二人一組5
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~これまでのあらすじ~
カーラルヒスに来たラキアはルクトとコンビを組んで迷宮の十一階層を目指す。
だがその途中で彼女の太刀は大きく損耗し、使い物にならなくなってしまう。
「るくとぉ…………」
悲しげな声がレイシン流の道場に響く。今この場にいるのは三人。クルーネベル・ラトージュとルクト・オクス、そしてラキア・カストレイアだ。そして悲しげな声を出しているのはラキアで、それに対しクルルは困ったような笑みを浮かべ、ルクトは呆れたようにしてため息をつく。
「るくとぉ……、わたしのたちがぁ……」
先日行われた合同演習。その自由時間の間、ルクトとラキアはコンビを組んで十一階層を目指していた。だがその途中の戦闘でラキアが太刀を破損したのだ。幸い、〈プライベート・ルーム〉の中にはルクトの予備の太刀があったので彼女の武器が無くなることはなかったのだが、ルクトとラキアでは使っている太刀の寸法が微妙に違う。そしてその差のせいでラキアは常の感覚で太刀を振るうことができず、結局二人はそこで攻略を切り上げ十階層の大広間まで引き返さざるを得なかったのだ。
「……ったく、太刀を一本ダメにしたくらいで泣き言いうなよ……」
迷宮の中にいる間は、ラキアも毅然とした態度を保っていた。しかしどうやらそれはやせ我慢だったようだ。合同遠征から帰ってきた次の日、ラキアが下宿しているレイシン流の道場に顔を出してみたらこの有様である。
(そういえば昔、使っていた木刀が折れたときもこんなふうにグズってたな……)
昔のことを思い出し、ルクトは呆れの中に苦笑を混ぜた。どうやらそういうところは変わっていないらしい。ただ、使う道具に愛着を持つのはいいことだが、ラキアの場合ちょっと入れ込みすぎなように思えた。
「るくとぉ…………」
「ええい鬱陶しい! オレが贔屓にしている武器屋を紹介してやるからいい加減にしてくれ……」
武器が駄目になった以上、買い換えなければならない。だがカーラルヒスに来てまだ一ヶ月と少ししか経っていないラキアには、どこの武器屋がいいのかなどまったく分からない。そこでルクトの出番だ。そもそも、今日は最初からそのつもりで顔を出したのである。
「じゃあクルル、オレはコイツを武器屋に連れて行くから」
「は、はい! それじゃあ今日はラキアさんの好きなものをいっぱい作っておきますね!」
クルルの言葉に苦笑を浮かべながらルクトは立ち上がった。そしてそのまま道場の出口に向かう。ラキアは何も言わずに付いて来た。肩を落とすその姿は彼女らしくない。滅多に見せないその姿が面白くて、ルクトは忍び笑いをもらすのだった。
▽▲▽▲▽▲▽
「……それで、ルクトが贔屓にしているのはどんな武器屋なんだ?」
「お、復活した」
もういいのか、とルクトは訪ねる。だが彼の顔には意地悪な笑みが浮かんでいて、さっきまでイジけていたラキアをからかう気満々なのは明らかだ。
「う、うるさい!」
みっともない所を見られたということは分かっているのだろう。羞恥で顔を赤くすると、ラキアは顔を背けた。
「幼児化してたよな。ありゃ十歳くらいか?」
「う、ううう、うるさぁい!」
「実際、精神年齢低いんじゃないの? 背伸びしてたんだな……」
「だ、か、ら! うるさぁぁぁぁぁい!!!」
生温かく「うんうん」と頷くルクトに、ついにラキアが絶叫する。そして「何事か」と周りの人たちの視線が集まり、彼女は再び顔を真っ赤にして俯いた。そしてそのまま足早にその場を立ち去る。ルクトは苦笑しながらその後ろに付いて行った。
「……だいたい、太刀の一本になんであそこまで入れ込む?」
少し歩いてラキアの茹だった顔が常温に戻った頃、ルクトはそう尋ねた。ハンターにとって武器は共に戦う相棒であると同時に何度も買い換える消耗品だ。粗末に扱うことなどもってのほかで日々丁寧に手入れをしているが、しかしその反面壊してしまったり手放したりすることにさほどの抵抗は覚えない。そういう意味では、ラキアのアレは異常である。
