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権力は従うものではなく監視すべきものであり、破壊するものでは無く養育すべきものである 2/2

作者: 宮澤史郎
掲載日:2025/11/10

 日本酒は甘ったるい。仕方ない。無いよりは良い。今日はウィスキーが切れている。昨日飲みきって、今日買うつもりが、忘れた。どうしてこんな大事なことを忘れたのか。明日こそ忘れないようして、今日はこのうまくない日本酒で我慢する。

 俺は九ボルトの電池によって戦争を忘れ、飛行機を忘れ、特攻を忘れ、特攻出撃のしくじりを忘れ、天皇に失望し、当時の政府を無能力者と認定し、軍司令官への怨嗟を撤廃した。

 後悔は微塵も感じない。後悔する理由が無い。

 恐怖も毛ほども感じない。急降下爆撃訓練の方がずっと恐怖だった。いくら訓練したあとでも、実戦の方がさらに遙かに恐怖だった。

 特攻に指名された瞬間は、恐怖より絶望だった。

 それから特攻に離陸するまでは、現実からの逃避、自分に対する欺瞞、生存の渇望、世界に絶望、戦争終結への甘い期待、起こり得ない奇跡を夢想、死への覚悟、覚悟できない苦悩、死ぬ意義を探索、死後の世界の想像と否定、堂々巡りの思考、それでも必要な最低限度の食事と睡眠と排泄を嘲笑、戦友に張りたい虚勢、戦友に秘匿したい怯懦、わずかばかりの使命感、二階級特進で下士官曹長から将校少尉かという空疎な名誉心、死の美化、急降下時の落下感と共に敵艦の甲板が目前に急迫する状況を予見、敵艦命中の前に対空砲撃に撃墜される無念、あるいは敵上空到達前に敵邀撃機の餌食になる屈辱、どうせ死ぬなら敵艦に命中したいという無残な希望、死んで元々と爆弾を投下して帰還しようという選択肢の未発見あるいは意図的無視、軍隊の理不尽、人類の愚昧、個人の卑小、命の軽薄さと命令の絶対性の対比、何をどう考えても強制的に他人の命令で死ぬことに納得は得られなかった。

 そして、九ボルトの電池はそれらをリセットした。


 日本酒やワインを薄めて飲む事は無い。ビールもだ。ウィスキーや焼酎を薄めて飲むことがあるのは、アルコール度数が高いからだけが理由だろうか。本来はそのまま飲むように作られている気がする。まぁ、しかし、嗜好品、誰がどう楽しんでも俺の知ったことではない。俺も冬はウィスキーをお湯で薄めて飲むからな。しかし本当は、そのままと飲むのが一番うまいと思う。

 奴は、精神的にも肉体的にも苦しむことは無かったと考えられる。死ぬ覚悟は不要だった。腕や足が千切れる苦痛も無かった。限定された意味で安からに死んでいった。それで良かったのだろうか。

 あれほど楽に死なせて良かったのか。あれでは、死なせることに意味が無かったかもしれない。死ぬというのは、恐怖と苦痛が伴うはずだ。不治の病での自殺であっても、不治の病を受け容れる苦悶があり、自殺の恐怖がある。

 あの野郎は心室細動でほとんど苦痛無く死んでいった。俺は失敗した。奴は意味を知らずに死んでいった。いや、死んでいくことさえ知らなかった。心室細動で眠ったその延長線上にいただけだ。

 年齢的にも充分生きた上に、人間として理想的な死に方をした。死を知らずに、痛み無く死んだ。大往生だ。俺はむしろ、奴を救ったのか。奴に最高の死を贈呈したのか。俺自身が犯罪者として立件されるかもしれない危険を負担してまで。

 それより、俺はお前を本気でいつか近い内に殺してやる、と面と向かって言ってやった方がずっと意味があったのではないか。奴は、少しは恐れたかもしれない。死を感じたかもしれない。殺される理由を聞いて、わずかでも恥を知ったかもしれない。

 俺は奴を幸福にしてやったことを悔やみながら、犯罪の立件を恐れながら、これから生きていくのか。馬鹿らしい限りだ。奴に精神的な苦しみ、肉体的な痛みでも与えたなら、法的懲罰という代価を払うことになってもいくらか納得もするが、これでは踏んだり蹴ったり、なんと悲しく愚かなことだ。


 人間社会に確かなものなど無いということか。世界大戦さえ、過ぎてしまえば反省の対象程度。そして、今のところ大戦こそ無いが朝鮮やベトナムでの戦争、内戦はあちこちで発生している。大戦を二回もやったあともこのざまだ。

 俺が特攻に行ったかどうか、第四航空軍司令官を殺したかどうかも俺の記憶が怪しいだけではなく、この世界で起こったことなのかどうかも怪しいということだ。

 俺に痴呆が始まっているとしたら、そしてそれが終点まで進行したら、俺の人生一切が俺にとっては無かった事になる。俺はいつまで自分の過去を、人生を思い出せるのか。既に、忘れた部分や記憶違いがあるのか。

