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なにもなかった忘年会

作者: ウォーカー

 師走に入ると急に年末の感じがするもので、

人々は大掃除の準備をしたり、年末年始の食料を蓄えたりする。

そんな中で老若男女にとって重要な行事といえば、

何と言っても忘年会だろう。

クリスマスは子供にとっては楽しいものだが、

準備をする大人にとっては必ずしも楽しいことだけではない。

それと違って忘年会は、誰もが楽しめる行事だ。

ただ一人を除いては。


 忘年会には幹事という役割がある。

忘年会に参加する人たちのスケジュールを合わせたり、

忘年会を開催する店を選んで予約をしたりするのが役目だ。

実はそれがやってみると結構大変。

複数人のスケジュールを合わせるのは手間がかかる。

そして年末には忘年会があちこちで開催されるので、

店を探すのも一苦労。

参加する人の食べ物の好き嫌いまで考慮したら切りが無い。

数人の友人が集まる程度の忘年会ならまだしも、

会社などの大規模な忘年会ともなれば、

誰かの家を使うわけにもいかないし、

それだけの大人数の予約を取るのは大変な労力を必要とする。

誰もやりたがらない役割だ。


 あるところに、山下やましたという男がいた。

山下は、大きくも小さくもない会社に勤めるサラリーマン。

会社では特別に仲の良い人もいないので、口数も控えめ。

会社に友人はいらない。仕事さえできれば良い。

そんな性格が災いした。

「山下君、今年の忘年会の幹事を頼むよ。」

上司に呼び出されて言われたのは、そんな言葉。

口調は軽いが、相手は上司。断るのは難しい。

「そうか、もう忘年会の時期か。」

「今年もいい店を頼むよ、幹事!」

同僚たちから囃し立てられ、断るに断れなくなってしまった。

こうして山下は、会社の忘年会の幹事を任されることになった。


 忘年会の幹事を任されてから、山下の忙しい生活が始まった。

日中は会社の仕事に拘束され、

それ以外の時間で忘年会の準備をせねばならない。

ただでさえ年末で仕事が忙しいのに、さらに忘年会の幹事など、

無理をせねばできないことだった。

朝は元々早起きの上に更に早起きして、忘年会の店を探す。

そして夜遅くに仕事を終えると、実際に店に行って下見する日々。

そんな時に限って、同僚や上司たちは、

メニューにあれがいいこれがいい、店の雰囲気はなどと口を出してくる。

それらをメモに取りながら、条件が合いそうな店を探す。

やっと店を見つけたと思ったら、既に予約で一杯であることもしばしば。

あるいは実際に店に行ってみると、思ったよりも狭かったりして、

会社の忘年会には小さすぎると断念したことも何度もあった。

「忙しい年末に忘年会の幹事なんて、どうすればいいんだ。」

山下は頭を抱えていた。


 仕事に、忘年会の幹事に、忙しさに追われている間に時は過ぎ。

山下はもう忘年会の計画を決めなければならない時が迫っていた。

しかしそれは一歩遅かったようで、会場探しは困難を極めていた。

どこの店に問い合わせしても、予約で一杯ですと断られてしまう。

もう料理のメニューだの、店の雰囲気だの言ってられない状況になった。

こうなったら穴場を探すしか無いと、

山下は仕事が終わった夜遅くに、街へと繰り出した。

電話やインターネットでは予約を受け付けていない店を、

足を使って探そうというのだ。

繁華街の大通りはおおよそ予約で一杯だろう。

山下は明るい大通りから、薄暗い路地に入り込んだ。

路地裏にも赤ちょうちんが並んでいて、飲食店が散在している。

それらを一つ一つ、調べていった。

しかし路地裏にあるような店だから、一筋縄ではいかない。

「うちは一見さんはお断りだよ!」

「忘年会?常連さんが集まるから、部外者は無理無理!」

「うちは年末年始は一月ひとつき程休むから、忘年会は無理だねぇ。」

暖簾を潜る度、山下は失意を抱えて帰ってきた。

もう忘年会は会社ででもやるしかないのだろうか。

山下がそう諦めかけた時、路地裏の奥の奥に、一件の居酒屋を見つけた。


 その居酒屋は、見るからに古くてボロボロだった。

店先の赤ちょうちんは裂けて、まるで何かの妖怪の様。

引き戸はかしいでいて、開けるのに苦労した。

「こ、こんばんは~、空いてますか?」

山下が声をかけると、奥から老婆がヨロヨロと現れた。

「いらっしゃい。うちみたいな古い店にお客さんなんて、久しぶりですよ。」

やはり店の外見の通り、流行っている店ではないようだ。

そんな店を山下は探していた。

「あの、今年の忘年会をやりたいんですけど、予約は空いてますか?」

すると老婆は、ワンテンポ遅れてゆっくり反応した。

「・・・はいはい、空いてますよ。

 うちで予約してくれるお客さんなんて、そうはいませんからね。」

「そうなんですか?結構大きい店なのに。」

「はい。何せ古いものでねぇ。お品書きも用意できませんで。」

老婆の言葉は途中から山下には届いていない。

探し回った結果、やっと忘年会の会場を見つけて、

今の山下は砂漠でオアシスを見つけたような気になっていた。

「メニューはこの際、何でも構いません!

