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なにもなかった忘年会

作者: ウォーカー
掲載日:2025/12/14

 師走に入ると急に年末の感じがするもので、

人々は大掃除の準備をしたり、年末年始の食料を蓄えたりする。

そんな中で老若男女にとって重要な行事といえば、

何と言っても忘年会だろう。

クリスマスは子供にとっては楽しいものだが、

準備をする大人にとっては必ずしも楽しいことだけではない。

それと違って忘年会は、誰もが楽しめる行事だ。

ただ一人を除いては。


 忘年会には幹事という役割がある。

忘年会に参加する人たちのスケジュールを合わせたり、

忘年会を開催する店を選んで予約をしたりするのが役目だ。

実はそれがやってみると結構大変。

複数人のスケジュールを合わせるのは手間がかかる。

そして年末には忘年会があちこちで開催されるので、

店を探すのも一苦労。

参加する人の食べ物の好き嫌いまで考慮したら切りが無い。

数人の友人が集まる程度の忘年会ならまだしも、

会社などの大規模な忘年会ともなれば、

誰かの家を使うわけにもいかないし、

それだけの大人数の予約を取るのは大変な労力を必要とする。

誰もやりたがらない役割だ。


 あるところに、山下やましたという男がいた。

山下は、大きくも小さくもない会社に勤めるサラリーマン。

会社では特別に仲の良い人もいないので、口数も控えめ。

会社に友人はいらない。仕事さえできれば良い。

そんな性格が災いした。

「山下君、今年の忘年会の幹事を頼むよ。」

上司に呼び出されて言われたのは、そんな言葉。

口調は軽いが、相手は上司。断るのは難しい。

「そうか、もう忘年会の時期か。」

「今年もいい店を頼むよ、幹事!」

同僚たちから囃し立てられ、断るに断れなくなってしまった。

こうして山下は、会社の忘年会の幹事を任されることになった。


 忘年会の幹事を任されてから、山下の忙しい生活が始まった。

日中は会社の仕事に拘束され、

それ以外の時間で忘年会の準備をせねばならない。

ただでさえ年末で仕事が忙しいのに、さらに忘年会の幹事など、

無理をせねばできないことだった。

朝は元々早起きの上に更に早起きして、忘年会の店を探す。

そして夜遅くに仕事を終えると、実際に店に行って下見する日々。

そんな時に限って、同僚や上司たちは、

メニューにあれがいいこれがいい、店の雰囲気はなどと口を出してくる。

それらをメモに取りながら、条件が合いそうな店を探す。

やっと店を見つけたと思ったら、既に予約で一杯であることもしばしば。

あるいは実際に店に行ってみると、思ったよりも狭かったりして、

会社の忘年会には小さすぎると断念したことも何度もあった。

「忙しい年末に忘年会の幹事なんて、どうすればいいんだ。」

山下は頭を抱えていた。


 仕事に、忘年会の幹事に、忙しさに追われている間に時は過ぎ。

山下はもう忘年会の計画を決めなければならない時が迫っていた。

しかしそれは一歩遅かったようで、会場探しは困難を極めていた。

どこの店に問い合わせしても、予約で一杯ですと断られてしまう。

もう料理のメニューだの、店の雰囲気だの言ってられない状況になった。

こうなったら穴場を探すしか無いと、

山下は仕事が終わった夜遅くに、街へと繰り出した。

電話やインターネットでは予約を受け付けていない店を、

足を使って探そうというのだ。

繁華街の大通りはおおよそ予約で一杯だろう。

山下は明るい大通りから、薄暗い路地に入り込んだ。

路地裏にも赤ちょうちんが並んでいて、飲食店が散在している。

それらを一つ一つ、調べていった。

しかし路地裏にあるような店だから、一筋縄ではいかない。

「うちは一見さんはお断りだよ!」

「忘年会?常連さんが集まるから、部外者は無理無理!」

「うちは年末年始は一月ひとつき程休むから、忘年会は無理だねぇ。」

暖簾を潜る度、山下は失意を抱えて帰ってきた。

もう忘年会は会社ででもやるしかないのだろうか。

山下がそう諦めかけた時、路地裏の奥の奥に、一件の居酒屋を見つけた。


 その居酒屋は、見るからに古くてボロボロだった。

店先の赤ちょうちんは裂けて、まるで何かの妖怪の様。

引き戸はかしいでいて、開けるのに苦労した。

「こ、こんばんは~、空いてますか?」

山下が声をかけると、奥から老婆がヨロヨロと現れた。

「いらっしゃい。うちみたいな古い店にお客さんなんて、久しぶりですよ。」

やはり店の外見の通り、流行っている店ではないようだ。

そんな店を山下は探していた。

「あの、今年の忘年会をやりたいんですけど、予約は空いてますか?」

すると老婆は、ワンテンポ遅れてゆっくり反応した。

「・・・はいはい、空いてますよ。

 うちで予約してくれるお客さんなんて、そうはいませんからね。」

「そうなんですか?結構大きい店なのに。」

「はい。何せ古いものでねぇ。お品書きも用意できませんで。」

老婆の言葉は途中から山下には届いていない。

探し回った結果、やっと忘年会の会場を見つけて、

今の山下は砂漠でオアシスを見つけたような気になっていた。

「メニューはこの際、何でも構いません!

