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スペースX帰還  作者: 未世遙輝
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4.2 空中での舞い降り(パラシュート展開)


ブラックアウトが解除され、地上との通信が回復したことで、クルー・ドラゴン「エンデバー」の船内に張り詰めていた緊張は、大きく和らいでいた。ユウキ・タナカの視界はクリアになり、身体にかかるGも、先ほどのピーク時と比べればはるかに穏やかになっている。しかし、地球の大気圏を時速数千キロメートルで滑降しているという事実は変わらない。彼の耳には、まだプラズマの摩擦による微かな「ゴーッ」という音が聞こえ、窓の外には薄くなったオレンジ色の輝きが残っている。

その時、ヒューストンのフライトコントロールセンターから、リードフライトディレクターのサラ・コナーの声が響いた。

「エンデバー、ヒューストン。ドローグ・パラシュート展開、自動シーケンス開始まで10秒」

ユウキは、MFD(多機能ディスプレイ)に表示された高度計を凝視した。数値は秒ごとに急降下し、高度約5.5キロメートルを示している。彼の心臓が、再び高鳴り始めた。いよいよ、最終減速の始まりだ。

「5、4、3、2、1……展開!」

サラの声が響いた刹那、クルー・ドラゴンの船体上部から、「ドンッ!」という、乾いた、しかし確かな衝撃が伝わった。同時に、空気の「シュポンッ!」という音が、宇宙服のヘルメット越しにもはっきりと聞こえた。

ユウキが窓の外に目をやると、驚くべき光景が広がっていた。船体の真上から、2基の小さな赤い傘が、音もなく、しかし素早く広がり始めていたのだ。それらは、風を受けて瞬く間に膨らみ、直径約6メートルの花びらのように開いた。これが、**ドローグ・パラシュート(減速用)**だ。

展開されたドローグ・パラシュートが、たちまちCrew Dragonを力強く引っ張り始めた。船体の激しい振動が、一瞬にして大きく和らぎ、まるで、荒れ狂う嵐の海から、穏やかな波間に浮かび上がったかのような感覚に変わる。

「垂直速度、急減速!」

コマンダーのサマンサ・ライトの声が、通信機に響いた。MFDの速度計の数値が、驚くほどの速さで減少している。ドローグ・パラシュートは、カプセルの垂直速度を大幅に減速させ、さらに機体の姿勢を安定させる役割を果たす。これまで高速で落下していたCrew Dragonが、まるで、空中をゆっくりと漂うような感覚に変化した。

パオロ・ベネットは、安堵の息を漏らした。彼の顔には、この最終段階での成功を確信した者の、清々しい笑顔が浮かんでいる。

「ブラボー! 美しいな、コマンダー!」

彼は、窓の外の赤い傘を食い入るように見つめている。その小さな傘が、彼らの命を繋ぐ、偉大な存在に見えた。

船内の揺れは、これまでの激しい再突入から一転して、穏やかなものへと変化していった。ユウキは、身体にかかるGが、もはや普段の地球上と大差ないレベルにまで低下したことを実感した。呼吸も楽になり、全身の筋肉の緊張が解けていくのが分かる。

ドローグ・パラシュートが、Crew Dragonの速度を十分に減速させ、安定した姿勢を確保したことをシステムが確認した。次に続くのは、さらに重要なステップだ。

高度計の数値が、滑るように下っていく。2.5キロメートル、2.2キロメートル……そして、高度2キロメートル付近に達したその時、再び衝撃が走った。

「ゴォォォォオオンンン!!!」

今度は、先ほどのドローグ・パラシュート展開時よりも、はるかに大きく、重厚な轟音だった。船体全体が大きく揺れ、その振動は、身体の芯まで響く。ユウキが窓の外に目をやると、信じられない光景が広がっていた。

船体の上部から、一斉に4基の巨大な白い傘が、爆発的な勢いで飛び出し、まるで、宇宙から降り注ぐ巨大な雪の結晶のように、空いっぱいに広がっていくのが見えた。それが、メインパラシュートだ。一つ一つのパラシュートの直径は35メートル。それが4基同時に、空気を掴み、ゆっくりと、しかし確実に彼らの落下を減速させていく。

メインパラシュートが完全に展開された瞬間、船内の減速Gはさらに劇的に緩んだ。まるで、エレベーターが最下階に到達し、緩やかに止まったかのような感覚。身体にかかっていた全ての重圧から解放され、ユウキはまるで雲の上に座っているかのような、奇妙な浮遊感に包まれた。

「メインパラシュート、展開完了! 全て正常!」

サマンサの声が、歓喜を抑えきれない様子で響いた。

パオロは、思わず「マンマ・ミーア!」と叫び、ヘルメットの中で笑い声を上げた。彼の目には、感動の光が宿っている。

窓の外では、4基の白い巨大な傘が、まるで天から降りてきた聖なる盾のように、ゆったりと空に浮かんでいる。それらが、Crew Dragonを完璧な同期展開で吊り下げ、最終的な着水速度へと減速させていく。MFDに表示される垂直速度の数値が、時速24キロメートル未満まで確実に減少していることを確認できた。これは、自動車が都市部を走行するような速度だ。宇宙から秒速数キロメートルで突入してきた物体が、わずか数分でこれほどの減速を果たすという事実は、驚異的な技術の賜物だった。

地球の景色が、さらに鮮明に、そして急速に近づいてくる。青い海、白い波、そして遠くに見える、小さな船の影。地上の景色は、まるで巨大な地図が目の前に拡大されていくようだ。彼らは、間違いなく、地球へと帰還している。

「エンデバー、ヒューストン。メインパラシュート、全てグリーン。着水まで、あと数分」

サラ・コナーの声には、これまでの張り詰めた緊張とは異なる、確かな安堵と、ミッション成功への確信が込められていた。ヒューストンの管制センターでも、メインスクリーンに映し出される4基の白いパラシュートが、まるで勝利の旗のように輝いている。

ユウキは、窓の外の海を見つめた。そこには、彼らの帰還を待つ、回収船の姿がぼんやりと見えていた。宇宙での半年間の旅を終え、ついに、約束の地へと「空中での舞い降り」を果たす瞬間が、すぐそこまで迫っていた。彼の心には、深い安堵と、この壮大な旅を成し遂げたという、確かな達成感が満ち溢れていた。

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