 会社の忘年会をするんです!予約させてください!」

「・・・本当にうちでよろしいんで?」

「はい!もちろん。」

喜んだ山下は予約に飛びついてしまった。

そのせいで、その店に潜む影を見落としてしまっていた。


 日付は過ぎて、今日は山下の会社の忘年会当日。

「山下くん、今日の忘年会の準備はできてるんだろうね?」

「ええまあ、なんとか。」

「そうか。頼りになる幹事だ。」

山下は控えめに同僚たちに答えた。

さあ忘年会だと、皆を引き連れて、例の路地裏の奥の店へ向かった。

そこにはやはり、一見、お化け屋敷のような店が佇んでいた。

同僚が心配そうに言う。

「あれが、忘年会の会場か?」

「えらくボロボロだけど、大丈夫なのか。」

「大丈夫ですよ。古いですけど、中は意外と広いんです。」

傾いだ引き戸を引きながら、山下は答えた。

「こんばんはー。予約してた山下ですけど。」

山下が声を掛けると、やはり奥から老婆がヨロヨロと現れた。

「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ。

 どうぞ、何も無いところですが、席におかけください。」

ドヤドヤと山下の同僚たちは、木のテーブル席に座っていった。

店をぐるっと見渡した。

店には居酒屋にありそうなメニューの張り紙もない。

ならば別紙のメニューがあるのだろうと、同僚たちは老婆に言った。

「お婆さん、メニュー下さい。」

しかし老婆は、柔和な笑顔を浮かべて首を振った。横に。

「うちはお品書きは無いんですよ。

 昔は色々あったんですけど、今はもう無くなってしまって。」

「メニューがない?

 じゃあどうやって注文するんですか?」

「うちはもう随分とお客さんが来たことがなくて、

 八百屋さんも魚屋さんも、酒屋さんとも、

 取り引きがなくなってしまったんです。」

嫌な予感がする。山下は冷や汗を垂らした。

そういえば山下は、この店を見つけた時、

予約が空いていることに飛びついて、店のメニューすら調べていなかった。

見れば店にはメニューはおろか、調理中の食べ物の匂いすらしないではないか。

お通しすら配膳されていないのが、そもそも異常。

山下は汗を垂らして老婆に尋ねた。

「じゃあ、この店にあるものは何なんですか?」

老婆は穏やかに答えた。

「うちにあるのは、自家製のどぶろくくらいですねぇ。」


 山下が忘年会の会場として選んだ店には、致命的な問題があった。

あるいは、なにもない事が問題と言うべきか。

店は古く客が来ないので、酒も料理もろくに用意されていなかったのだ。

同僚たちが騒ぎ出す。

「おいおい、とりあえずビールも出せないのか?」

「これじゃただ座るだけの場所じゃないか。」

「幹事、どうなってんだよ。」

非難の矛先が、忘年会の幹事である山下に向いた。

このままでは大事な忘年会が台無しになってしまう。

それどころか、会社内での人間関係にも影響が出るだろう。

必死に考えた山下は、とっさに言った。

「みんな、知りませんでした?

 これが今流行りの、DIY居酒屋なんですよ。」

「DIY居酒屋?」

「そう。DIYとは、Do It Yourself。つまり自分でやるということ。

 この居酒屋は、その最先端のDIYを取り入れた居酒屋なんです。」

「つまりどういうことだ?」

「それはこうです。

 店側は、席とキッチンを提供するだけ。

 材料を買ってきて調理するのも、飲み物を調達するのも、

 全部自分たちでやるんですよ。

 そうですよね・・・お婆さん?」

必死の山下に、老婆は穏やかに答えた。

「ええ、うちはそれで構いませんよ。

 お客さんはいなくとも、台所の準備は欠かしたことがないですから。

 もしも必要なものがあれば、持ってきてくれていいですよ。」

「ええー、そうなの?」

「そんなの聞いたことがないけど。」

「とはいえ、なにもないならやるしかないか。」

同僚たちは疑問を持ちながらも、ガタガタと立ち上がった。

いずれにせよ、食べ物も飲み物も、自分たちで用意せねばならない。

忘年会シーズンの今、他の店に移るなど難しいだろうから。

ある社員が言う。

「わたし、料理できます。

 必要な材料とかメモしますので、買ってきてくれますか?

