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「阿呆?」

 真面目に佑夜ゆうやの顔を覗きこみながら、将斗まさとはぽろっと呟いた。

「何でここにルートがあるわけ? 外したんでしょ、根号」

「いや……そのつもりだったんだけどさあ」

「有理化って言葉を知っていますか、佑夜さん?」

 いきなり他人行儀になった将斗の言葉に、佑夜は苦笑を浮かべた。

「なんでいきなり敬語なんですか? お兄さん」

「点取る場所で間違えるなんて、信じられなかったからですけど」

 平然と呟く言葉に、佑夜は正直ギクッとした。

 さすがは勉強ができるだけあって、将斗の言葉は鋭い。核心を突いてくる。

 乾いた笑みを洩らすと、抗議もできないのでしかたなく解き直しを始めた。

 今度は教えてもらいながらのせいか、やけにすんなりと答えに導かれる。

 これが一人の力でできればいいんだがな……と思うと、ちょっとばかり涙が込み上げてくる思いだった。

 数学が苦手だと、先が思いやられる。

「理解よろしくて?」

「あー……、多分大丈夫なんじゃないかと思われます」

「そう。じゃあ昼飯作るけど、何にする?」

 もうそんな時間なのか。

 驚いて顔を上げれば、その先で時計はもう十二時を指そうとしていた。

 休日は無駄に時間が過ぎるのが早いものだと、佑夜は舌打ちする。

「んじゃあクスクスで」

「ほぅ、想定外だなこりゃ。じゃあ今からお前が材料自腹で買って来いよ。ついでに料理本もな。なにせ初めての試みだからなぁ。味の保証もないし、アフリカの料理だって聞くし。俺正直――」

「嘘です、ごめんなさい。冷やし中華がいいです」

 あまりにまくし立てるもんだから、根負けした佑夜は身を小さくした。

 だったら端から言うなと意地悪い笑みを浮かべると、将斗はキッチンへと向かっていく。

 そこにはすでに、冷やし中華をする気満々の材料が並べられていた。

 なんだかまんまと嵌められたような気がして、面白くない。

『やられた』という言葉が、佑夜の中に蓄積されていく。

「で、佑夜。そういえば追悼式っていつだっけ」

 野菜を切る小刻みな音と共に、将斗は口を開く。

 不貞腐れていた佑夜は瞬時に意味を捉えると、脳内から記憶を引きずり出した。

 そうか。もう出発まで間がないんだっけ。

 確か追悼式は――

「明後日の早朝だったと思う」

「じゃあ明日の晩には出るんだ」

「まあ船に乗ったら沖に出なきゃだしね、しかたないんじゃね?」

 明るくふるまっても、自然投げやりに聞こえてしまう。

 内容が重いからしょうがないとは思うものの、なんだか気分は晴れなかった。

「だろうな。まあせいぜい乗り過ごすなよ」

 それでも将斗は何も言わずに接してくれる。

 普段どおりの受け答えに、佑夜はどこか救われたような気がした。

「せいぜい頑張りますよ」

 態度には出すことはできなかった。

 けれどそんな兄の優しさに、佑夜は心中で感謝した。

 ただ一言『ありがとう』と。



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