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期末試験と嫌な女

チャイムが鳴った。

ホームルームの終了を告げる、あの忌々しいメロディだ。


「では、最後にお知らせです。二週間後の金曜日から、期末試験が始まります。しっかり準備しておくように」


担任の言葉に、教室中から悲鳴とため息が交じった雑音が立ち上がる。


(……終わった)


机に突っ伏しながら、俺――”日向ひなた 遥はるか”は人生の終焉を静かに迎えていた。

今度こそ補修確定だ。赤点の常連組には、もはや逃げ道はない。


「ねえヒカリ、数学の範囲ってさ……」

「物理も教えてくれない?ノート取ってなかったんだよね~」

「あと英語もお願い!」


前の席に座る”氷室ヒカリ《ひむろ ひかり》”の周りには、いつの間にか人だかりができていた。

ノートに教科書に参考書に、誰もが頼る銀河級の優等生。

顔よし、頭よし、運動神経よしのトリプルコンボ。

しかも笑顔で誰にでも丁寧に教えるから、先生より人気がある。


そんな彼女に、今日もまたクラスメイトが群がってた。


「わっ……ちょ、押すなって!」


その流れに巻き込まれ、俺の机が徐々にヒカリ側に押しやられていく。

教科書は床に落ちるわ、椅子は片脚浮くわで、もう居たたまれない。


俺は教科書とノートをカバンに詰め込んで、そそくさと立ち上がった。


「……じゃ、俺は帰るわ」


誰にともなく言って、逃げるように教室を出ようとした、その時。


「遥くんも、次の試験は赤点取らないように頑張ろうね?」


背中越しに、地味に効く言葉が投げかけられた。


笑顔。

純粋な応援のトーン。

クラスの誰もが「ヒカリちゃん、いい子!」と絶賛するような、模範解答。


だけど。


「……あ、ああ」


うまく返せず、曖昧に答える。

そのまま教室を出た俺は、廊下で小さくつぶやいた。


「……相変わらず、嫌な女だ」





「……ふぅ。気が重い……」


やっとの思いで我が家に到着しても、全く安心できない。


うちの母は怖い。


試験が近づけば、必ず日程を聞いてくる。

そして赤点が確定した日には、部屋が真空状態になるほどの圧が襲ってくる。


怒ったときの迫力は、三歳未満のお子様なら余裕で引きつけを起こすレベルだ。


「そっと部屋に戻るか……少しでも時間を稼ごう……まあ、意味ないけど」


玄関を開ける音も最小限。

足音も音楽室のグランドピアノより慎重に。


俺は静かに、2階の自室へと向かう。


「ふぅ……」


部屋の前までたどり着いたその時だった。


 ピロンッ


「ッ!」


スマホから、やけに明るい通知音が鳴り響く。


「ヤバ!」


俺は慌ててドアを開け、部屋に飛び込む。

おっと、ドアはそっと閉めておく派だ。俺に抜かりはない。


 ──そして。


「……なんだこりゃあああああああっ!!!」


俺は目の前の光景に絶叫した。

完全に母親にバレるボリュームである。


──けど仕方なくない!?


だって、


なんで俺の部屋に銀河があるの!?


きらきらと星が瞬き、空間に渦を巻きながら広がっている。

しかもたぶん、音までしてる。宇宙なのに音してるのおかしいだろ。


絶対におかしい!


一刻も早く部屋を出たい。でも部屋を出ても地獄が待っている。

なぜなら、階下にはあの“母”がいるからだ。


詰んだ……俺、人生詰んだのか?


その時だった。


 ピコピコ


スマホから通知音が鳴る。


「っ、誰でもいい!この状況を説明してくれ!」


一縷の望みにすがる思いでスマホを開く。

画面には見覚えのない通知が表示されていた。


「T・O・G」のインストールが完了しました。


「何これ?」


勝手にインストールされている見覚えのないアプリ。

しかも、アイコンの隅に“お知らせ1件”と表示されていた。


「あ、“お知らせ”まで来てる……」


怪しすぎる。

怪しすぎるけど、この部屋の“銀河”と関係あるとしか思えない。


震える指でアプリを起動させる。


画面には2つのアイコンが表示されていた。


 【TEST】 【GALAXY】


「何これ? と、とりあえず“お知らせ”からだ」


お知らせをタップすると、こう表示された。



お帰り、遥くん。

驚いた?ごめんね!

私からちょっとお願いがあるの。聞いてくれる?

あ、あとちなみにお母さんはソファで昼寝してるから安心して!



「何これぇぇぇ!!こえーよ!!」


思わずスマホを投げそうになった。

その時、もう一通お知らせが届く。



お知らせ

大丈夫!怖くない、怖くない♪



「余計怖いわ!!」


反射的にツッコミが出てしまった。



ピコピコ


お知らせ:

あのね。

遥くんはレジスタンスの指揮官に選ばれたの!

だからレジスタンスを率いて、銀河政府と戦争してほしいの!


