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一話・異世界の第一歩

 突然ながら俺こと須楼大輔(20)には二歳差の幼馴染が一人いる。綺麗な黒のミディアムヘアー。容姿は端麗で色々と小さい女の子。小さい頃からずっと妹の様に俺にピッタリとひっついていたからか俺も俺でまるでシスコンの様にその幼馴染を甘やかし続けたわけだ。まぁ、可愛いんだから仕方ないよね。

 そんな彼女だが、いただけないことが一つある。それは彼女からの愛がクッソほど重いこと。事あるごとに俺が何処にいたか聞いてくるし、俺がバレンタインチョコを貰えばどんな手を使っても捨ててしまう。

 俺の幼馴染は所謂ところのヤンデレちゃんなのだ。自分で言うのも何だが、きっと彼女は俺の為ならば何だってするだろう。例えそれが悪魔と契約して俺と異世界にランデブーするなんて事だって。

 ………さて、長々と語ってしまったが本題に入るとしよう。


「ヤンデレ幼馴染が俺を異世界に転移させた件」


 そう呟いた俺の目の前に広がるのは青い水面と何処までも続く水平線。潮風が目に染みるのでしょぼしょぼしているため、途轍もなく広い湖と言う事はなさそうだ。

 振り返ってみれば、後ろは鬱蒼とした森が広がっている。先が見えないので奥に進むのはやめておいたほうが良いだろう。


(いったい全体何がどうしてこうなった?)


 俺はここに来る直前の事を思い出す。

 時節は冬。幼馴染の今倉天照が俺の通う大学の合格発表が張り出された日。天照は何と首席で合格。ギリギリで入った俺にとっては鼻が高いというべきか、立つ瀨がないというべきか。とにかく彼女は頭が良かった。

 彼女の合格祝いに俺を連れて回らない方の寿司屋へと赴いたわけだが━━━。


「お兄ィ、結婚しよう」


 そこで天照に告白をすっ飛ばしてプロポーズされた。

 妹の様に思っていた幼馴染。彼女の気持ちは分かっていたが当然俺に恋愛感情は無い。深々と頭を下げてお断りさせていただいた。


「ごめん。互いに学生の身分だし、第一俺には天照は勿体無い」

「私、お兄ィを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も夫として愛し、敬い、慈しむことを誓う」

「あれ聞こえてる?誓われても困るんだけど」


 時たま天照は暴走機関車になることがある。好いてくれるのは兄貴同然の俺としては嬉しい限りだが、やはり俺から天照に向ける愛はガールフレンドに向ける物ではなく家族に向けるものなのだ。


「お兄ィは一つ間違ってる私たちはもう既に内縁の夫婦の様なもの。これは通過儀礼にすぎない」

「いつ俺ら事実婚したよ。同棲だってまだだろうに」

「私がお兄ィと会った時。その時既に事実婚は終わってる」


 絶句する。我が幼馴染ながらここまで話しが明後日の方向へと飛んでいくとは思わなかった。

 さて、どう彼女を説得しよう。まずは互いの認識の擦り合わせ?それともとりあえず今はお茶を濁した方がいいのか?


「………わかった。折角祝いの席なのにごめん」


 思考を巡らせる俺の顔を申し訳なさそうに天照が覗く。妹分にこんな顔をさせてしまうとは我ながら情けない。


「俺の方こそ、ごめん」


 結局、俺も謝って合格祝いはお開きになった。

 そんなこんなでお通屋のような雰囲気のまま寿司屋を後にした俺たちはそのまま下宿先のマンションに帰ってきた。

 大学が同じところという事で、生活費の節約の為に下宿先は俺と同じマンションの俺の部屋。何やら両親たちが勝手に決めていたらしい。俺も特に反対はしなかったが、ついさっき告白を断っていたから一緒に過ごすのは流石に気分が重かった。

 その夜、初めての同棲生活。重い気分は何処へやら、俺は鼻唄混じりに晩御飯を作る。チラリとリビングで紙に何かを書いている天照に視線を向けてみれば、彼女も普段通りの様子を見せている。

 きっと、娘がお父さんに対して「将来の夢はパパのお嫁さん!」くらいの感覚だったのだ。そうに違いない。

 そんな希望的観測は次の瞬間に料理と共に吹き込んできた突風によって吹き飛んでしまった。いきなりの突風に状況を確認してみれば天照が何かを書いていた紙に男が立っている。黒いスーツをピシッと決めて、歪に曲がった角がつるりと輝く頭に生えている。

 少し訂正しよう。立っているというのは語弊だ。実際には少し浮いている。いくらありえないと否定しようとも浮いてるのは事実だし、何なら頭に角も生えている。


「我が名は悪魔ゴエティア。喜べ人間。貴様の願いは今叶う」


 ゴエティアと名乗った男に天照は臆することなく告げる。


「私とお兄ィを異世界に連れて行って」

「な!?」

「名付けて異世界吊り橋大作戦」

「にぃ!?」


 訳がわからない。男は何処から現れた?何故天照は平然と願いを口にしている?て言うか何で異世界?そして何だそのアホが考えた様な作戦名は。

 状況が飲み込めないながらも、俺は何とかこの場から天照を連れて逃げ出そうと天照の手を掴む。そんな俺を他所にゴエティアはニヤリと笑った。

 まるで新しい玩具を見つけた子供の様な笑みだが、そこには子供の様に無邪気なんて言葉は当てはまらない。邪悪の一言こそが相応しい。


「いいのか?我が送る異世界は魑魅魍魎が跳梁跋扈する危険地帯。ただの人間はまともに生活すらできんだろうよ」

「寧ろ好都合。でも生活できないのは問題。だから私にチート能力を頂戴。お兄ィには生活が便利になるくらいの能力でいい」


 いや、俺もチートが良い、無双したい、と言いかけてハッとする。何普通に異世界へ行く事を受け入れているのだろうか?

