刻に機嫌が悪いわけではないのだ。
次第に人通りが多くなり、二人は雑踏のなかを学園に向かって進む。話し声や笑い声、露店の売り子が上げる掛け声などが雑多に響き、騒がしくも活気に溢れた雰囲気だ。周りから聞こえてくる音は互いに混じりあい、それと意識しなければ意味のある音は聞こえてこない。そんな中で、ラキアがぽつりと呟いた。
「……なあ、ルクト。その、なんというか……」
「ん? どうした?」
軽く視線を向けると、隣を歩くラキアは足元を見るようにしてうつむいていた。数秒そうやって逡巡していたかと思うと、やがて意を決したのか、彼女は顔を上げルクトのほうを見た。
「ルクトは……、クルルのことが好きなのか?」
「…………はあ!?」
驚いて大きな声を出してしまったルクトは、慌てて周囲を見渡した。幸いにも彼の声は周りの音に混じり、それを気づいた人はいなかったらしい。
「……なんでそんな事を聞く?」
声を落とし、少々早口になりながらルクトはそう尋ねた。ラキアの言う「好き」とは、「好きか嫌いか」の「好き」ではあるまい。月並みな言い方をすれば、「愛している」という意味であろう。つまり、一生を添い遂げる相手として好きかどうか、ということのはずだ。
「だって、クルルは髪も長くて綺麗だし、料理も上手だし……。それに、ルクトだって道場によく顔を出すじゃないか」
弱々しく、唇を尖らせるようにしてラキアはそう言った。クルルの家に下宿しているラキアは、一緒に暮らすうちに、恐らくは彼女の女性的な面にある種のコンプレックスを抱くようになったのだろう。そしてルクトがレイシン流の道場に足しげく通うのは、そんなクルルに惹かれてのことと思ったらしい。
「……クルルに気があるのはオレじゃなくてロイのほうだよ」
しかしながら、ラキアが考えているようなことは当然ながら何もない。さらにルクトは話がこじれないよう、さっさと友人の淡い恋心を暴露する。このことには気づいていなかったらしく、ラキアは驚いて目を大きく見開いた。
「ロイが!? そ、それでクルルの方はどうなんだ?」
「さてな。憎からずは思っているんじゃないのか?」
やたらと食いつきのいいラキアに、ルクトは苦笑しながらそう答えた。やはり女性というのはこういう話が好きらしい。そして話題が自分から逸れたことに、ルクトは内心で安堵の息を吐いた。
「しっかし、ラキが容姿とか料理のことを気にするとは思わなかったな」
浮かべていた苦笑を意地悪げな笑みに変えながら、ルクトはそう言った。からかう気満々である。
「う、うるさい! わたしだって女なんだぞ!?」
「それで、自分の女子力のなさに焦っているのか?」
ルクトが楽しげにそう言うと、ラキアは顔を赤くして黙り込みうつむいた。その姿は「図星をさされました」と雄弁に語っている。
「髪を伸ばしてみたらどうだ?」
「……邪魔になるからヤダ」
「じゃあ料理を習ってみたらどうだ?」
「……包丁で指を切るからヤダ」
「それで免許皆伝取れたのが不思議だよ……」
呆れを隠そうともせずルクトがそう言うと、ラキアはますます顔を赤くした。太刀は振り回せても包丁は使えない女。それがラキア・カストレイア。
「だ、大体ルクトだって料理はできないだろ!?」
「一通りはできるぞ。得意ではないけど」
さも当然とばかりに言い返され、ラキアは「裏切り者!」と叫んだ。ちょっぴり涙目である。
ちなみにこの後、ラキアの指にたくさんの絆創膏が貼られていたとかいなかったとか。そしてクルルが疲れた顔をしていたとかいなかったとか。前途多難である。誰が、とは言わないが。
▽▲▽▲▽▲▽
遠征で得たドロップを学園の窓口で換金してもらうと、その総額は37万シクになった。しかるべき所に持っていけば40万シクを超えていたはずで、上々の戦果と言えるだろう。やはり十階層の地底湖で荒稼ぎしてきたのが大きい。
「な、行っておいてよかっただろ?」
したり顔のルクトに肩をすくめながらもラキアは頷いた。なにしろ新しい太刀を注文した彼女は現在金欠気味である。しばらくは十一階層到達よりも稼ぎを優先しなければならないだろう。
