ニヤニヤが止まらない
PM12:40 ショッピング前・道中会話
俺たちは食事を済ませて店を出た。
会計はもちろん――**“個別”**だ。
……そ、そりゃあ、“奢る”ことも考えたさ。
でも、これから“服”を買うって考えると、財布の中が心許ない。
ヒカリは最初、“自分が出す”って言ってたし、妥協案として“個別”になった面もある。
あぁ……出費がかさむ……
時給アップ、結局できなかったしな……。
「何を黄昏れているの?」
ヒカリが俺の顔を覗き込んでくる。
……そういや、“時給アップできなかった”原因、こいつにもあるよな?
こいつが攻めてこなければ、艦隊戦に巻き込まれることもなかったし……。
ほんと、可愛い顔してやることえげつないんだよ、特に俺に!
「……何でもない」
もちろん、そんなこと言えるわけもなく。
「そ、なら行きましょう」
外は、暑さのピークを迎えていた。
「ホントに暑いわね……」
麦わら帽子を目深に被るヒカリが、少しだけ歩調を緩める。
「そうだな……早く店に行こう」
行き交う人々の中を抜けながら、俺たちは駅ビルのユニクロへ向かう。
……何人の男が“氷室ヒカリ”に見惚れていたことか。
いや、女もか……。
内面を知らないって、幸せだよな……。
「もう、話聞いてる?」
「あぁ、悪い。ちょっと考え事をしてた」
「何を考えてたの?」
「いや……人間、中身だよなぁって……」
「そう。自分のことを考えてたのね」
「話聞いてます!?!?」
「あ、ほら、着いたわよ」
釈然としないまま、俺たちは店へ入っていった。
PM12:50 ユニクロ店内
綺麗に整った店内に入ると、クーラーのおかげでひと息つけた。
「ふぅ、涼しい……」
ヒカリもため息をこぼす。
「それじゃあ、ちゃちゃっと買ってくるから、ここで涼んでてくれ」
「え?」
「え?」
二人そろってキョトンとする。
「……わ、私もついていくわよ」
ヒカリの頬がぷくっと膨れる。
なぜ怒る???
「え、いや、だって“男物”だぞ?
お前が見たって、つまらないだろ?」
「……」
ジト目で見つめてくるヒカリ。
「お、お願いします……」
「ん」
……納得いかない。
※
「これなんて、似合うんじゃない?」
ヒカリがプリントの入ったTシャツを持ってくる。
なぜそんなに嬉しそうなんだ!?
「あ、あぁ、じゃ、じゃあ“それ”にしようかな?」
俺がTシャツを受け取ろうとすると、ヒカリが離さない。
「ちょっと待って!」
「な、なんだよ」
「こっちのほうが似合うかも……」
眉間に皺を寄せて、真剣に悩むヒカリ。
……こんなことを、かれこれ“30分”は続けている。
「……おい」
「何?」
「長ぇーよ!」
つい、本音が出た。
「……遥くん」
「な、何か……」
ちょっとビビる俺。
「女の子の買い物なんて、こんなもんじゃ済まないわよ?」
「っ!」
……末恐ろしい話を聞いた。
「ふぅ……そうね。
じゃあ、この二着から一着選びましょう」
そう言って、ヒカリはTシャツを両手に掲げる。
「遥くんはどっちが好み?」
「……えっと」
正直、どっちでもいい!
けどそんなこと言えるわけない! 怖いし!
なら――
えーい!
俺は二着のTシャツを奪ってレジに向かった。
「ちょ、ちょっと……!」
「……両方とも買うよ。
お前が一所懸命選んでくれたからな」
「っ!」
ヒカリの顔が、真っ赤になる。
固まったヒカリをよそに、俺は会計を済ませた。
……セーフ!
ギリギリお金、足りました!
「ほら、行くぞ」
そう言って、俺はヒカリを店から連れ出した。
PM13:30 駅前トイレ
駅のトイレで、俺は新しいTシャツに着替えた。
ヒカリは外で待っている……はずだった。
「お待たせ……あれ?」
待っているはずのヒカリの姿が、見当たらない。
まさか、先に帰った?
……んなわけない。
ああ、分かった。トイレだな。
しばらくそこで待っていると――
遠くから、走ってくるヒカリが見えた。
(トイレ混んでたのかな……わざわざ別の場所まで? ご苦労様)
「はぁ、はぁ……ゴメンね。
待たせちゃったわね」
息を整えるヒカリ。
「こっちのトイレ、ずいぶん混んでたんだな!」
ボスッ!!
「バカ!」
いいボディブローをお持ちで……
俺はその場に崩れ落ちた。
※
「はぁ……はぁ……マ、マジで一瞬息できなかった……
お前は井上〇弥かよ……」
日本が世界に誇るモンスターに例えてみる。
「……あなたが悪い!」
はい、おっしゃる通りです。
「ホント……デリカシーないんだから……」
「ずびばぜん……」
(まだちょっと息苦しかった)
「で、どこ行ってたんだよ?」
「……はい」
ヒカリは顔を真っ赤にして、目を逸らしながら紙袋を差し出してきた。
「え?」
「……いいから、これ!」
袋を受け取って中を確認する。
「お前……これって……」
「お詫びと、お礼よ……他意はないわ」
袋の中には――新品のシャツが入っていた。
「い、いいのか?」
「うん。……着てもらえたら嬉しいわ」
ニコリと微笑むヒカリ。
破壊力、ハンパないな。
「あ、ありがとう……大事に着るよ」
「うん……」
……なんだこれ!?
ニヤニヤが止まりません!!
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