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悪役令嬢のまま死んでたまるか! 偽聖女を演じて断罪&破滅エンドを叩き潰します!  作者: 葉月


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第2話 いきなり婚約!?

「さあ、イデアお嬢様――息を、めいっぱい吸ってくださいませ!」

「ぐ、ぐうぅ……!」


 次の瞬間、容赦のない力でコルセットが締め上げられ、私の内臓は悲鳴を上げた。

 肺が押し潰され、視界が一瞬、白く滲む。


 ――殺す気ですの?


 背後に立つメイド長は、そんな私の苦悶など露ほども気に留めていない。

 長年この屋敷に君臨してきた者だけが持つ、揺るぎない手つきで、淡々と紐を引き絞っていく。


「ちょ、ちょっと……キツいわ」

「何をおっしゃいます。本日は王太子殿下がお見えになるのですよ」


 言葉と同時に、さらに力が加わった。


「婚約してから初の顔合わせ。旦那様からも“気合を入れろ”とのご指示を受けておりますので」


 ――だからといって。


 まだ六歳の私を、ここまでぎゅうぎゅうと締め上げる必要がどこにありますの。

 私はボンレスハムではありませんし、真空保存される覚えもありませんわよ!


「――――っ!?」


 いい加減にしなさい、と視線で訴えたつもりだった。

 だが、それを“反抗”と受け取ったのか、メイド長の手はさらに容赦を失う。


「イデア様、最近、少々お菓子の召し上がりすぎではございませんか?」

「そ、そんなこと……ない、わよ」

「いいえ、食べ過ぎです。このままでは“太っちょ公爵令嬢”と呼ばれる日も近うございます」


 ――なっ!?


 この女、言っていいことと悪いことがありますわよ!


 相変わらず、このメイド長は遠慮というものを知らない。

 私が生まれる前からシュベルッツベルグ家に仕えているからといって、お父様が甘やかしすぎた結果ですわ。


 よりにもよって、この私――イデア=シュベルッツベルグに向かって、“太っちょ令嬢”などと。

 冗談でも許されるはずがありません。


 今すぐにでも不敬罪に――


「……ゔぅっ」

「はい、完了でございますよ。お嬢様」


 不敬罪を宣告するよりも先に、私の魂がこの身体から締め出されかけていた。


「さあ、旦那様がお待ちでございます」


 ……このメイド長。

 きっと私が陰で“太っちょメイド長”と呼んでいたことを、根に持っているに違いありませんわ。


「うむ。さすが私の娘だな」


 食堂へ通されるなり、弾んだ声が降ってきた。


「次期王妃に相応しい。まるで花の妖精のようではないか」

「……ありがとうございます」


 口では礼を述べたものの、内心では小さく首を傾げる。


 ――誰ですの、この人。


 普段は私に大して興味も示さなかったお父様が、アレン王太子殿下との婚約が決まった途端、まるで別人のような態度を見せている。


 それは、その装いを見れば一目瞭然だった。


 漆黒のロングコートは一目で高位貴族とわかる仕立てで、金糸と色糸による精緻な刺繍が惜しげもなく施されている。

 歩くたびに光を受け、刺繍が淡く煌めき、胸元には幾重にも重なる白いレース。

 威厳と誇示が、これでもかというほど詰め込まれていた。


 正直に言えば――

 私の黒いドレスよりも、お父様の方がよほど派手だ。


 これでは、どちらが主役なのかわからない。


 ……まあ、別にどうでもいいけれど。


 正直なところ、私は王太子の顔すら、ろくに覚えていない。

 お父様の話では、一度くらいは顔を合わせているらしいが、記憶に残らないものは、残らないのだ。


 私にとって王太子とは、所詮その程度の存在でしかなかった。


 シュベルッツベルグ家に生まれた以上、政略結婚の一つや二つ、覚悟の上だ。

 だからといって――こういう面倒で息苦しい儀式めいたものまで、好き好んで受け入れるつもりはない。


 できることなら、極力、簡潔に済ませてほしい。


『あなたは近々、この国の第一王子となる、未来の勇者――アレン=ロードナイトと婚約することになる!』


 ――なぜ、今になって。


 朝の柔らかな光が差し込む食堂で、私は数日前に聞いた“狂人の言葉”を、唐突に思い出していた。

 胸の奥に、ひやりとしたものが触れる。


 シュベルッツベルグ家は公爵家。

 しかも私はその長子であり、跡継ぎだ。


 王族との婚約など、決して突飛な話ではない。

 むしろ、家格だけを見れば「いずれはそうなる」と予想されていてもおかしくはない。


 私自身、王太子との縁談が持ち上がるとしても、それはもっと先――少なくとも、もう少し成長してからの話だと思っていた。


 だが、その違和感の正体は、朝食の席で、あっけないほど簡単に明かされることになる。


「――王太子殿下が、勇者……ですか?」


 思わず口をついて出た声は、自分でも驚くほど乾いていた。


 アレン王太子殿下が、女神の神託を受けたとされる教会関係者によって、“光の勇者”と認定されたという。

 それは、単なる噂話ではなく、教会による正式な宣告だった。


 古くから伝えられる神話がある。


 ――魔王が復活する時、人族の中より、女神の寵愛を一身に受けし者が現れる。

 それが、光の勇者。

 そして、その傍らには必ず、癒しの聖女が寄り添う、と。


 今回、その“光の勇者”に選ばれたのが、アレン=ロードナイト王太子殿下。

 教会はそれを認め、密かに各国の要人たちに告げたという。


 ……そこまでは、理解できる。


 だが。


 そこから先が、どうしても腑に落ちなかった。


 シュベルッツベルグ家は、確かにアストラル王国における四大公爵家の一つだ。

 王家に連なる血筋とも遠からず、影響力もある。


 しかし相手は、王太子にして光の勇者。

 婚姻を望む家など、国内外を問わず、星の数ほど存在するはずだ。


 他国の王女、強大な宗教国家の姫君――

 政治的にも象徴的にも、より“相応しい”相手はいくらでもいる。


 それなのに。


 なぜ――私なのか。


「イデアよ」


 重々しい声が、食堂に落ちた。


「これからお前は、婚約者としては勿論のこと……」


 一拍、間を置いてから、お父様は言った。


「――聖女として、アレン王太子殿下を支えるのだ。……よいな」


「………………は?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


 今、お父様は――なんと?


『聖女として、アレン王太子殿下を支えるのだ』


 その言葉が、脳内で何度も反響する。

 反響するたびに、思考が絡まり合い、解けなくなっていく。


 聖女……?

 誰が……?

 わたくしが……?


 ――私、聖女でしたの?


 初耳どころではない。

 そんな話、一度たりとも聞いた覚えがない。


 いえ、そもそも。


 聖女というのは、もっとこう……

 祈って、癒して、清らかで、慎ましくて――

 どう考えても、私とは縁遠い存在ではありませんこと?


 混乱のあまり、手にしていたナイフとフォークが、指先から滑り落ちた。


 カラン――


 甲高い音が食堂に響き渡り、その音ではじめて、私は現実に引き戻された。


 視線が一斉に集まる中、胸の奥では、あの少女の声が、またしても囁く。


 ――忘れないで、イデア。

 ――どうか、自分を責めないで。


 その意味を、私はまだ知らない。

 だが、この朝を境に、私の運命が確実に動き出したことだけは――否応なく、理解させられていた。

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