まあ、それはそれとして。37万シクのうち7万シクをひとまずパーティー(というよりコンビ)の資金として取り分けることにして、残りの30万シクを二人で分ける。普通であれば15万ずつ平等に分けるのだが、ルクトが提供したダマスカス鋼のインゴットの分があるので、それを返し終えるまで二人の間では傾斜配分だ。それでルクトが20万、ラキアが10万ということになった。返済額は5万シクで、残高は45万シクである。
「うう、借金生活……」
「節約しろ、節約」
借金生活においては大先輩であるルクトの言葉には、多大な説得力があったとかなかったとか。
資金の配分を終えると、ラキアは下宿先であるクルルの家に帰っていった。ルクトも寮へ戻る。今日はもうコレで予定がないので、細々とした用事を片付けた後はゆっくりするつもりだった。
夕食後、ルクトが寮の談話室に行くと、そこで見知った三人を見つけた。かつてパーティーを組んでいた、ロイニクス・ハーバンとソルジェート・リージン、それにイヴァン・ジーメンスだ。ここは男子寮なので、当たり前だが女性のメンバーはいない。
「よう。攻略の具合はどんな感じだ?」
「ぼちぼち順調にやってるよ」
ロイの答えに、ルクトは「そっか」と応じながら空いていた一人がけのソファーに座った。
「〈エリート〉にはなれそうか?」
ルクトの言う〈エリート〉とは、武術科の学生たちが皮肉とやっかみ混じりに使う一種の称号だ。五年生の年が変わる前に実技の卒業要件を達成したパーティーのことを、彼らはそう呼んでいた。
「〈エリート〉ねぇ……。意識はしているけど狙ってはいない、かな」
苦笑気味にロイはそう答えた。分かりやすい目標として、〈エリート〉のことは意識している。ただ、どうしてもなりたい訳ではなく、そのために無茶な攻略をするつもりはない、ということだろう。
「それにウチの場合、〈エリート〉になってもならなくてもあんまり関係ないしな」
そう言ったのは伸ばした蜂蜜色の髪を後ろでまとめた自称色男、ソルジェート・リージンである。〈エリート〉になれたという事はつまりパーティーの練度が高く、また上手に攻略を進めたということだ。ギルドにしてみれば、そのような人材は喉から手が出るほど欲しい。そのため〈エリート〉になると就職ではかなり有利であり、また将来的には幹部職に就ける可能性も高くなる。
だがしかし、それはあくまでもカーラルヒスでの話だ。卒業後、故郷の都市に帰る留学生にとってはほとんどメリットがない。もちろんデメリットもないのだが、血道を上げる気にならなくても無理はないだろう。留学生たちが欲しいのは卒業証書という名の紙切れ一枚なのだ。
「でもイヴァンとルーシェ的にはどうなんだ?」
イヴァン・ジーメンスとルーシェ・カルキは地元の出身だ。彼ら二人に限っては〈エリート〉の称号には小さからぬ意味があるのではないだろうか。
「そりゃ、どちらかといえばなりたいさ」
ルクトから視線を向けられたイヴァンは苦笑しながらそう答えた。彼は訓練生上がりであり、つまり(正統派の)苦学生だ。いろいろと苦労してきた彼にとって、将来の安定に繋がる〈エリート〉にはやはり惹かれるものがあるのだろう。
「だけどな、〈エリート〉っていうのは達成したパーティーに意味があるんだ。そこのメンバーでした、なんていっても扱いは他と大して変わらんさ」
さばさばとした口調でイヴァンはそう言った。普通、遠征は一人ではできない。だからハンターたちはパーティー単位で評価されることが多いのだ。だが卒業後に留学生たちが故郷に帰ってしまえば、そのパーティーは解散と言うことになる。そうなれば、連携を含め新たなパーティーでゼロからのスタートだ。
もちろん個人が無視されるわけではないが、残した実績は個人のものではなくパーティーのものとして考えられる。実際に〈エリート〉になったヴィレッタたちが、パーティーごと引き抜かれた例を考えれば分かりやすいだろう。
「ふうん……。じゃあ、もし〈エリート〉になれたらどうするんだ?」
「どうもしない。卒業まで今のパーティーで攻略を続ける」
イヴァンはそう即答した。すでにパーティーのなかで話が決まっているのだという。実際には、卒業が近くなればイヴァンとルーシェは就職活動をするはずだが、それまでは積極的に攻略を行い場数を踏むのだという。
なるほど、とルクトは思った。それも一つの経験の積み方だろう。それに卒業さえできれば就職自体はさほど難しくない。ギルド側にしても、場数をたくさん踏んだハンターが欲しいだろう。
