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恋占い

作者: 谷 風汰
掲載日:2026/07/29

 山本は、黒い布で顔を覆った占い師の前に座った。

 机の上には水晶があった。


「残念でしたね」


 占い師は言った。

 ここには何十回と来ていて、前回は恋愛の相談をしたのだった。

 失敗してしまったが。


「はい、タイプじゃないそうです。

 仕方ないですね」

「そうですか、まだまだ出会いはあります。

 次です、次」


 占い師は分厚い本を机の下から取り出した。

 表紙が真っ黒で、端がボロボロになっている。

 それを丁寧にめくる。


「お願いします」


 次は地球儀を回し始めた。

 右に回す。

 左に回す。

 その間何かを呟いている。


「なるほどねえ」


 最後に水晶を観察し始めた。

 両手を覆うように上に重ね、一切のまばたきをすることなく、見つめる。


「分かりました」

「はい、どうでしょうか」


 占い師は、山本の目を見て言った。


「1ヶ月後に、良い伴侶が得られるでしょう」


 彼女は微笑む。


「本当ですか?」

「必ず得られます」


 山本は困惑した。

 ここまで確実な言い方をされたことはなかったからだ。

 『あと少しで幸せが訪れる』とか『気の強い女性は勝機あり』とか。

 しかし、占い師の強烈な視線に負けて、なぜか納得してしまった。


「それで、どこで出会えるんですか?」

「今日から1ヶ月後の11月5日、前中駅前のショッピングモールにあるフードコートの窓側の席で、あなたがハンバーガーを頬張っていると、黒髪のショートカットで青いワンピースを着た20代くらいの女性が現れます。その方が運命の人です」

「ちょ、ちょっともう一度お願いします」

「今日から1ヶ月後の11月5日・12時45分、前中駅前のショッピングモールにあるフードコートの窓側の席で、あなたがハンバーガーを頬張っていると、黒髪のショートカットで青いワンピースを着た20代くらいの女性が現れます。一緒にハンバーガーを食べて、たまたま趣味が合い、2人で映画に行きます。ポップコーンの味も偶然一緒です。そこで別れ、お相手から『次もぜひ行きたいです!』という連絡が22時12分に来ます。必ず返信してください。その方が運命の人ですから」

「増えてます」

「それほど確定した未来だということです」

「付き合ったほうが良いんですか?」

「必ず。最高の夫婦生活が送れるでしょう」


 山本は占い館を出た。

 1ヶ月後、ショッピングモールのフードコートで出会う。

 まあ、予定は空けておくか。

 山本は家に帰った。





「前、座ってもいいですか?」


 運命の日。

 例のショッピングモールでタルタルチキンバーガーをほおばっていると、横から声をかけられた。

 女性の声。

 見ると、黒髪で、青いワンピースを着ていた。

 時計を見た。

 12時45分だった。


「どうぞ」


 少しどもった。

 何が起こっているのか未だに分からなかった。

 

「かなり混んでますね。ここしか座る席がなくて」


 女性は笑った。


「ええ」


 山本は適当な返事をした。


「あ、同じですね」


 女性の手を見ると、タルタルチキンバーガーが握られていた。

 

「美味しいですよね。毎回これを頼むんです」


 やっとまともな返事ができるようになった。

 落ち着いてきた。


 それから数十分話をした。

 彼女は鈴木 遥と名乗った。

 映画の趣味が完全に一緒で、今から行くことになった。


 意味がわからなかった。


「ポップコーンの味はどうされますか?」

「いちご味で」


 山本は言った。

 

「あ、私も」


 鈴木さんは言った。


 同じだった。





 それから二人は付き合った。

 日本国内を旅行し、行きたいところにたくさん行った。


 数年が経った。

 紅葉が顔を見せる頃。

 山本は、プロポーズを未だにできずにいた。

 時間だけが過ぎていった。


 通りを歩く。

 山本は立ち止まる。

 

「どうしたの?」


 鈴木が訊く。


「いや、なんだっけな」


 山本は、立ち止まったまま。

 彼の頭の中では、記憶の渦が、ゆっくりと渦巻いていた。

 館。

 水晶。

 顔の見えない女。

 激しく回転する。

 記憶の渦は、消えた。


「思い出した」


 占い。

 ここで、占い師から助言を得たのだ。

 鈴木を見た。

 彼女も、こちらを見つめている。

 

 もし、あの占い師がいなかったら、出会えていなかった。

 幸せな日々も、送ることはなかった。


 彼女は、どこにいるだろうか。


「どうしたの?」

「⋯⋯あー、昔あそこでさ、ここで占いをしてもらったんだよね」

「へえ」


 鈴木は返事をする。


「でも、いないみたい」

「そうなんだ」


 鈴木は、先ほど山本が指さした場所を見つめていた。

 

「私、できるよ」

「え?」


 山本は訊き返す。


「だから、占い」

「なんで?」

「やってた時期あったから」

「へえ」


 ここではできないと、鈴木は、近くのショッピングモールに向かった。

 フードコートの席に腰掛け、2人は向かい合う。

 ハンバーガーを頼む。


「じゃあいくよ」

「うん」


 客は少なく、静かだった。

 彼女の声だけが響いた。


 鈴木は、100円玉を取り出した。

 投げ上げる。


 キャッチ。


 こちらを向く。

 何も喋らなかった。


「裏だね」


 鈴木は言った。


「というと?」

「もう少しで、大きな幸せが訪れます」

「ほんと?」

「ええ」

「どんな?」


 鈴木はコインを眺めた。

 普通のコインだった。

 日光を受けて、キラキラと輝いている。


「あの日から5年後の11月5日13時45分、前中駅前のショッピングモールにあるフードコートの窓側の席で、あなたがハンバーガーを頬張っていると、黒髪のショートカットで青いワンピースを着た20代くらいの女性が現れます。その方が将来の伴侶です」


 鈴木は言った。

 山本は口を開けて固まった。


「伴侶? いやだって俺には⋯⋯」


 11月5日。

 今日だ。

 13時45分。

 あと1分。


 鈴木はこちらを見ていた。

 青いワンピースが美しかった。


 そして蘇る。

 あの占い師の言葉。

 今彼女に言われたのと、ほとんど同じものだった。

 こんな偶然があるだろうか?

 なぜ彼女は、占いができるのだろうか?


「ずっと待ってるよ」


 鈴木は言った。


「わかったよ」


 山本は言った。


「結婚してください」


 気づけば、ショッピングモールは多くの客で賑わっていた。

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