第21話 悪役令嬢の取巻き
「あなた達、そこで一体何をしていますの!」
声を張り上げた瞬間、三人は弾かれたようにこちらを振り返った。
揃って強張る表情。視線は定まらず、右へ左へと泳いでいる。まるで逃げ道を探す小動物のようだ。
「……ど、どうしてイデア様が、このような場所に……」
「そこの彼女――マヤに用がありましたの」
私がわざわざ彼女を訪ね、この場まで足を運んだと告げた途端、三人は目に見えて動揺した。
一歩、また一歩と後ずさる様子が、その胸中を雄弁に物語っている。
自分たちが、私の“用事の相手”をいたぶっていた事実が露見するかもしれない。
その恐怖が、顔色を奪っていく。
三人は先程から執拗なほどマヤへと視線を投げていた。
余計なことを言うな、口を開くな――無言の圧が、はっきりと伝わってくる。
常識的な令嬢であれば、それだけで十分すぎる牽制になっただろう。
けれど、残念ながら。
「……?」
彼女たちが相手にしているのは、マヤ=キリング。
男爵令嬢にして、その思考回路は常識の埒外にある。
「――イデア! 見た? あたし、アメリアとミゼルとフェンダにいびられてたよね!」
あまりにも屈託のない声。
その瞬間、三人は完全に固まった。
「――ちょっ!?」
「あ、あんたねっ!?」
「な、なに言ってんの!?」
顔色が、青から白へ――
今にも卒倒しかねない様子で、三人は息を詰まらせていた。
「うわー、夢みたい! あたし、一度でいいから悪役令嬢の取巻きにいびられてみたかったんだよね」
マヤは胸の前で両手を組み、瞳を宝石のように輝かせている。
この緊張感の中で、どうしてそんな感想が出てくるのか。理解に苦しむ。
……ん?
今、何と?
悪役令嬢の――取巻き?
一瞬、聞き流しかけて、私は思考を引き戻した。
悪役令嬢の取巻き、ということは。
この、見るからに性格の悪そうな三人組が――
未来では、私の取巻きになっている、ということなのか。
胸の奥に、得体の知れない感情が沈殿していく。
嫌悪とも、困惑とも、微妙に異なる何か。
……なんだか、とても複雑な気分ですわ。
「それはそうと……」
私の顔をじっと見つめていたマヤが、ふと何かを確信したように、小さく頷いた。
「その様子だと、例の件は……乗り越えられたみたいだね」
例の件――言うまでもなく、地下牢での一件のことだ。
もしあの時、私がアールの傷を完全に癒せていなければ。
今もなお、あの惨劇めいた訓練は続き、彼女の肉体も、精神も、すり減らされ続けていたはずだ。
そして何より――
私自身の心が、確実に闇へと沈んでいっただろう。
マヤがよく知る、“悪役令嬢”という存在に、静かに、しかし抗いようもなく近づきながら。
――考えるほどに、恐ろしいですわね。
最悪の未来は、どうにか回避できた。
その事実を知れただけでも、ここまで足を運んだ甲斐はあった。
「よかった」
そう言って、マヤは柔らかく微笑んだ。
その表情に、私の頬も自然と緩んでしまう。
「今日は、その確認に来た感じかな?」
「それもあるのだけれど……」
私は、未だ仔羊のように怯えきっている三人へと一度だけ視線を走らせ、すぐにマヤへと戻した。
「ここでは、少し……」
言葉を濁しながら、垂れ下がった左腕を右手でぎゅっと掴む。
二人きりで話がしたい――それだけで、十分に伝わるはずだ。
「……うん、そうだね。ここじゃ、色々話せないこともあるよね」
マヤは即座に私の意図を汲み取り、自室へ移動することを提案してくれた。
私は迷わず頷く。
「あっ、そうだ!」
寮館へ向かって踵を返した、その刹那だった。
マヤが何かを思い出したように、ぽんと手を叩く。
「イデア。この前誘ってくれたお茶会の話なんだけど――彼女たちも一緒に行っていいかな?」
「……へ?」
「……え!?」
「……うそ!?」
三人の声が、綺麗に重なった。
驚きに目を見開く彼女たちの表情は、まるで信じられない夢を見ているかのようだ。
けれど――
困惑しているのは、彼女たちだけではなかった。
なぜ、マヤがそんな提案を?
