【第7話】貴族アルベルト
セリカという街の象徴を屈服させたことで、俺に対する評価は「無能な荷物持ち」から得体の知れない魔性の男へと劇的に変化したはずだ。
だが、そんな世間の評価などどうでもいい。
俺が求めているのは、もっと本質的な支配の快楽だ。
「……シオン、あんた、本当にやってのけたわね」
リーナが俺の腕に体重をかけ、感心したような、あるいは少しだけ不安そうな瞳で俺を見上げる。
彼女にとってセリカは、雲の上の存在だったはずだ。
それが俺の手によって、たった一回の勝負で心身ともに支配下に入った。
リーナの中に、俺に対する敬愛以上の、深い執着が芽生え始めているのが分かる。
「当然だろ? 誰が相手だろうと、俺のやり方は変わらない。相手の望んでいる『夢』を見せて、その対価として能力をいただく。それだけさ」
俺はリーナの顎を軽く持ち上げた。
彼女は目を閉じ、俺の吻を待つような表情を見せる。
人通りの多い大通りでそんなことをすれば、また噂の種になるだろうが、今の俺にはそれすらも演出の一部に過ぎない。
「さて、次はどこへ行こうか。セリカの能力を得た今、この街に残っている価値は薄い」
「行くの? どこか遠くへ?」
「あぁ。この小さな街の守護者だけじゃ飽き足らない。もっと大きな舞台が必要だ。王都。そこなら、俺の『営業』をもっと盛大に披露できる」
王都にはこの世界の権力者や、より高潔で、それゆえに歪んだ心を抱えた令嬢たちが集まっているはず。
俺のスキル『性の捕食者』を最大限に活かすには、より希少で、より強力な能力を持つ存在を喰らう必要がある。
セリカの加護は強力だが、まだ足りない。
その時だった。
俺たちの行く手を阻むように、一人の男が立ちふさがった。
豪奢なマントを羽織り、高慢な笑みを浮かべた若き貴族。
確か、この街の領主の息子である、アルベルトだったはずだ。
彼はセリカに執着していた男で、俺が彼女と親密になったことを嗅ぎつけ、面白くない顔をしている。
「おい、そこの無能!。リーナ、貴様もだ。セリカに何をした? あの堅物が、お前のようなゴミにうつつを抜かすなど、あってはならないことだ」
アルベルトの背後には、数人の護衛兵が控えている。
彼らは実戦経験の乏しい、ただの金持ちの玩具たちだ。
俺は呆れたように肩をすくめた。
「アルベルト様、でしたね。ご機嫌斜めのようですが、女性の心というのは、君のような傲慢な男には理解できないものですよ」
「何だと……! このゴミが、貴族たる俺に向かって口を利くな!」
アルベルトが指を鳴らすと、護衛たちが一斉に剣を抜いて襲いかかってきた。
リーナが反射的に魔法を放とうとするが、俺はそれを制した。
「いいんだ、リーナ。俺がやる。これは、新しいスキルの試し切りだ」
俺はセリカから奪ったばかりの『騎士の加護』を発動させた。
視界がクリアになる。
護衛たちの剣筋が、まるで止まっているかのように遅く見える。
俺は一瞬にして彼らの懐へ入り込み、剣の柄で彼らの急所を正確に突いた。
一撃、二撃、三撃。
瞬く間に、全員が地面に這いつくばる。
「……なっ! バカな、ただの荷物持ちが!」
アルベルトの顔から血の気が引いていく。
彼は後ずさりし、震える足で逃げようとした。
俺はアルベルトの肩を掴み、その動きを封じた。
「王都へ行く旅費、それと君の持っている『権力』、少し分けてもらおうか」
「ふ、ふざけるな! 俺は……!」
「大丈夫だよ。君にとっても、悪い話じゃない。俺に協力すれば、君が抱きたいと願う令嬢たちも、君の思い通りになるように取り計らってやる」
俺の言葉に、アルベルトの目が泳ぐ。
彼は女に飢えている。
その欲望の深さを、俺は一目で見抜いていた。
俺の『ホスト』としての技術は、何も女を誘惑するだけじゃない。
男の欲望を操り、利用することも、俺にとっては朝飯前だ。
「……本当に?」
「あぁ。君を、街で一番モテる男にしてやろう」
アルベルトの瞳から、憎悪が消え、代わりに盲目的な期待が浮かぶ。
俺は笑みを深めた。
こうして、また一人、俺という名の沼に引きずり込んだ。
これで王都への足掛かりはできた。
権力と、武力と、魔力。
すべてを俺の掌中に収め、世界中の女を俺色に書き換えてやる。
アルベルトを従え、俺たちは再び歩き出した。
リーナが俺の腕に体重をかけ、満足げに笑う。
「シオン、あんたって本当に悪い男」
「そう言ってくれるのが、一番の褒め言葉さ」
街の出口が近づいてくる。
俺の伝説は、次のステージへ向かう。
王都には、俺を待っているであろう未知の獲物たちが、溢れんばかりにいるはずだ。
俺は空を見上げ、深く呼吸した。
この世界は、まだまだ俺を満足させるには広すぎる。
だが、その広さすべてを塗りつぶすのが、今の俺の楽しみだ。
さあ、物語の続きを始めようか。
神楽咲紫苑の人生は、何回だって最高を更新し続ける。
第 8話へ続く




