表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺されかけ皇女、魔王に変装を仕込まれ逆転脱出  作者: 水戸直樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/16

第3話 魔王の森に、雷が落ちた夜

 冷たい風が頬を裂くように吹き抜けた。

 枝葉の影が揺れ、夜の森は息を潜めている。


 帝国第三皇女、セシリア・ドゥルセ・アルステイン。

 金糸のような髪が、月光を受けて静かに輝いていた。


 ――こんなところまで追ってくるなんて。


 胸の鼓動が耳の奥で響く。

 ドレスの裾は泥に汚れ、ブーツは枝で裂けていた。

 彼女を囲む護衛三名の呼吸も、荒く掠れている。


「殿下、あと少しで魔王の森です!」

「急いで! 奴らが迫っているわ!」


 後方で鋭い音。

 矢が木の幹をかすめ、火花のように散った。


「くっ……!」


 セシリアは思わずしゃがみ込み、木陰に身を寄せた。

 肩越しに見える影――数十人の野盗たち。

 数が多すぎる。雇われの傭兵に、魔術師まで紛れている。


 なぜ、自分たちの移動経路に、これだけの野盗が待ち構えていたのか。


「私が狙われるなんて……」


 脳裏に、宮廷での言葉がよぎる。


 ――「平民の血を引く者が、皇族を名乗るとは」


 母は大商会の娘。

 宮廷に味方は少なかった。


 ――突然の病死。


 葬儀の日の視線だけは、忘れられない。


(私まで……お母様と同じように、消されるの?)


「伏せてください――!」


 魔弾が炸裂し、地面が抉れた。熱風が吹き上がり、木の葉が散る。


「カインッ!」

「下がって、殿下!」


 護衛三名が前に出る。

 だが次の瞬間、追手側の魔術師たちが一斉に詠唱を始めた。


(このままでは……みんな殺される!)


「後退を! 時間はまだ――!」


「……させないわ!」


 セシリアは震える息を整えた。

 皇帝直系しか扱えない護りの術式。


 指先で紋を描き――飛び出す。


「セシリア様!? 危険です、その術は――!」


「黙っていて!」


 金色の膜が三人の護衛ごと包み込む。

 展開と同時に、セシリアの指先から血が滲んだ。


 《護皇の幕インペリアル・ヴェール


 ほぼ同時に、複数の魔弾が迫る。

 森をえぐる威力。しかし――


 膜に触れた瞬間、魔弾は鈍い音を立てて弾かれ、逆方向へ跳ね返った。


「ぐあっ!?」「ぎゃ――っ!?」


 セシリアの呼吸がわずかに乱れた。


 本来は、一人を守る術式。

 それを自分以外の三人にまで広げている。


「殿下……! なぜ、私どもなどを――!」


「あなたたちを失うくらいなら、皇女でいる意味なんてないもの!」


 追手側の詠唱が途切れず、第二波が放たれた。


 金色の膜が歪み、表面に細い亀裂が走る。


「ここから離れてください……! もう持ちません!」


「そんなの、わたし――」


 言い終える前に、膜が砕け散った。

 金の破片のような光が舞い、衝撃波が四人を弾き飛ばす。


 三人の護衛は木に叩きつけられ、血を吐いて崩れ落ちた。


「カイン! レイナ! ディル……!」


 返事はない。

 動かない。


 セシリアは片膝をついたまま、息を呑む。

 幼い頃からずっと傍にいた、母の死に絶望した時も支えてくれた人たち――。

 その命が散った。


「……やめて、お願い……もうやめて!」


 一人、セシリアは駆け出す。

 涙が視界を滲ませる。金の髪が枝に絡まり、裂けたドレスの隙間から白い肌がのぞく。


「囲め! 逃がすな!」

「殺すなよ! 顔だけは傷つけるな。値が下がる!」


 野盗たちの下卑た叫びが、森にこだまする。

 “帝国一の花”と呼ばれた美貌。

 今は獲物として追われている。


(捕まったら終わり……!みんなの犠牲まで踏みにじることになる……!)