 確かに俺は殺した。

 殺したとき、充分に冷静だった。計画を立て、計画通り実行した。

 あいつは何人殺した。理由は何だ。戦争であれ、命令であれ、人を殺すことに変わりは無い。

 私怨を動機とした計画的殺人と戦争による殺人は、何が違う。戦争で殺すのは敵であり、祖国、同胞を救うためだ。俺が殺したのも俺や戦友の敵であり、自分の良心を救うためだ。

 戦争では、焼夷弾による盲爆で一晩に一一万の民間人が焼け死に、二発の原爆で合わせて一五万から二五万人が殺された。俺はひとりの老人を殺した。

 特攻にやらされたときは、冷静とはほど遠かった。戦争が終わってからも、しばらくは燃えるような恨みがあった。時間が経つ毎に心は冷えてきた。燃えるような恨みが、凍結した憎しみに変わった。計画を立てた。実験もやった。冷静に実行した。実行したあと、達成感があった。歓喜すら感じた。

 それが罪なら勝手にすれば良い。後悔は無い。

 私的制裁は違法だ。人類の歴史からすれば、比較的最近に禁止された。

 この国が、日本人が戦争犯罪を追究したなら、あいつは有罪だ。それを、俺が代わって裁いてやった。どうせ死刑なら、誰が、政府が実行しても個人が代行しても同じ事だ。

 法は国や時代によって異なるが、理性に基づく正義は一定だ。軍服や法服を着ていれば殺人が許されるが、私服では許されないのか。

 俺に罪があるなら、それは実行が遅すぎたことだ。戦争中にやっていれば、特攻で殺された人間を何人か救えた。

 それに忘れてはならないのは、この国は戦争犯罪を追究しなかったという罪を犯したことだ。

 軍隊は俺の青春であり、人生そのものであり、男の生き方でもあった。俺は軍隊から抜け出せなかった。シベリアから帰国したとき、軍服を着て内地の土を踏んだあいつもそうだった。あいつはあいつで変われなかった。俺は俺で変われなかった。俺は俺の信じたことをやったが、あいつが理解していない限り意味は無かった。

 では、俺のやったことは無駄か。人は何のために行動するのか。生きることさえ無駄か。


 永友は今日、甥を車に乗せて聖籠村から新潟まで買い物に行った。帰りに危うく赤信号を無視して交差点に入りかけた。甥が、これは停まる気が無いなと判断、赤、と注意して急ブレーキで事なきを得た。永友は全く赤信号に気づいていなかった。

 永友にはショックだった。元飛行機乗りの俺が車さえまともに運転出来なくなった、と老いを感じた。昭和五〇年、まだ五七歳、単なる不注意であったのかもしれないが。

 夜、ウィスキーを飲みはじめて昼の信号無視のショックを忘れ、過去との遊びが始まった。

 この国は、戦争中も矛盾と愚劣に満ちていたが、戦後も戦争の後始末については無意味と不運が支配していた。簡単に不運と言うには、戦争で殺された兵隊や民間人に申し訳が無い。悪運、悲運も弱すぎる。災難、否、大惨事。

 戦争開始を裁可した史仁に、立憲君主は政府の決定に口を挟めなかった、との言を日本人は許した。

 彼は、勝ちさえすれば関東軍の暴走を止めず、むしろ勅語で褒めた。開戦二ヶ月でシンガポールを攻略、三ヶ月でジャワ島・バンドンを攻略したときは、戦果が余りに早く挙がりすぎるよ、とはしゃいだ。

 戦争終結に当たっては、政府も軍も決定できなかったから朕が決定した、との言を日本人は許した。

 ポツダム宣言が発表されたのは七月二六日、八月六日に広島、続いて九日に長崎に原爆、それでも国体の護持、即ち自身の助命保証に拘って、宣言を受諾したのは一四日。

 朕に言わせれば、戦争を起こしたのは軍と政府、戦争を止めさせたのは自分。立派な政治家である。天皇という職業に就けておくのはもったいない。

 マスコミに自らの戦争責任を問われて、そのような言葉のあやについては文学は研究していないから分からない、と答えた。言葉のあやでどれだけの人間が殺されたのだ。

 広島への原爆投下については、遺憾ではあるが、戦争中であるから広島市民には気の毒だが仕方が無い、と答えた。よくも、広島も長崎も黙っていたものだ。

 アメリカ訪問時は、私が深く悲しみとする過去の不幸な戦争、とまるで他人事とした。アン・ファッキング・ベリーバブル、信じられない、と呟いたアメリカ人はどれほどいたのか。