「それはそうと、実技要件はどうなんだ? やっぱり五人分でいいのか?」
ノートルベル学園武術科の実技の卒業要件は、「十階層以下で得られる魔石を一人五個以上集めること」だ。通常パーティーは六人編成なので、一つのパーティーにつき十階層以下で魔石を三十個集めることになる。
ロイたちのパーティーも六人編成だ。だが、そのうちの一人であるクルーネベル・ラトージュは武術科の学生ではない。学生でない以上卒業する必要もなく、そうなると魔石を集める必要もなくなる。
「それがゼファーじいさんから釘を刺されちゃってねぇ……。『きっちり六人分三十個持って来い』ってさ」
やれやれ、とわざとらしく首を振りながらそう答えたのはロイだった。だが実際問題として六人で攻略をしているのに五人分の魔石でいいとなれば不公平であろう。武芸科長のゼファーとしては譲れない一線だったはずだ。それが分かっているのか、ロイたち三人に不満があるようには見えなかった。
「そ・れ・よ・りっ! お前の事だよ、ルクト君!」
やたらハイテンションな調子でそう言いながら、ルクトの首に右の腕を回したのはソルだった。彼が浮かべるにやにやとした下世話な笑みを見て、ルクトは「きっとろくでもない事なんだろうな」と内心で少々うんざりとした気分になる。
「故郷から嫁連れて帰ってきたんだろ!? その辺最近どうよ!?」
「だれが嫁だ! ただの幼馴染だよ!」
ソルが言っているのはラキアのことだろう。彼らはクルルの都合もあってかレイシン流の道場で打ち合わせをすることが多い。その関係で下宿しているラキアのことも知っているのだ。ちなみにロイ以外の四人はレイシン流の門下生ではない。
「またまたぁ~。そんなご冗談を」
にやにやとした下世話な笑みを浮かべたまま、ソルはルクトの言葉を切って捨てた。別にまったく信じていないわけではない。その方向で話を進めた方がおもしろいと直感しているのだ。
「いやぁ、ラキアちゃん結構かわいいよな。あのちょっとキツめな感じがまたたまらん」
ニクイねニクイねコノヤロウ、と左拳でルクトの頭をグリグリと圧迫しながらソルは楽しげにのたまう。ルクトは「助けろ!」と念じてロイとイヴァンのほうに視線を向けるが、二人はただ面白そうに笑うばかり。伝わっていないのではない。二人とも、分かった上で楽しむほうを優先したのだ。
「で、実際どうなのよ? 嫁云々はともかくとしても、婚約くらいはもうしてるんじゃねぇの?」
婚約していれば嫁云々は的外れじゃないだろう、と頭の片すみで突っ込みながらルクトは苦い気持ちで眉間にしわを寄せた。動揺して大きな反応をせずに済んだのは、ある程度心の準備ができていたからだ。
「してないよ、婚約なんて」
できるだけ平坦な声でルクトはそう言った。それを聞いたソルは「ふうん?」と言ってルクトの首に回していた右腕を解き彼から離れた。ただ、ルクトが座っているソファーの肘掛けに浅く腰を下ろして座るソルは、相変わらずにやにやと面白がるような笑みを浮かべている。信じていないというよりは、言葉の裏の何かを嗅ぎ取った、という顔だ。
(まったく、ムダに鋭い……)
こういうコトに関しては、とルクトは内心でさらに付け加える。確かにルクトとラキアは、婚約はしていない。だが、彼女の父であるジェクトがそういうことを考えているのは事実だ。当事者であるラキアは恐らく知らないのだろうが、もう片方の当事者であるルクトは知っている。なにしろ、本人から直接聞かされたのだから。
「なるほどなるほど。婚約はしていない、か」
「ああ、そうだ」
言葉を交わすソルとルクト。そんな二人は対照的な様子だった。ソルがどこまでも楽しそうなのに対し、視線をそらすルクトの言葉はどうにも苦い。追い詰める者と追い詰められる者の構図だ。
「じゃあよ、お前自身はラキアちゃんのことどう思ってるわけ?」
「……同門の幼馴染だよ」
ついにソルが本丸に乗り込んだ。ルクトは防戦一方である。優勢を確信したソルは攻撃の手を緩めない。
「ほほう? じゃ、少なくとも嫌いではないわけだ」
ソルの言葉をルクトは否定しなかった。そしてこの場合の「否定しない」は「肯定」と同じである。
「幼馴染の二人が異郷の地でキャッキャムフフするってか?」
いいご身分だねぇ! とソルは下世話な笑みを浮かべて楽しげにルクトの背中をバシバシと叩いた。もはやルクトがなにを言っても無駄な様子である。
