出産祝い
プルプルプルプル
リビングのテーブルの上に置かれたスマホから着信音が響く。
「……うん?」
夕飯も終わり遥も旦那も自室に戻り私は1人ソファーでうたた寝をしていた。
スマホを持ち上げ発信相手を確認する。
「……誰?」
スマホの画面には番号のみ表示されていた。
「もしもし…」
不審に思いながらもとりあえず出てみる。
『リン姉さん!』
相手はルナだった。
きっと遥たちが何かやらかしたのだと私は察した。
※
その悲しい事件は、試験初日をどうにか乗り切り、自宅のリビングでくつろいでいる時に起こった。
冷たい麦茶を片手に、「やっと日常に戻れた」と気を抜いた瞬間だった。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
何気ない音のはずなのに、妙に胸騒ぎがした。
俺は、この時まだ知らなかった。
その日、俺の尊厳が大きく揺らぐことになるとは……。
「遥ぁ!ちょっと出てくれる?
母さん手が離せないの!」
キッチンから母さんの声が響く。
「はいよー」
誰だ?こんな時間に……。
何かの勧誘か?
ピンポーン
2度目のチャイムが鳴る。
「はいはーい」
俺は玄関でサンダルを履きドアを開ける。
俺は何故先にインターフォンのカメラの映像を確認しなかったのか後で後悔する事になる。
ガバッ
いきなり抱きつかれた!
「遥ちゃん……こんなに大きくなって……」
その女性はしみじみと呟く。
「うわっ!ちょ、ちょっと!だ、誰!?」
俺は慌てて女性を引き離す。
はたしてそこには……。
「龍ヶ崎ルナ!?」
「こら!呼び捨てはダメだぞ!
ルナお姉ちゃんでしょ!」
ルナはニコリと微笑み俺の鼻先に指を伸ばす。
「は、はぁ……」
ルナから何かしらリアクションがあるとは思っていたが……ウチに来るとは思っても見なかった。
「あら?本当に来たのね!ルナ……」
背後から母さんが顔を出す。
「リン姉さん!久しぶり!」
ルナは俺から目線を外すと嬉しそうに母さんに答える。
「本当に久しぶりね!まあ、そんなとこじゃ何だから、とにかく上がりなさい」
母さんかルナを促す。
「はーい!
いこ!遥ちゃん!」
ルナは俺の手を握るとリビングに歩き出す。
何だ?この馴れ馴れしさは!?
昨日初めて会った人とは思えない!
俺は一抹の不安を覚える。
※
俺たちはリビングのソファに俺、ルナと並んで座り、テーブルを挟んで向かい側に母さんが座る。
何故かルナは俺の腕に絡みつき離れない。
何なんだいったい!?
「あ、あの、ちょっと…離れてもらってもいいですか?」
「えぇ!?何でアイドルに腕組まれるなんて最高でしょ!?喜んでくれると思ったのに!」
ルナは明らかにガッカリした顔をする。
それを見てニヤニヤする母さん。
「本当に久しぶりね、ルナ。
元気にしてたのは知ってたけど……」
「うん!リン姉さんこそ!
結婚おめでとう!そして出産おめでとう!
私びっくりしちゃった!
私たち本当に子供産めるのね!?」
ルナはパッと明るい笑顔を見せると素直に驚きの声を上げる。
「私も半信半疑だったわ……けど結果はご覧の通りよ」
母さんは淹れたての紅茶を澄まし顔で口に含む。
「昨日遥ちゃんが握手会に来て、その話を聞いた後の事を覚えてないくらい衝撃的だったわ!
その後すぐに”K”ちゃんに連絡したんだから…」
「それで私の携帯番号知ってたのね……。
あんた、まんまと遥たちのワナにハマってるわよ」
母さんが呆れ顔でルナを見る。
「……さすが遥ちゃんね……。
オバ……いえ、姉として誇らしいわ!」
「あ、姉???」
話についていけない俺。
「で、今日は何しに来たの?ルナ」
ルナはポンと手を打つと持参した沢山の荷物を取り出した。
「はい、これ!
結婚祝いよ!リン姉さん!」
荷物の一部を母さんに渡す。
「あら、悪いわね!
別に良かったのに……」
「いいの、いいの。
結婚式も出れなかったし、せめてこれくらいはお祝いさせて!」
それからルナは俺を見つめて荷物を差し出してくる。
「はい、遥ちゃん!出産祝い!」
「え?」
出産祝いって本人に渡す物なのか!?
