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 夜は徐々に明けようとしていた。

 午前も四時を過ぎ、辺りは薄い明かりに包まれ始めている。

 穏やかな大海原。

 静か過ぎるほどの静寂。

 蒼闇がぼんやりと水平線を浮かび上がらせ、暗闇から世界を形あるものへとしていった。

 そして船は、最後の汽笛を高らかに鳴らしたのだった。

 それは国境を越えた、青き大地でのこと。


 召集の声がかかる。

 名前はたったの一つだけ。

柳瀬やなせさんのご遺族の方』

 他に国境を越えた被害者はいない。

 越えたのは仕事に行ったきり帰って来なかった、あの夫妻だけ。

 明ける前の海原に、もう一度召集の声が響いた。

 佑夜ゆうやは行くべき場所へと足を向ける。

 あずさの――妹の手を取りながら、一歩、また一歩と。

 二人は何も喋らなかった。

 そのせいか、やけに強い静寂が包み込んでくる。

 カツンカツンと歩く度に鳴る甲板の音。

 それが二つ、ずれて止まった。

 穏やかな風の音。

 優しい潮騒。

 互いに並んで、両親の死した海を見つめていた。

 明け方の海はどこまでも、やさしくあり続けていた。

 そしてついに、鐘代わりのラッパの音が甲高く響き渡る。

「いくよ?」

 小さな声。

 僅かな確認。

 互いに目を合わせ。

 そして二人は、花束を天高く放った。

 短くて、何よりもかけがえのなかった。

 あのすてきな思い出とともに――


 今ここで家族は再会した。

 両親の死した場所で、今初めて。

 それは誰もが辿る道筋じゃない。

 もしかしたら哀れまれる道だったのかもしれない。

 けれど、これでよかったんだ。

 今までとは違う。

 今はみんながここにいる。

 たとえそれが両親がいなかろうともだ。

 身体はなくとも、心は確かにここにある。

 綺麗ごとかもしれない。

 けれど、それだけで十分じゃないのだろうか。

 潮風が二人の髪を、悪戯に揺らしていく。

 かもめがくるんと宙を舞った。

 ほら。こんなに育ったんだよ、二人の子供たちは。

 見せつけるように、佑夜と梓はただ微笑んで海原を見つめ続けた。

 そっと手をつないだまま、ずっとずっと。

 すると大海原の向こう側。

 水平線がキラキラと輝き始める。

 今暗黒の世界に、朝が訪れたのだ。

 太陽はそこから顔を出し、二人を、世界を包んでいく。

 花束は光の中、静かに水面を漂い続けていた。



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