「……何言ってんの、こいつ……?」


あまりにも荒唐無稽すぎて、内容が全く頭に入ってこない。


ピコピコ


お知らせ:

だ・か・ら、

司令官だって! 司・令・官!

遥くん得意でしょ?ゲームとか、大好きじゃん!


「な、なんで知ってんだよ!?」


ピコピコ


お知らせ:

ね?いいでしょ?お願いっ!


「“ピコピコお知らせ”うるせぇよ!

それにそんな話はお断りだ!

再来週から期末試験が始まるの!

今度赤点取ったら俺、殺されるんだよ!母に!!」


ピコピコ


お知らせ:

ああ、彼女は怖いんだよねー。

昔から。


「なぜ母さんのこと知ってんだよ!?」


ピコピコ


お知らせ:

まあいいや、それで引き受けてくれる?

引き受けてくれるなら“特典”つけちゃうよ♡


「話を流すな!

 何を言われても“お断り”だ!

 大体、戦争なんて命に関わる!」


ピコピコ


お知らせ:

あ、それは大丈夫。

遥くんは直接戦場に出るわけじゃないから。

そこから指揮する感じ?

銀河、浮かんでるでしょ?そこに。


「これ? ああ、だから俺の部屋に銀河が……

 って、そういう問題じゃねぇ!!

 試験なの!テストなの!母が般若なの!!」


ピコピコ


お知らせ:

ふっふっふ。

そこで“特典”の話だよ、遥くん。

君が引き受けてくれるなら、“成績アップ”を約束しようじゃないか。


「……詳しく。」


ピコピコ


お知らせ:

我々の銀河は、君たちの銀河より遥かに科学が発展しているのだ。

だから遥くんの残念な頭でも“学年トップ”にすることなど造作もないのだよ。


「しゃべり方!

 あの……トップなんて贅沢言わないので、せめて赤点 回避をお願いします!」


ピコピコ


お知らせ:

小っちゃ!


「小っちゃって言うな!!」



ピコピコ


お知らせ:

それじゃあ“契約”成立かな?


「……ああ、わかったよ。

 その代わり、試験のことは本当によろしくお願いしま す」


 俺は見事な土下座を披露した。自宅で。銀河を背に。


ピコピコ


お知らせ:

任せて!遥くん!

そういえば、“自己紹介”がまだだったね♪


「おぉ、そう言えば──」


ピコピコ


お知らせ:

ごめんね。私のことは内緒なの。


「なぜ話を振った!?」


ピコピコ


お知らせ:

そうね……私のことは気軽に“K”とでも呼んで!


「メン・◯ン・ブラックか!

 ほんと……何者なんだよ、お前。

 ここまで話しといて何なんだけどさ」


ピコピコ


お知らせ:

うーん、まあこれはいいかな?

戦争にも関わる話だし……。

私はね、“AI”よ。


「!?」

「AIなの!?マジで!?」


ピコピコ


お知らせ:

マジマジ。

ちょっと説明するの面倒いから、代わりの人送るね!

またね、遥くん!


「友達か!!」



”K”との会話が終わるとまた部屋に異常が生じる。

空間が球体に歪みプラズマを発生させる。


「わっ!な、なんか未来から人型の兵器が出て来そうだ な…」


球体から筋骨隆々の人物が片膝をついて現れた。

デデンデンデデン

頭の中でBGMが流れた。


その男がスッと立ち上がる。


「お初にお目にかかります。閣下」


「自分が閣下のサポート役を仰せつかったマルタと申し ます」


マルタと名乗った男は絵に描いたような筋骨隆々の軍人であった。


「デッカ!つーか部屋狭い!」


「はっ!申し訳ございません!」


「いや…あんたが悪い訳じゃないんだけどさ…、なん  か…こう、違うだろ!?」


「は!はっ!?」


「俺のサポートって事は秘書みたいな感じだろ?」


「はっ!まあ、その通りかと」


「じゃあ、分かるよね!?秘書と言えば美人でできる女 でしょ!?いや、ドジっ子もありか???」


「…」


「と、とにかくチェンジだ!」


「そんな事言われましても…上層部で決まった事なの  で、申し訳ありませんが…」


「えぇぇ!やる気なくなるわぁ」


「わ、分かりました(怒)。こんな形ではどうでしょう か?」


ヒュン


マルタが一瞬光に包まれるとそこには”これぞ理想の秘書”と言う美人が立っていた。


「こ、これで満足していただけましたか?閣下」


「…」


呆然とする遥。


「どうなってるんだ?」


「”女性型秘書スーツ”であります。閣下。

 これで問題ありませんな?」


「と言う事は、中身はあの筋肉ダルマて事?」


「きん…、ま、まあその通りです」


「う〜ん、まあ妥協するかぁ…ただし!

 俺といる時は常にその格好で!

 言葉使いも軍隊ぽいの禁止な」


「は!」


「おい…」


「くっ…か、かしこまりました…わ」


「よし!」


この最初の“命令”が、大きな戦いの引き金になることを──

この時の俺はまだ知るよしもなかった。


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