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 日常は何もなかったかのごとく、その日、その一瞬を刻み込んでいく。

『当たり前』

 それもそのはずだ。

 時は刻まなければ、先に進めない。

 たった一人の不幸で、世界が変わるわけでもない。

 何ごともないのは、当たり前。

 けれど当たり前は、本当は当たり前じゃないのだ。

 日々変わりゆく物の中、たまにそれと似ているものがある。

 ただそれだけのことが連なっただけで、人は当たり前と錯覚しているだけ。

 そして大した変化のない日々を、変わり映えのない日常と読んでいるだけ。

 そう。ただそれだけの話なんだ。

 偶然の中にある平凡を、必然としているだけの……。

 そしてそんな勘違いな当たり前の日々は、着実に過ぎていく。

 季節は夏から、次第に秋の色を帯び始めていった。

 一命を取り留めた将斗まさとは、その後すぐに高校を中退した。

 体力の限界が、もう近づいていたからだ。

 主治医からはこれからも入院生活が続くだろうことを告げられている。

 だったらいても、意味がない。

 そして自分の気持ちに区切りをつけるために、将斗は潔く中退を決意した。

 その日はやけに、空が蒼い日だった。

 また、佑夜ゆうやは佑夜であずさに会ったことを家族に話した。

 だからといって何かが変わったわけではない。

 今までどおり雪井ゆきい家で暮らしているし、それに誰もが納得していた。

 それは梓も同じだったのだろう。

 確かな兄妹のつながりを得たからといって、何かがそうすぐに動くものでもないのだ。

 人生なんて、そんなもんだ。

 そして季節は夏から秋へ、その色を変えていった。

 あの日。

 あの追悼式のあった日からも、確かに。


「お前ただのバカだろ」

 眉根を思いっきり寄せながら、将斗は呟いた。

「何度言えばその脳ミソに正確な情報が伝わるんですか?」

「だー、もう。だからこれはしょうがないんだっての」

 そう言うと佑夜は思い切り頭を抱え込む。

 目の前に置かれているのは、忌々しき数学のプリントが一枚。

 書かれているのは佑夜の文字よりも、どちらかといえば将斗の解説の方が多い。

 つまりは、そういうことだ。

 また数学ができていない、と。

「まったく、双子でも梓ちゃんとは大違いだね」

 と嫌味を一つ言うと、将斗は「お兄ちゃん悲しいわ」と壮大なため息をついた。

 なんでも梓は風紀委員で、しかも頭脳もかなりいい方らしい。

 梓の名前を一度出した途端、将斗には即行バレたのだ。

 他でもない。将斗も同風紀委員会に所属していたからなのだが。

「お前、卵割のあたりから人生やり直したら?」

「つかそれって、端からやり直せってことだよな。遠まわしに」

 笑いながら言う将斗に、佑夜は間髪いれずに反論した。

 やっぱバレた? と包み隠さず将斗は白状する。

 やっぱバレます。佑夜は引き攣った笑みを浮かべながらそう言った。

 その時扉が静かに開かれた。

 そこには――

「またからかわれているんだ、佑夜は」

 花束を抱えた梓が一人たたずんでいる。

 学校帰りなのは佑夜と一緒なのか、まだ夏服のセーラー服を身に纏っていた。

 太陽の温かなにおいが、少しする。

 そして梓は図星を突かれていじける佑夜をよそに、すたすたと病室に足を踏み入れていった。

 向かった先は、勿論将斗の元だ。

「先輩も佑夜なんかからかっている余裕があるなら、少しは休養とってください」

 梓は喋りながら二人の隣まで行くと、そっと花瓶を手に取る。

 バカにかまっていると、時間が浪費されていきますよ。と、さらりと棘のある言葉を付け加えてだが。

 うわぁ、とうとう言い切ったよ。と将斗は苦笑を浮かべる。

 ひでぇ女。と佑夜は小声で呟いた。

 酷くなんてありません。と梓は言い切った。

 そして梓は手にした花を、花瓶に生けていく。

 その中でやけに鮮やかな色を放つ花が、一つだけあった。

 ついに蕾をつけ、まだ咲ききっていないそれ。

 濃いオレンジ色のそれが。


 先なんて長くはないかもしれない。

 常に変わりゆく日々の中で、それは保障のされないことだ。

 けど――いや、だからこそ。

 これからもたくさん作っていこうよ。

 かけがえのない思い出を。

 たった一つの、思い出を。

 窓から入ってきた風が、三人の髪を揺らしていく。

 そして風は、花々の香りと共に舞い踊り、どこか彼方へと消えていった。

 モントブレチア――すてきな思い出。

 彼らの思いでも共に運びながら。



-fin-

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