 会社の忘年会をするんです!予約させてください!」

「・・・本当にうちでよろしいんで?」

「はい!もちろん。」

喜んだ山下は予約に飛びついてしまった。

そのせいで、その店に潜む影を見落としてしまっていた。


 日付は過ぎて、今日は山下の会社の忘年会当日。

「山下くん、今日の忘年会の準備はできてるんだろうね?」

「ええまあ、なんとか。」

「そうか。頼りになる幹事だ。」

山下は控えめに同僚たちに答えた。

さあ忘年会だと、皆を引き連れて、例の路地裏の奥の店へ向かった。

そこにはやはり、一見、お化け屋敷のような店が佇んでいた。

同僚が心配そうに言う。

「あれが、忘年会の会場か?」

「えらくボロボロだけど、大丈夫なのか。」

「大丈夫ですよ。古いですけど、中は意外と広いんです。」

傾いだ引き戸を引きながら、山下は答えた。

「こんばんはー。予約してた山下ですけど。」

山下が声を掛けると、やはり奥から老婆がヨロヨロと現れた。

「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ。

 どうぞ、何も無いところですが、席におかけください。」

ドヤドヤと山下の同僚たちは、木のテーブル席に座っていった。

店をぐるっと見渡した。

店には居酒屋にありそうなメニューの張り紙もない。

ならば別紙のメニューがあるのだろうと、同僚たちは老婆に言った。

「お婆さん、メニュー下さい。」

しかし老婆は、柔和な笑顔を浮かべて首を振った。横に。

「うちはお品書きは無いんですよ。

 昔は色々あったんですけど、今はもう無くなってしまって。」

「メニューがない?

 じゃあどうやって注文するんですか?」

「うちはもう随分とお客さんが来たことがなくて、

 八百屋さんも魚屋さんも、酒屋さんとも、

 取り引きがなくなってしまったんです。」

嫌な予感がする。山下は冷や汗を垂らした。

そういえば山下は、この店を見つけた時、

予約が空いていることに飛びついて、店のメニューすら調べていなかった。

見れば店にはメニューはおろか、調理中の食べ物の匂いすらしないではないか。

お通しすら配膳されていないのが、そもそも異常。

山下は汗を垂らして老婆に尋ねた。

「じゃあ、この店にあるものは何なんですか?」

老婆は穏やかに答えた。

「うちにあるのは、自家製のどぶろくくらいですねぇ。」


 山下が忘年会の会場として選んだ店には、致命的な問題があった。

あるいは、なにもない事が問題と言うべきか。

店は古く客が来ないので、酒も料理もろくに用意されていなかったのだ。

同僚たちが騒ぎ出す。

「おいおい、とりあえずビールも出せないのか?」

「これじゃただ座るだけの場所じゃないか。」

「幹事、どうなってんだよ。」

非難の矛先が、忘年会の幹事である山下に向いた。

このままでは大事な忘年会が台無しになってしまう。

それどころか、会社内での人間関係にも影響が出るだろう。

必死に考えた山下は、とっさに言った。

「みんな、知りませんでした?

 これが今流行りの、DIY居酒屋なんですよ。」

「DIY居酒屋?」

「そう。DIYとは、Do It Yourself。つまり自分でやるということ。

 この居酒屋は、その最先端のDIYを取り入れた居酒屋なんです。」

「つまりどういうことだ?」

「それはこうです。

 店側は、席とキッチンを提供するだけ。

 材料を買ってきて調理するのも、飲み物を調達するのも、

 全部自分たちでやるんですよ。

 そうですよね・・・お婆さん?」

必死の山下に、老婆は穏やかに答えた。

「ええ、うちはそれで構いませんよ。

 お客さんはいなくとも、台所の準備は欠かしたことがないですから。

 もしも必要なものがあれば、持ってきてくれていいですよ。」

「ええー、そうなの?」

「そんなの聞いたことがないけど。」

「とはいえ、なにもないならやるしかないか。」

同僚たちは疑問を持ちながらも、ガタガタと立ち上がった。

いずれにせよ、食べ物も飲み物も、自分たちで用意せねばならない。

忘年会シーズンの今、他の店に移るなど難しいだろうから。

ある社員が言う。

「わたし、料理できます。

 必要な材料とかメモしますので、買ってきてくれますか?

