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第一章:Case No.055「友情と愛情の狭間」 パート1:高原千波の大きな悩み。失くした愛の証拠

とある寂れた探偵事務所の一室。

私、村田 結衣(むらたゆい)は棚から業務日誌を取り出し開く。

男性の字で書かれた、件名だけではわからない小説のタイトルのような依頼名を見ながら、先日の依頼内容を思い出す――




「……ここ?本当に…ここなの?」

隣に立つ親友の高原 千波(たかはらちなみ)が、消え入りそうな声で私の制服の袖を引いた。

私達の前には昭和の時代から時間が止まったような、薄汚れた灰色のコンクリート製のビル。

壁にはひび割れ、一階の定食屋「たむら」からはアジフライの油のいい匂いが漂ってくる。

二階の窓には「早稲田弁護士事務所」、三階の窓にはジョウ探偵事務所の文字…いや、ところどころ剥がれ落ちショフ探貞事務所の文字が貼られている。


「大丈夫だってば。……あ、見た目はヤバいけど、一応、私の叔父さんだから。一応ね」

千波を励ましながら、錆びついた階段を上る。

目的は三階。叔父の村田 譲(むらたゆずる)が営む探偵会社。



カラン、カラン-

三階の扉を開けると、カウベルが間の抜けた音を立てた。

逆光の中、窓際に腰掛けマグカップを片手に持ち、ポケットに片手を入れて窓の方を見ながらポーズを決めているベストにスラックス姿のオールバックの男性。


「あ、あれが叔父さんの…」

少し引いた顔の千波を見ないようにして、そう私が言いかけるのを遮るように叔父さんは、ハッキリとした声で私たちに聞こえるように呟く。


「……ふ。今日のコーヒーは可憐な少女の悩みの香りを運んでくれたようだ。案ずるな。全てはこの俺、ジョウ探偵事務所の所長であるジョウに任せてくれ。」

そう言いながら振り向き、カップに口をつける。


あの中身はその辺のスーパーで買った900mlで100円程度のアイスコーヒーだ。

しかも微糖。

あの人は豆から出した珈琲は苦くて飲めない。しかも猫舌だ。


どう考えても一発目のセリフでドン引きしたであろう、ちなみを背にして私はとにかく話を戻す。

「…(ゆずる)おじさん、ポエムはいいから。LINEで伝えてた件の友達を連れてきたよ。」


「……(ゆずる)?誰のことだ。俺はジョウ。……そうだろう?結衣。」


(ゆずる)おじさんは引きつり気味の笑みを崩さず、低い声で訂正してくる。

三十五歳にもなってでイタすぎる言動。

激しく後悔しながら、千波の方をチラリと見る。

彼女は目の前のイタイ三十代から視線を既に外しており、その先、部屋の隅のデスクにいる「もう一人」の美しさに圧倒されていた。


「現在十七時十五分。来客対応に三十分として、内容次第では残業ですね。残業代シッカリお願いしますね。所長。」


スタイルの良さが際立つタイトなパンツルックのスーツ姿でキーボードを高速で叩きながら、淡々と(ゆずる)おじさんに目も向けずに告げる助手の真壁 凛(まかべりん)さん。

モデルのようなスタイルで、めちゃくちゃ美人なのに、とにかく無表情で合理的。

(ゆずる)おじさんのズボラな性格や虚勢を見抜き、論理的に詰めるキャリアウーマン風の女性。

本来なら一流企業で働いていそう、かつ新卒二年目の年齢のはずなのに、雰囲気はベテランの風格。


「ええと……、千波。相談があるんだよね?」

私が促すと、千波はおずおずと口を開いた。

しかし、目線は凛さんに向けたままだ。


「あぁ…結衣からそれは聞いている。千波君、詳細を聞かせてもらおう。座ってくれ。」

そう言ってビニールテープの補修跡が目立つ応接ソファに腰掛けながら、私たちにも座るように促す。


「大丈夫…このソファは下の弁護士事務所から貰った奴だから、拾ってきたやつじゃないから…」

不安そうな千波に汚いものではないと教えなければ…


「あ、はい。失礼します…えぇとそれで、キーホルダーを探して欲しくて。彼氏と初めてデートした時に貰った、ペアのものなんです。昨日の放課後、彼とデートしてる途中でなくなっちゃって……。限定デザインだからもう手に入らないし…。」