「……わたしだって、そんなこと分かっているさ」
ただ、と言ってラキアは言葉を切った。そして言葉を捜すようにして数秒の間黙り込む。その間、ルクトは何も言わずに彼女が話すのを待った。
「…………ただ、わたしがふがいないばっかりに相棒を無駄死にさせてしまったような気がして、な……」
「それで、幼児化したと?」
真顔でそう言ったルクトの脇腹を、ラキアは無言で抉った。しっかりと踏み込んだ、実にいいパンチである。脇腹を押さえてうずくまるルクトを冷たく一瞥すると、ラキアは「ふん!」と鼻息も荒くそっぽを向く。ただ、その顔はまたしても赤くなっていた。
「ま、まあ、〈ゴーレム〉は倒せたんだ。無駄に壊したわけじゃないだろうさ」
ルクトがそう言うと、ラキアは一瞬ポカンとした表情を浮かべてから、またすぐに「ふん!」と言って顔を背けた。その顔は当然のように赤かったが、その原因は恐らく羞恥ではないのだろう。
「だけど、そんなに大事にしているなら、なんで〈回旋牙〉なんて使ったんだ?」
カストレイア流の技の中でも珍しく、〈回旋牙〉は削り抉るための技だ。鋭さを主眼に置くカストレイア流の中では異端的な技と言える。そして、そのせいか武器に負担をかける技として知られていた。武器を大切にしたいのなら、あまり使いたい技ではないはずだ。
「なんでって、〈回旋牙〉がもともとああいう場面で使うための技だろう?」
なぜカストレイア流に〈回旋牙〉という技が生まれたのか。それは〈ゴーレム〉などの太刀と相性が悪いモンスターとも戦うためである。相性が悪いからと言っていつも逃げられるわけではないし、そんなことをしていたら迷宮攻略にならない。分の悪い相手を想定して準備をしておくのは当然のことだ。
「そもそも、〈ゴーレム〉相手に〈千鎧抜き〉を使うことのほうがおかしい」
ラキアがジト目でそう指摘すると、ルクトは困ったように苦笑を浮かべ視線を泳がせた。〈千鎧抜き〉はもともと、硬い甲殻や鱗を持つ相手を想定した技だ。浸透系、あるいは内部破壊系とも言われる技で、つまり表面の硬い防御をかいくぐって内側の柔らかい部分を直接攻撃する技なのだ。
そう、少なくとも内側は柔らかい相手を想定しているのが〈千鎧抜き〉という技なのだ。だから外も内も硬い岩石でできている〈ゴーレム〉はその想定外といわなければならない。そんな相手に〈千鎧抜き〉なんぞ使うな、というラキアの指摘はある意味尤もだった。
「……いやだって、〈回旋牙〉は武器に負担がかかるし……」
武器に負担がかかるということは、維持のためにより手間がかかるということで、また買い替えの時期が早まるということだ。簡単に言えば、〈回旋牙〉はコストのかかる技なのだ。貧乏性のルクトには、使用のための心理的障壁が高いのだろう。
「だからって、よりにもよって〈千鎧抜き〉!?」
信じられない、と言わんばかりにラキアは声を上げた。一般的に浸透系の技は難しいといわれている。それはカストレイア流でも同じで、〈千鎧抜き〉でつまずく門下生も多いくらいだ。そんな難易度の高い技を節約のために、しかも利くかどうかも定かではない相手に使うというのはラキアの理解を超えていた。
「利いたんだし、いいだろ? それにオレはずっとソロでやってきたんだ」
ソロであるルクトにとって、戦闘中に武器が壊れるというのは最悪と言っていい事態だ。それを避けるために武器に負担のかかる技を使わないというのは、一応筋は通っている。
「むう……」
ルクトの言い分を聞いてラキアは不満げに唸った。ただソロ云々はともかく、〈千鎧抜き〉が〈ゴーレム〉に効いたというのはラキアにとっても無視できない事実である。それはつまり、〈ゴーレム〉に効く〈千鎧抜き〉を放てるほどルクトの腕がいい、という意味だからだ。「はたして自分の〈千鎧抜き〉は〈ゴーレム〉に通用しただろうか」と考えると、ラキアは少し気分が重かった。
