魔王の憂鬱
「……弱りましたな……」
フェクト艦長が腕を組んで唸る。
「「「……」」」
他の士官たちも、皆、苦渋の表情。
さすがに「ヒカリさまぁ〜!」と騒げる空気ではない。
「……どうしますか? 遥さま」
マルタが不安げな顔で俺を見上げてくる。
「そうだなぁ……」
……打つ手あんの?これ。
どう考えても**“詰み”**だろ。
「そ、そういえば、ヒカリさんの最後の“アレ”は……なんだったんでしょう」
マルタがそっと小声で尋ねてくる。
「ああ、俺がLINEした」
「……えっ? ち、ちなみに何て?」
「“やっぱりお前は魔王だな”って」
「めっちゃ煽ってんじゃん!!!」
静まりかえったブリッジに、マルタの声が響き渡った。
「……ごめんね。ついクセで」
これが世に言う**“テヘペロ”**である。
「クセって……ヒカリさんも可哀想に……」
マルタが呆れ顔で天を仰ぐ。
「中佐、どうした? 何かあったのか?」
フェクト艦長がこちらの騒ぎに気づいて首を傾げる。
「い、いえ……な、何でも……。
あ、そういえば――遥司令官が“良い作戦”を思いついたようです!」
「ちょ、おま……!!?」
マルタの突然の裏切り発言に、思わず声を上げる。
「本当ですか!? 日向様!!」
フェクト艦長が満面の笑みで詰め寄ってくる。
「え!? いや、その……」
士官A「おお……さすが司令官様……!」
士官B「この間の挟撃戦も見事だったしな!」
士官C「しかり、しかり!」
一斉に持ち上げ始めるポンコツ士官たち。
絶対これ、俺に責任押しつけたいだけだよな!?
俺はマルタを睨む。
そこには満面の笑顔を浮かべる彼女の姿。
わ、悪い顔だ……!
「煽った責任、ちゃんと取ってくださいね♡」
耳元で甘ったるく囁いてくる。
くっそ……覚えてろよ。
さっきの“帽子”の件もまだ許してねぇからな……!
「さ、作戦なら……あるような……ないような……みたいな?」
とりあえず、その場しのぎで濁そうとする俺。
「……」
フェクト艦長が、さらに無言で一歩詰め寄る。
「くっ……あ、あります! 作戦あります!!
“作戦、ありますっ!!!”」
俺は勢いで立ち上がり、挙手する。
もう──どうにでもなれ!!!
※
「ふぅ…」
兵たちが引き上げると、私は再び玉座に腰掛け軽くため息を吐く。
パチパチパチパチ
「お見事です!陛下。
この”クロノス”感服いたしました」
クロノスが恭しく頭を下げる。
「ありがとう、クロノス」
「しかし、最後の”魔王じゃない”とは…?」
クロノスが首を傾げる。
「な、なんでもありません!」
あ、あの男は…本当に…私を怒らせる”天才”ね。
「そ、それより、次の予定は何だったかしら」
「次の予定はコラグ議長との衛星会談がございます」
「そう、分かりました…ふぅ…」
また軽くため息を吐く。
「…お疲れのようですね…少し休憩を取られては?」
「だ、大丈夫よ。それより議長を待たせる訳にはいけないわ」
私は昨日から寝ていない。
あの後私は怒りに任せてすぐに艦隊を出撃させてしまった。
そして、自分でも驚くくらいの早さで”惑星リキュール”を陥落させてしまった。
よっぽど腹が立っていたのだろう。
自分でもよく分からない…。
私は子供の頃から何でも出来た。
勉強でもスポーツでもゲームでも、何でも。
だから私は何かを達成した時の喜びも、苦しさも知らない。
そんな私についた呼び名が”完璧超人”。
両親も友達も先生も口を揃えて、こう言う。
”ヒカリは天才”だと…。
私も皆の期待に応えるように振る舞い続けた。
そうして過ごしていくウチに私の心は徐々に色を無くしていった。
何も感じない、喜びも苦しみも何もない”無”だ。
これでは機械と何も変わらない。
そんな私が中学校に上がった時、学園祭で”あるボードゲーム”の大会が開かれた。
私は皆から頼まれて大会に参加する事になった。
そこでも私は皆の期待通り機械のごとく勝ち続けた。
そして次の対戦相手が私の前に座る。
眠そうな顔をした、冴えない男子生徒。
名前は知っている”日向 遥”隣りのクラスの生徒だ。
「…よろしく」
やる気なさそうな挨拶をする。
多分”負ける”のが分かっててやるゲームに嫌気がさしているのだろう…。
「よろしくお願いします」
機械のように、ニコリと私は微笑む。
ゲームが始まると私は驚愕した。
彼を捕まえる事ができない。
のらり、くらりと私の攻めを躱わす。
”何故?”
