女って怖い
「ひっ! く、来るなぁ!」
代表は贅肉を揺らしながら、必死に逃げる。
「逃がさない、わ……よ……」
ガクッ。
突然マルタが膝をついた。
「どうした! 中佐! やられたのか!?」
フェクト艦長が声を上げる。
「中佐!」
俺は一目散にマルタへ駆け寄った。
マルタは苦悶の表情を浮かべる。
「り……」
「り?」
「力が入らねぇ……」
「お前はゴ○ウか!」
「あ、あの料理を腹いっぺー食えれば……」
「ただ懐石料理食いたいだけじゃねーか!」
ビービー。
《水没エラー、水没エラー》
「……おい」
「……」
しばしの沈黙。
「す、水没エラーなんて有り得ません! これは防水機能がついてるし、内側から濡れない限り……あ」
「ど、どうした?」
「い、いえ……あの、な、何と言いますか……昨日の尾行の……暑くて……か、革ジャンが……」
焦り出すマルタ。
「汗か? 汗なのか!?」
「申し訳ございません!」
ザ・土下座である。
「バカだろ! やっぱりバカだろ!」
ウチのポンコツはやっぱりポンコツでした!
《解除します》
機械音声と同時に、秘書バージョンに戻ってしまうマルタ。
「はっはっは、よく分からないが形勢逆転のようだな!」
再び部下を引き連れ、代表が戻ってくる。
「っく!」
「この者共をひっ捕えろ! あとは、あのジジィだけだ!」
くそ! ここまでか!?
「昇○拳!!!」
ドゴォーン!
代表と警備兵が宙を舞う。
白い胴衣で世界を旅する人の技名を叫ぶマルタ。
「ふぅ、残念でした! 女の姿の時でも戦闘力は変わりません! 18000ですぅ!」
「スカ○ター持ってんのかい!」
「ご無事ですか? 遥さま」
マルタが駆け寄る……何だかなぁ……。
「え? あ、うん」
「何か?」
「いや、何でわざわざ“筋肉ダルマバージョン”になったのかなぁ……て」
「ああ、それは“あの姿”で戦うと、女の姿の時、みんな油断するからですよ」
「女って怖えーな!」
つくづくそう思う今日この頃でした。
※
程なくして“東雲の月”の陸戦部隊が代表たちを連行していった。
とりあえずヒカリにLINEしておこう。
《惑星ダーネットの腐った政治家は掃除しておいた》
これで良し。
⸻
「ご苦労だったな、中佐」
フェクト艦長が笑顔でマルタ中佐を労う。
「は! “時代劇”みたいで楽しかったです!」
満面の笑みで返すマルタ。だろうな…ノリノリだったし…。
「そうか、それは何よりだ。ワッハッハ」
これで惑星ダーネットはだいぶマシになるだろう。
俺にはあまり関係ないかもしれないけど、やっぱりスッキリした気分になるな。
「さて、これで“惑星ダーネット”の制圧はほぼ完了しました。
遥さま、この事を大々的に公表する必要があります」
「ああ、そうだな。
で、どうすればいいんだ?」
「オープンチャンネルで全銀河に衛星放送を流しましょう」
「お、おう…」
「では、準備してまいります!」
マルタは張り切って走っていく。
残された俺とフェクト艦長。
「…では、放送の方は日向司令官に任せましたぞ…」
「え!?」
ニコニコと俺を見るフェクト艦長。
「い、いや、ここはフェクト艦長の方が“説得力”があるのでは…?」
「いやいや、ワシももう歳だし…それに…」
「それに?」
「ここは“司令官”としてビシッと決めるときだとワシは思いますぞ」
「…マジですか」
「銀河連邦の“新”皇帝も自分の言葉で語り、己の“武”を世間に知らしめました。
ワシは今回の戦いでの日向司令官の戦略も、あの皇帝に勝るものだと思っております。
だから日向司令官も堂々と己の“戦果”を語るといい」
フェクト艦長が真剣な顔で俺を見る。
「…フェクト艦長」
人に褒められるの、いつ以来だろうか…。
「分かりました!俺、やってみます!」
「うむ、頼みましたぞ!日向司令官殿!」
フェクト艦長はニコリと微笑むと、俺の肩に手を置いた。
「はい!」
「…それじゃあワシは、これにて失礼しようかの…」
フェクト艦長はいそいそと帰り支度を始める。
「え?見ていかれないのですか?」
「え、ええ…その、野暮用がありましてな…」
「はあ、野暮用ですか…」
「またサウナですか?フェクト艦長」
ビクッとフェクト艦長の肩が揺れる。
いつの間にか戻ってきたマルタが、呆れ顔でこちらを見ていた。
「もう、作戦行動中は“サウナ”禁止されてるじゃないですか!」
「サウナかよ!」
「後生じゃ、司令官!中佐!
