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スペースX帰還  作者: 未世遙輝
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5.2 地球の空気(ハッチ開放と最初の接触)


クルー・ドラゴン「エンデバー」は、メキシコ湾の波間に、揺りかごのように静かに浮かんでいた。回収船「GO Searcher」が間近に迫り、ダイバーたちが船体の初期確認を終えたことを確認し、ユウキ・タナカの心臓は高鳴っていた。あとは、たった一つの言葉を待つだけだ。

その時、ヘルメットの通信機に、ヒューストンのフライトコントロールセンターから、リードフライトディレクターのサラ・コナーの声が、待望の響きを伴って届いた。

「エンデバー、ヒューストン。外部確認完了。船内環境、グリーン。ハッチ開放、クリア!」

その言葉は、クルーにとって、文字通り**「自由」への扉が開かれる合図**だった。宇宙の過酷な環境から彼らを隔てていた最後の壁が、今、取り払われる。ユウキの全身に、安堵と、地球への帰還を確信する歓喜の震えが走った。

「了解、ヒューストン! ハッチ開放、開始します!」

コマンダーのサマンサ・ライトが、興奮を抑えきれない声で応答した。彼女の指が、迷いなくハッチ開放用のボタンへと伸びる。隣のパオロ・ベネットも、顔を輝かせ、その瞬間を待ち望んでいた。

「ギィィィィィ……」

鈍い機械音と共に、Crew Dragonの内部ハッチがゆっくりと、しかし確実に動き始めた。密閉されていた機構が解放され、かすかに金属の擦れる音が響く。ユウキは、その音の一つ一つが、彼らを地球へと繋ぐ音だと感じた。

ハッチが完全に開放された瞬間、ユウキの宇宙服のヘルメット内部に、新鮮な海風が勢いよく流れ込んできた。それは、宇宙の、無機質なECLSSの空気とは全く異なる、生きた空気だった。その風には、遠い記憶の底にあった、忘れかけていた潮の香りが混じっていた。塩気を含んだ湿った風が、彼の顔を包み込む。宇宙の無臭空間から地球の「匂い」への帰還だ。その香りは、彼が本当に地球へ戻ってきたのだという、何よりも確かな実感を与えた。

まぶしい太陽光が、勢いよく船内に差し込んできた。宇宙空間の、フィルターを通さない強烈な光とは異なり、地球の大気によって適度に和らげられた、温かく、生命力に満ちた光だ。その光に目がくらみ、ユウキは思わず目を細めた。宇宙服のバイザー越しに、その光が彼の視界いっぱいに広がる。

視界が慣れてくると、彼の目に映ったのは、ハッチの向こうで待ち構えていた、笑顔で手を振る回収チームの面々だった。オレンジ色の救命胴衣を身につけ、彼らは皆、彼らの帰還を心から喜んでいるようだった。その顔には、親愛と、ミッションの成功を祝う歓喜が満ち溢れている。彼らは、地球上で最初にクルーと直接接触する人々となる。ユウキは、宇宙服のグローブ越しに、彼らに向かって手を振った。

その時、回収チームのリーダーらしき人物が、ハッチから顔を覗かせ、ユウキに向かって温かい言葉を投げかけた。

「おかえりなさい、バイパー! 長い旅、お疲れ様でした!」

その言葉は、彼のヘルメットの通信機を通じて、まるで親しい友人が語りかけるかのように、クリアに響いた。ユウキの目頭が、熱くなるのを感じた。宇宙での孤独な戦いを終え、故郷の人間から直接かけられる、最初にして最高の言葉だ。彼は、言葉を発することができなかったが、深く、深く、その言葉に頷いた。彼の胸には、こみ上げるほどの感動と、故郷へ戻ったという確かな安堵が満ち溢れていた。

パオロ・ベネットは、ハッチから差し込む光を浴びながら、宇宙服のヘルメットの中で満面の笑みを浮かべていた。

「地球だ! やったぞ、地球に帰ってきた!」

彼の興奮した声が、通信機を通じて聞こえてくる。彼は、まるで子供のように喜び、回収チームに向かって手を振っていた。

サマンサ・ライトは、ハッチの向こうの回収チームと、短い会話を交わしている。彼女の表情は、達成感と、全てをやり遂げたという満足感に満ちていた。彼女は、コマンダーとして、3人のクルーを無事に故郷へと連れ帰ったのだ。

ハッチが開いたことで、船内にはさらに地球の重力が強く感じられるようになった。ユウキは、シートに深く身体を沈め、自力で立ち上がろうとした。しかし、約半年間の無重力生活に慣れきった彼の身体は、わずかな動きにも重力に強く引き戻され、足元がフラつく。まるで、身体に鉛の重りが取り付けられたかのような、重だるさが全身を襲う。

(これは……こんなに重かったか……)

ユウキは、訓練で地球の重力への再適応が難しいことを知っていたが、実際に体験すると、その負荷は想像以上だった。筋肉は萎縮し、骨密度は低下している。体液は重力に引かれて下半身へと移動し、頭部への血流が一時的に不足する。めまいと立ちくらみが襲い、ユウキは再びシートに身体を預けざるを得なかった。

回収チームのメンバーが、ハッチの縁まで近づいてくる。彼らは、宇宙服を着用した宇宙飛行士を、いかにして安全に船外へ運び出すか、訓練を積んだプロフェッショナルだ。彼らは、ストレッチャーの準備を整え、宇宙飛行士を優しく、しかし確実な手つきで運び出す準備を進めていた。

ユウキは、もう一度、ハッチから差し込む光と、海風の香りを深く感じた。それは、宇宙の英雄としての帰還ではなく、一人の人間が、故郷の惑星の懐へと戻ってきた、最も個人的で、最も感動的な瞬間だった。

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