10
夜は徐々に明けようとしていた。
午前も四時を過ぎ、辺りは薄い明かりに包まれ始めている。
穏やかな大海原。
静か過ぎるほどの静寂。
蒼闇がぼんやりと水平線を浮かび上がらせ、暗闇から世界を形あるものへとしていった。
そして船は、最後の汽笛を高らかに鳴らしたのだった。
それは国境を越えた、青き大地でのこと。
召集の声がかかる。
名前はたったの一つだけ。
『柳瀬さんのご遺族の方』
他に国境を越えた被害者はいない。
越えたのは仕事に行ったきり帰って来なかった、あの夫妻だけ。
明ける前の海原に、もう一度召集の声が響いた。
佑夜は行くべき場所へと足を向ける。
梓の――妹の手を取りながら、一歩、また一歩と。
二人は何も喋らなかった。
そのせいか、やけに強い静寂が包み込んでくる。
カツンカツンと歩く度に鳴る甲板の音。
それが二つ、ずれて止まった。
穏やかな風の音。
優しい潮騒。
互いに並んで、両親の死した海を見つめていた。
明け方の海はどこまでも、やさしくあり続けていた。
そしてついに、鐘代わりのラッパの音が甲高く響き渡る。
「いくよ?」
小さな声。
僅かな確認。
互いに目を合わせ。
そして二人は、花束を天高く放った。
短くて、何よりもかけがえのなかった。
あのすてきな思い出とともに――
今ここで家族は再会した。
両親の死した場所で、今初めて。
それは誰もが辿る道筋じゃない。
もしかしたら哀れまれる道だったのかもしれない。
けれど、これでよかったんだ。
今までとは違う。
今はみんながここにいる。
たとえそれが両親がいなかろうともだ。
身体はなくとも、心は確かにここにある。
綺麗ごとかもしれない。
けれど、それだけで十分じゃないのだろうか。
潮風が二人の髪を、悪戯に揺らしていく。
かもめがくるんと宙を舞った。
ほら。こんなに育ったんだよ、二人の子供たちは。
見せつけるように、佑夜と梓はただ微笑んで海原を見つめ続けた。
そっと手をつないだまま、ずっとずっと。
すると大海原の向こう側。
水平線がキラキラと輝き始める。
今暗黒の世界に、朝が訪れたのだ。
太陽はそこから顔を出し、二人を、世界を包んでいく。
花束は光の中、静かに水面を漂い続けていた。