ワシは近くのスパに行ってくる!良い熱波士がおるのだ!」
「任務中!」
「弟子も待ってるので…じゃあ!」
「「あ!」」
フェクト艦長はダッシュで走り去った。
「あ、あのジジィ…」
※
「…まったく、もう」
「だ、大丈夫なのか…?」
「まあ、ダーネットでのやる事はほぼ終わりましたので、艦長殿の出る幕はないと思いますけどね…。
それに…」
「それに?」
「東雲の月の上層部はフェクト艦長には逆らえませんから…全員艦長の“弟子”なので」
「おい、何の弟子だ!?」
「さあ、放送の準備ができています!こちらへどうぞ!」
ニコリと微笑むマルタ。
「誤魔化すな!」
“東雲の月”の連中から“ポンコツ”臭がプンプンと漂ってきた。
そしてヒカリからの返信がない…どころか“既読”にすらなってない。
ヤバい!激オコじゃん!
※
“玉座の間”が静寂に包まれる。
皆が皆、唖然としていた。
しばらくすると大臣や軍官たちが騒ぎ出す。
私はしばらく呆然とその光景を眺めていた。
「…最後のは、いったい何だったのだ!?」
誰かの声で、私は慌ててスマホを取り出す。
《惑星ダーネットの腐った政治家は掃除しておいた》
「っ!」
遥くんからのメッセージを読んで、私は目を見開く。
「…いったい、何してるのよ」
「いかがされました?陛下」
クロノスが心配そうに覗きこむ。
「…どうやら“遥くんたち”が惑星ダーネットの掃除をしてくれたみたい…」
「なんと!?」
「これで“東雲の月”に借りができてしまいましたね…」
遥くんにもね…。
「すみません、しばらく席を外します…」
「ああ、トイレなら部屋を出てーーグフっ」
私の拳がクロノスのレバーを見事に捉える。
「…すぐに戻ります!」
「い、イエス、マイ、チャンピオン…」
どうやら私は世界を制したらしい。
※
部屋に戻ると、私はすぐにLINEを開く。
《いったい何してるのよ!》
ピロン。
《いやぁ、成り行きというか何というか…》
すぐに返信が返ってくる。
《とりあえず感謝はします》
ピロン。
ここからLINEの応酬が始まった。
《昨日は悪かったよ》
《あら、何の話かしら?》
《とにかく!あのマルタは筋肉ダルマの方が本当の姿だから!》
《ふーん、そう。私には関係ないわ》
《関係ないって…》
《そ、それならずっと筋肉ダルマでいればいいんじゃない?関係ないけど…》
《狭いんだよ!部屋が!物理的に!》
《知らないわよそんな事!
それならわざわざあんな美人にする必要ないでしょ?関係ないけど…》
《…それは、“秘書”のイメージ的なもので…》
《他にもあるでしょ!?細マッチョの秘書とか?》
《筋肉限定か!》
《と、とにかく、あの秘書の姿のままだと交渉は難しいわね…》
《何でだよ!秘書関係ないじゃん!》
《…じゃあ開戦するわね》
《わ、わかったよ。筋肉バージョンでいくよ。今度から》
《よろしい!撤退します!
とりあえず、明日また放課後、屋上に来て》
《はい、了解しました!
ふぅ、やっぱりお前は…》
《やっぱり何かしら?》
《なんでもありません!失礼します!》
《あ、待って!》
《な、なんでしょうか?》
《シャツ着てくれてありがとう。それだけ!》
《…うん、こっちこそ、ありがとうな!》
《ところであの帽子は何?》
《帽子の事は触れないでくれ!》
《?わかったわ》
《明日詳しく話ます…》
《うん》
《じゃあ、明日な!》
《明日ね!》
そうやって“トップ会談(?)”は、両軍撤退する事で合意した。
「…ひょっとして、あの帽子…昨日の“デ…出かけた”時に言った事、気にしたのかな?」
だとしたら本当に“バカ”ね…日差しもないのに…。
再び私は、自分が笑っている事に気がつかなかった。
…今度一緒に帽子を買いに行こう。




