表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のまま死んでたまるか! 偽聖女を演じて断罪&破滅エンドを叩き潰します!  作者: 葉月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

第3話 父の失望

「お、お父様……! ほ、本当に――本当に、私が聖女に選ばれたのでしょうか?」


 声が、わずかに震えていた。

 自分でも意外なほど、その問いには縋るような響きが混じっていた。


 聖女。

 世界を癒し、導き、人々の祈りを一身に受け止める存在。


 ――どう考えても、私ではない。


 私は誰かを無条件に慈しめる人間ではなかった。

 それどころか、正直に言えば――自分さえ無事であればいい、と思ってしまう節がある。


 幼い頃、絵本に描かれた聖女様に憧れたこともある。

 優しく、誰にでも微笑みかけ、涙を流す者に手を差し伸べる――そんな存在になれたら、と。


 だから、試した。

 人に優しくしようと、意識して振る舞ったこともある。


 けれど、できなかった。


 優しさを装おうとするたび、頭の奥で、ひどく気味の悪い声が囁くのだ。


 ――そんなことをして、何になる?

 ――どうせ裏切られるのに。


 その声に苛立ち、気がつけば胸の内はむしゃくしゃと黒く濁っていく。


 結果として、すでに二人の使用人を屋敷から追い出していた。

 私に逆らったわけでもない。ただ、気に障った――それだけの理由で。


 使用人たちの間では、私を“生まれついての性悪女”と噂する声すらあるらしい。

 ……否定は、できなかった。


 第一、私は聖女が持つという“癒しの力”を、一度たりとも使ったことがない。

 祈っても、治らない。

 祝福しても、何も起きない。


 私にできることといえば――せいぜい、物を壊すことくらいだ。


「私がお前は聖女だと言っているのだ」


 淡々とした父の声が、私の思考を切り裂いた。


「お前はただ、この父の言葉を信じ、聖女然として振る舞っておればよい」

「……」


 その言い草で、はっきりと理解してしまった。


 つまり私は――

 アレン王太子殿下とは違い、教会に仕える女神の使徒から、正式に認められた聖女ではない。


 ――まさか。


「お、お父様……! アレン王太子殿下には……?」

「ああ、すでに伝えている」


 あまりにもあっさりと、父は言った。


「私の娘が聖女だと。陛下も、了承済みだ」

「……っ」


 言葉が、喉で詰まった。


 もしも、私が聖女ではないと露見したら――

 その時、我がシュベルッツベルグ家はどうなる?