私には、その意図がまったく読めなかった。
悪役令嬢となった世界線の私。
そして、その取巻きだったというこの三人。
普通に考えれば、彼女たちは私と同じく――
世界に選ばれた聖女の、敵側の存在ということになる。
そんな彼女たちを、私のお茶会に招く意味。
そこに、どのような利があるというのか。
答えが見つからず、私はすぐに言葉を返せなかった。
「……」
三人は、期待と不安が入り混じった、あまりにも脆い表情でこちらを窺っている。
――誘うべき、なのですの?
迷いが胸を満たした、その時だった。
「……あの三人はね、イデアの数少ない味方だよ」
「……!」
返事に詰まる私を見かねたのだろう。
マヤが、そっと身を寄せ、耳元で囁いた。
その一言は、静かでありながら、私の心に深く沈み込んだ。
悪役令嬢となり、悪魔のような存在へと堕ちた私にも――
それでも、仲間がいた。
その事実が、胸の奥にじんわりと温もりを灯す。
それは甘さというより、凍えていた心が、ようやく人の体温を思い出したような感覚だった。
「アメリア、ミゼル、フェンダ――もしよろしければ、今度の私のお茶会に招待いたしますわ?」
ただ名前を呼んだだけ。
それだけで、三人は一斉に口元を押さえ、信じられないものを見るように目を見開いた。
次の瞬間、きらりと光るものが、その瞳に浮かぶ。
――少し、大袈裟ではなくて?
「……私たちの、名前を……」
「……イデア様が……」
「……覚えて、くださっていた……!」
声は震え、言葉は途切れ途切れだった。
その様子に、私はようやく理解する。
たかがお茶会。
されど――お茶会。
アストラル王国における四大公爵。
シュベルッツベルグ家、その長子である私が主催する茶会に招かれるという意味を。
それは単なる社交ではない。
「この者は、イデアの側にいる」と、学園に、やがては社交界全体に示す宣言だ。
それだけで、立場は数段引き上げられる。
噂は尾ひれを付け、事実以上の重みを持って独り歩きする。
ましてや――
疚しい過去や、後ろ暗い思惑を抱える貴族にとって、私という存在は、喉から手が出るほど欲しい“後ろ楯”だろう。
――そう考えれば。
彼女たちのこの反応も、あながち大袈裟ではないのかもしれませんわね。
「……それで。来てくださるのかしら?」
一応、確認をしてみると――
「熱が出ても行きます!」
「手足が千切れても行きます!」
「世界が吹き飛んでも行きます!」
「……」
あまりの勢いに、言葉を失った。
私は一度、軽く咳払いをしてから、気を取り直す。
「――では、後日改めて招待状を送らせて頂きますわね」
「「「はい!」」」
返事は、驚くほど明るく、快活だった。
とても淑女とは言い難いが――不思議と、不快ではない。
思わず、口元が緩む。
「夢にまで見た、イデア様のお茶会よ!」
「本当に信じられない……夢じゃないのよね?」
「わたし、お父様にすぐお手紙を書かなくちゃ!」
そのはしゃぎようは、まるで――
世界を正しき姿へ導く聖女でも見つめているかのようで。
少し、居心地が悪くもあり。
同時に、くすぐったくもあった。
先ほどまで、マヤに辛辣な言葉を浴びせていた姿を見た時は、意地の悪い子たちだと思ってしまいましたが――
案外、素直で、分かりやすくて。
……可愛らしいではありませんか。
私は、たぶん。
自分の味方だと分かった相手には、とことん甘くなる。
それが、悪役令嬢として致命的な欠点なのか。
それとも、人として最後に残った良心なのか。
今は、まだ分かりませんわね。