 まだまだこれからのキャンパスライフ。社会人になれば暇なんてほとんど無いのだから今こそやりたい事をやり切る重要な時期だろう。それを訳の分からん事で潰されるのは納得できない。

 俺の考えに気付いたのか、ゴエティアが不敵な笑みを浮かべて語る。


「人間。異世界はいいぞ。仕事はしなければならんだろうが、少なくともこの世界よりは暇もある」


 ヤクザフォームな奴に笑い掛けられるのがこんなに怖いとは思いもしなかった。ただ、そう言われると異世界もそこまで悪く無い様な気もしてくる。

 ただ、ただだ。そんな魑魅魍魎が跳梁跋扈する世界じゃなくてもっと平和な世界は無かったのだろうか。


「あるにはあるが、それでは我がつまらん」


 私情を持ち出し始めたらこっち何も言い返せないじゃん。てか、さっきからちゃっかり人の心の声に対して返事してるし………。

 俺はゴエティアから天照に視線を移す。

 何を考えているか分からない瞳でファイティングポーズを取っている。


「大丈夫、安心して。お兄ィは死なない。私が護るから」


 誰もそんな事を気にしているわけでは無い。第一、妹分に護ってもらう兄貴とか情けなさ過ぎて逆に死ぬというものだ。

 こんな不毛な会話にも飽きてきたのだろう。ゴエティアが欠伸をしながら頬をポリポリと掻き始める。


「何でもいいが、そろそろ契約を執行させて貰おうか」

「ま、待て!俺はまだ了承してないし、契約って━━━」


 俺の質問が終わる前にゴエティアが指を鳴らす。すると、今まで感じていた重力が嘘の様に軽くなった。

 と、言うよりこれ地面なく無い?

 気付いた時には後の祭。必死に手足をばたつかせてみても、人が空を滑空できるわけもない。かくして、俺はゴエティアの開けた穴に落ち、目が覚めたらこの砂浜で立ち尽くしていたのだ。


(どんとこい超常現象でも流石にこれは分析できないだろ。するっともまるっとも見通せねーよ)


 思い出しながら冷や汗を垂れ流し、何とか現実から目を背けようとしてもさざなみの音が残酷にも俺を現実にへと引き戻す。

 仕方ない、と割り切りことなんてできるわけは無いが、こう言う場合はまず生き残ることが最優先事項だ。そのためにはまずは情報。うん、これ大事。

 ………よく考えれば海と砂浜と森しかないのところでこれ以上何の情報を手に入れれば良いんだ。


(そもそも、こうなった元凶共は何処行ったんだ?)


 この俺は何処にでも溢れた難聴系鈍感主人公とは訳が違う。ちゃんと自分に向けられた好意(天照くらいにしか向けられた事はないが)には気付けるつもりだ。寧ろ、天照の好意が強すぎて逆に自己肯定感がマシマシになってしまっているのも自覚はしている。

 だからだろう。ここで目覚めて幾ばくかの時間は過ぎたと言うのにいっこうに天照が姿を見せない事に疑問を感じてしまっている俺が居る。


「天照ェ!」


 何の気無しに叫んでみる。いつもならこれをすればいつの間にか背後に居る天照。たまに実は忍者なのでは?と思わない事もないわけではないが、今の状況ではこれほど頼りになる事はない。

 だがしかし、待てども待てども天照が背後に現れる事はなかった。まるでそんな俺を嘲笑うかの様にヒュー、と風が吹いて砂を巻き上げる。

 ここまで来たのであれば、俺の中に一つの疑念が生まれてくる。


(まさか、天照に何かあったんじゃないよな?)


 ありえない事ではない。俺の幼馴染は何処に出しても恥ずかしく無い美少女。コミュニケーション能力に多少の難はあるが、それでも世の男共は見逃さないだろう。

 その上、ここは異世界だ。人攫いなどをしている輩が居ても不思議では無い。しかも、ゴエティアが言うにはここは魑魅魍魎が跳梁跋扈したさながら現代に顕現した地獄。天照もそうだが、俺だって無闇に動くのは命の危険が伴って来る。


「仕方ないなぁ」


 だから、どうした。怖気付きかけた先程の自分に言ってやる。何処にいようと危険なのは同じなのだ。だったら俺は大切な妹系幼馴染を探して危険に晒される方がいい。

 俺は震える足を殴りつけ、何処へなりと足を向けて異世界の第一歩を踏み出した。

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