 他に料理できる人は、一緒に準備をしましょう。」

不承不承、山下を含めた一行は、食料と飲み物の調達に出た。


 居残り組が台所の設備を一通り確認した辺りで、買い出し組が戻ってきた。

その手にはキャベツや大根などの野菜、

それに缶ビールなどの飲み物が、どっさり用意されていた。

「さあ、みんな、料理を始めましょう!」

「ビールは表に置いておけば、この冬の寒さで冷えるだろう。」

まるでキャンプのように、みんなで料理が始まった。

それはやむなく始めたことだったが、やってみると案外楽しかった。

普段、仕事で付き合うだけの人たちと、一緒に料理をする。

まるで本当のキャンプか慰安旅行のようだった。

そして夕飯の時間にはギリギリの時間で、料理が完成し始めた。

「はい、こっちの料理、できたよ!」

「よし!じゃあまずはみんなで乾杯しよう。

 料理をしてくれている人も、少し手を止めてくれ。

 さあ、幹事。乾杯の音頭を取ってくれ。」

山下は缶ビールを持って立ち上がった。

周囲を囲む同僚たちは、楽しそうな顔をしてくれている。

本当は分かっている。

山下は忘年会の店選びで大失敗をしたのだ。

でも、同僚たちはそれを責めなかった。

責めるどころか、ありもので忘年会をできるようはからってくれた。

同僚たちには不満もあることだろう。

でも、この忘年会を大事に、同僚やましたを大事にするため、

不満を引っ込めてくれている。

会社に友人はいらない。

そんな風に考えていた自分に教えてくれたのだ。

だから山下は頭を下げた。

「皆さん、今日はありがとうございます。

 皆さんのおかげで、忘年会が開けるようになりました。

 これがみんなで協力するということだと教わりました。

 みんなの団結に、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

ベンベンと缶ビールを当て合って乾杯をした。

その中には、この店の老婆も含まれていた。

実は料理を主導してくれたのは老婆だったので、

同僚が気を利かせて老婆も忘年会に誘ったのだ。

「みなさん、ありがとうございます。

 うちの店がこんなに賑やかになったのは、久しぶりですよ。」

老婆は穏やかに、嬉しそうに言った。

古い店は今、薪に火が灯ったように温かく賑やかで、

それは日付が変わっても続いたという。


 こうして、山下が幹事を務める忘年会は無事に終わった。

同僚たちは次の日になるまで飲み明かし、始発電車で帰宅していった。

「今日は本当にご来店ありがとうございました。

 後片付けは私がやりますから任せて下さい。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

「お婆さん、良いお年を!」

「そちらさまも。」

居酒屋の老婆はそう言って頭を下げた。

老婆は何もできなかったからと、一切の料金を受け取らなかった。

それに何だか負い目を感じて、山下はまたこの店に来ようと思っていた。


 年が明けてしばらくして。

山下は、ふと、あの老婆の店の事が気になった。

「そういえば、あの後はろくにお礼もしてないな。

 今日はあの店で飲んで帰るか。」

あの老婆の店にはどうせ何も無いのを知っている。

缶ビールを買って、山下はあの老婆の店へ向かった。

大通りから裏路地へ、裏路地を奥へ奥へと進んでいく。

もうすぐ老婆の店のはず。しかし何か様子がおかしい。

あの妖怪のような赤ちょうちんも、何の明かりも点いてないのだ。

「ここ、だよな?」

山下は誰にともなく確認する。

そこは確かに、この間、楽しい時を過ごした場所。

間違いないはずだ。

しかし今は明かりもなく、暗闇に溶け込んでいる。

あの傾いで開けづらい戸に、張り紙がしてある。

山下は月明かりを頼りに張り紙を読んだ。


店主急逝の為、閉店いたします。

今までありがとうございました。


そこには短く、そう書かれていた。

その後、山下が新聞を調べて分かったこと。

あの老婆は、山下たちとの忘年会が終わった後、

店で片付けをしている最中に倒れ、そのまま亡くなっていた。

亡くなったという日付が、

山下たちが忘年会をした日付と同じだったから間違いない。

どうして片付けを一緒にしなかったのだろう。

もしそうしても、一命を取り留められた保証はない。

でもそう思わずにはいられない。

あの老婆は、年を越すことなく亡くなっていたのだ。

このことを同僚たちに伝えるべきか、山下は迷った。

「・・・今は、僕だけが知っていればいい。」

そう結論した。

老婆は山下たちが楽しそうにしていたのを、たいそう喜んでいた。

だったら、皆を悲しませる必要もないだろう。

思い出は美しいままで。

山下は歯を食いしばって、今日も仕事に勤しんだ。



終わり。


 今年も残り後少し。

忘年会のシーズンなので、忘年会の話にしました。


ついうっかり、良いお年を!なんて言ってしまいますが、

高齢の方や病気を患っている方にとっては、

無事に年を越せる保証はありません。

そうでなくとも、一見健康そうな人でも、

急に体が悪くなってしまうことがあります。


この話を読んでくださった方に、誰も欠けずに年を越して欲しい。

そう思って話を書いていきました。


お読み頂きありがとうございました。


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