「そういえば、ラキが使っていた太刀はダマスカス鋼何割なんだ?」
ルクトがそう聞くと、ラキアは「三割だ」と答えた。
「じゃあ、武器自体そろそろ限界だったんじゃないのか?」
ハンターたちは迷宮攻略をする際、常に武器に烈を込めている。そうやって攻撃力を上げているのだ。だがそうやって烈を込めること自体、武器に少なからぬ負担をかける。そしてその負担はマナの濃度が上がるほど、つまり下の階層に行くほど大きくなるのだ。その負担に耐え切れなくなれば、当然武器は壊れることになる。これが、階層に合わせて武器を更新していくべき大きな理由だ。
ラキアが使っていたダマスカス鋼三割の太刀は、階層的にもそろそろ限界だったようにルクトは思う。彼自身、十階層に近い九階層で同じくダマスカス鋼三割の太刀をダメにしている。なんにしても十一階層に挑むには心もとない太刀だった、と言わざるを得ないだろう。もしかしたらあのタイミングでダメになってむしろ良かったのかもしれない。
「むう……、やっぱり比率を上げないとダメか……」
「その方がいいだろうな」
ラキアの声には少し苦いものが混じっていた。ダマスカス鋼の比率を上げることで、武器はより強靭になっていく。そしてそれと同時に、お値段のほうも高くなっていくのだ。ラキアはカーラルヒスに来てからまともな攻略をしていなかったから、もしかしたら懐が寒くなっているのかもしれない。
「……まあ、まずは武器屋だな」
腕は確かなんだろうな、とラキアはルクトに尋ねた。この際、口調が鋭くなったのは仕方がないだろう。遠征を繰り返して食い扶持を稼いでいる以上、腕のいい武器屋を見つけるのはハンターにとって死活問題なのだ。
「ああ、腕利きだ」
信用してくれていい、とルクトは言い切った。実際、ダドウィンという鍛冶師と出会えたことは得がたい幸運だったとルクトは思っている。
「ま、職人気質で頑固なところもあるけどな」
「鍛冶師はそれくらいの方が信用できる」
そう言ってラキアは「うんうん」と頷いた。そしてそれから、まだ大切なことを聞いていなかったことに気づく。
「それで結局、その武器屋はなんて名前なんだ?」
「〈ハンマー&スミス〉だ」
その名を掲げる看板が見えてきたのは、もう少し歩いてからのことだった。
▽▲▽▲▽▲▽
「あ、先輩。いらっしゃいませ~」
カラン、カラン、と音を立てながら店のドアを開けると、店番をしていた少女が笑顔で出迎えた。彼女の名前はカルミ・マーフェス。今学期から三年生になった武術科の学生で、つまりルクトの後輩に当たる。
「あれ、カルミ? お前、まだバイトなんてしてるのか?」
武術科の三年といえば、そろそろパーティーを固定化し、本格的に遠征を始める時期である。そして遠征が本格化すれば、バイトをしている時間はなくなる。それに遠征すればその分稼ぎが生まれるわけで、わざわざバイトをする意味もなくなるのだ。
「そろそろ辞めるつもりではいるんですけどねぇ……」
ははは、とカルミは少し困ったようにして笑った。バイトを辞めていないということは、つまりまだ本格的な遠征は始めていないということ。まあ、まだ新学期も始まったばかりなので出遅れを心配するような時期ではない。が、あまりにもゆっくりしているようならばケツの一つでも蹴り上げて急かしてやるのが先輩としての仕事かもしれない。
「だ、大丈夫ですよ。パーティーメンバーも六人ちゃんと集まりましたもん!」
先輩の不穏な空気を感じ取ったのか、カルミは焦りを見せながらそう言った。そして「まずは四階層のベースキャンプを目指すつもりです」と目標を語る。
「ルクト、知り合いか?」
「ん? ああ。武術科の後輩だ」
そう言ってルクトはラキアとカルミにお互いを紹介した。自己紹介が終わると、話はさっそく本題に移る。
「それで、今日はどういった御用ですか?」
「新しい太刀を一本仕立てて欲しいのと……、後は打ち直し、になるのかな?」