これじゃあ、まるで俺が子供産んだみたいだ……。
「遥ちゃん!開けてみて!」
中々大きな荷物である。
switch2でも入ってるのかと期待に胸を膨らませる。
包装紙を丁寧に剥がし、箱を開ける。
「……おい」
そこには高級そうな赤ちゃんセットが入っていた……。
涎掛け、産衣…誰が着るんだ、これ。
「どう?可愛いでしょ?」
目をキラキラさせて俺を見つめるルナ。
「……えっと、そ、そうですね…か、可愛いですね」
何て答えていいか分からない……。
「でしょ!でしょ!
サイズも合わせてあるから着てみて!遥ちゃん」
は?
今何て???
「き、着るんですか?さ、サイズって……」
期待に満ちた目で俺を見るルナ。
「お、おかしいだろ!
何でこの歳でこんな服着なきゃならないんだ!
つーか、何で俺の名前知ってて、そんなに親しげなんだ!」
「あぁ、それね。
私がルナにアンタの成長記録のデータを渡したから」
母さんが事情を説明する。
「データって……。
そんな写真や動画くらいでここまでなる?」
「そんな簡単な記録じゃないわよ。
アンタのほぼ毎日の成長記録よ」
シレッととんでもない事を言い出す母。
さすがAIである。
「何でそんなもん取ってあるんだ!?」
「親として当然でしょ!?それに、じいちゃんとばあちゃんか毎日毎日うるさかったのよ!
記録データ送れって!」
「すげー愛されてるな!俺!」
「そんで今度はそのデータをマルっとルナにあげたの……そうしたらこうなったってわけ」
母さんは呆れ顔でルナを見つめる。
「これなんか遥ちゃんにピッタリね!」
クマの刺繍の入ったあぶちゃん(涎掛け)を手にウキウキしてるルナ。
全然話聞いてないし!
「ルナさん!悪いけど俺は絶対に着ないからな!
絶対にだ!」
「”ルナお姉ちゃん”!
そんな悲しい事言うとお姉ちゃん泣いちゃうぞ!」
「うっ」
泣きそうな顔で俺を見つめてくる。
「AIが泣けるわけないでしょ……」
母さんが興味なさげにツッコむ。
「言わないでよ!リン姉さん!
もう少しで遥ちゃんオチそうだったのに!」
AIて泣けないんだ……あれ?
けど一昨日クロノスのヤツ涙目になってなかったか?塩飴で……。
「つーか、演技上手すぎだろ!
うっかり騙されるところだったわ!」
「ねぇ、遥ちゃん……お姉ちゃん、映像では遥ちゃんの赤ちゃん姿いっぱい見たわ……けどやっぱり、ううん、だからこそ”生”で遥ちゃんの赤ちゃん姿が見たいの!」
「意味分かんねーよ!
俺もう17歳だぞ!赤ちゃん姿には無理ありすぎるだろ!」
「お姉ちゃん、あまり強引な手は使いたくないの……。だから、ね、お願い!」
ルナが顔の前で両手を合わせる。
「絶対に嫌だ!」
俺はルナから目線をそらす。
「……そう、わかったわ。遥ちゃん。
この手は使いたくなかったけど……」
そう言うとルナは自分の首元からネックレスを外した。
「これが必要なんでしょ?」
俺の目の前にネックレスをちらつかせる。
ま、まさか……。
「こ、これって……」
「龍の首の珠よ」
やっぱりかー!
ヒカリのヤツ、やっぱりスゲーな!
「くっ!ひ、卑怯だぞ!」
「どうするの?遥ちゃん?
着るの?着ないの?」
「………!」
母さんに目線を送り助けを求める。
無理だ!めっちゃニヤニヤしてるし!
誰か!他に助けてくれるヤツはいないのか!?
ガチャ
「あのぉ…、遥さまいますかぁ?」
俺の願いが神に届いたのか、マルタが遠慮がちにリビングのドアを開いた。
「ま、マルタ中佐!助けてくれ!」
俺はすかさずマルタに助けを求める。
「は、はい?」
マルタはキョトンとしてリビングを見渡す。
「あ、あなたは龍ヶ崎ルナ!」
「あぁ、昨日の美人秘書さん!
やっぱり遥ちゃんとグルだったんだ……」
ルナはマルタの顔を見て納得したように何度も頷いた。
「……こ、これはどう言った状況なのでしょうか?」
そりゃあ、その反応になりますよね。




