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安らかな姿の彼女をまた写真に収める。

かすみ草とゼンブラライムだろうか、花の先が緑がかった白い菊が添えられてある。動物病院で息を引き取ったので、病院がくれたのだという。


「あたしも撮っとこ」


私に続き、妹が写真を撮り、母もカメラを向けた。



自分は今、現実を受け止められているだろうか。

そう思いながら携帯のカメラフォルダを漁る。妹や母に、最近の彼女の写真や動画を送り、彼女の愛らしさを語り合う。


母が撫で、妹が撫で、私が撫で、また母が撫で、と何も言わずに誰かしらが彼女を撫でた。




少し遅くなりつつ、慌てて夕飯を作り始める母が言うには、明日火葬するのだという。

骨を拾い、骨壺は自分と一緒に墓に納めるのだと母は笑った。


今日が、彼女と過ごせる最後の夜だった。



私は何度も彼女の方を見た。何度も撫でた。

怖がりな彼女は大きな音が苦手だったから、ガチャン!と大きな音を立ててしまったら、つい彼女のほうを気にした。


「だめだ、開けちゃう!」


母は唸った。

彼女が好きなところに行けるよう、ドアは十センチ程度の隙間をつくる習慣があった。ふと見たドアにはいつもの隙間がある。


「片付けよ!」


母は、ご飯台、三箇所もあるトイレ、ソファーに上がるためのペット階段、すべて片付けた。

そして、時折彼女を撫でた。



ご飯は味がした。

問題なく食べれた。むしろ、満たされない気がして過食した。

ふと頭に人はこんな時ヤケ酒をするという絵が浮かび上がった。諸事情により禁酒しているので、ノンアルコールビールを持ってくる。


無言でぷしゅりと開け、缶に口をつけて飲む。

アルコールが入っていないので酔わないが、独特の苦味が、舌を麻痺させて心地よい気がした。


「私も飲もうかな」


母がそう言っていつも飲む缶チューハイを開けた。酒に逃げるのはよくないが、母の気持ちが少しでも楽になればいいと思った。


「夢に出てきてほしいなー!」


出てこないかなあ、と彼女に夢枕に立ってくれと言う母のそれは『また会いたい』という本音だろう。

猫を買おうか、と言っているが、それが本気ではないのもわかっていた。




熱がある恋人はもう寝ただろうか。

寝ていたならゆっくり休んでくれていたらいい、そう思いながら、連絡先を開く。

明日が休みであることと、火葬に行くことになったことを連絡しておく。


『うん』

『いっぱい撫でてあげな』


寝ててほしいと思いつつ、恋人の前だと口が少し軽くなるらしい。ぽつぽつと触れた時に感じたことを言葉にする。


「いっぱい撫でてもらって喜んでるよ」と恋人が言うので、だったら嬉しい、と返した。

若い頃なら「そうかなあ」ととぼけただろうけれど、彼女が喜んでくれてたなら嬉しいと思うのが、私の正直な気持ちだった。


『喜んでるよ』


確信を持ったその言葉は、私の胸を揺すった。

目頭が熱くなる。


ーーそうか、彼女は喜んでくれるのか。


音もなく自分の目から涙がこぼれた。

悲しさなのだろうか。歓喜のような、慟哭のような。言い様のない気持ちになった。


『そんなに大切にされて幸せだね』

『ずっと一緒だよ』


脈絡のないような私の言葉に、恋人は優しく寄り添ってくれた。

撫でても反応がない。身体は傷まないように冷やされていて、段々冷たくなってきていた。

けれど、彼女に触れていいのだ。


『今はいっぱい撫でてあげて』


恋人のその言葉が、私の背中を押した。




彼女の匂いを嗅いだ。

穀物のような、すこし香ばしい独特の匂いがした。


彼女の前足に触れた。

硬くなっていたけれど、いつもと同じ大きさだった。


彼女の尻尾を探した。

くるりと立ち上がっていた尻尾は足側に収められていたけど、尻尾の先は弧を描いていた。


彼女の毛を撫でた。

この手触りを失うのが怖くなって、首周りの毛をこっそりハサミで切って保管した。



首輪は、外した。




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