ラキアがヴェミスから持ってきた太刀は一本だけだ。だから、その一本がダメになってしまった時、ルクトが持っていた予備の太刀を借りるしかなかった。いや、予備の太刀が有っただけまだマシだ。それさえなかったら、ラキアは迷宮の中で武器を失っていたのである。それがどれだけ危険なことか、あえて説明する必要もないだろう。
それで、今後のことも考えてラキアはこの機会に予備の太刀も用意しておくことにしたのだ。予定としてはダメにしてしまった太刀を打ち直して予備に回すつもりである。ちなみにルクトの予備を共用化するという手もあったのだが、太刀の寸法が異なり感覚が狂ってしまうのでダメだった。気にならない人もいるが、ラキアは気になるタイプなのだ。
「あー、じゃあ、ダドウィンさんと直接話した方がいいですねぇ……」
カルミはそう言って苦笑を浮かべた。その理由は先程から響いている「カンッカンッカンッ!」という甲高い金属音だ。奥でダドウィンが仕事をしているのだろう。そして彼はこうして鎚を振るっているときに声をかけられるのを、「集中力が切れる」と言って嫌っていた。
「なら、しばらく待つか」
商品を見せてもらっていいか、とラキアが訪ねるとカルミは笑顔で頷いた。商品を眺めるラキアの目は真剣である。並べられた品物からダドウィンの腕の程を推し量ろうとしているのだ。
「〈サイネリア〉の調子はどうだ?」
ルクトのほうは今更商品を見る必要もなく、カルミにそう話しかけた。〈サイネリア〉とはカルミの個人能力のことだ。半透明で、淡い青紫色の刀身を持つ美しい太刀である。少々特殊な個人能力であり、ルクトは以前に彼女から相談を受けたことがあったのだ。
「すごく頼もしいです。この能力でよかったです」
最初は戸惑っちゃいましたけど、と言ってカルミは苦笑を浮かべた。〈武器〉としての個人能力は珍しくない。ただその場合、使うときだけ顕現させそれ以外のときは消しておくのが一般的だ。だが〈サイネリア〉の場合、顕現したままで消せなかったのだ。
「すっごく軽くて振りやすいんです。だけど、なんていうかとても安定していて、モンスターの攻撃もちゃんと受け止められます」
刃こぼれしても烈を注げば修復できるんですよ、とカルミは自慢げに話す。どうやら維持費のかからない武器のようで、その点少しうらやましい。
(〈遺産〉タイプ云々のことは知らないみたいだな……)
カルミが嬉しそうに自分の能力について話すのを聞きながら、ルクトは安堵と共に内心でそう呟いた。ルクトは実体化したままで消せない個人能力について、実は少々心当たりがある。ただ相談を受けた時点では知らなかったので、彼はその心当たりについてカルミにまだ何も話していない。そして、この先も話すつもりはなかった。
「切れ味も凄くて、モンスターを切ったときも手応えがほとんどないんです」
まだそんなに強いモンスターとは戦っていないんですけどね、とカルミは笑った。
(知らない方がいい……)
その心当たりをルクトに教えてくれたのは、夏休みに知り合ったセイルハルト・クーレンズという人物である。彼が言うには持ち主の死後も遺るタイプの個人能力が存在するという。そのような個人能力を、セイルは「〈遺産〉タイプ」と呼んでいた。そして彼の知る〈遺産〉タイプの大きな特徴が、「顕現したままであること」なのだ。
つまり〈サイネリア〉は〈遺産〉タイプと呼ばれる、非常に貴重な個人能力である可能性があるのだ。
(ま、あくまで可能性だけど……)
だが可能性があれば「確かめて」みたくなる人間はいるだろう。それくらい〈遺産〉タイプは貴重なのだ。「本人も含めて、誰も何も知らない状況が一番安全」とセイルは言っていたが、こうして楽しげに話すカルミを見ているとその言葉の意味がようやくルクトにも理解できたような気がした。
「凄すぎて、なんだかわたしには分不相応な気もするんですよね」