 他に料理できる人は、一緒に準備をしましょう。」

不承不承、山下を含めた一行は、食料と飲み物の調達に出た。


 居残り組が台所の設備を一通り確認した辺りで、買い出し組が戻ってきた。

その手にはキャベツや大根などの野菜、

それに缶ビールなどの飲み物が、どっさり用意されていた。

「さあ、みんな、料理を始めましょう!」

「ビールは表に置いておけば、この冬の寒さで冷えるだろう。」

まるでキャンプのように、みんなで料理が始まった。

それはやむなく始めたことだったが、やってみると案外楽しかった。

普段、仕事で付き合うだけの人たちと、一緒に料理をする。

まるで本当のキャンプか慰安旅行のようだった。

そして夕飯の時間にはギリギリの時間で、料理が完成し始めた。

「はい、こっちの料理、できたよ!」

「よし!じゃあまずはみんなで乾杯しよう。

 料理をしてくれている人も、少し手を止めてくれ。

 さあ、幹事。乾杯の音頭を取ってくれ。」

山下は缶ビールを持って立ち上がった。

周囲を囲む同僚たちは、楽しそうな顔をしてくれている。

本当は分かっている。

山下は忘年会の店選びで大失敗をしたのだ。

でも、同僚たちはそれを責めなかった。

責めるどころか、ありもので忘年会をできるようはからってくれた。

同僚たちには不満もあることだろう。

でも、この忘年会を大事に、同僚やましたを大事にするため、

不満を引っ込めてくれている。

会社に友人はいらない。

そんな風に考えていた自分に教えてくれたのだ。

だから山下は頭を下げた。

「皆さん、今日はありがとうございます。

 皆さんのおかげで、忘年会が開けるようになりました。

 これがみんなで協力するということだと教わりました。

 みんなの団結に、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

ベンベンと缶ビールを当て合って乾杯をした。

その中には、この店の老婆も含まれていた。

実は料理を主導してくれたのは老婆だったので、

同僚が気を利かせて老婆も忘年会に誘ったのだ。

「みなさん、ありがとうございます。

 うちの店がこんなに賑やかになったのは、久しぶりですよ。」

老婆は穏やかに、嬉しそうに言った。

古い店は今、薪に火が灯ったように温かく賑やかで、

それは日付が変わっても続いたという。


 こうして、山下が幹事を務める忘年会は無事に終わった。

同僚たちは次の日になるまで飲み明かし、始発電車で帰宅していった。

「今日は本当にご来店ありがとうございました。

 後片付けは私がやりますから任せて下さい。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

「お婆さん、良いお年を!」

「そちらさまも。」

居酒屋の老婆はそう言って頭を下げた。

老婆は何もできなかったからと、一切の料金を受け取らなかった。

それに何だか負い目を感じて、山下はまたこの店に来ようと思っていた。


 年が明けてしばらくして。

山下は、ふと、あの老婆の店の事が気になった。

「そういえば、あの後はろくにお礼もしてないな。

 今日はあの店で飲んで帰るか。」

あの老婆の店にはどうせ何も無いのを知っている。

缶ビールを買って、山下はあの老婆の店へ向かった。

大通りから裏路地へ、裏路地を奥へ奥へと進んでいく。

もうすぐ老婆の店のはず。しかし何か様子がおかしい。

あの妖怪のような赤ちょうちんも、何の明かりも点いてないのだ。

「ここ、だよな?」

山下は誰にともなく確認する。

そこは確かに、この間、楽しい時を過ごした場所。

間違いないはずだ。

しかし今は明かりもなく、暗闇に溶け込んでいる。

あの傾いで開けづらい戸に、張り紙がしてある。

山下は月明かりを頼りに張り紙を読んだ。


店主急逝の為、閉店いたします。

今までありがとうございました。


そこには短く、そう書かれていた。

その後、山下が新聞を調べて分かったこと。

あの老婆は、山下たちとの忘年会が終わった後、

店で片付けをしている最中に倒れ、そのまま亡くなっていた。

亡くなったという日付が、

山下たちが忘年会をした日付と同じだったから間違いない。

どうして片付けを一緒にしなかったのだろう。

もしそうしても、一命を取り留められた保証はない。

でもそう思わずにはいられない。

あの老婆は、年を越すことなく亡くなっていたのだ。

このことを同僚たちに伝えるべきか、山下は迷った。

「・・・今は、僕だけが知っていればいい。」

そう結論した。

老婆は山下たちが楽しそうにしていたのを、たいそう喜んでいた。

だったら、皆を悲しませる必要もないだろう。

思い出は美しいままで。

山下は歯を食いしばって、今日も仕事に勤しんだ。



終わり。


 今年も残り後少し。

忘年会のシーズンなので、忘年会の話にしました。


ついうっかり、良いお年を!なんて言ってしまいますが、

高齢の方や病気を患っている方にとっては、

無事に年を越せる保証はありません。

そうでなくとも、一見健康そうな人でも、

急に体が悪くなってしまうことがあります。


この話を読んでくださった方に、誰も欠けずに年を越して欲しい。

そう思って話を書いていきました。


お読み頂きありがとうございました。


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