 陛下を欺き、身分と役割を偽り、王太子と婚約した一族。

 そんな汚名を着せられれば……最悪の場合、絞首刑すらあり得る。


 よくて、国外追放。

 そして国を追われた先で、私たちはどう生きるというのか。


 聖女を騙った一族を、受け入れる国など、どこにもない。

 教会の目は、世界中に張り巡らされているのだから。


「お、お父様……!」

「……なんだ」

「わ、わたくしのことを高く評価していただいている点につきましては……その……大変、光栄に思います」

「うむ」

「し、しかし……わたくしは、聖女などでは――」

「案ずるでない」


 私の言葉を遮るように、父は短く言った。


 そして、私の前に、静かに一つの箱を置く。

 小ぶりながら、明らかに高価な意匠が施された箱だった。


「こ、これは……?」

「開けてみろ」

「……失礼いたします」


 一言断りを入れ、箱を手に取る。

 指先に伝わる重みだけで、ただの装飾品ではないとわかった。


 蓋を開けた瞬間、思わず息を呑む。


「……きれい……」


 中には、一つの指輪が収められていた。

 宝石が埋め込まれたそれは、ただ美しいという言葉では足りない輝きを放っている。


 父に視線で許しを請い、私はそっと指輪を持ち上げた。


 陽光を受けるたび、宝石は色を変えた。

 ある角度では深い蒼、またある時は柔らかな黄金色。

 まるで七色を宿すかのような、不思議な輝き。


 リングの内側には、見慣れぬ文字が刻まれている。


「女神文字というらしい」


 私の視線に気づき、父が静かに告げた。


「初代聖女が身につけていたと云われる――聖女の指輪だ」

「……初代聖女!? それでは、国宝級の代物ではありませんか!」


 初代聖女と勇者。

 そして、彼らに連なる歴代の聖女と勇者が身につけていた品々は、すべてが国宝として扱われている。


 中でも、初代が身につけていたものは別格だ。


 値段など、付けようがない。

 それでも無理に算段するなら――一国を丸ごと買えてしまうほどの価値があるだろう。


 ――そんな物をどうやって……


「……本物なのでしょうか?」

「当然だ」


 父はシュベルッツベルグ家の当主。

 その性格には大いに難があるが、目利きに関してだけは疑いようがない。


 その父が、これほど迷いなく「本物だ」と言い切る。

 それだけで、答えは出ていた。


「効力も、すでに確認済みだ」

「……効力?」


 私は、はっと息を呑んだ。


 ――聞いたことがある。


 女神の寵愛を受けた者たちが、長年身につけていた品には、その力の一部が宿る、と。


 だとすれば。

 この指輪にも――初代聖女の力が、確かに残されているということになる。


「……」


 なるほど。


 ようやく、すべてが一本の線で繋がった。


 この指輪を用いて、私を“聖女”に仕立て上げる。

 それこそが、お父様の計画。


 だからこそ、陛下に対しても、これほど無謀とも思える嘘をついたのだ。


「ハーディ」

「はっ」


 名を呼ばれた初老の執事長は、即座に応じた。

 そして壁際に控えていたメイドの一人に、無言で合図を送る。


 呼び出されたのは、十四歳ほどの新人メイドだった。

 少女は何が起きるのかわからぬまま、僅かに肩を震わせつつ、父の前で膝をついた。


 次の瞬間――


 グサッ。


「――――っ!?」


 一拍遅れて、理解が追いつく。


「いやぁああああああああああああ!!」


 悲鳴が、屋敷中に轟いた。


 父は、手にしていたナイフを、迷いなく――

 少女の左目に突き刺していた。


 鮮血が飛び散り、少女はその場に崩れ落ちる。

 痛みと恐怖に喘ぎ、床を掻きむしるように身をよじらせていた。


 周囲に控えていたメイドたちは、蒼白な顔で凍りつく。

 だが、そんなことはお構いなしに、父は少女の髪を掴み上げ――


 血に濡れたその顔を、私の方へ向けた。


「……何をしている」

「……え?」


 震えが、全身を支配する。


「早く、その指輪を嵌めて――これを癒してみせろ」


 ――このためだけに。


 この指輪を、私に使わせるためだけに。

 そのために、少女の目を潰したというのか。


 やはり、何一つ変わっていない。


 この男は――

 血も涙もない、悪魔だ。


「……どうした?」


 低く、冷たい声が、私の前方で囁く。


 従わなければ。

 次は――私だ。


 それは理屈ではなく、本能で理解した。


 私は指輪を強く握りしめ、父の元へ、そして血まみれの少女の隣へと歩み寄る。


 涙と血と鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔。

 間近で見た瞬間、吐き気がこみ上げた。


 それでも、目を逸らすことは許されない。

 獲物を逃さぬ猛禽のような眼で、父が私を見据えている。


「……す、すぐに……治療して差し上げますわ」

「……お、おじょうさま……は、はやぐ……はやぐぅ……っ……」

「……わ、わかって……いますわ」


 指先が震え、なかなか指輪が嵌まらない。


「――っ……!」


 左手の中指に指輪を通した瞬間、針で刺されたような鋭い痛みが走った。

 けれど、そんなことは、もはやどうでもいい。


 ――治さなければ。


 治さなければ、次は。


「傷口に手をかざし、力を込めればよい」

「……は、はい……」


 私は、血に濡れた少女の顔へと、恐る恐る手を伸ばした。


「お、おねがい……治って……」

「……お、おじょう、さ、ま……」


 か細く、血と涙に濡れた声が、縋るように私の耳朶を打った。


 ――やめろ。


 一瞬だけ、脳裏の奥底で、あの気味の悪い声が蠢いた。

 誰のものでもない。けれど、確かに“何か”が私を止めようとしている。


 だが次の瞬間――

 指にはめた聖女の指輪が、息を吹き返したかのように七色の光を放った。


 淡く、しかし確かな輝き。

 それは宝石の反射などではない。掌の奥、もっと深いところから溢れ出す光だった。


 眩しさに思わず目を細める。

 掌から零れ落ちる光は、波紋のように空気を震わせ、やがてメイドの傷口へと注ぎ込まれていく。


「おお!」


 父と、執事長たちの感嘆の声が聞こえる一方で。


 ――やめろ。


 再び、声がした。

 だが今度は、光に掻き消されるように、すぐに遠のいた。


「……す、すごい……」


 誰かが、呆然とした声で呟いた。


 噴水のように溢れ出していた鮮血が、嘘のように勢いを失っていく。

 血の赤が薄れ、濡れた床に落ちる滴の音が、ぽつ、ぽつ、と間延びしていく。


 泣き叫び、苦悶に身をよじっていたメイドの体も、次第に静まり返った。

 荒れ狂っていた呼吸が、ゆっくりと、規則正しさを取り戻していく。


 ――よかった。


 胸の奥で、ほっと息を吐いた、その瞬間だった。


「……ゔぅっ……」


 心臓を、内側から強く掴まれたような感覚。

 唐突に、容赦なく、胸が締め付けられる。


 ――息が、できない。


 喉が潰れ、肺が空気を拒む。

 視界の端から、黒い靄がにじむように迫ってくる。


 ……な、に……これ……。


 全身から力が抜け、世界が傾いた。


「――お嬢様!」


 誰かの叫びが、遠く、水の底から聞こえるようだった。


 前のめりに崩れ落ちる私の体を、誰かが受け止める。

 柔らかく、それでいて確かな力を持つ腕。

 人の温もりが、わずかに伝わってきた。


「――しっかり、なさいませ!」


 必死な声。

 けれど、その声も次第に輪郭を失っていく。


 重たい瞼が、抗いようもなく落ちていく――


 意識が闇に沈む、その刹那。

 最後に視界に焼き付いたのは、私を見下ろす父の顔だった。


 そこには、驚きも、焦りもなかった。

 ただ――

 期待を裏切られた者だけが浮かべる、冷ややかな失望の色が、はっきりと刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