カルミはそう言って謙遜した。彼女の言葉は本心なのだろうが、しかしそれよりも自分の個人能力に対する信頼や誇りの気持ちが強いようにルクトには聞こえた。
「……前にも言ったけど、〈サイネリア〉みたいな個人能力は成長幅が大きい。この先、〈サイネリア〉はもっと凄くなるぞ」
ルクトが少々意地悪げな笑みを浮かべながらそう指摘してやると、カルミは「ひぇ~」と声を上げた。自分の能力が“凄く”なるのは嬉しいが、その反面気負ってしまう部分もあるのだろう。
「ま、能力に使われないように腕を磨くんだな」
ルクトがそう言うと、カルミは真剣な顔で「はい」と頷いた。この一本気な真面目さがあればきっと大丈夫だろう。
「じゃあ先輩。また稽古を付けてくださいね」
「時間があったらな」
カルミが一年の頃から、ルクトは彼女に稽古を付けていた。ただし技術的な指導は何もしておらず、ただ立ち合いを繰り返しているだけだ。それでも一応の成果はあったらしく、カルミは通っている道場の師範から「動きがいい」と褒められたそうだ。
カルミが道場に通い、また迷宮に潜るようになってからは二人の都合がなかなか合わず、稽古の回数は減っていた。しかしそれでも完全になくなったわけではなく、今でも時間が合えば二人で立ち合い稽古をしている。
「お、おやっさんの仕事も終わったみたいだな」
気づけば、店の奥から響いていた金属音が聞こえなくなっていた。そして、「呼んできますね」と言ってカルミは奥の作業場へ向かった。そして、奥へダドウィンを呼びに行ったカルミと入れ替わるようにして、先程まで店内の商品を見ていたラキアがカウンターにやって来る。
「品物の出来はどうだ? 合格か?」
「ああ、思っていたよりもずっと質がいいな」
これは期待できそうだ、とラキアは嬉しそうに頷いた。質のいい武器を持って初めて、武芸者は十全に戦うことができる。だからその武器を用意してくれる鍛冶師を、武芸者たちは血眼になって探すのだ。
だが、鍛冶師の得手不得手を含めれば、相性のいい鍛冶師はそうそう見つかるものではない。そんなわけで、相性の合う腕のいい鍛冶師というのは、腕利きの武芸者より希少な存在なのだ。見知らぬ都市でそんな相手を見つけることができれば、それは嬉しくもなるだろう。
「すまん、待たせたな。ワシが主のダドウィンだ」
そう言いながら奥から表れたのは大男だった。身長は二メートル近くあり、肩幅は広く胸板も厚い。筋肉隆々で逞しいその姿は、はっきり言ってルクトなどよりよほど武芸者らしく見えた。齢五十を過ぎているとはとても思えない身体つきである。髭を生やした顔は厳しいが目元は不思議と優しく、彼の雰囲気を近づきやすいものにしていた。
「それで、今日は何のようだ?」
簡単な自己紹介を終えると、ダドウィンはさっそく本題に入る。ラキアは一歩前に出ると、彼を見据え真剣な口調で「太刀を一本頼みたい」といった。
「ふむ、具体的にはどうする?」
「ダマスカス鋼の比率は五割。それと、寸法はこの太刀に合わせてくれ」
そう言ってラキアは持ってきた自分の太刀をカウンターの上に置いた。そして「それと、その太刀の打ち直しも頼む」と付け加えた。ダドウィンはその太刀を手に取って鞘から抜くと、その刀身を見て顔をしかめた。
「これは酷いな……」
太刀の刀身には、大きなひびが幾つも入っている。もう実用に耐えないことは一見して明らかだ。むしろ、砕けてしまわないのが不思議なほどである。
「……寸法はともかく、コレを打ち直すとなると、一度潰してインゴットにしてからだな」
太刀を矯めつ眇めつ眺めたダドウィンはラキアのほうを見てそう言った。覚悟はしていたのか、彼女はただ「そうか」と言って頷く。
「かまわない。それで頼む」
「分かった。では、ウチでやらせてもらおう」
思いのほか、話は簡単に決まった。やはりルクトが普段から贔屓にしていることと、自分で品物を見て納得できたことが大きいのだろう。
「……それで、その、幾らくらいになるだろうか?」