 ベニート・ムッソリーニは処刑された。

 アドルフ・ヒトラーは自殺した。

 史仁は、連合軍総司令官ダン・モーガンから立派な首輪を貰った。吊すための首輪では無く、日本の占領統治を円滑にすすめるように彼を飼う為の首輪だ。

 戦勝国が敗戦国を一方的に事後法で裁くという茶番、東京裁判が行われたが、そのせいか、日本人が日本政府、軍部、天皇の戦争責任を追究することは無かった。悲劇を通り越して喜劇とも言えるのは、対米英開戦の詔書に署名した岸谷信輔きしやのぶすけ国務大臣が、戦後総理大臣になったことだ。

 ドイツでは、ニュルンベルク裁判の後に、未だにナチスを追究している。

 軍と政府の戦争指導の過ち、戦争遂行の専横、国民からかけ離れた特権、国民への背信、兵隊、民間人、外国人に対する残虐行為、罪名はいくらでも挙げられる。しかし日本人は、なにひとつ追究せず、全てを許した。

 裁く法律が無かったからか。権力は自らに必要な法律を作成し、便利に解釈し、如何様にもねじ曲げ、自由に執行する。それに対抗するための民衆の暴力は許容される。

 加えて敵であったアメリカの、非戦闘員、老弱男女を問わない無差別爆撃による虐殺、複数の原子爆弾による大量殺戮をも不問にした。長崎への原爆投下翌日に中立国であるスイスを通じて原爆の使用を非難したことに限っては、戦後の政府より正常と言える皮肉。戦後の政府はアメリカの飼い犬だ。

 この国の人間は今までがそうであったように、これからも責任を一切取らない政府に騙され続けるだろう。日本人各個人の資質ではなく、権力という幻想、あるいは悪魔的存在の全てを許して、嬲られ続けるのだ。だが、権力は従うべきものではなく監視するものであり、破壊すべきものではなく養育するものではないのか。


 昭和六〇年三月、まだ寒い新潟の早朝、永友は、口から胃潰瘍の血を吹いて自宅台所で倒れた。

 一瞬。過ぎてしまえば人生は、刹那。あれが全てそんなに遠い昔のことだったとは思えない。ほんの数年前に思える。軍隊、戦争、爆撃、俺は行かずに済んだが、特攻隊というものもあった。

 特攻攻撃の離陸に失敗して、脚を椰子にぶつけて胴体着陸した奴がいた。あれは誰だったか。七五戦隊のはずだが、どの中隊の奴だったかも思い出せない。

 戦隊から特攻に選ばれたのは一〇人だったと思う。無線や機銃は関係ないから、全員操縦者だ。誰だったかな。渡部、市川、根本、川瀬、坂本、張、浅見、宮下、清水、もうひとりいたはずだ。

 なんだかおかしいな。俺が行ったような気もするが、俺は生きているし、機種改変で内地に帰ったが、飛行機が無いまま終戦になった。

 離陸に失敗した奴も結果的に特攻に行かず生き残ったのか。俺じゃないだろうな。

 俺はおかしくなったかもしれない。いくらかおかしくなっている、その自覚はあった。もう五、六年か、もっと前か、もの忘れするようになった。頻度が増えてきた。どうしてこれを忘れてしまったのか、ということを経験するようになった。

 痴呆のひどい者は配偶者や子供まで忘れる、顔を見ても分からないと言うが、俺はどこまで進行しているのか。

 それとも単に、昨晩はウィスキーを飲み過ぎただけか。

 昔のことは良く覚えている、と思っていたが、甘かったか、幻想だったか。

 第四航空軍司令官・中務を殺したような気もする。しかし、あり得ない。人を殺したら、さすがに警察に捕まって監獄に入るはずだ。そんな記憶は無い。当たり前だ。殺したいほどの恨みがあっても、戦争が終わって何十年も経ってから老人をひとり殺してもなにもならない。

 もし、俺が特攻に行ったが何らかの理由で生き残ったとしたら、離陸に失敗して引き返したということなのだろう。

 もし、俺が中務を殺したとしたら、既に監獄から出たのか、警察に捕まらなかったということなのだろう。

 いずれも信じがたいが、何か心に引っかかる。特攻にやらされた戦友が哀れと心に刻まれたのか、そのために中務に一矢報いたいという強い欲望を抱えてきたのか。一歩進めて、具体的な計画まで立てたのか。

 計画を立てて殺そうとしたが、その時は哀れな老人で、これほどみすぼらしい老人を殺す必要があるか、むしろそれは戦友を、俺自身を貶めることになる、と思った気もする。我々があの男と同じレベルに堕ちる様な気がしたようにも思う。

 もう分からない。息苦しい。俺はさっき倒れたのか。頭を床にぶつけたような音がしたと思うが、痛くはない。ただ息苦しい。赤黒いのは血か。死ぬのかもしれないな。

 いいさ、俺は生きた。生ききった。

 特攻も中務殺しも、やったとすれば、やった内容に対する満足感は無いが、命を懸けてやった事への達成感はある。それを抱いて地獄に行くか。戦争以上の地獄があれば、な。

(終わり)


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