 力尽きるわけにはいかなかった。


 前方に、白い霧が立ち込める。

 “魔王の森”と呼ばれる境界の地。


 追手は足を止めかける。

 だが、すぐに再び動きを速めた。


「捕まるよりまし!」


 セシリアは迷いなく霧に飛び込む。

 皇族として、一人の娘として、尊厳を汚されるわけにはいかない。


 魔王の森に足を踏み入れた途端、靴音が泥に沈み、夜気が肌を刺した。


◇◇◇


 同時刻、夜の森を影が駆け抜けていた。

 闇より速く、風より静かに。


 リオルを乗せた大型獣ヤマトが樹々のあいだを縫うように走る。

 月光を受けるたび、雪のように白い体毛がふわりと揺れた。


「……その崖、飛んで。ショートカットする」


 低い呟き。

 ヤマトは短く「ワフ」と鳴き、さらに速度を上げた。


◇◇◇


「ほら……震えてる」

「帝国の花ってのは……本当に綺麗なんだな」


 嗤い声。獣のような息。


 セシリアは涙を拭いもせず、背筋を伸ばした。


 腰の短剣へと手を伸ばす。


(こんな奴らに汚されて死ぬくらいなら――)


 刃を首筋に当てる。


 薄く、息を吐いた。


(それより先に)


 刃が、わずかに沈む。


 ――その瞬間。


 風が止まった。

 霧が、ゆっくりと持ち上がる。

 空気が重くなる。


 金属が、微かに鳴った。

 髪が、触れられてもいないのに浮き上がる。


 ――空が軋んだ。


「な、なんだッ!?」


 賊の叫びより早く、頭上の樹が裂けて落ちる。

 青白い雷が地を走った。


 光は枝分かれし――鎖の形を取る。


 それは獲物を囲うように広がり、

 木々を絡め取り、

 人影だけを縫い留めた。


 金属を叩き続けるような音。

 鎖が地面を引きずる音。

 悲鳴が、その中に溶けた。


 彼女の目に映ったのは――黒い影。


 額に、目があった。

 角が、夜を裂くように伸びている。


 魔王かと思った。


 月光を背に片手を掲げ、無数の雷鎖を操っている。


「……なに……あれ……」


 魔方陣が展開され、鎖が森中を駆け抜けた。

 逃げる者も叫ぶ者も、光に呑まれる。


 やがて、沈黙。


 光が収まったとき、

 立っているのは、彼女だけだった。


(……助かったの?)


 胸の奥が、遅れて大きく脈打つ。

 安堵とともに、力が抜けた。


 視界がぐらりと揺れ、膝が折れる。

 ふっと意識が途切れた。


 あとには焦げた木の匂いだけが残る。


 リオルは杖を下ろし、小さく息を吐く。


「……間に合った」


◇◇◇


 地面は、掘り返されたばかりの土の匂いを残していた。


 どれほど時間が経っただろう。


 セシリアはゆっくりと目を開いた。

 視界がぼやけ、月明かりがにじむ。


「……ここは……?」


 ふと影が差した。


 巨大な影。

 山のような黒い輪郭――しかし毛並みは雪のように白く柔らかい。

 そして、つぶらで丸い金の瞳が、じっとこちらをのぞいていた。


 ――フェンリル。


「ひっ……!食べられ……」


 顔が限界まで引きつり――


 パタリ。


 再び気を失った。


「……あー」


 リオルは額を押さえた。


「ヤマト。……キノコしか食べないのに……」


 くぅぅん……

 ヤマトはしょんぼりとうなだれ、耳を垂らす。


「サイズ感のせい。おまえは悪くない」


 リオルは苦笑し、セシリアの肩にかけた外套をそっと直す。


 ヤマトは「ボク、こわくないよ……」と言わんばかりに鼻先を近づけ――

 リオルにそっと押し戻される。


「近い。また倒れられたら、手間」


 夜風がそよぎ、焚き火の明かりが揺れた。


 こうして――夜を裂く者は、一人の少女を拾った。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