「ああ、ちょっと待っていろ。今、見積もりを出す」
少し心配そうな顔をするラキアの前でダドウィンが紙を取り出して見積もりを始める。ゴクリ、とラキアが唾を飲む。彼女の緊張が感染したのか、ルクトとカルミも自分たちが買うわけではないのに緊張した様子を見せていた。
「……ふむ、まあこんなところか」
ダドウィンはそう言って見積もりの明細をラキアに見せた。それを見た彼女は大きく目を見開く。
「……ひゃく、さんじゅうまん……?」
130万シク。それが明細に書かれていた数字だった。簡単に内訳を説明すると、新たに仕立てる太刀が110万シクで、古い太刀の打ち直しが20万シクだ。それに対しラキアの手持ちは55万シクと少し。どう考えても足りなかった。
「も、もう少しまけてもらうわけには……?」
「ダメだな。赤字になる」
無情にも(とラキアは勝手に思っている)ダドウィンはそう宣告した。
「あ、後払いは……?」
「ウチは前払いか現金引き換えだ」
実はお得意様になると「一か月分まとめて」などの支払いの仕方もできるようになるのだが、今回が初めてのラキアには無理な話だ。それに、これは主にギルドなどを対象にしていて、そもそも個人の客には適用していない。
「ぬぐぐぐぐ…………」
頭を抱えて呻くラキア。ダドウィンはそんな彼女を、苦笑を浮かべながら見ている。そして、不意に意味ありげな笑みを浮かべてルクトのほうに視線をよこした。その意味するところを、彼はすぐに察した。
「おやっさん、注文はオレの名義にしてくれ。それだと幾らになる?」
「そうだな……。それだと110万シクってところだな」
いきなりの値引きにラキアは目を丸くする。しかしコレは魔法でも口利きでも脅迫でもない。ルクトはノートルベル学園武術科の学生。そのルクトの名前で買い物をすれば、学割が利くである。
「それと、コレを使ってくれ」
ダドウィンが提示した金額に一つ頷くと、ルクトは懐からダマスカス鋼のインゴットを取り出した。以前、今使っている太刀を仕立ててもらったときに余った分のインゴットである。そのうち使おうと思って取っておいたのだが、セイルからヒヒイロカネのインゴットを大量に貰ったことでさほど必要でもなくなってしまったのだ。
「ふむ。これだけあれば60万でいいな」
ルクトから受け取ったダマスカス鋼のインゴットを眺めながら、ダドウィンはそう言った。その値段を聞いた途端、ラキアが目を輝かせる。60万シクならば、手持ちのお金と未換金のドロップを換金すれば十分に手が届く。しかしすぐに不安そうな顔になると、彼女はルクトのほうに視線を向けた。
「……ルクト、いいのか?」
「別にいいさ。第一、武器がなきゃ攻略もできないだろう」
ただし、とルクトは言葉を続ける。
「インゴット分の50万はきっちり返してもらうぞ」
しばらくは傾斜配分だからな、とルクトは言った。傾斜配分とは、つまり換金したドロップの配分を偏らせるということだ。例えば遠征で得た利益が40万シクだった場合、普通であれば二人には20万シクずつ公平に配分される。だが傾斜配分の場合、一例としてだが30万シクと10万シクで配分し、多くなった10万シクが返済分ということになる。
「構わない! 助かる!!」
目を輝かせ満面の笑みを浮かべながらラキアはそう言った。これで話は決まった。それを見てダドウィンがラキアに尋ねる。
「それで、どっちを先に仕上げる?」
新しい太刀のほうを、とラキアは答えた。そして「最低でも次の合同遠征までには間に合わせて欲しい」と注文をつけた。
「分かった、間に合わせよう。……最後に、本当にウチでいいんだな?」
「ああ、ルクトが贔屓にしている武器屋だ。信用する」
そう言ってラキアは右手を差し出した。ダドウィンは微笑を浮かべるとその手を握る。
「ありがたい言葉だな。だが、間違えてもらっては困る。ウチは武器屋じゃない。工房だ」
有無を言わせぬ気迫さえ漂わせ、ダドウィンはそう言った。交わした握手は痛かったという。