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パーロット咲きのチューリップ(5/23編集)

作者: 狂言巡

 今夜は、新月だ。


「スピカ、今日、僕の家でお泊まりしない?」


 疑問系だけれど、決してお誘いではない言葉。彼はいつものように静かに微笑んでいる。無言で頷く私を見て、彼氏――安芸鷹元(あきたかもと)は妙に嬉しそうに微笑う。笑っているのはいつものことだけど、この日の笑顔はやけにひんやりとしている。






「こんにちは」

『いらっしゃい』

「どうも……ご無沙汰してます、お邪魔します」


 小さく会釈しながら敷居を跨ぐと、中から綺麗な明るい声が返ってきた。迎えてくれたのは、彼氏のお姉さんたち。綺麗系から可愛い系と各種多様の魅力的なお顔がずらりと揃っておられる。でも、みんな笑顔の浮かべ方(?)がそっくり。彼の家の遺伝なんだろうか。肝心の彼は先に行っててと、私の肩を叩いて部屋の奥へ入ってしまった。勝手知ったる人の家、とうに知り尽くしてしまったこの家の階段を登りきり、正面の扉を開ける。

 鷹元の家――安芸家の家は広い。それに比例してか彼の部屋も広い。良く言ってシンプル、悪く言えば素っ気無い。全体的に青っぽい色で統一されていて、何だか寒々しい。(夏はいいけど)必要な物しか置いておらず、部屋の中央に置かれているテレビはほとんど私しか使わないというから驚きだ。そんなお金、どこにあるんだか。

 私のために買ってくる服とか、ゲームとか、申し訳ないからいつも断っているのに。いつの間にか買ってきていて、仕方なく私が貰ったことになっている。貰うといっても鷹元の部屋にあるのだから彼の物には違いない。かといって服は女物なので彼は着られないし、彼はゲームは滅多にやらない。だからあっても彼にとっては意味がないはずなのに……。

 迷惑、なわけでもないし尽くされるのは恋人として幸せなのだが……やはりどこかおかしいような気がしなくもない。私はぼんやりとテレビのスイッチを入れて、何をするでなく画面を眺めていた。しばらくして、階段を登る足音が聞こえてきた後、扉が音を立てて開いた。お茶とお菓子を乗せたお盆を持った彼が中に入って来て、それを私に差し出す。このパターンはいつも変わらない。違うのはそれから。私がぼんやりと雑誌を読んでいる中で、彼はクローゼットを漁りだす。

 早ければ数十分。長い時は一時間弱。何をしているのかって、私の服を選んでいるのだ。つまりは着せ替えごっこ。私が着せ替え人形。彼が選んだ服を着るんじゃなくて、着せてもらう。その工程までには夕ご飯を頂いたり、お風呂に入ったりする。よくわからないけど彼は私を洗いたがる、躰は流石に遠慮しているけれど、髪は一緒に入るたびに洗われている。幼児扱いされるようで、複雑な気分になる。気持ち良いけど。それから夕食を済ませるまで着せ替えごっこはしない。

 彼と私の着せ替えごっこは家族公認だ。彼のお母さんとお姉さんたちは、不思議と私のことを気に入ってくれているらしい。この前の手作りアクセサリーを貰った。みんな、笑顔で私のことを迎えてくれるのは嬉しかった、けれど。あの何とも言えない違和感は今でも拭えない。


「ほら、スピカ、腕を上げて」

「ん」


 着せ替えごっこはすごく簡単。私は彼氏の言う通りに腕を上げたり足を上げたりするだけでいい。最後に軽く直して、全体を見て彼が笑えば、人形ごっこもお終い。今日は紺の生地に白の蝶が縫われた長襦袢だった。後は何をしてもいい。ゲームをしたって、普通に喋ったりしたって、部活の段取りを話したって。

 でも、何をしていても彼は薄笑いを浮かべていて、正直怖い。ほとんど躰に触れてこないのに彼の視線が私の全身を駆け巡っていくような。硝子ケースに入れられた鑑賞人形のような、まるでそんな気分になる。いつもと変わらない、でも違う。何処か歪んでいる。


「スピカ、そろそろ寝ようか?」


 いつもはベッドか布団か、じゃんけんで決めるのに新月の晩だけ、私はベッドと決められている。彼は黙って布団に入った。私も着せられた長襦袢が出来るだけ皺にならないように横になる。……実は言うと。私が寝るまで鷹元が私のことを見ているのを知っている。でも知らない振りをして、寝た振りをしているのだけど、寝ようとしてもその視線に緊張する、緊張していたはずなのに私は本当に寝てしまう。――彼の視線が、魔法にでもなっているのだろうか。






「おはよう、スピカ」

「……おはよ」


 新月の晩の次の朝。起きると、いつも躰は何故かいつも冷えている。布団にしっかり潜り込んでいたはずなのに。彼の暗示なのか、これは。


「ごめんね、冷えちゃった?」


 むぎゅ。

 自分の背中に手を回され、肩に彼の額が落ちてきた。彼の腕と額から温かい温度が伝わってくる。……冷たいのは新月の晩だけだ。


「ごめんね、ごめんね……」

「別に。というか、謝られる理由ないでしょ……」

「ごめんね……ごめんね……」


 しばらく繰り返される謝罪。何を誤っているのか、何に謝っているのかは解らないけど。ただ、あの時の薄笑いが消えているのが嬉しくて安堵して、私もいつも優しい恋人にしがみついた。私は此処に泊まりに来ているのは、彼が本当の『普段』の彼に戻ったのを確認するためなんだと気付いたのは、つい最近。……本当の彼がどっちかだなんて、知らないけど。

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