私は初めて焦った。
”何でそこに気がつけるの!?”
私が”意味がない”と切り捨てた場所に彼は駒を進める。
”こ、これは…”
思わず、立ち上がってしまった。
「時間です」
審判がゲーム終了を告げる。
「こ、この勝負、なんと!”引き分け”です!」
会場が騒めく。
「氷室さんが引き分けなんて…!」
「アイツ逃げてばかりじゃないか?」
「そうだ!卑怯だぞ!」
会場から”日向 遥”にヤジが飛ぶ。
”違う、彼は逃げてたんじゃない…それに。
もしこのまま続けていたら…私が負けていた…”
「…ありがとうございました」
彼は頭をかきながら、周りの声も気にせず飄々と教室を出ていってしまった。
”日向 遥”
この日から私の心に色が少しづつ戻り始めた。
※
「陛下?」
クロノスが心配そうに覗き込む。
「あ、ああ、ごめんなさい。
少し考え事をしてました…」
「…そうですか…。
では、コラグ議長に繋ぎますね」
クロノスがコンソールを操作する。
私の前に大きな画面が現れる。
そこには大柄な初老の男が立っていた。
「お久しぶりでございます。陛下」
彼は人好きのする笑顔で挨拶をする。
「お久しぶりです。コラグ議長。
お元気そうで何よりです」
私も負けじと満面の笑顔で挨拶を返す。
「陛下、まずはこの度の”勝利”おめでとう御座います」
そう言って彼は恭しく頭を下げる。
「ありがとうございます。議長殿。
しかし、まだ”勝利”が確定した訳ではありません」
「ご謙遜を…この状況を誰がひっくり返せると言うのですか?はっはっは」
彼は大きく笑った。
「しかし、この度の遠征…いささか急ぎ過ぎたのでは?
急な作戦で我々も苦労しましたよ…」
チクりと釘を刺してくる。
「申し訳ありません。最良のタイミングだったもので…今後は気をつけます」
私は頭を下げる。
「はっはっは、構いませんとも、陛下。
我々は貴方様を支えるのが仕事でございますれば…。
それにこれでこの”戦争”は終戦に向けて大きく動きましたしな」
「そうですね。早く戦争を終わらせて”平和”な世界を作りあげましょう…」
…そうすれば、あの秘書が彼の側にいる理由はなくなる。
だから私は戦争を早期に終わらせる決断をした。
「ご立派です。陛下。
ただ無理はいけませんぞ。
今回の遠征もかなりご無理をなさったとか…。
そう言えば目に”クマ”ができていますなぁ、
ご自愛ください」
「え?」
私は慌ててスマホで顔を確認する。
ほ、本当だ…。
あの男はやっぱり本当に凄い…私を疲労させるのだから…。
「陛下?」
「あ、すみません…つい」
「はっはっは、陛下も”お年頃”ですからな、
その美貌が陰る事があれば、多くの国民が嘆きますぞ」
「…ええ」
私は恥ずかしさで俯く。
「ところで陛下。
”例の調査”のほうは…」
”例の調査”…5つの宝の件だ。
そう、彼が私に宝探しを依頼した張本人だ。
「そちらの方は”手掛かり”らしき物は見つけました」
「おぉ!早速手掛かりを!
流石陛下ですな?
で、どのような手掛かりを?」
「っ!そ、それは…ま、まだ詳しくは…」
”敵の指揮官の家”だなんて絶対に言えない!
「…そうですか…。分かりました。
それでは陛下。引き続きよろしくお願いします」
「はい…」
私は彼から目を逸らす。
「クロノス!お前も陛下によく尽くすのだぞ!」
「ふぅ…かしこまりました〜」
クロノスにしては随分と失礼な態度だ。
「っく!こ、こいつ…。
まあ、いい。
それでは陛下。失礼いたします」
目の前からモニターが消える。