「ま、今は何もなくても、ふとした拍子に距離が縮まるなんて良くあることだしね」
苦笑しながらそう言ったのはロイだ。同郷というだけでも、異郷の地では少なからず互いを意識するだろう。その上さらに、ルクトとラキアは同門の幼馴染だ。距離が縮まりやすい関係、と言っても過言ではないだろう。
「お、じゃあ、オレがラキアちゃんに粉かけて華麗なる恋のアシストをしてやろう」
障害があった方が恋は燃え上がるだろう? とソルは訳知り顔で偉そうにのたまった。しかしその言葉以上に彼の動機が不純であることはバレバレで、他の三人は皆一様に呆れた顔をした。
「そんなことばっかりやってるから、ルーシェに相手にされないんじゃないのか?」
呆れた口調を隠そうともせずそう言ったのはイヴァンだった。ソルは自称色男で、いや実際結構モテるのだが、しかしそのわりに同じパーティーのメンバーで本命のルーシェ・カルキにはまったく相手にされないという、残念な男なのだ。
「そうだねぇ。本気でルーシェのことを口説きたいのなら、女遊びは控えた方がいいと思うよ」
ロイの言葉にルクトとイヴァンは揃って頷いた。ルーシェは真面目で潔癖な女だ。決して融通が利かないほど堅物ではないが、しかしソルのようにチャラチャラと遊びまわるような男は、少なくとも恋愛対象としては有り得ない。ソル自身、そのことは重々承知しているだろう。しかし、それでも彼はこう言い切った。
「ソレとコレとは話が違う」
「何がどう違うんだよ……」
今日一番の凛々しくて真面目な顔で言い切られ、ルクトは一気に脱力した。なんだか一気に疲れた気がする。この世で一番疲れる事、それは理解不能な事なのかもしれない。
「このままだとテミスのほうに軍配が上がりそうだな」
「それはそれでどうかと思うけどね」
苦笑に呆れを混ぜてイヴァンとロイはそう言った。やはり彼らと同じパーティーメンバーであるテミストクレス・バレンシアも、ルーシェに熱烈な求愛をしているのだ。ただし、名前から分かるようにテミスは女性だ。つまりルーシェとは同性である。ただ、ルーシェの嗜好はいたってノーマルで、そのためソルとは別の意味でテミスも勝ち目の薄い戦いをしているのだ。
「分かってねぇな、お前らは」
チッチッチ、とソルは不敵な笑みを浮かべた。彼に言わせれば、テミスがルーシェに求愛しているのは、半分はブラフであるという。
「テミスは結構いいところのお嬢さんだからな。卒業後は故郷に帰らなきゃいけない」
武芸の名家というのは、つまり代々多くの武芸者を輩出することで都市に貢献してきた家である。そのような都市に生まれ、また武芸者としての生き方を選んだテミスには、やはり自らの武芸をもって都市のために働くことが求められるのだ。いや、そういうふうに教育されている、と言った方が正しいかもしれない。なんにせよ彼女がノートルベル学園武術科に入ったのは、実力を高めることもそうだが、自らの経歴に箔をつけるのが一番の目的なのだ。
「で、家に帰れば、政略結婚なんてこともあるかもしれない」
卒業後は故郷に帰らねばならず、また帰れば政略結婚などいうこともありうる。そんなテミスの周りに男の影がチラついていてはよろしくないのだ。男のために故郷に帰らないというのは彼女にとっては故郷への裏切りだろうし、政略結婚のことを考えれば女としての自らの価値を下げるわけにはいかない。
そこでルーシェだ、とソルは言う。
同性であるルーシェにあそこまで熱烈に求愛していれば、それを見た男どもはテミスのことを「そういう趣味だ」と思い、恋愛対象としては見なくなるだろう。言い寄ってくる男がいなくなれば、テミスの思惑通りである。
「本当かなぁ……?」
ロイは疑わしげに声を上げた。イヴァンとルクトも揃って頷き彼に同意する。確かに今現在テミスの周りに男の気配はなく、ソルが言うところの「テミスの思惑」通りになっている。だがどうにも胡散臭く、ソルの深読みというか妄想が過ぎるような気がした。
「分かるんだよ! 同じ女にフラれ続けるオレには分かる!」
ソルは力強くそう言い切った。なんというか、ザンネンな説得力がある。
「……ちなみに、もう半分は何なんだ?」
「聞きたいか?」
「止めとく……」
きっと、ロクでもないことだろうから。