(ゆずる)おじさんはカップを机に置き、仰々しく足を組み椅子の背もたれにもたれ掛かった。

「……愛の象徴の捜索。悪くない。だが、俺のスキルをそんな些事に使うのは――」

「依頼内容の詳細を確認します。」

おじさんの言葉を遮って、凛さんが立ち上がった。


凛さんの目はすでに、千波のスクールバッグの金具部分を観察している。

「高原さん。昨日の行動ルートを正確に教えて頂けますか?」


千波はおずおずとしかし、必死に思い出すようにデートコースを説明し始めた。

「えぇと、クラスが違うので、武田くんの教室に行って、学校を一緒に出てから手を繋ぎました。そのまま駅の方に向かって、駅前のゲームセンターで遊んで、プリクラを撮るのでカバンを置きました。……それからカフェに向かおうとしたら結衣と会って三人でカフェに行こうって武田くんが…。その時間は駅前が混んでて、結構人にカバンが当たっちゃって…カフェにようやく着いて席に座ったら、もう無くなってたんです。来た道を戻って武田くんも、結衣も一緒に探してくれたんですけど、見つからなくて……」


「学校、駅、ゲームセンター、カフェですね」

凛さんは手元のタブレットに地図を表示させた。


「おじさん、お願い。探すの手伝って!」

私が横から焚きつけると、(ゆずる)おじさんはフッと鼻で笑い、立ち上がり自身の古びた木製のデスクにゆっくり歩き、デスクの上の金属製に見えるほど綺麗に塗装したプラスチック製のソフトエアガンを手に取った。


「あれ、叔父さんが塗った十歳向けのやつだから…」

千波が一瞬、本物かと思うかのような悲鳴を上げたので補足をいれる。

イタくて気持ち悪いオッサンが持ったら、本物に見えちゃうのかな・・・?


「…落とした。いや、限定品か…盗まれた可能性もあるな。可能性は無限大…警察では捜索してもらえない少女の小さな悩み…俺のような探偵の仕事だ。凛、準備をしろ。この街に潜む汚い心を持ったクズを掃除する必要も考慮するぞ」


小さな悩みの一言に千波は驚きの表情を浮かべ、私も叔父さんを睨みつけ怒ろうと口を開いた瞬間、凛さんが、椅子に座りながらデスクに置いてあった消しゴムを綺麗なサイドスローで投げ、叔父さんの顔面に当てた。

いい気味だ。


「大きな悩みです、所長。土下座。」

凛さんの冷たい言葉に、すぐさま小さく丸まり額を床につける叔父さん。

これが私と血が繋がっているかと思うと、とてもやりきれない。


「ひとまず交番に行って、落とし物の届けを出しましょうか。そして、現地のルート確認。いいですね。所長。」

その一言でゆっくりと立ち上がり、タバコを咥え火を付けようとする叔父さん…のお腹に高速で未開封のコーヒーのペットボトルが飛ぶ。


「り、凛。何を…」

お腹を抑えうずくまる叔父さんに響く冷たい声。

「未成年。それもお客様の前です。所長。」


「…まぁ…だが、しかしだ。千波君。ここは探偵事務所だ…俺への依頼料、高校一年生の君に払えるのかな?」

ゴホン。と気を取り直し、火のついてないタバコを咥えたまま立ち上がる叔父さんの凄みのある声に、千波が「えっ……あの、私、お小遣いしか……」と震え上がった。


「叔父さん、それなんだけど…」と私が言いかけた時に視界の隅で凛さんが壁に貼られた『基本料金表:初回相談料一万円~』と書かれた紙をビリビリと破き始めた。


「結衣さんのご依頼ですから、ご身内ですので割引で千円ですね。」

呆気にとられる私たちを前に、事も無げに言い放ちつつ、叔父さんのデスクに向かう凛さん。

そのまま、引き出しの中から黒の合皮が剥がれかけた二つ折りの財布を取り出す。


「姪御さんのためですから、千円いただきますね。」

スッと財布から取り出し、スムーズに金庫へしまう。


「ま、待て!凛!それは!今日の銭湯と風呂上がりのミルク代…!」

「あと八百円ありますので、お風呂には入れます。」

慌てて手を伸ばす叔父さんの手をピシャリと叩く凛さん。


「おじさん、ココに住んでるの。お風呂がないから銭湯通い」

不思議そうな千波に奥の叔父さんの部屋への扉を指さす。


タイミング良く、長い白毛の大型犬で事務所の番犬、十五歳のジョンがゆっくりと扉を開き出てくる。


必死に凛さんに抗議する譲おじさんに近づき、おじさんの足を踏みながら、オンと低い声で泣く。

あれは多分、寝てた所を起こされて怒っているのだろう。


なにはともあれ、私たちの依頼は受領され、ジョンに留守を任せキーホルダー捜索を開始することになった。



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