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 母と話して、首輪は仏壇に飾ろうということになった。

 燃やしたってよかったが、私も母もそんな気持ちにはなれなかった。



 何度も何度も撫で、家族が寝静まってからもう一度一人で夜に撫でに来ようと思っていたが、私はいつの間にか恋人への連絡もしないままに寝てしまっていた。





 朝、いつも通りに起きる。

 携帯を確認して、恋人に朝の連絡を送る。

 熱は落ち着いただろうか、と思いながらもさすがにこの時間は寝ているだろうと携帯を置く。


 昨日、普段からして不眠気味なのに、すっと寝れたのは、心労なのだろうか。


「笑美ちゃんおはよう」


 ダンボールに納められたままの彼女に挨拶をする。昨日より冷たい。柔らかく撫で、逆立ててしまった毛を元に戻し、朝ごはんの支度をする。


 お腹がすいている感覚も、食欲がない感覚もなかった。買い置きのパンを焼いて食べる。

 礼服こそ着ないが、色味の大人しい、オフィスカジュアルのような私服に着替えた。


 毎朝のルーティンとしてコーヒーを淹れる。

 ふと見た天気予報は曇のち雨。泣いているのは誰だろうか。




 恋人との朝の電話を終えると、そろそろなのかと不安が押し寄せてきた。

 こうしてなでることもできなくなるのかと考えると、撫でる手が止まらない。



 九時三十分。

 両親と、妹と、彼女を連れて、家を出た。

 ダンボールを後部座席の真ん中に置くと、自然と彼女をみんなで囲むような形になった。



 道中は、全員が言葉少なだった。


 後部座席に座った私と妹が時折彼女を撫でた。

 妹は、昨日から鼻をすすっている。目元を拭わなくても、泣いているのだろうとわかる。



 ここで私は筆をとり始めた。

 いつものように外の他の犬を眺める気にもならなかったし、彼女が今から燃やされるなんて、ずっと頭に意識を置きたくなかった。


 しかし、私は車酔いする人間だ。


 恋人には『今日は乗せてもらうし、道も曲がり道が多いから車酔いしてしまうかもしれないので、携帯はあまり見れないかもしれない』と伝えていた。


 予想通りというか、当然の結末というか。

 格好つけて『筆をとり始めた』なんていったものの、大した文量も書かないまま、携帯を鞄に入れたのだった。




 ペット火葬を行ってくれる業者に予約をとり、向かっていたのだが、一度通り過ぎてしまった。

 それくらい、小さな火葬場だった。


 一部屋分しかない。



 砂利道の駐車場に車を止めると、中から一人のおじさんが出てきた。


「〇〇ペット葬儀場のものです。どうぞこちらへ」


 案内に従って、小さな火葬場に入ると、入口の正面には仏壇があった。

 花瓶から溢れるほどの花。横や後ろにはそれぞれのわんちゃんやねこちゃんの好物なのだろう、ペット用のごはんやおやつが山積みになっていた。


 自分たちの前にも誰かが来ていたのか、香炉には数本のお線香が立っていた。




 男性から保冷剤の類をを外すようにいわれて、ドライアイスや保冷剤を取り除く。

 その後は、仏壇へどうぞ、と示された。


 父から順に、お線香をあげ、おりんを鳴らし、手を合わせた。

 私の番が来て、静かに、供香する。

 真剣に手を合わせると、鼻の奥がツンとした。



 妹が同じように供香して、鼻をすする。

 男性は、火葬炉の台車の上に彼女を置いてこちらへ向いた。


「それでは、最後のお別れに一言ずつ声をかけてください」


 それは、私たちの心へグサリと刺さった。

 全員が息を飲む気配がした。否、全員の嗚咽だったかもしれない。


 母に促されて、父が彼女の前に立った。

 年老いた父のしわがれた声が、深い愛情と悲しみをもって言葉を発した。


 私が涙をこぼすのと、妹が嗚咽混じりに鼻をすするのはどちらが先だっただろうか。

 堰を切ったように私たちからは涙と嗚咽が溢れた。母も、泣きながら彼女に別れを告げた。


 私は言葉にならず、お別れも言えず、ありがとうすら寂しくて、ただだいすきだと愛を告げた。


 妹は、更に涙にまみれていた。泣きじゃくりながら言葉をかけて離れると、合掌するように両手を合わせて目元を抑えながら、男性が彼女を送るのを見ていた。



 金属の塊に彼女は納められた。火葬炉の四つ角にある大きなT字を回して、四箇所にロックをかけて、ばちんばちんとスイッチをいれる。


 ごうんごうんとけたたましい音がして、

 ごうごう、ぶんぶんと、やかましい。


 機械が動いたのだ、動力が回って、火がついて、彼女は天へと向かっていくのだ。


 もう取り出せない。彼女に会いたい。




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